RPG世界観短編SS 『辺境列伝』  とある山中の祠――といっても、極めて整備されたそこは、実験室に近い。  研究室であり、実験室である、大きな広間。  そこの壁には、魔道にて投影された画像が映っている。  山の麓にて、王国から派遣された警備団体と、山を根城にしていた盗賊団との戦の画像が。  もっとも、盗賊団といっても、その正体は皇国の間諜であり、王国側もそれを分かった上で「盗賊退治」としてここに来ているのだか。  極めて高度で、同時にばかげた政治的言い訳。  が、現場の騎士や傭兵にはそんなことは関係がない。命の限り戦うだけだ。  そして、この祠でも、血まみれの白衣をきた賢者が、命がけの闘いをしていた。  死の危険にあるのではない。  己が命、すなわち人生をかけた、愉快な愉快な実験タイムだ。  手術用のゴム手袋が、メスを掴む。  手術台に括りつけられたのは、四メートルもあろうかという紅い鳥。  猛毒を持った、レッドスティングという怪鳥だ。  その鳥を縛りつけ、白衣の賢者は、楽しそうに笑いながら、 「さぁ、わしの楽しい実験タイムの始まりじゃ!」  躊躇うことなく、メスをいれた。  ――血と、毒が飛んだ。  けれど賢者へは届かない。すべて障壁に遮られてしまう。  怪鳥が痛みに叫ぶ。それでも賢者は手をとめない。楽しそうに笑いながら、実験と改造を続けてる。  画面の中。  王国陣営で、ひと際大きな魔法の光が走った。         †   †   †  砲撃音がする――よりも早く、味方陣営が爆発した。  音よりも攻撃の方が速かったのを、少年は確かに観た。  攻撃ではなく、光撃。  文字通り威力を持った光が、防衛拠点に突き刺さったのだ。高く積み上げられた土嚢が、一瞬にして砕け散った。遮蔽物の陰に隠れていた騎士が、その鎧ごとひしゃげ折れる。柄から折れた剣が、くるくると回りながら少年の横に突き立った。  少年は、何もできずに、それを見ていた。  銀の鎧をまとい、銀の剣を持った黒髪の少年。戦場にぎりぎり出てこられたような、幼い顔立ちと姿。  剣を手に、少年は、逃げることも怯えることも、ましてや戦うこともなくその爆発を見ていた。  上下に別たれた味方の魔道師が放った攻撃を。  そして、味方陣営の強力な魔道師を、ただの一刀で切り伏せた男を。 「――如何ほども無し、か。万事無量」  剣を鞘へと仕舞い、男は誰にともなく呟いた。上から下まで布一枚で作られた、山陸地方の修道服。腰に帯びた鞘は、普通のものよりもわずかに短い。少年と同じく黒髪だが、男の髪は腰ほどまであった。  ゆったりとした動きで、男はあたりを見回す。  戦場がそこにあった。  そして――戦は、終わりかけていた。  突如現れた、この男の手によって。 「一宿一食の恩により斬らせて頂いた」  両手を合わせて、男は一礼する。  その姿から、少年は目を逸らさない。  頭を上げた男は――ようやく、少年の存在に気づいた。 「童子が戦に?」男は眉根を寄せ、少年に尋ねる。「少年。名は?」  少年は動かない。  男の間合いの外で剣を構えて、一歩も動けずに、それでも視線を逸らさない。  男との距離は6メートルほど。  剣の届く範囲ではないのに――少年の本能は、自分がすでに間合いの中へ這入っていることに気づいていた。  だからこそ、視線を逸らさない。  逸らせば切り殺されてしまうから。 「名を聞くときは、普通、自分から名乗るものですよ」  少年の言葉に、男は「ふむ」と呟いて顎を掻いた。  なんの警戒もしていないような自然体。 ゆったりとした袖の中で腕を組み、男は、はっきりとした声で言った。 「己の名はエマニュエル。鞘鳴りのエマニュエルと申す」 「さ――やなり?」 「左様」  エマニュエルが頷く。が、少年はそれ以上何も言えない。  鞘鳴りのエマニュエル。その名を知らなかったのではない。