冒険者達/  青い空。白い雲。波は打ち寄せ、あたし達を乗せて船は進んでいる。  なんてさわやかな気分──と言いたいところだけど、あたし、ことガンファ・レンシィの気分は最悪だった。  こちとら巨人の里育ち。海なんて一度たりとも出た事は無い。  好奇心のままに、この仕事──通商船の護衛を引き受けたのはいいけれど、後悔する事しきり、だ。 「う゛ーーーー…」  淀んだ目で周囲を見渡す。見える者といえば甲板とマストと船員と。  それからアタシと同じくこの仕事を引き受けたウォル=ピットベッカーとか言うオッサンだった。  興味を失って視線をどかす。せめて遠くでも見ておこう。魔物が現れでもしたら堪ったもんじゃない。  今回の仕事は、前にも言ったとおりの護衛。  襲ってくる「かも」知れない魔物は、『ウォージャック』っての。  私の故郷じゃ全然耳にした事もないし、そもそも勉強は苦手だから知識も殆ど無い。  けど、亀の化け物みたいなので、一人ヤモメへの別称と説明されていた。 「あ゛ーーーーー……だめだ。頭ガンガンする……酒を飲んで世界を回せば少しはマシに……いや、吐くから止め止め」  ぶつぶつと呟く。むなしいが、こうでもしないとやってられない。  海岸線がずーっと続いている。この辺りは、潮の流れが特に激しいとか船員が言ってるのを耳にした。  ──止めときゃよかった。本当に。  どうしようも無くなって、あたしは目を瞑って甲板の上に平たくなったのだった。  ──そうしているうちに、どれぐらい時間が経っただろうか。   がだん、と言う音が聞こえた。ぐったりとしながら目を開ける。オッサンが立ち上がって、なにやら船べりから海を覗き込んでいる。   「えーと、ウォルだったっけ。どうしたん?」 「いや……どうもな。潮がいきなり凪いだ。ここの海域はこんな事滅多に無い筈なんだが」 「?」  厳しい顔で帰ってきた要領を得ない返事に思わず疑問符を頭上に浮かべ──  ざばり、と次の瞬間。何か大きなものが水を突き破る音をあたしは聞いて、その意味を理解した。  現れた奴の姿を見る事は出来なかったけど、耳をふさぎたくなるような轟音が響き渡る。  甲板の上に乗っかっていた樽も、船員も。勿論あたしも。  それに引き続いてやってきた衝撃に、思わず船の上を天井と床をひっくり返されたみたいに転がっていた。    そして、ひっくり返って目をあけてからあたしは、そいつの姿を目にしたんだ。  蜥蜴みたいな舌と馬面をしてやがる、甲羅付きの化け物──ウォージャックを。    ──後の話だからいえるけど、そりゃあたしはその時緊張してたね。  だって初仕事だもん。まぁ、常日頃から化け物みたいな──こう言っちゃ失礼か。  兎も角、あたしの倍も二倍も背丈のある巨人の親父連中に囲まれて育ったから、全然怖くはなかったけど。 「おい、警戒するんだ!!奴さんが出てきたぞ!!」  一瞬停止していた場を打ち砕いて、状況をあたし達に教えたのはウォル、とか言うオッサンだった。  こうしちゃ居られない。仕事だ、仕事。初陣はやっぱり勝利で飾らないとね。  船酔いなんて一秒で彼方に置き去りにして勢い良く跳ね起きた。 「──なーるほどね。それとオッサン、あんたこそ食われるんじゃないよ!!」  鎌首をもたげた化け物が船の上を見ている。ちろちろとどす赤い舌が覗いていて、酷く不愉快な気分になった。  挑発する様な調子でしゅるしゅると鳴き声が口の辺りから聞こえてくる。  あたしと、それからウォルとか言うオッサンが横列に陣形を構え、その後ろでは船乗り達が大急ぎでなにやら武器を探していた。  ──舐めんじゃない。一体誰だと思ってる。  自分を鼓舞する。そうだ。負ける筈なんか無い。巨人の子は戦士なんだ。  拳を拳骨に握り締めて、獰猛に笑ってやる。  さあ、食ってみろ。その牙で食えるものなら食ってみろ。 「──こいつは凶暴だからな。