24時の魔法使いSS・クゥクンメイン 『彗星の使い手』 報告書 機械兵暴走事件についての詳細。 先月発生した、戦闘用機械兵士の暴走による被害。 住宅二棟の焼失、二十棟の損壊及び損傷。 住民は四十八人が軽傷、重傷・死亡者はなし。 この程度で済んだのは幸いと言えるでしょう。 しかし、迅速な対応が出来ていればもっと被害を抑えることが出来たはずです。 (中略) 肝心の暴走原因ですが、どうやらメンテナンスが招いた誤作動のようです。 以上で報告を終了いたします。                 クゥクン・ルイルイ 「終わった、やっと終わった」 ほーっ、と深く息を吐いて、私は椅子に体を沈めた。 こうした立場に選ばれてもう二年になるが、これだけはどうにも慣れない。 簡単に要点だけをまとめて提出すればいいのだろうが、私の性格がそれを許してはくれない。 「あーぁ、損な性格……」 ため息を一つ吐き出して、今後の予定を頭で組み立て始める。 しかし、私の立場がそれをさせてくれなかった。 「クゥちゃん、いる?」 声と共に、首にかけた水晶が輝く。連絡を取るための魔術的通信だ。 「はい、何でしょうか」 言いながら私は身支度を整える。聞こえてきた声に緊張が感じられたからだ。 「ちょっとトラブルがね、室内に立てこもった阿呆がいて」 予感的中。壁に立てかけていた愛用の刀『彗星』を手にとり、窓を開けた。 「わかりました、今すぐ行きますので」 目に飛び込んできたのは、町並みと真っ青な空。太陽は程よいぬくもりを放っている。 日光浴に最適な日だなぁ、午前中に終わるかな、などと考えながら、私は外へと飛び出す。 「ごめんねー、早速だけど場所は……」 風を体全体で感じながら、遥か下へと落ちてゆく。高さはおよそ三十階相当。 普通なら死んでしまう高さだが、私にとっては押入れから飛び降りるのと同じ感覚だ。 手頃な着地場所を建築物の上に見つけ、そこ目掛けて足から落ちる。 「クゥちゃんがくるまで、何とかもたせておくから」 着地の瞬間に膝だけではなく体も曲げ、全身で衝撃を吸収。 その衝撃が体内で爆発する前に床を蹴って飛ぶ。 衝撃は推力に変わり、私は勢いをつけて前進する。 問題が起きている場所は近い、急げばすぐに着くだろう。 建物の上を飛ぶように渡りながら、到着するまでの時間を計算する。 「大丈夫です、二分とかかりませんから」 計算の結果を告げ、風になって駆け抜けた。 剣聖としての務めを果たすために。 ※ 「お待たせしましたっ」 予想通り二分とかからず現場の工場に到着。すぐさま部隊長が状況を説明する。 犯人は複数、以前までこの工場で働いていた人達。 社長への恨みを晴らす、という至極個人的な理由での襲撃。 彼らは従業員や見学にきていた学生達を人質にとり、要求を突きつけてきた。 内容はお金と自分達に高い地位を渡せ、と言う物。 こちらとしては突っぱねたいのだが、拒否すれば人質を殺すと言う。 「困りましたね……」 無関係な人の血が流れるのは極力避けたい、勿論隊員達もそう考えている。 そのために作戦を考えたものの、適任者が見つからず、やむなく私が呼ばれたそうだ。 「なるほど、それでその作戦は?」 作戦内容は内部からの攻略。 具体的には、こちらで囮を用意し、その囮と一般人の誰か一人を交換。 その後に救出班を待機させ、見張りを無力化してから突入。 人質の安全を確保してから、リーダーを取り押さえる。 ただし、囮役は危険が伴うし、顔が判明しているとこちらが不利。 そのために部隊からは誰も選べなかったのだ。 確かに私ならば相手も油断するだろう。 服を着替え、刀を置いてしまえばただの少女にしか見えないのだから。 まさか十四歳の少女が剣聖だとは思わないだろう。 