RPG世界観 東国騎士団番外編 『東国の春 ユリアとジュバの休日(後編)』 「ジュバ、今頃濡れてるのかな……?」 あれもこれもと、本をかごに入れるのに夢中になっていた私だが、ふと店の窓の外へと目を移し思った。 日の光はもう見えない。夕方に降るはずの雨は少し早めに訪れてしまったのだ。 「あれだけ、傘を持って行けって言ったのに。途中何処かで傘を買ったのかな?」 手を休める事はせず、少々不満を含め私は独りごちる。 さて、そうこうしている間に目的の小説の下巻も見つける事が出来、 しばらくは退屈しない程度の量は確保出来たので後は精算のみとなった。 左手のみで、肩から下げたバッグから財布を取り出し、お札と小銭を金額分ちょうどを出し、 貰った領収書をカバンの内ポケットにの中に入れる。もはや慣れた手付きだ。 本屋を後にした私はもう一度空の様子を伺う。さっきより勢いが増してきている気がする。 鐘が鳴るにはまだ早いけど、早めに戻っておこう。 約束30分前行動はこの忙しい社会を生きる上で、とても重要だとか誰かが言っていたしね。 バッグが濡れない事を最優先とし雨が入り込まない絶妙な角度で傘を差す。我ながらいい仕事だ。 妙な自画自賛をしつつ、てきぱきと来た道をそのまま戻って行くのであった。 「アクアとフレアが言うにはここに奴らが潜伏しているはずなんだが…」 ユリアが店を出る少し前の出来事である。 宮廷魔導師兼情報収集担当アクア=ホノリウスとフレア=アルカディウスは 最近このバステルユと呼ばれる場所に、王政の打倒を企てている組織が出入りしているという事を嗅ぎ付けていた。 「おかしいな…」 水の滴る音のみが響き渡る冷たい空間。日の光が届くことも無い為、晴れた日でも視界はほぼ0である。 ではクレイモア以外は全くの手ぶらのジュバが、何故この空間を難なく歩くことが出来るのか? それは鎧の内側に隠していた非常食のマシュマロ――ではなく、マシュマロ型携帯発光物質―月―に答えがあった。 水分を含ませ、ふにふに揉みほぐすと、たちまちライトに早変わりする王立魔具開発機関の最新作。 まだ試作品で放つ光もそれほど強いものではなかったが、2・3個同時に使えばそれなりに明るい。 無論、食べることは出来ない。マシュマロ型なのは製作陣のちょっとしたお茶目らしい。 「集会の時間が近いというのに人気が全く無い、まさかこの拠点を捨てたのか…?」 もしそうなら、彼には最悪の状況であった。 実は彼自身もこの調査活動に密かに加担していた。 彼はいつも遊び目的で訓練を抜け出し、城下に来ていたのではない。 町の情勢を身を以って調べ、アクアとフレアとは別行動でこの調査も行ってきたのだ。 恐らく彼の協力が無ければ、ここを探り当てることは出来なかっただろう。 そしてこれは秘密裏に行う必要があった。 総動員での調査は何かと目につきやすく、ユリアに知れればジュバ絡みの件なら確実に無茶をする。 捜索が組織にばれて、拠点を途中で変えられては今までの苦労が全てがパーになってしまう。 今回の潜入に関して知っているのはジュバを含め、アクア、フレアの3人だけだった。 出来れば今日、ユリアを城下に連れて来たくなかった。 彼女をこの件に巻き込みたくは無かったし、その所為で彼女の大切な休日を奪いたくは無かった。 けれどジュバは彼女を誘った。城下へ行こう――と。 雨が降ることは分かっていた。それでも、戦闘が予想される今回の任務において傘は邪魔だった。 暗所での活動の為のマシュマロ型携帯発光物質も彼女に見せた。 ジュバは心の奥底では、ユリアに気付いて欲しかったのかもしれない。 彼女に手助けてもらいたかったと云うのもきっと彼の本心だ。 二つの気持ちの葛藤が彼の心の内にはあった。 身勝手な気持ちではあるが、そう思えた自分の心を少し人間臭く感じられた。 