気を付けろ」  カタナ──とは言っても、西洋風の柄だけど──を構えて、油断無く化け物を見据えているオッサンが口を開く。  それだけを見れば随分と堂に入ってるけど──いざ相手を前にして、何言ってんだか。  巨人の流儀は、臆病者をとても嫌う、ってのをこれを読んでる人は知っておいて欲しい。  いざ戦いになったら、何があっても恐れてはならない、と言うのがそれだ。 「臆病風に吹かれたの?情けないね」 「油断をするな、と言う事だ──っお!?」  化け物が首を突き出すようにして──勿論、がばり、と顎を開いて──ウォルに喰らいかかる。  ばっ、とオッサンが間一髪で飛びのいたのを見て、甲板を思い切り蹴りつけた。  彼我の体格差は、およそ3mと1.6m。あたしにとっちゃ日常茶飯事の範囲内。  弓の様に──思い切り引き絞って。  足場の揺れは無視する。すぐに目の前に馬面がやって来る。  腰を大地に喰らい付く様に──落とす。  こっちに気づいたのか、化け物が首をよじりかけ──けど、それはあんまりに遅い。 「でりゃぁぁぁぁぁっ!!」  気合一発、中段正拳突き。ぼごん、と頭蓋骨を叩き砕く感覚。  よっしゃ、とガッツポーズをする暇も無く、更にもう一発!!  思いの他動きが鈍くて、調子付いたあたしは腰を捻って思い切り手刀を鼻面に──  ごぼん、といい手ごたえが帰ってきた。  鼻先が見事にへこんだ化け物は鼻血を噴出しながら、首を大きく持ち上げ絶叫をあげる。  うぉぉぉん。うおぉぉぉぉぉん。酷く耳障りだけど、これだけやればどうとでもなる。 「へへっ、どうよオッサン。あたし一人でも十分じゃん」  勝ち誇った顔で言い放ったあたしは、その時オッサンの持ってるカタナに血が中ほど辺りまでこびり付いてるのに気づけなかった。  ──それから、正直に言おう。その時のあたしは、本当に緊張していて、そのせいで油断してしまっていたらしい。  もっとも、気づけなかったんだけどね。恥ずかしながら。  そう、例えば。『その化け物の尻尾の辺り』とかに食いちぎられた様な後がある事、とか。  悲鳴を上げながら首を振り回す化け物ばっかり睨んだまま、ウォルは身じろぎ一つせず、下げていた鞄の中から、 スクロール──魔法使い以外にも呪文が使える様になる巻物の事、詳しい原理は知らない──を取り出して読み上げる。 「天帝に申し上げ奉る。律にして法の如く我が名を聞き届き鉄槌を下し給えと!!雷挺よ早く下れ我が敵へと!!」  野太い雷が──丁度、あたし達の怨敵、トールのそれみたいに何処からともなく現れて、化け物を瞬時に打ち据える。  大きく身もだえし、苦しんでる様な調子で後退して、顔中を真っ黒にしたそいつはやがて海の中に消えていった。  それを見て、ついでに止めを横から掻っ攫われた形のあたしは、勿論幾分不機嫌だ。  だって考えても見てよ。その時のあたしには、当然ながら一番打撃を与えたのは自分だって思えてたんだから。  読み上げ終え、未だにウォルはと言うと不機嫌な顔のままだ。  こっちを見るでもなくきょろきょろしてる。ため息を付いて、そいつの方に歩みよった。  文句の一つでも言いたい所だが、そこは我慢する。 「何不機嫌な顔してんのさ。もうやっつけたじゃん」  ──無視しやがった。あたしはコメカミの辺りを叩いて、それから少し頭を振って。  巨人のリングが揺れる感じを確かめながら、幾分腹立ち含みで言葉を出す。  これでも無視するなら、こっちにだって考えがある。 「返事も出来な──」  言葉が、遮られる。  何にかって?すぐにわかるって。  まぁ、冒険者ってのは魔物は殺せる。だけど、人殺しには中々抵抗感がある。  哀願する様な顔で、しかも悲鳴まで上げられてるのに殺してしまったりなんか(勿論、それは想像だけど)したら、 きっと一生忘れられないに違いないだろう。少なくとも、普通の神経があるならば。 「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」  耳を劈く、断末魔の悲鳴が聞こえて。  