「すまない、危険な役目を押し付けてしまって……」 そう言ってうつむく隊員さん。思わず心がじーんとなる。 「優しいんですね……でも、大丈夫です。これでも剣聖ですから」 そう言って私は簡易着替え室へと向かった。 大丈夫とは言ったものの、少し不安があった。 『彗星』は置いていかなくてはいけない。持てる武器は小太刀が二振りのみ。 この小太刀も業物ではあるけれど、『彗星』と比べるとリーチや切れ味が劣る。 それに、もし犯人グループの中に『ある趣味の人』がいたらと思うと…… いや、考えるのはよそう。最悪を想定して戦えとは教えられたけれど、想像しすぎもよくない。 前向きに前向きに。きっと上手く行く。 頑張るぞっ! ※ 前言撤回。非常にマズい事になりました。 原因は私。こともあろうに、わ・た・し。 幸い、見張りを無力化して救出班が突入したのでおーけーです。 いや、全然おーけーじゃないのですがおーけーなんです。 自分の言っている言葉もわからないくらい。 そして今現在の私は、スカートがはためいて下着が見える事も気にせず逃走中。 室内だからスピードが出せません。角で曲がれずぶつかっちゃいます、と言うかました。過去形。 後方には追跡者の姿、正直かなり怖いです。追われる経験なんてニ、三回くらいしかないのですよ。 まさかあんなのがいるなんて思わなかったなぁ。完全に誤算です。 一応戦ったのですが、小太刀が一本折れちゃいました。 『彗星』があれば話は別なのです。 でも、隊員さん達は救出班の手助けに行っていますし、忘れたかもと不吉な言葉が聞こえました。 だから受け取れる確立は絶望的。自分で取りにいくしかありません。 ああ、それにしても、なんだってあんな場面で…… 人質交換は上手くいきました。見張りの無効化及び救出班の突入も同様です。 けれど、そこで問題が発生してしまったのです。 リーダーを取り押さえようと、工場内を動き回っていた時のことでした。 どこからか聞こえてくる、くぐもった声。 聴覚を頼りに進んでいくと、人気の無い倉庫が。 そして聞こえる男の声。 まさか、まさかまさかまさかっ……!! 倉庫の扉は開きっぱなしだったので、気付かれないように中を覗く。 いた!男が一人と……年端もいかない少女が一人。 ご丁寧に手首を縛られ、タオルで口に猿ぐつわ。 何をしようとしているのかはすぐにわかる。 この後に起こるであろう光景を想像した瞬間、体の何かに火が点いた。 怒りにも似た感情が湧き出て、抗いがたい意識が体を蝕んでいく。 脳裏に浮かんでくるのは一つのイメージ、黒い球体。 一つしかない目をカッと見開いて……!うぅぁぁあぁあぁあぁぁぁ!! もう限界だった、気がつけばその男に向かって駆け出していて、偶然落ちていた角材を持っていて。 「こぉの、ロリコンめぇぇぇぇぇっ!!」 工場の外にまで聞こえるような声量で、男に罵声を浴びせながら、全力で頭を殴打していた。 全てがゆっくり動いて見える世界の中で、男は左に倒れていく。少女は唖然の表情。 私はしばらく荒い息を吐いていた。 「……クゥちゃん?」 水晶からの声が意識を引き戻す。しまった、またしてもこんな大事な時に。 顔を真っ赤にして俯きたかったけど、そうしている暇はない。 少女の縛めを解き、既に突入していた救出班に後を任せました。 倉庫を飛び出して、早速犯人グループ数名と出くわしてしまいました。 けれど、その表情は緩んでいます。子供だと思って油断しているのでしょう。 「外見で判断しては、いけませんよ」 呟いて、一閃。残像が残るとまではいかなくとも、消えたように映る速度で動きました。 鋼の煌きが鞘に収まる頃、彼らはその場に崩れ落ちています。 