ベッドの上で指折り数える。  肉体は未だに二十代。しかし何度数えても俺は今年で九十になる。  ガチ=ペドもヘイ=ストももう――いない。  勝手について来て勝手にくたばりやがった。  ヒャハッ ヒャハハハッ!  ……畜生。  今起きたばかりなのにまた眠くなってきやがった。  そういえば今王国じゃ新しい犬の調教中だったか。なら、少しだけサボっちまってもかま わねぇだろ。  俺はまた瞼を閉じた。  暗い闇の中で懐かしい声がする。  が――それは魔物の類だろう。幾度も経験してきたことだ。感傷に浸る心などとうに捨て てしまっている。 「出て来い、今なら四分割で済ませてやる」  腰の剣を引き抜く。長年愛用した無銘だが最高の相棒。 「君はあたし達を殺すの?」 「お主は我らを殺すのか?」 「お前は俺らを殺すのか」  三人のガキが暗闇の中から現れる。  どこかで見覚えがある。  それは――。  駄目だ。考えるな。俺はただこいつらを殺せばいいんだ。殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せコロ セコロセコロセこここkろろせkrここっろせ 「君はもう限界だよ」 「お主はもう限界だ」 「お前はもう壊れている」  黙れ、黙れ、黙れッ!  俺はまだ大丈夫だ。まだ殺せる。まだ、まだ……。 「君はもう十分に役目を果たしたんだ」 「お主はあるべきところに帰れ」 「お前はもう――用済みだ」  何かが、崩れた。 「うわぁぁぁーッ!!」  そのガキどもをそろって薙ぐ。  なのに、それはふらっと蜃気楼のように消え、また俺の後ろに現れた。  俺はまだ殺すんだ、こいつらもぶっ殺してやるし、魔王もぶっ殺してやる。  いや、違う俺はまだ殺し足りないんだ。もっと、もっと殺したい。殺し続けてやりたい。  殺す、殺すんだ。 「勇者もこうなったら脆い」 「脆いのならもういらない」 「もういらないなら――」  ――死んじゃってもいいよね。  三人が声を揃えてそう言った。 「くそっ、何が死んじゃってもいいよね、だ! 死ぬのはてめぇらだ、てめぇら殺して生き 残り続けてやんよ! ヒャハッ! ヒャハハッ! ヒャハハハハハハッ!!」  何が可笑しいのか解らない。それでも俺は腹の底から笑っている。 「いいよ――今まで世界を守ってきた対価」 「我ら世界の化身事象龍」 「揃ってお前の相手を仕ろうぞ」  あぁ、そうか――だから懐かしかったんだ。 「勇者殿ー。お国から使いの方が来ておりますよ。勇者殿ー」  ドアの外で宿屋の主人が戸を叩いている。  しかし、それに反応する人間はもういない。  部屋の中には三人の子供。  蒼のインペランサ。  暁のトランギール  はじまりのヴァーミリオン。  勇者の――否、勇者であった人間の最後を看取ったのだった。  今日、犬が死んだ。  国王にその事を報告。これを内密に処分し、早急に新しい犬を仕上げるように。との事 である。特務機関の皆は最終調整を早め、人民に不安を与えないようお願いしたい。  それと、ここから先は個人的、かつ私的な意見ではあるが記述しておく。  今回の犬にはいくつか不明な点がある。今までの犬は死ぬ時には今まで止まっていた時 が急に流れるかのように一気に老体化する。しかし、今回の犬――ガチ=ペドと呼称され ていた――はそういった事は一切無く、若い体のままであった。  歴代の勇者と一体何が違うのだろうか。  真実は分からない。しかし私が思うに、彼は我々が作り上げた人間から犬にしたのでは なく、普通の少年を犬に仕立て上げた事が原因なのではないだろうか。  それから、あの犬は現在確認されている何匹かの事象龍と接点を持っていたようだ。そ れももしかしたら――。  まぁ、推測で物を言うのは学者としてよろしくないか。  ここまでにしておこう。  しかし、この謎を解明することが出来れば不老も夢ではないのかもしれない。少しあの 犬の体に興味が湧いてきた。国王に解剖の許可を貰うとしよう。              特務機関長ゴードル=スミス 『遺跡から発掘された魔法紙より抜粋』