それから、船が再度大きく揺れたのは正にその瞬間だった。  ──その瞬間は頭の中から全部の事が消え去っていたんだと思う。  理解できていたのは、きっと人一人の生き死にがこんなにも残酷だ、って事と死への恐怖だけだったろう。  今まで目を逸らしていた事を目の前に突きつけられるのは、多分全部の中で二番目ぐらいには苦しい。  兎も角、直ぐにはっきりとした事がある。  あたし達の真後ろで。  さっき仕留めた筈のウォージャックと同じ、けど一回り以上も大きい奴が。  5mはあるだろうか。それでも負ける気はしなかったけど、足が動いてくれない。  今さっきまで忙しく働いてた船員の一人を加え上げて、勝ち誇る様に首を持ち上げてる。  死ぬほど苦しいんだろう。けれど、死ぬ事も出来ないままに、只管その船員は断末魔を上げ続けていた。  ぶらん、と彼から下がっている赤黒い物は何なのか想像したくもないし、 止まった脳みそは彼があたしの船酔いを心配してくれた人だったな、とか余計な事ばかり思い出させる。 「──!!──!!」  直ぐ横でオッサンが何かを船員に向かって叫んでいるがちっとも耳に入らない。  がり、ばり、ぼり。  やがて船員が化け物の口の中に完全に消えてしまってから、漸く止まっていたあたしの時間は再開した。  濡れ光る真っ赤な四つ目が、甲板の上を睥睨している。  ──恐れるな。ううん、今のも気の迷いって言うことにしておけ!!今は──それどころじゃ。  死に掛けた意識が覚醒してくる。それで、ウォルがあたしの横で、こっちを睨んでいるのに気づいた。  ──彼が大きく息を吸い込んでいるのが見える。 「目を覚ませガンファ=レンシィ!!お前はここで死ぬつもりか!!」  で、次の瞬間に聞こえてきたのが耳を劈くこの大喝だった。  ──びりびりと鼓膜が震える。  けど怒鳴られたのにも関わらず、あたしの心は昂ぶりを見せていた。  戦士、その役目は何か!!鉄槌と拳骨を持って敵を打ちのめす事だ!!ならば震えている暇などあろうものかよ。  唇が好戦的に釣り上がる。俗に言う『人が変わった』みたいな感覚だ。  顔を向けずに──もうそんな暇が無いからだ──あたしは、しっかりウォルに聞こえる様に言葉を口にする。  目には船員達が急い放りだしていた獲物を手にしていたり、化け物から距離をとりながら身構えるのが見える。  流石に戦力としては期待できないけど──それでも頼もしくあった。 「ごめん。ちょっと調子に乗ってたわ」  そうとだけ言うと、もう一度。今度は迷い無く、その癖静かな心持で拳骨を握り締めた。 「──そうか。解った」  ウォルからは、静かな声で答えが返ってくる。  ──とは言え。  事態は少し膠着状態に陥っていた。  その場にいるのは船員とウォルと、それからあたし。  手に手に獲物を構えて、十数メートル程も甲板の上を隔てて向かい合っている。  一方の化け物は、というと様子を伺うようにしてあたし達を睨んでいる。  流石にあそこまでデカイ化け物だと、幾ら巨人郷育ちのあたしでも単純に飛び込む事は出来ない。  頭を下げてくれなきゃ拳は届かないし、第一思い切り叩きつけられでもしたら船自体がイカレてしまう。  船底に穴を開けてあたし達を溺死させるような知恵が無いのは幸いだったけれど、余り良い気分とも言えない。 「……ねぇ。さっきの巻物(スクロール)、もう無いの?」 「取って置きだったんだ。他の種類ならあるが、あれ程大きいと効き目は薄いだろう」  取り合えず尋ねては見るが、答えは芳しくない。手に僅かに汗がにじむのを感じた。 「なら他に考えは?」 「無い事は無いな……賭けになるが」 「じゃあ教えて。──このままアイツの昼飯になるよりはマシよ」  今や船の縁から甲羅が見えるぐらいになったウォージャックを睨みながら言う。 「──綱のぼりに自信はあるかい?」 