■私立言霊学園第4話■ -------------------------------------------------- ◆登場人物紹介◆ 酒神アキラ(さかがみ あきら)【商売人】 猫神狐狗狸(ねこがみ こくり)【KMR】 水砦蓮乃丞(みずとりで はすのじょう)【四天王】 『これは言霊学園がまだ夏休みに入る少し前のお話です。』 あたしの通ってる言霊学園って学校はどこかおかしい。どこがおかしいかと聞かれたら答えられないけどそれはおかしい所が分からな いんじゃなくておかしい所が『多すぎて』逆に分からないから。 入学前からこの学校の噂は聞いてたけど実際入学するまでは大した事ないだろうと高をくくっていた。 だけど学校ってのは閉鎖的なもんで外からと中からじゃ見えてくる物が桁違いなんだよね、はっ。 クラスメイトは多少変わっているけど気の良い奴が多かった、だけどそれはみんなあたしと同じでこういう環境が初めてだったから。 入学して3ヶ月もするとすっかり言霊学園の校風に馴染んだ奇人変人集団ができあがってた、朱に交われば何とやら。 まぁそんな環境に馴染んでるのはあたしも同じで周りから見ればあたしも立派に奇人変人なんだろうな、気にしないけどさ。 だけどあたしはまだかわいい方だと思うのよ。何故かって自分のクラスメイトに学園でもトップクラスの変人が居ればそういう風に思 ったりもするっつーの。あぁ、噂を(?)すれば何とやらでその学園トップクラスの変人がやってきた。 「アキラ、頼んでおいた例の物は入荷したかい?」 「もう入ってる、後で購買に取りに来なよ。」 「おおさすがだねアキラ、仕事がスピーディーだ。」 こいつが例のクラスメイト、名前を猫神狐狗狸という。ふんわりした金髪のショートヘアに小っさい身体はなんだかひよこっぽい感じ がするんだけどそんなかわいいもんじゃあないんだよなぁ、こいつは。 「それじゃあ放課後にでも取りに行くから、代金はその時に。僕はこれから教師棟の千手観音について調べなきゃならないから失礼す るよ。」 そう言い残すとさっさと教室から出ていってしまった・・・現在1時25分、あと五分で昼休みが終わって5時限目の授業が始まるん だけどまぁ狐狗狸が授業に出ないのは別に珍しい事じゃないし別にいいか。 ちなみに5時限目の授業は体育で今回は確か『水辺での有効な戦い方』だったと思う。夏なんだし普通にプールにしとけっつーの。 そう心の中で呟きながらあたしは赤く染めた髪を掻き上げウィスキーボトルをグイッっと飲んだ。 千手観音。学園創立時に学園長の友人の彫刻家から送られた寄贈品でその材質は石である。世界広しといえども千手観音の石像がある のはこの学園くらいのものだろう。 しかし世にも珍しい千手観音の石像も千手観音としてのアイディンティティーである腕が一本もなければ千手観音と名乗る事に対して 躊躇してしまうだろう。 事の起こりは30分前に遡る。 職員室に出前に来た蕎麦屋の出前持ちが教師棟の1階のホールに置かれている千手観音像の腕が全て消失しているのを発見したのであ る。 この蕎麦屋は教師陣がよく利用する蕎麦屋で学園に来る機会も少なくない為千手観音の異変に気がついたそうだ。 千手観音の腕消失事件はあっという間に学園中に知れ渡り、昼休み中野次馬で賑わっていたが授業開始5分前という事もあって現在で は数えるほどしか野次馬は残っていない。 その残っている生徒というのはミステリー研究部や名探偵部の人間でそれぞれ独自の調査を行っているが作業に集中している為か静か なもので、まるでこの空間だけ静寂に支配されたかの様だ。 そして『KMR』隊長、猫神狐狗狸がやって来たのはまさにそんな時である。 「これが腕をもがれた千手観音か。ふむ、さしずめ『ミロの千手観音』といったところかな。なるほど確かに腕が1本も残っていない な、しかも断面が随分と滑らかだ、石川五ヱ衛門の斬鉄剣でもなきゃこんな芸当は不可能の様に思えるね。しかし『KMR』はこの世 のあらゆる現象を解明するという使命をキバヤシさんから与えられているのだ!よってこの『ミロの千手観音事件』も必ず僕が解明し てみせようじゃないか!」 先にこの場にいたミス研部と名探偵部の女子生徒は後からやって来たピヨピヨ叫ぶこのヒヨコみたいな少女を鬱陶しそうに見ているが 男子生徒の表情は少しにやけているが女子生徒に睨まれると慌てて調査へと戻った。 猫神狐狗狸の性格は言霊学園の中でもかなりの際物に属するのだがは容姿の方ははっきり言ってかなり優れている。 可愛らしい顔立ちにふんわりとした短い金髪が小柄な体格と相俟ってどことなくヒヨコを彷彿とさせ、ぴょこぴょこと動き回る仕草を 遠くから眺めて惚ける男子生徒も少なくないのだ、たまにパンチラもあるし・・・。 と、その時。 「そうか!