自分が人間である事を実感できた事はやはり嬉しいのだ。 今回のような無償の任務でも彼が積極的に引き受けるのは――― そして幸か不幸か、今日がその組織の集会日。集会の時間は中央広場の鐘が鳴るその時だ。 この機会を逃せば次はいつになるか分からない。何としてでもここで彼らを殲滅する必要があった。 湿気が酷く、何とも形容しがたい悪臭で満ち、おまけに邪気にも似た黒い空気が身体に纏わりつく。 奥に進めば進むほど酷くなっていくのだが、彼はそれに耐え歩き続けた。 「ここか……長い道のりだった」 辿りついたのは二股に分かれる道。アマチュアであれプロであれ冒険者であれば どちらに行くべきかと思案するであろう。 だが、彼はそれをしようとはしない。その行為が全く無意味な行為だと彼は知っている。 彼は掌に載せていた、光を失いつつある『月』をそっと鎧の内側にしまった。 「さ、お出ましだ」 コの字に分かれる道と道の間、つまり壁となる部分に彼は顔を近付ける。 ―――紅く微かに輝く転移魔法陣、どうやら間違いないようだ。 恐らくここは魔法空間、どちらの道に進んでもエンドレスに道が続くだけ……。 彼らの集会場の唯一の『入り口』は此処だけなのだ。 毒々しいまでの紅を放つ魔法陣に手を当て、全身の気を掌に集中させ――― 「行くぞ!」 勇ましい彼の発声に呼応し、光の渦は彼を包み跡形も無く消し去った。 風が薙いだ。 私の髪もそれに従い、靡いている。 雨は依然その強さを弱めぬまま降り続いている、私は先の広場に戻りジュバの帰りを待っていた。 屋根があるスペースを見つけ、私は其処に座り込む。 広場にはもう人影は殆ど見られなかった。雨も強いし、寒くなってきたし当然と言えば当然であろう。 「もうそろそろ鐘が鳴るけど……案の定来ないか」 ふぅっとため息を付き、先程本屋で仕入れてきた戦利品――冒険小説の下巻を手に取りパラパラとめくった。 春になったとは言え、やはり夕方になるとまだ寒さを感じる。 「寒い」 そんな率直かつ端的な感想を漏らした。 寒いのは嫌い、暑いのも好きじゃない。だから春が一番好きなのだ。 ―――え、秋はどうかって? 秋は読書の季節と遠くから来た冒険者は確かに言っていた。 私も以前それに則り、木陰で読書に耽っていたのだけれども…… 気付けば、私は落ち葉に埋もれていた。本当に落ち葉の山の中に埋まっていたのだ。 私がうとうとしている間にジュバが悪戯したのだろう。 勿論、その後でジュバには少し痛い目にあってもらったけれども。 そう言えばそれが原因でジュバがお尻フェチになったんだっけな…… 結果的にはマイナスになってないのが悔やまれ―― え、何をしたかって?それは、えっとですね……秘密です。 兎に角、秋には罪はないのだが――あれ以来落ち葉の山が軽いトラウマに…… やっぱり春が一番ですよね。 ジュバは我が目を疑った。 転移先が先程の下水道とはうってかわって神聖味を帯びた神殿のような空間であったとか、 単身で乗り込んだは良いが、転移完了と同時に圧倒的な人数に囲まれたとかそういう事ではない。 いや、確かにそれは紛う事無き事実ではあった。事実ではあったのだが――― 「何だ……この惨状は?」 ジュバは囲まれていた。ズタズタにされた赤黒い肉塊と血を浴びた無数の燭台にだ。 どうやら彼の前に先客がいたようだ。そしてこんな事ができるとすれば…… 「――出て来い、リストリカ。いるんだろ?」 ジュバは一人の少女の名を叫ぶ。 それは怒声ではなく純粋に呼びかけるだけの言葉。 「遅いってば団長」 奥の祭壇の後ろからぴょんっと跳ねる一人の少女。 その細い手にはもはや余り意味を成さない手錠、鋼鉄を砕き鋭利な刃を持つ義足の右脚、貞操体に漆黒のドレス。 間違いなくそれは、彼の云うリストリカ=クローゼンシールに他ならなかった。 