「安心しなされ、みねうちですから」 そうして進んだ先で、全体的に四角い、四本腕の黒い機械兵に出くわしてしまい、今の状況があるわけです。 ※ 現在、リーダーの居場所を突き止めるのは難しくなっています。 先程の一件で、誰かが忍び込んでいることに気付いたはず。 その場合、当然の如く侵入者を排除しようとするでしょう。 それは人質の命を危険にさらしかねません。 剣聖にあるまじき失態でした。追われてしまうし。 でも、落ち込んではいられない。ここで私が頑張らなくては。 思い出せ思い出せ、『あの人』の言葉を、こんな時どうすればいいのかを。 脳裏に浮かぶのは、敬愛する人からの言葉。 『いいか、過ぎてしまった事は仕方ない、と考えろ』 『起こってしまった事に捕われてばかりでは、成功するものも成功しなくなる』 『だから割り切れ。そして今後どうするべきなのか、どうすれば挽回できるのかを考えろ』 そうだ、大切なのは今。失敗した分は後から取り戻せばいい。 だから考えろ考えろ、どうすればあの機械兵を無力化して、救出班の手助けにいけるのか。 その方法あるいは手段を考えろ……! 手元にあるのは折れた小太刀。使おうと思えば使えるが、流石に無理があるかもしれない。 その時、私の視界に赤い円筒状の物体が目に入りました。 方法が閃いた私は、その円筒物を手に取って踵を返します。 向かってくるのは黒い機械兵。迎え撃つのは私。 加速し、自分から飛び込む形での迎撃。 天井すれすれまで跳躍し、手にもった円筒物――消火器を横殴りに叩きつける。 金属同士がぶつかる鈍い音が響き、黒い機械兵が僅かに傾く。 消火器もひしゃげ、隙間からは粉末状の消化剤が漏れ出している。もう武器としては使えないだろう。 黒い機械兵は倒れない。持ちこたえ、再び私を捕まえようとして、できなかった。 機械兵の足元には、破損したレンズの一部が落ちている。 そう、私は消火器でカメラ部分を狙ったのだ。装甲が堅くてもカメラ部分には限度がある。 破壊とは行かなくとも、ヒビを入れるだけで全然違ってくる。 今の機械兵は闇雲に腕を振り回すだけの鉄塊と化していました。 けれど、そこで僅かに油断した。背後から迫っていたもう一体に気付けなかったのだ。 「しまっ……後ろに」 慌てて振り向いたが時すでに遅く、私は機械兵に捕らえられてしまった。 機械兵の力は強く、振りほどく事は出来そうにない。 そのまま私は、おそらくリーダーがいるであろう場所へと連れて行かれてしまった。 ※ 部屋には同じ機械兵が二体、リーダーの男を守るように立っていた。 私は両手と両足を開かれた、磔のような姿勢でその男の前まで連れて行かれる。 「ほー、どんな奴が暴れたのかと思えば、こんな可愛らしい嬢ちゃんとはな」 細い顔立ちで、短く刈り取られた髪。目は細くて、なんだか嫌な空気を感じる。 嫌な空気を感じる時は大抵あの黒い球体に関係しているのだが。 「殺さないといかんけど、ただ殺すのは勿体ないなぁ」 再び強まる嫌な予感。背筋を何か冷たい物が流れ落ちる。 もしかして、と言う思いが前進を駆け巡っている。 「見た所まだ子供だけど……だからこそかな」 ピンチピンチ大ピンチ。嫌な予感がびんびんです。 「い、いいいいいいいやぁっ!絶対嫌だっ、そんなことされるくらいなら、いっそのことじが」 その言葉は途中で遮られた、リーダーの男が私の口にタオルを巻いてきたからだ。 喋りすぎてしまったようです。これで自害は出来ません。 何をしているんだろうか私は。 「さぁて、おしおきの時間だぞぉ……」 そのおしおきの内容が用意に想像できてしまう。 それに反応してか、再び私の中に火が点くけれど、全く機械兵は動じない。 「駄目駄目、動くときつくなりますよ?」 その言葉に偽りはなく、私を拘束する手の力が強まった。 