知っていたからこそ、何も言えなくなったのだ。  あの剣聖候補の13剣士が一、鞘鳴のエマニュエル!  名前だけは知っていた。そして、名前だけで充分だった。13剣士ということは、この世界でも最高級の剣士たちであり、同時に――もはや人ならざる、12剣聖へと足を踏みかけた人間だということだ。  少年は一歩下がりかけ、 「退くのならば追いはせぬ。己は童子を殺す趣味など無い」  エマニュエルの言葉に、下がりかけた足が止まった。  自分が何をしようとしたのか、少年は自覚したのだ。  逃げようとした。  仮にも騎士として――たとえそれが『実践修行』だとしても――送り込まれたのだ。  ただで帰れるはずがなかった。  否。  それ以上に、少年は許せなかったのだ。  退くという行為が。  騎士として、守るものが後ろにある騎士は、絶対に下がってはいけない。  だから、少年は下がろうとした足を――前へと踏み出した。  エマニュエルが、少年の不可解な行動に目を細める。  ナイフの如き鋭い目は、確かに、こう言っていた。  ――来るのならば、童子であろうと、斬る。  それがわかっていたからこそ、少年は剣を構え言う。 「心は故国の姫の元に。剣は己の信念の元に」  言わずにはいられなかったのだ。  騎士として、名乗りをあげずに戦うことは、最大の恥だから。  少年は、真っ直ぐにエマニュエルを見据えて、自らの名を叫ぶ。 「――カイル=F=セイラム、参ります!」  黒の旋風と呼ばれていない時代、幼き日のカイルが駆ける。  風のように。銀の風が疾る。一直線に、エマニュエル目掛けて。  普通ならば、目にとどめることすらできない疾走。  けれど、エマニュエルも、また―― 「存分に、来い」  目にも留まることのない斬撃の持ち主である。  カイルが駆け出すよりも早く、五メートルの距離を置いてエマニュエルは己が剣、八卦を抜いた。剣の長さは1.3メートルほど。カイルが遠く離れた場所にいる今、届くはずのない剣は抜刀し、 「唸れ八卦よ――風咆陣ッ!」  剣が、カイルの目の前にあった。 「な、」  頭を輪切りにしようと振られた剣。完全に意識の外から迫ってきた剣を、カイルは間一髪で避けた。前髪の一部が切られるのを感じた、姿勢の制御ができずに地面を転がり、頭上を剣が流れていくのを感じた。 「ほう! なんと避けるか」  エマニュエルの楽しそうな声。が、そんなものを聞いている余裕はカイルにはない。  剣が遠くから襲ってきた――その正体を、目のよいカイルは悟った。  剣には奇妙な節目が所々にあり、その箇所を基点に――剣が伸びたのだ。  正直に言えば、恐ろしかった。  奇剣が、ではない。  死に掛けたことでもない。あんな奇妙な剣で居合いをするエマニュエルの腕前が、カイルには恐ろしくてたまらなかった。  八卦は、確かに意表をつける。  けれども、あんな不安定な刀で、居合いが出来るという腕前が本当の恐ろしさだ。もし生半可なものが振えば、あの剣は節目部分からぽっきりと折れてしまうだろう。  あそこまで鋭い斬撃を繰り出しても、剣は折れず、それどころかエマニュエルは二発目の構えを取った。  カイルは、恐ろしかった。  恐ろしいからこそ――逃げるわけには、いかなかった。 「単剣――旋風!」  叫び、カイルは駆ける。柄を握り、今にも居合いを抜きそうなエマニュエルへと。  目にも止まらぬ居合いだというのならば。  抜かれる前に斬ればいい。  倒れかけた姿勢を直すことなく、地面を滑るようにしてカイルは跳ぶ。5メートルがエマニュエルにとっての間合いと同じように、ここはすでにカイルの間合い。 「面白い童子、否、騎士だ!」  エマニュエルが嬉々と笑い、剣を抜こうとする。  あとは、純粋な速度の勝負。  カイルが斬るが速いか。  エマニュエルが抜くが速いか。  