皇国が火に包まれる。  最高の結界師は外部からの攻撃に強くとも、内部からでは脆すぎる。  それに乗じて魔物が這入る。  世界を憎む魔法使いが全てを屠る。  さて、この地獄の中で何人生き残れるのだろうか。           † † † 「……」  一枚の手紙を見ながら男は黙っている。  ただ険しい顔でその文面を見つめ続けている。 「院長」  急に声をかけれらて驚いた顔をしてその声の主を見つめる。  薬学の講師、セリス・イグナイトだ。 「い、いつの間に入ってきたのかね?」 「先ほどからずっとノックしていたのですが、返事がないようなので勝手に入らせてもらいました。その手紙は……?」 「い、いやなんでもない」  院長は手紙をさっと後ろに隠した。 「き、君には関係のない事だ。そ、そうだ。長い間働きづめだろう。そろそろ休みでも取って東国あたりにでも観光に行ってみたらどうだね?」 「院長。隠しても無駄です」 「な、何も隠してなど……」  しどろもどろになりながら、鼻の頭をかいた。セリスはそれを見逃さない。 「院長、院長は嘘を吐くときに必ず鼻の頭をかきます。あの時も――そうでした」 「ぬはっ!? そ、そんな事ないぞ。何も――」 「私はあの地獄から助け出された時、この身全てをこの学院のために捧げると決めました」  セリスは院長の手を握り、じっと目を見つめる。 「ダメなんですか?」  その目はまっすぐに院長を捉えている。それを見て遠い昔の少年を思い出した。 「――ッ。分かった。今すぐ全生徒を講堂に集めてくれ。話がある」 「分かりました」  こうして、魔術学院は戦火へと巻き込まれてゆく。           † † † 「A班です。院長! こりゃヤバイっすよ。皇国中が火の海です!」 「F班です。1、2年生のほとんどが重症です!」 「C班です。オークとかやってられませんよー」 「Q班です。結界の張りなおしはまだですか!? 外から来る魔物はもう対処できません!」  魔術学院教師の耳に埋め込まれた通信機から次々と情報が鳴り入ってくる。 「てめぇら、気合入れろ! なんの為に勉強してきやがった! 水属性が使える奴は火を消せ、重症人は魔法で回復しろ、魔物なんぞ蹴散らせ! お前らはこの学院の宝だ。至宝だ。俺ら教師の結晶だ! それが諦めてどうする!?」 「ですが封印術式つけたままでは到底太刀打ち出来ません!!」 「なるほど。そういう事でしたか。院長も酷い事しますね」 「あっひゃっひゃ、酷い事するのぅ。ほれ、何とか言ったらどうじゃ」 「……」  院長は黙る。  身体の出来ていない状態で魔法を使えば大抵、肉体が崩壊する。  それ故の封印術式。 「分かった。全校生徒の封印術式解除を認証する。いいかい。術式を解除するからには絶対に勝ちなさい。 そして、生きて戻ってきなさい。 これは――          ――命令だ」           † † † 「惨めですねぇ先輩。守るべき民に全てを壊される気分ってのはどうですか」  最高の魔法使いはニヤニヤ笑いながら最高の結界師に向かって語りかける。  結界師は、椅子に座ってぐったりとしている。 「それでも……、私は……」 「人間なんて皆あんなもんですよ」  魔法使いは窓から下を眺める。 「人が大事にしていたものを奪い、傷つけ、嗤う。先輩。どうです? こっちに来ませんか?」  結界師は答えない。ヒューヒューと苦しそうな音を立てながら息をするだけ。 「世界に辿り着きたいと思いませんか? こんな辛い世界から抜け出したいと思いませんか?」  魔法使いが一歩踏み出し、ゆっくりと手を上げる。 「先輩、人間では貴方ぐらいですよ」  結界師は気付かない。 「さぁ……」 「おい! 大丈夫か!!」  急にドアが開き、何人かの男女が部屋に雪崩れ込んだ。 「ガトー! おいガトー!!」 「おやおや、これはこれは。魔術学院の院長先生ではありませんか。お久しぶりです」 「お前は――ッ!」           † † †   ――――――皇国は紅く燃える。 「……消えろ」  そう呟いて少女はオークの腕を吹っ飛ばす。  局部破壊魔法の詠唱キャンセルを事も無げに使用する少女。  名前をエリス=バートウィッスル。 「駄目だよー。そんな戦い方じゃすぐ魔力なくなっちゃうよー」  回復魔法でアンデッドを掃討する少女。  名前をアリス=バートウィッスル。  魔法学院歴代最凶の双子魔法使い。 「姉さんこそ……。そんなんじゃ、いざという時回復できないよ……?」 「大丈夫大丈夫。ここはそんな前線じゃないからビビって逃げ出したヘタレモンスターしか来ないわよ」 「そうだといいけどね……」  エリスはそう言って攻撃を再開する。  二人を見つめる大きな影があることには気付かなかった。   ――――――誰も彼もがそこから逃げ出せない。 「やだやだやだやだッ! 何で俺がこんなことしないといけないんだよ! 魔術学院だって入りたくなかったんだ!」  民家の瓦礫に隠れ、少年は喚く。傍らには少年の魔力で動く少女型ゴーレム。 「うるさいッ!」  ルーティ=セルティルがその少年――マルメ・カイオの頬を打つ。 「アンタ馬鹿じゃないの? 何よメソメソして。魔力あるくせに――ッ!」 「あ……あ……あぅ……」  それでもマルメは動かない。  打たれた頬を触るだけ。 「いいわよ。ずっとそこで泣いてなさい。男の子の癖に最ッ低」  そう言ってルーティが去る後姿をマルメはただ見つめているだけだった。   ――――――それは長い長い一夜。 「言っておきますけど、僕はあまり戦いが好きじゃないんです」  大きなローブをはためかせながら少年は暴徒と化した民衆の前に立ちはだかる。 「おい、聞いたかよ。こいつ一人で何が出来ると思う!?」  一人の男がそう言うと後ろの人垣はげらげらと笑った。 「おう、坊ちゃん。怪我したくなかったらさっさとその道をどきな」 「……残念ですね。さようならです」  少年は両手を広げる。  杖の類は一切無い。  ただ、両手に手袋をはめているだけ。  それで十分なのだ。  彼は――キルド・スレイは魔法を使わない。  否、たった一つの魔法しか使えない。  自らの身体能力を向上させる魔法だけ。 「魔術式壱番、参番、伍番始動」  ――筋繊維接続確認。  ――神経電気伝達率120%。  ――活動可能まであと5秒、4、3、2、1  キルドを中心に風が起こる。  そしてそこにキルドはいなかった。  人垣も、消えた。  一瞬のうちにしてキルドが全ての人間を殴り倒したからだ。 「制圧完了です」   ――――――そして一人の聖騎士が戻ってくる。 「悪――滅」           † † †  きっとそれは一つの話。  数ある物語の一つの終わり。  時代の節目を明るく終えよう。  来るべき新世界は一体どんな姿をしているのだろうか。                               『ラウラ=プリエーゼの歌』より