何も出来ないまま、この男のいいようにされてしまうのだろうか。 剣聖なのに、武器がなければ何も出来ない悔しさが胸を満たす。 涙が溢れ、視界がぼやける。 「いいね、いいねぇその表情。楽しみだよ」 男の声が聞こえる、表情は良く分からないが、きっと笑っているのだろう。 ああ、私は、私はこんなにも弱かったのか。情けなくて、悔しくて、涙が止まらなかった。 でも目は閉じない、定まらない視界で男を睨み付けてやる。 一瞬男はひるんだが、それが私に出来る精一杯だった。 何事も無かったかのように私の服に手をかける。 だがその時、気高く凛とした声が男の手を、私の涙を止めた。 「アタシの妹に、何をしている?」 現れたのは、黒い瞳に銀髪の女性。 女性は悠然とした足取りで、こちらへと歩いてくる。 たったそれだけなのに、何故鳥肌が立つのだろうか。 目の前の女性が、何倍にも膨れ上がって見える。動けない、いや、動かせてはくれない。 彼女――12賢者が一人『アイシオン・レシオン』は、圧倒的な威圧感を纏って現れた。 ※ 「ア、アイシオン・レシオン!?」 リーダーの男が声を張り上げる、あの人の威圧感にうろたえているのは明らかでした。 「ふむ、意外だねお兄さん。12賢者をご存知かい」 「だが、俺の目にはレディースにしか見えないんだがな?」 確かに、サラシに膝までの黒いレザースカート。それと同じく黒のロングコートは賢者らしからぬ格好です。 露出が無駄に多いし、体の線だって丸分かり。私はあんな格好が出来そうにありません。 「レディースとはいい例えだ。でも、外見で判断すると痛い目をみるよ」 言葉と共に、周囲の温度が下がったような気がしました。 様々な国家が抱え込もうと、躍起になるだけの実力はあります。 現に、男は一歩も動く事が出来ていません。 圧倒的で、絶対的な力の差。ですが、ここで男は我に返ったように声をあげました。 「いや、やめておこう。室内ではアンタに適う筈もないからな」 だから、と言って男が腕を振り上げる。 それに反応して、部屋全体が振動を始めた。 床に亀裂が走り、地面が割れる。 そこから出現したのは、全長五メートルほどの大機械兵。 頭の上に男を乗せ、部屋を破壊しながら外へと逃げ出す。 「外に逃げるか、まぁ逃げてもいいけれど……クゥだけは返してもらおうかね!」 大機械兵に続いて逃げ出そうとする機械兵達。その中の一体―つまり私を捕らえている奴が異様な音を立てる。 金属が潰れ、ひしゃげるような音が連続し、私の視界が上へ上へと上がっていく。 斜め45℃位になる頃、機械兵は完全に潰されていた。 「大丈夫か?クゥ」 私を拘束していた機械兵の指が、外側へ向けてありえない角度で開いた。 駆け寄って、私のタオルを外す。 「ね、姉様……っ」 自由になった私は、そのまま姉様―アイシオン・レシオンのふくよかな胸にダイブ。 「悔しかっただろ、怖かっただろ」 姉様は優しく背中をさすってくれた。それだけで不思議と心が落ち着いてくる。 「でもごめんな、悔しがって怖がるのは後だ」 ※ 私からゆっくりと離れ、真っ直ぐに瞳を見つめる。 そして、問いかけがきた。 「お前が今やるべき事は、何だ」 『あ』と、自然に声がでた。 「泣いて悔しがって、自分には何も出来ないと駄々をこねることか」 そのままであったら、きっと自分が行っていた事を、される前に否定してきた。 「違う、違うだろクゥ。お前には力があり武器がある」 いつの間に持たされていたのか、目の高さに上げられた手には『彗星』が握られていた。 「お前の速度はそれ自体で武器だ。今回はたまたまそれが活かせなかっただけ」 何も言えず、何も出来ず。ただ言葉が耳から脳へと伝わる。 「だったら、今の状況はどうだ?