二本の剣が、今まさに振られようとした、その瞬間に――  ――ケェェェェェッ!  鳥の鳴き声が、騎士の勝負を遮った。  カイルとエマニュエルは、その腕前を持って、抜きかけた剣の向きを無理矢理に変えた。目の前に立つ相手、ではない。鳴き声と共に、頭上から接近してきた鳥の羽音へだ。  二人の見る先、赤い鳥がいた。  全身が毒のように赤い。羽毛の一本、体皮の一粒に至るまでが赤い。血から生まれたような怪鳥。その巨大な鳥が、両方の爪を二人へと向けて急降下してきていたのだ。 「怪鳥が邪魔をするか――」 「レッドスティング!? なんでこんなところに、」  二人の放った剣が、二本の足へと迫る。  たかだか鳥の足、不意打ちとはいえ防げないはずがない――二人ともが、そう考えていた。  が、予想が大きく外れた。  防げなかったのではない。防げはした。が、斬りおとせはなかった。  ――がぎん、と。  生物にあらざる、鋼鉄の音がしたのだ。  は? とカイルが呟く。  む、とエマニュエルが唸る。  レッドスティングの足は、なぜか、鋼鉄で出来ていた。  そして―― 「はっはっはっはっは! 成功成功大成功! わしはまた一歩真理に近づいたぞ――!」  血に塗れた白衣に手術服という、どう考えても戦場というよりは医療班、医療班というよりは地下の不気味な研究室で怪しげな実験をしているのがお似合いの少女が、高笑いをした。  少女は、鳥の首に両足をからめて、腕をぶんぶん振るって楽しそうに笑っている。 「――誰だ、貴公は?」  エマニュエルが、剣の柄に手をかけて問う。  問われた少女は、やはり笑ったまま応えた。 「うむ。わしの名はマクラミン。『道楽』の12賢者だが――うむ、ぬしは13剣士だな? そっちの少年は知らんなあ、ちょっと改造されてみらんかね?」  マクラミン――世界に12人しか存在しない、賢者にして人格破綻者集団の一人、道楽のマクラミンは、カイルを指差して笑った。  幼い顔だちに似合わない、老獪な笑みで。 「え……あれ? マクラミンってあれですよね、教科書に載ってる」  その通り! とマクラミンは拍手をした。レッドスティングが羽ばたき、宙に浮く。ぎりぎりエマニュエルの間合いから離れる。  狂人のように笑うマクラミンを見て、カイルは茫然と呟く。 「あれ、でも確か――百歳越えてるお爺さんじゃ、」  その通り! とマクラミンは再度叫び、レッドスティングの頭の上に立ってカイルを指差した。 「だが、だが、だがしかぁし! わしはついに、自身の改造にも成功したのじゃ!」 「不老不死のためか」  エマニュエルの静かな問いに、マクラミンは「にぃぃっ」と笑い、 「暇ざったからのう」 「んな――そんな莫迦な理由で!? 失敗したらどうする気だったんです!?  当然といえば当然のカイルの言葉を、マクラミンは一笑に付す。 「チミ、チミ、全てはダメもとだよ。ダメだろうなダメに違いないなあいいやダメだけどちゃったえ、そういった柔軟な思考から成功は生まれるのだ! わしゃーもう嬉しくて嬉しくて!」  マクラミンは笑って。  笑って、笑って、笑って、笑って、笑って、笑って、笑って、笑って、笑って、笑って、笑って、笑って、笑って、笑って、笑って、笑って、笑って、笑って、笑って、笑って、笑って、笑って、笑って、笑って、笑って、笑って、笑って、笑って、笑い続けて―――― 「というわけで、赤鳥くんゴー! 安心してキミたちは死にたまえ、わしの実験材料に!」  笑いながら、レッドスティングへと命令を下した。  襲え、と。  急降下してくるレッドスティングの羽毛がいっきに膨らむ。針で出来た羽毛が、二人の騎士をずたずたに引き裂こうと構えられる。一度発射されれば、防ぐ術などない範囲攻撃。  発射されれば、の話だったが。  こと速さにおいて――その二人に、レッドスティングが叶うはずがなかったのだ。  