「……取り合えず、これでも体術専門だから。舐めないでくれる?」 「解った。じゃあ、作戦はこうだよ。先ず、私が飛び出してアレの注意を引き付ける。  その間に君はデッキマストによじ登って──真上から、脳天を叩き潰してくれ。流石に頭を潰せば化け物も死ぬ」 「OK。でも……」  甲板を砕かれる可能性が無いとは言えない。けど、現状だとマシな選択肢の方だろう。  ちらり、と件の化け物を見る。  アイツの頭も、背中の甲羅程じゃないとは言え、結構堅そうな上に大きい。  あたしと言えども素手で打ち抜くのは難しい気がした。  どうした物か、と一瞬考えてそれから船員の一人が幅広の剣を握り締めているのが目に入る。 「ごめん。ちょっとその剣貸してもらえない?」  急な申し出なのに、即座に武器を投げ渡してくれる。  ──良し。  ウォルもあたしの意図を理解したのか、無言で軽く頷く。 「それじゃ、一、二の三で」 「解った。──それと、死なないようにな」  あたしは、まぁ解るだろうけど素手ゴロが専門だけど、それなりに武器だって扱える。  出来るだけ武器も使えるようにするのは格闘家の基本。  ただ、結果的に使う比率が素手の方が大きいってだけの話だ。  さて、そろそろ。一、二の── 「三っ!!ウォル、あなたこそ死なないようにしてよ!!」  そして合図をあわせると殆ど同時に甲板を蹴った。  一目散にマストに飛びつき、よじ登り始めるアタシを尻目に、化け物は猛烈な勢いを付けてウォル目掛けて喰らいかかる。  ──見事に狙いバッチリ。やっぱ化け物は化け物だった、って事だろう。  ぐらぐら船が揺れに揺れているが、文句は言えない。これでもベストと言える状況だ。  それにしても。  腰のベルトにブロードソードを引っさげ、ぐいぐい昇りながら、壮年の冒険者をちらと見てため息を付く。 「──やっぱ、ベテランは違う、か。悔しいけどね」  前は目の前の事しか見えなかったけれど、こうやって距離をとってみると彼が所謂達人である事が一目でわかった。  さっきのアレは間一髪の避難、では無く紙一重での回避だったってことだ。  時折、舌や柔らかそうな皮膚の部分を狙っては斬り付け、見事に役目を果たしてみせるウォルにあたしも負けじ、とついに到達する。  潮の匂いと、化け物の血の生臭い匂いが混ざった風が横顔を過ぎる。  感慨を覚えないでもないが、そんな暇も無い。  ──すらり、と腰にさしていた剣を引き抜いて両手で握る。  眼下に広がるのは化け物と船員とウォル。  失敗なんて出来ない。飛べるか?  飛べる。飛べるに決まってる。  巨人の子は戦士だ。戦士は死地を恐れない。  そうだ──飛べ!! 「っうぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」  絶叫を上げ、あたしは床板を蹴って宙に踊りだした。  永遠とも思える浮遊感。頬をえぐる様な暴風。  けれど、それは簡単に乗り越えられる。  ──目の前に、あっという間に化け物の頭が迫ってくる。 「くたばれ、糞化け物ぉぉぉぉぉぉぉっ!!」  どずん、と。確かな手ごたえと。  アタシの両足がウォージャックの頭蓋骨を踏み砕く感覚。  ……まぁ、ここからは情けない話なんだけど。  こいつの頭を甲板に叩きつけてから、足にじわじわ痺れる様な感覚が這い登ってきて。  更に言うと、初めての実戦で緊張感が途切れたせいもあって。  あたしはそのまま、何とも薄気味の悪いベットの上で気を失うようにぶっ倒れたらしかった。  ──もちろん、ウォージャックが脳みそだとか色々はみ出しながら死んでる所を確認した上で、ね。 「──全く、無茶をする子だ」  遠く、苦笑する様なウォルの呟きが聞こえた。  お前が言うなと反論したかったけれど、私はそのまま意識を手放したのだった。  後日談  交易品で賑わう港町は場末の酒場。  木のストールがカウンターやテーブルに配され、主人や給仕娘達が忙しく動き回っている。  