シャラSS 『幸か不幸かわからない旅立ち』 空は雲一つ無い晴天。 それはまるで、私の旅立ちを祝福しているかのような気候だった。 住み慣れた家とも、大好きな父さんと母さんとも、今日でしばらくお別れになる。 嬉しさと寂しさが入り混じった、複雑な気持ち。 風が吹き抜けて、私の髪を撫でていく。 街道沿いに真っ直ぐ歩けば、二十分とかからず町に着くだろう。 思い出すのは父さんと母さんの言葉。 ―旅の中で迷う事もあるだろう。そうなったら自分が進みたい方向に進みなさい― ―悪い事も楽しい事もあるけれど、それは貴方の経験になるから― 私は小さい頃から、両親の武勇伝を聞かされて育ってきた。 そうすると、冒険の世界に憧れるのは必然的なことで。 物心ついたときから冒険者になりたい、と強く願っていた。 そのための努力をして、やっと夢の第一歩を踏み出す事ができたのである。 今は冒険者ギルドに所属するための手続きをするべく、隣町へと向かう途中。 のどかな田舎道だから、魔物に遭遇する事もほとんど無いだろう。 「ちょーっと退屈というか、気抜けするというか」 平和が一番なのだろうけれども、どうしてもどこかでトラブルを望んでしまう。 例えば、いきなり龍が現れるとかスケールが大きい奴。 まぁ、実際に現れたら困るんだけれどもね。駆け出しだから実力もそんなにないし。 ―訓練の決まった内容だけでは、実戦の予想外の展開に対応できない― 耳にタコが出来るほど聞かされた言葉がよみがえる。 一応両親相手に模擬戦闘をしていたものの、あくまで模擬だから手助け程度にしかならないだろうし。 それでも、それでもやはり好奇心は押さえる事が出来ないんだよねえ。 草の上に座って休憩しながら、そんなことを考えていた。 すると、何かがはいずる音が聞こえてきた。 ※ 「―!」 素早く起き上がり、腰の剣に手を伸ばす。 まだ駆け出しとは言え、冒険者の娘だ。殺気の有無くらいはわかる。 多分、魔物だ。この近くに出てくるならたいした事はないだろう。 けれど油断はできない、私にとっては初めての実戦なのだから。 音が大きくなる、近づいてきている証拠だ。 不意に音が消えて、私は咄嗟に身を横に転がした。それはある種の勘だったのかもしれない。 ついさっきまで私がいた場所に、子供くらいの大きさのグミが存在していた。 半透明で、桃色。触るとぷにぷにしていそうな外観のそれはとても美味しそう。 でも、いくら美味しそうな外見でも、魔物は魔物。 可愛い女の子とか、綺麗なお姉さん、果ては美青年なんて外見の魔物もいる。 さらに恐ろしいのは、外見=強さではないモノも存在する所。 私の目の前に現れたのは、『スライム』 駆け出しの冒険者でも戦えるような、雑魚と称される存在。 弱いことに変わりはないが、桃色のスライムは催淫性の粘液を持っていると図鑑に載っていた。 そうして抵抗できなくなった獲物を、ゆっくりと味わうのだ。 うう、魔物に骨抜きにされた挙句(二重の意味で)食べられるのなんて絶対やだ。 でも、私が防具をつけている個所は少ない。 なぜなら、剣士であり、格闘家でもあるから。だから身軽さは重要なのだ。 現在の服装は、鋼鉄製の胸当てと臍上までの布服に手甲。下はスパッツと脚甲のみ。 当ててください(二重の意味で)食べてください、と言っているようなもの。 で、でも当たらなければいいだけだし、身軽だからきっとかわせるよね、ね? 「食べられて、たまるものですか」 気合を入れて、立ち上がり、剣を抜く。距離は大体二メートル弱。 粘液に気をつければ怖い相手じゃない。 まずは牽制の意味合いをこめて攻撃を繰り出す。 超遠距離から踏み込んで突く『脱兎一撃』 父さんから教わった移動術『跳地』と母さんから教わった突きを組み合わせた技だ。 本来ならもっと遠くからだけど、別に近くで使っても問題なし。 吸い込まれるように真っ直ぐ、スライムの体へ剣は進んで、突き刺さる。 突き刺さる感触が伝わって、スライムの表面がぷるぷると波打った。 相手の攻撃がこないうちに剣を引き抜き、私は後方へと飛び退る。 反撃を受けないように、攻撃したら素早く離れる。 姑息かもしれないが、実はこれが一番重要。 いくら強くても、相手の反撃でKOされちゃ意味がないし。 剣を抜いた瞬間、溜まっていた体液が吹き出て顔と腕にかかった。 少し気持ち悪いものの、体に影響がないから良し。 スライムはただぷるぷる震えているだけで、全く動かない。 さっきの一撃が相当効いたのかな? でも、油断はできない。用心しながら駆け寄る。 するとスライムは震えることを止め、不意打ちで粘液を飛ばしてきた。 ※ でも、これくらいなら充分避けられる。 真っ直ぐ顔目掛けて飛んでくるそれを、低くしゃがみこむことでやり過ごす。 そのまま勢いを殺さず、体当たる形で剣を突き刺す! 体当たりしつつ剣を突き刺す『ビーハイブ』 その技を繰り出そうとして、不意に違和感を感じた。 体の奥から熱くなって、力が急速に抜けていく。 熱い、熱い。兎に角熱い。 「ん……ぁ」 力の入らない足は体を支えられず、その場に体を崩れ落とさせる。 ま、さか……遅効性――!? よろける体に、粘液の追い討ち。頭からモロに被った、ぬるぬるした感触と生温かさが気持ちわるい。 「ひ―――」 しかも、こっちは即効性。すぐに私の感覚は鋭敏な物になった。 剥き出しのお腹に当たる雑草さえ、私の感覚を刺激してくる。 堪らず体をあお向けにしても、大して変わるはずがなく。 敏感になった体の、各所が痙攣している。 風がそよぐだけで声が漏れる。段々と痺れてきて、意識が薄らいでいく。 スライムがゆっくりと近づいてくるが、動けない。しつこく粘液を飛ばしてくる。 あ、ぁ……も、なもかんぁ、なっ……く――― 仰向けに倒れ伏せ、動けない少女に迫るのは桃色のスライム。 『スライムピンキィ』と呼ばれるそれは『動く催淫剤』の別称でも知られている。 男だろうが女だろうがぶっ掛けて喰っちまう、見境の無い魔物だ。 貴族と一部の人間の間では、人を喰わないようにした奴を飼い慣らしているとか。 まぁ、今の状態ではどうあがいても、少女は魔物に美味しく頂かれ、その短い生涯を終えるだろう。 こんな場面に出くわしたのは、まったくの偶然。 骨休め田舎町に来ていて、帰り道に遭遇しただけ。 無関係な出来事、と言ってしまえばそれまで。 そうして見て見ぬふりで立ち去れば、後に残るのは獲物を捕食し終えたスライムのみ。 そうして、何事も無かったように世界は回るのだ。 だが、年端もいかぬ少女を見捨て、魔物の餌にしてしまっては寝覚めが悪い。 腰の袋から小瓶を取り出し、一口飲む。 心の中でお人好しな自分に苦笑し、私は駆け出す。 距離にして30メートル。 間に合ってくれ、と祈りながら。 ※ 結論から言おう、間に合った。 ぎりぎりだったが少女の貞操も無事だ。 全力で駆けていた甲斐があった。 少女の足にスライムが乗り、前進に覆い被さろうとしていた所に到着した。 突然の乱入者に戸惑ったのか、スライムの動きが止まる。 それはつまり、私にとっての好機。 そののまま跳んで、スライムの横腹へと飛び蹴りを叩き込む。 全体重に加速を上乗せしたドロップキック。 スライムは簡単に吹っ飛び、草の上を転がる。 私は反動で宙返りして少女の傍に着地し、再び駆け出した。 核をやれば一撃だが、大抵の核は体色と同じ色で視認は難しい。 幸運にも私は最初のドロップキックで位置を特定できていた。 転がるスライムへと近寄り、左のローキックを叩き込む。 そのまま浮かせ、私の獲物―蛇の頭を模した盾―で核のある位置へ正拳突き。 牙に似た二本のパイルが突き刺さり、打撃によってスライムの体が波打つ。 だが、まだ浅い。核にまで攻撃が達していない。 だから、私は盾のグリップを握りこんで、パイルバンカーを炸裂させた。 二本のパイルが爆発的な勢いで撃ちだされ、スライムを貫いた。 それに核を穿たれたスライムは、一瞬で生命活動を停止する。 私はそれを確認してから、スライムを遠くへ放り投げた。 地面に叩きつけられる音が心地よい。 「さて、と」 邪魔者を退治した私は、襲われていた少女を確認する。 全身粘液まみれで、なんだか酷い有様。 同じ女性として同情してしまうね、これは。 とりあえずこの状況を解決するため、腰の袋から瓶を取り出す。 中には液体がなみなみと入っている。 封を開け、その液体を少女にぶっ掛けた。 この液体は、さっき私が飲んだものと同じもの。 知り合いの魔術師から『女に飢えた冒険者や、魔物に襲われないように』と貰ったものだ。 『催淫を無効化する魔術で作った水』らしい、ただし『媚毒』など強力すぎる場合には全く効果が発揮できないとか。 私はいらないといったのだが、押し切られる形で持たされてしまった。 まぁ、意外と助かってはいるのだが。 ※ 頭の痺れが消え、意識が覚醒する。 先程までの熱が嘘のように消えていた。 「あれ、私……」 大量の粘液は少しだけになっていたし、だるいけれどもそれだけで異常はないし。 「よぉ、気がついた?」 声に顔を上げれば、そこにいたのは重鎧に身を包んだ、緋色の髪の女性。 同じ緋色の瞳が私を見ていた。 ―続く シャラの技を考えてくださった方、ありがとうございましたー!