「何故お前が此処にいる?つか、どうやって此処を突き止めた?」 「ララバイさんが『団長が下水道で水遊びをしてるだろうから適当に遊ばせた後に連れて帰って来てくれ』ってね」 「ったく、ララバイには全部お見通しだったって事か……恐らく心配性なフレアが今日になって伝えたのだろう」 「本当はララバイさんが来る筈だったんだけどね、『ユリアも団長も居ない、その上私まで行ったら いざと言う時に指揮を取れる人がいないから、代わりとして行って欲しい』って言われて来たら、団長まだ来てないんだもん。」 「――で、さらにお前は俺の代わりまで務めて組織を全滅させたと……」 大まかな内容ではあるが、ジュバには話の筋は大体理解できたようだ。 はぁというため息をついた後、ジュバは全身の力が抜け、その場に座り込んだ。 俗に言う『美味しいとこ取り』であるが、ジュバはそれを責めなかったし、 むしろ、仮面を被らずに済んだ事を彼女に感謝するようでもあった。 「すまんな、東国騎士団でも無いお前に全部やらせてしまって」 「いいよいいよ、団長の協力あってだし、お世話になってる以上お手伝いは当然の義務だしね」 リストリカは東国騎士団には所属しておらず、他国から東国に亡命し同盟関係を結んでいるだけである。 しかし、彼女もまた自身に拘束魔法を施した魔導師を見つけ出しボコボコにして埋葬するという使命があり、 その為には戦地に赴く事も躊躇わない。 「しかし、一体この組織はどうやって国家転覆を実行するつもりだったのだろう」 ふとした疑問。組織が壊滅した今、もはやどうでもいい事である。 しかし先程からずっと彼の頭にはずんとのしかかっていた。 東国騎士団も小組織に破られるほどヤワな連中の集まりではない。 そして、城下町を見る限りでは市民による革命の気配は無かった。 残るは――― 「超越種――」 リストリカが意味深に呟いた。そしてそれはジュバの辿りついた解答でもある。 神殿が集会場と言う要素も含め、その結論は間違いないと云える。 さらに彼女は続ける。 「超越種の力を借りようとしたんだろうね。ま、世の中にはそういう人達はいっぱい居るけどさ」 超越種の力を借りるということは並大抵の事ではない。 かなり高度な祝詞を必要とする儀式、生贄という代価、超越種の意識とのコンタクト 全て挙げようとすれば枚挙に暇が無い。 「兎に角、もうここには用は無い、さっさと帰ろう。ユリアが角を生やして待ってるだろうしな」 「うわ……団長、ユリアさんずっと独りで待たせてるんですか?鬼!甲斐性なし!尻フェチ!  私は先に帰りますけど、ちゃんと迎えに行くんですよ」 色々と文句を言われたが、どれも否定できない事実であったので彼も黙るしかなかった。 リストリカと別れ、ジュバは全速力でユリアのもとへと走って行くのであった。 彼女、リストリカはそのまま転移魔法陣には触れず、この血の神殿の探索を続けていた。 「成る程、これじゃあどの道無理だったようね。多分結果は――暴発(ライオット)かな?」 彼女はその場の状況から判断し、その結果をすぐさま導き出した。 契約に必要な『何か』が其処に無いらしい。 そして、彼女は肉塊の下敷きになり、真っ赤なカバーになった本をひょいと取りあげ ゴシゴシとその漆黒のドレスで表面の血を拭き、そこにある文章を読み上げる。 「ま……せい…いじ…ん?あぁ成る程、これに影響されてこんな事してたのか  異質で絶対的な力は人々の欲望の的になる。全く、貴方も罪作りな人ね、トゥルシィ=アーキィ博士」 「――――」 「スミマセンデシタ、ユリアサン。」 ジュバは私が声を発するよりも速く、深く謝罪した。 言葉が何だかカタコトになっている。これは本気で私の激怒に怯えている。 