犯人は外へ逃げた、その、外という状況なら」 外、その言葉を理解するまでに、酷く時間がかかったような気がする。 「外なら、狭い通路や天井の無い外なら」 「私は、全力で戦える……?」 姉様の言葉を引き継ぐ形で、私は答えた。今、自分がやるべき事を。 「上出来」 姉様の顔に浮かぶのは、満面の笑み。 それは、子供が頑張った時に、母親が浮かべる笑みに似ていた。 そして、何かを投げてよこす。 受け取ってみれば、それは着替え室に置いてきた、私の服だった。 「その服も似合うけれど、戦闘には向いてないからね」 私が剣聖に選ばれた時に、姉様が贈ってくれた宝物。 「悩むのは後からでも遅くない」 いつの間に距離を詰めていたのか、優しく頭を撫でられた。 手のひらから確かに伝わるのは、強くて柔らかなぬくもり。 「はいっ!」 背中を、そっと後押しされた気がした。 直接ではないけど『大丈夫』と言ってくれた。 普通の服を脱いで、私の、自分の服に袖を通す。 ―今の私に出来るのは、剣聖として戦う事― 最後に、降ろしていた髪を結う。珍しい縦のツーテール。 ―そのための力なら― 『彗星』の鞘を、親指で僅かに持ち上げる。 淡い蒼の光が僅かに漏れた。 ―ここにある― 人がいない事を確認し、勢い良く前に振りぬく。 鞘は高速で吹っ飛び、地面に突き刺さった。 それまで隠されていた刀身が露になり、輝きは一層強くなる。 「参ります」 ―盾持たぬ人の盾となり― ―刃持たぬ人の刃となれ― ―決意を絶えぬ灯火として― ―守るために力を振るう― ―何も恐れる事はない― ―それは信念の篭った決意の刃― ―それは相手を間違わぬ剣― 蒼く煌く星を手に、栗色の風が駆け抜ける。 ※ 外に飛び出して一番に見たのは、いたる所で黒い機械兵が隊員さんに襲い掛かる光景。 だから私は駆けて、機械兵を斬り捨てる。 瞬間的に腕や胴体を斬り刻まれた機械兵は鉄屑と化す。 「クゥちゃん……」 細かい怪我こそあるものの、隊員さんは無事でした。 「お怪我が無くて、なによりです」 それよりも、大機械兵は何処に行ったのか。 「ここから真っ直ぐ直進した所だよ。距離は十メートル、クゥちゃんなら一瞬で追いつけると思う」 「でも、あの機械兵は……」 隊員さんは答えません。変わりに立ち上がって、銃を手に取ります。 それが答えだと言うように。 「ま、やるだけやってから任せても、遅くは無いかなって」 笑顔を向けて、駆け出していきました。 でも、大機械兵を倒したとしても黒い機械兵は止まらないでしょう。 被害を抑えるためにも、素早く掃討しなければいけません。 十メートル。全力を出せば周囲の機械兵を斬り捨て、一瞬で詰めることが出来る距離です。 でも、そうすると衝撃波で周囲に被害が及んでしまう。 その時、一斉に機械兵の動きが鈍ったのです。 「室外は苦手ったってね、これくらいは出来るんだよ」 ひっそりと、壊れた工場の一室で呟く賢者が一人。 「ま、これくらいが限度だけどね。後は任せるよ、クゥ」 自らの娘であり、妹でもある剣聖を想っていた。 機械兵の動きが鈍ったのは、きっと姉様が重力を強めたからだ。 うっすらと重力の膜が張られた隊員さんは、必死に機械兵を足止めをしてくれている。 私が全力を出し切れるように。素早く終わらせる事が出来るように。 ああ、一人じゃないんだな、と思った。 一人では何もできない、とは思わない。助けてもらった分だけ、強くあろうと思えるから。 支えてもらった分だけ、頑張れるから……! 早く終わらせて温泉にでも行って、みんなでゆっくりしよう。 国に属してはいけないけれど、関わるのは許されているから。 そのためにも、全力で。 速度を上げろ、最初から全力で、壁をブチ破れ。 