近海に関する噂話──例えば、ウォージャックに襲われた交易船が何とそいつ等を返り討ちにした──やら、 最近の交易に関する相場、娼婦に袖にされたとか言う愚痴、果ては天気の話やらさえ飛び交っていた。  何ともこの場に相応しい猥雑さであり、それは正に彼等の様な人種に相応しい酒場である  そして、奴隷商人やら海賊やら冒険者やらと言った脛に傷のある連中がたむろしているその一角にその二人は居た。  一人は未だ少女、と言っていい年頃の冒険者──ガンファ=レンシィであり、 今一人は壮年の男冒険者──ウォル=ピットベッカーである。  彼等のテーブルの上には山盛りの料理と、幾分上等なラム酒の瓶が二つ。  男は、というと何を言うでもなく並々と酒の注がれたゴブレットを傾け、娘の方は飢えた狼宜しく皿の上の海産物を口に運んでいる。  ──因みに、どう言う胃袋をしているのか、加速度的な勢いで次々と料理は彼女の口の中へと消えていく。 「あー、やっぱ一働きの後の飯は旨いわ。──っと。ねね、食べないならそのロブスター貰っていい?」  などと言いつつも、ガンファは手を皿に伸ばしていたりもする。  ひょい、と彼女が引ったくりかけた料理を、しかしウォルは片手で皿ごと持ち上げて避ける。  ずず、とその間にも酒を啜っている彼を見て、諦めて彼女もカップにラムを注ぐと傾けた。  喉を焼く様な旨み。矢張り、酒はこうでなくてはいけない、と彼女は思う。  ──こうしていると、巨人郷(ジャイアントヘイム)の事を思い出す。  タイタンの大魔法使いや大賢者。サイクロプスの職人。そして、彼女にとっては師にも等しい霜や炎の巨人達。  厳しい者もいた。恐ろしげな者もいた。だが、それ以上に陽気で愉快な連中も多かった。  幾ら不可侵協定が成立しているとは言え、魔境と言っても過言ではない場所なのだが、彼女にとっては忘れられない地であった。  故郷は遥かにありて想う物──それは誰にとっても例外ではあるまい。  それから……人の世界は彼女が知っている場所よりも大分厳しいらしい、とこれは最近知ったばかりの事だ。  拳で倒せる者は倒してしまえる。だが、そうでない者はどうしようもない。  まぁ、そんな事は今はどうでもよかろうが。 「そう言えば」  気分を変えて、カップをテーブルに置くと口を開く。 「何で、あそこで二匹目が来るって解ったのさ?」 「ああ……それなら、ほら。尻尾に噛み傷があったじゃないか。あれを見て、もしやと思ってね」 「……?何でよ」 「ウォージャックは交尾期になるとその時だけ番を作るんだけど、終わったら雌が雄を食べてしまうんだ。  本の受け売りだけど──まぁ、予想が当たって良かった」  言うと、彼は笑う。酒が入ったせいだろうか。随分と雰囲気が変わったような印象を娘は覚えた。   「予想が外れてたらどうするつもりだったのよ……」 「その時は、二匹目かいなかった、ってだけの話だと思うな、僕は」 「……僕?今、僕って言った、もしかして」 「それがどうかした?」 「止めてよ、その一人称。貧弱な男は恋人出来ないよ?まさか、あなた程の冒険者がその年で童貞って訳でも無いでしょ?」 「……」  男は言われ、何故かむっつりと押し黙った。  不機嫌そうな顔で、一気に酒を煽る。  一方のガンファはというと、彼を指差したまま固まっていた。    ──地雷か。地雷を踏んだのか!?  思わず焦って慰めの言葉を捜すが、フォローのしようもない。  やがて。男は何を思ったのか急に遠い目をすると、重たげな口を開いて。 「──彼女は今も月に居る。なら、僕はそれでもいいさ」  酷く懐かしそうな言葉で、遠くの恋人に祈るよう、そう言葉を紡いでいた。  これにて此度の話は御仕舞いと相成り──けれども冒険者達の旅は終わらない。  それぞれの祈りがあり、それぞれの誓いがあるだろう。  願わくば、彼等が彼等の望む場所に辿り着かん事を。