「えっと……」 「ニモツモチデモナンデモ、ヤリマスノデ、ユルシテクダサイ」 確かにジュバは約束を破った。そりゃもう凄い待たされた。 あれ程降り続いていた雨はとうの昔に止み、空にはもう綺麗なお星様が点々と見える。 身体もひんやりと冷え切り、船食いで鍋パーティでもやりたい気分だ。 「ジュバ、歯を食いしばってください」 「……ハイ」 ・ ・ ・ ・ ・ 「アレ?何も起こってない。それとも余りにも強烈なビンタを喰らって気付かぬうちに昇天したのか!?」 「何訳の分からない事言ってるんですか。謝ればそれでいいですよ。さっさと帰りましょうジュバ」 私はジュバの手を握り、帰りを急かした。言われなくても分かってる。 きっとまた、何か事件にでも巻き込まれたのだろう。深くは追究しないが、 とりあえずお風呂に入ってその下水のような臭いと血の臭いを落としてもらいたい。 「もしかして泣いてた?」 「泣きません。殴りますよ本当に」 寂しくなかったといえば嘘だが、独りにされて泣くような年でもない。 それにジュバがちゃんと帰って来るのは分かりきっていた。 なら、私に出来ることは大人しく彼を待ち続ける事しかないはずだ。 長い一日が終わる。色々あったけどそれなりに楽しい一日ではあったと思う。 もし、またこういう機会があれば今度は私から誘ってみてもいい……かな?とも思った。 この後ジュバがその単独行動の件について、ララバイ副団長からお叱りを受けたのは言うまでも無い ◆                  ◆                   ◆   あの殲滅作戦の日から早くも一年経った。なんだか最近、東国騎士団はバタバタしている。 「はぁ……抗争とはね。最近騎士団も怪しい連中と手を組んでいるようじゃないか」 「目的が一致しただけだ。団長、私とユリアは暫く東国を去るが、しっかり留守を頼む」 「ういうい、まぁ気をつけて行って来いララバイ……ま、お前は殺されても死なないだろうけどな」 ララバイとユリアが何処か遠くに出張らしい。 団長である俺でさえ完全に事態は掴めていないのだが、裏では色々と動いているようだ。 彼等はなんとも胡散臭い連中なのだが、彼女等を今になって引き止めるわけにもいかないだろう。 本当なら俺も着いて行きたいところだが、そういう訳にも行くまい。 「団長」 「どうしたユリア、トイレか?行っていいぞ」 「違います。その、東国騎士団は――間違っていませんよね?」 確かに子供染みた質問ではあった――が、ユリアの眼は真剣そのものである。 『正義』というフレーズを使わず『間違っていない』と問うあたりに彼女らしさを感じた。 茶化した自分を少し咎めつつ俺はこう答えた。 「当たり前だ。俺は必要悪で騎士団を指揮した覚えは無い。東国騎士団はいつでも己の正義を貫いている」 分かっている、自分が正義だ悪だの語る資格なんて無い事は。 そしてそれはユリアも同じだ。病的とも云える正義はララバイだけの物だ。 それでも……今の彼女に対する見送りの言葉はこんな言葉しか浮かばなかった。 だが、これだけは一つ言える。 正義とは時に個人に実力以上の力を引き出させる便利な物ではあるが、 もし、その正義を『打ち砕かれた』時―――それはそいつの最期だ。 「……そうですよね。じゃあ私もそろそろ」 「ああ、お前も気をつけるんだぞ」 二人は名残を惜しみつつも東国を後にした。 彼女達は強い、きっと帰ってくる。そう易々と死ぬようなタマでは無い事は十ニ分に承知している。 しているのだが――― 「竜の影が見えるね」 「見えるね竜の影が」 アクアとフレアには何かがユリア達に見えていたようだ。これは一体何を意味するのだろうか? 何とも言い表せないこの不安を、俺はいつまでも拭い去ることが出来ないでいた。 [東国の春 ユリアとジュバの休日/END]