駆けろ駆けろ速く速く、誰の目にも止まらぬほどに、過去の私しか見えないくらいに!! ※ 瞬間、天駆ける星の煌きと、その使い手は軌跡になる。 人々は見た。自分の身長より長い刀を持つ少女が、何人も駆け抜けるのを。 それは彼女が辿った軌跡であり過去の幻影。 現在を過ごす少女は今、空に舞っていた。 「お嬢ちゃん。空中は一番いてはいけない場所だぜ!!」 男の声と同時に、大機械兵の持つ銃が火を噴いた。 弾丸の大きさも、破壊力も通常火気の比ではないそれが、空気を喰らいながら少女に迫る。 だが、少女は動じず、落ち着いた様子で大刀を振るって正面から叩き斬る。 さらに、それだけにはとどまらない。大刀を振るった反動を利用しての高速移動。 彼女の速度は大刀によって制御されていると言っても、過言ではなかった。 そのまま、大機械兵の足元へと急降下する。 「な……馬鹿な!!そんな馬鹿な!!」 男は失念していた、目の前の少女が剣聖だと言う事を。 どんな外見であれ、遥かに上の存在であることに変わりはないのだ。 最後の手段とばかりに人間の姿を捨て、機械の姿を曝け出し、全身の火気を使って迎撃しても届かない。 星空に手を伸ばしても、その星が掴めないように。 迫りくる少女は、その意味はまさしく『星』だった。 「秘剣・流れ星」 男―暴走した『機械兵』と『剣聖』である少女が接近し、すれ違う。 最後に激しく輝いて、蒼の星が落ちる。 少女は既に地面に降り立ち、それでもまだ止まらない。大機械兵から離れるように進む。 数十メートルほど前進しながら、大刀を進行方向と反対に振るってやっと止まった。 時間が止まったように、誰もが魅入っていた。 ゆっくりと、非常にゆっくりとした動きで、機械兵達の体が崩れていく。 彗星が駆け抜けた印に沿って、しかしそのことに気付かぬまま。 蒼の軌跡をさらうように、遅れて衝撃の波がやってくる。 その突風は全てを吹き飛ばすように、鉄屑を彼方へ運ぶ。 罪も過ちも斬り捨てて、包み込んで。 ※ 報告書 工場襲撃事件についての詳細。 先週発生した、工場襲撃事件の被害。 工場の四分の一が破損。機材数十点が破損 住民は二人が軽傷、重傷・死亡者はなし。 工場で開発されていた都市防衛用大型機械兵士一体と、小型の機械兵士数体がジャンクに。 工場襲撃事件の首謀者は先月の暴走した機械兵。 どうやら、討ち漏らした一体が戦闘プログラムに従って工場を制圧した模様。 戦力増強の手段として、工場内で開発されていた都市防衛用の機械兵士を改造、配下にした模様。 なお、主犯の機械に強力していた男達は正体を知りませんでした。 (中略) 以上で報告を終了します。                 クゥクン・ルイルイ 「終わった、やっと終わった」 椅子に体を沈め、思うことは一つ。 ―今日は何事もありませんように― でもその望みも、水晶から聞こえる姉様の声に打ち砕かれてしまいます。 「暇なら付き合え。遊びに行くぞ……ふふふふふ」 ひと波乱の予感に、ため息が止まりませんでした。 おしまい ■ 貴方の絵がなければ、この話は無かったと思います。 クゥクンを描いてくれた絵師あきに感謝。 ■設定とか。 アイシオンもクゥクンも元は魔物。アイシオンは八代目に、クゥクンはアイシオンに薬を飲まされて人間に。 外見や思考、体内構造は人間と同じだが、発揮できる力や強度などは魔物のまま。 故に、驚異的な速さで移動が可能。 今はまだ完全な制御ができない。 そのために『彗星』を舵代わりにしている。 ロリコンを嫌うのは、過去に事故でアイシオンの研究物である『べあぁどさま(の一部)』に触れたため。 大刀の『彗星』はアイシオンが遺跡から拾ってきた物。 刀身は蒼く輝く、材質不明、最高高度不明、切れ味抜群の化け物刀。