マクラミンに敗因があるとすれば、それは己のことに手一杯で、目の前にいる者が何者かを考えなかった事だ。  賢者の最大の敵は、己が思考の間違いであり。  レッド・スティングにとっての敵は――騎士であった。 「小賢しい! 己を無礼るな! 切り裂けぬものなどないわ」  八卦が抜かれる。 「姫様、カイルは二度と負けません!」  名もないロングソードが振われる。  一秒と要らなかった。  風のごとき速さで――レッドスティングは、十字に切り裂かれて堕ちた。  膨らみかけた羽毛が、放たれることなく地に落ちる。紅い血が赤い鳥を紅く染める。  宙を飛ぶカイルは、切り裂かれた肉の奥、マクラミンを睨む。  マクラミンは――堕ちてこなかった。  足場を失ったマクラミンは、されど、白衣から生えた蝙蝠の如き白の翼によって、滑空するようにして後ろへと退いた。  剣圧と風を利用して、空高くへと舞い昇る。  己が作品を殺されてなお、マクラミンは笑っていた。  レッドスティングの死体と、カイルとエマニュエルを見つめ、空を跳びながら、マクラミンは指をぱちんと鳴らした。 「かはは、楽しかったぞい小僧ら! ――また会おう!」  それを合図に。  ぼかーん、という間抜けな音と共に、レッドスティングの死肉が大爆発した。         †   †   †  山のふもとで爆発が起きるのを、とある魔物生態学者たちは眺めていた。  なんでも、この山では、見たこともない魔物が山のように出るらしい。  そういう噂を聞いて、わざわざここまで来たのだ。 「爆発は男の、いや、全てのロマンだね、そう思わないかい、皇七郎君」 「思いませんよ」  がけっぷちに立ち、遠くの麓をながめ、哀愁すら漂わせていたハロウドの背中を、皇七郎は迷わず蹴り落とした。  崖の下へと落下してくハロウドを見ることなく、皇七郎は思う。  ――あの、レッドスティング。自然のものじゃないな? ある種の使い魔か?  なにか陰謀があるのかもしれない。調べよう。  そう思って皇七郎は踵を返し、 「さぁ皇七郎君、どこへ堕ちたいかね。爆発オチと落下オチは全てのロマンだと知りたまえ」 「あ、糞あんたまたか、またなのか!?」 「王道というのは幾回も繰り返されるものなのだよ」  ハロウドの鞭がその足へと絡みつき、二人は悪態と共に遥か下へと堕ちていった。  ちくしょおおおお、という皇七郎の声が、ドップラー効果と共に山に響く。  くすくす、とそれを見ていた妖精が笑った。  ――合唱。 キャスト: ハロウド、皇七郎、カイル(幼少年時) ――未消化、絵なし―― ■「12賢者」■ 道楽のマクラミン 西洋魔術師。研究の虫。暇人魔人のあだ名。 世界中をめぐっては魔術の知識を仕入れ、実践している。 ことに使い魔の研究がお気に入りで、彼の変態的な使い魔を欲しがる金持ちは多い。グロテスク・ゴシック趣味。 戦闘用から夜伽用、はてはなんだかわからないけど作ってみたという代物まで。 彼のモットーは「ダメもとだよ」 後先考えずに使い魔を作りまくるはた迷惑な男。 血にまみれた白衣に手術服。 ――絵化済み―― 「白昼球の12剣聖」 ■設定■8の剣 鞘鳴(さやなり)のエマニュエル特殊警棒を剣の形にしたいわゆる「伸びる剣」を使う男。普段 の状態は1,3mほどのただの剣だが、ひとたび振れば5mの長大な剣になる。剣の名前は「八卦」居合いを得意とし、 「八卦」を一瞬で最大まで伸ばし、目にも留まらぬ速さで再び鞘に収める「風吼陣」という技を使う。 その戦闘スタイルは自分の間合いに相手が入ってくるのをひたすらに待ち、一瞬でカウンターを決めるという戦法 。 寡黙で落ち着いた性格。礼節を重んじる。その戦闘スタイルと同じで保守的で腰が重い。義理堅い男でもあるので仲間内ではせいぜい「 困った男」くらいに思われている。中華風の道師服を着る。細目。黒髪ロン毛