分かったぞ!!」 突然叫ぶ狐狗狸に調査に戻っていた他の生徒達の視線が一斉に集まった。 「僕はこの千手観音の腕の断面を見てある仮説を思いついたんだよ。そこのキミ、この断面を見て何を思う?」 「え、俺?あー、綺麗な断面だなとかしか思わないけど。」 いきなり指名を受けた男子生徒は驚きながらも律儀に応えた。 「そう、全ての鍵はこの腕の断面にあったんだよ。ご覧のとおりこの千手観音は石でできた石像だ。仏像の材質といえば木、石、銅な んかが一般的だと思う、まぁ他にもあるのかもしれないけど僕は仏像マニアじゃないし普通思いつくのは今述べた3つくらいだろう。 だけど千手観音みたいに複雑な形の仏像の石像なんてそうそうあるもんじゃない、少なくとも僕はこの学園でしか見た事がないよ。お っと、話を戻して断面について説明しなくちゃね。今回1番不可解だったのはどうやって千手観音の腕を消失させたかなんだ。だって そうだろう?さっき僕が言ったとおり石をあんな綺麗な断面にする事なんて石川五ヱ衛門でもなきゃ不可能だからね。」 確かに狐狗狸の言うとおりだ。現実世界に五ヱ衛門がいない以上石の断面もしくは表面を墓石の様に綺麗にする方法は1度大雑把に切 断してから時間をかけて研磨するしか方法はないだろう。 「そして千手観音の腕が消失したと思われる時間帯や周囲の目、石でできた腕の重量の事なども考えると持ち去る事も難しい、以上の ことからこの事件は常人には不可能と言えるだろう。つまり!」 と、ここでいっそう語気を強める狐狗狸、いよいよ事件の真相が語られる時がきたのか――!? 「犯人は宇宙人だったんだよ!!」 「「「そんな訳ないだろ!!」」」 と、その場にいた狐狗狸以外の全員が狐狗狸に向かって一斉につっこみを入れる、狐狗狸の話を少しでも真面目に聞いてしまった自分 達を情けなく思いながら・・・。 現在時刻1時43分。5時限目の授業開始の鐘が鳴ってからもうすぐ14分が経とうとしていた。 何の役に立つのか分からない体育の授業を終え適当な感じでHRを済ませた担任が教室を後にした。今日は5時間授業の日だったので これで本日の学校はお終い、てゆーかもうすぐ夏休みなんだから5時間も授業するなよ。 結局あれから狐狗狸はまだ戻ってない、まぁ購買に来ると言っていたしこの後嫌でも会う事になるだろうから別に何だっていいけど。 少なくなったウィスキーボトルの中身に気にしながらてくてくと部室でもある購買に向かって歩いていると見知った顔に遭遇した。 「あら酒神さんごきげんよう。」 「あ、どうもレン先輩。」 軽く頭を下げながら挨拶を返す。 水砦蓮乃丞。通称レン先輩。言霊学園3年生であたしの1コ上にあたる人でこの春まで薙刀部の部長を務めていたが後輩に部長の座を 譲ると同時に引退したそうだ。 いつもの様に小洒落た簪を差していて相変わらず色っぽいうなじが覗いているが今はそれを眺める男子生徒はいなかった。女のあたし から見てもいいもんだと思うけど。 「どうしたんですか、こんな所で珍しい。」 「うふふ、ちょっとあなたにお礼をと思いまして待っていたんですの。」 「お礼ですか?あぁ先日の・・・。」 「はい。」 嬉しそうに微笑むレン先輩。男女問わず人気があるのも頷けるよなぁ、ほんと。 「先日購買で買った『斬鉄研磨くん』のおかげで私の薙刀の切れ味が戻るどころか格段に上がりましたの、うふふ。」 『斬鉄研磨くん』。どこかの研究所で開発されたまったく新しい刃物研ぎでそれで研いだ刃物は鉄をも斬る切れ味になるらしく、先日 愛用の研ぎ石が使えなくなったからとレン先輩に代用品を頼まれたのでそれを渡したのだ。 「ついつい嬉しくってさっき試し斬りしちゃいました。石がまるで豆腐みたいにスパスパ斬れてしまってとても楽しかったです。」 「そうっすか、それは良かった。お客様に喜んでもらえると購買部部長として嬉しいですよ。・・・って石ですか?」 「はい、そうですよ?」 「・・・その石ってひょっとして教師棟の千手観音だったりします?」 「あら、どうして分かったのかしら?酒神さんはエスパーだったのですか?」 「いえ、なんとなくそう思ったんで・・・まぁ何だっていいですけどね。ちなみに斬った残骸はどうしたんです?」 「戦利品として頂いて帰りました。ちょっと重かったけど風呂敷に包んでしまえば運びやすかったですしね。今は私の部屋に飾ってあ りますけどよろしかったらご覧になりますか?」 「いえ、遠慮しときますよ、あはは。それよりまた何かありましたら声かけて下さいね、うちの店は何でも揃ってますから。」 「ええ、そうさせて頂きます。それでは用事も済んだことですし私は部屋に戻って腕を磨いてきますね。ごきげんよう。」 笑顔で立ち去るレン先輩を見送りながらあたしは改めてあの人の規格外さに驚いていた。 水砦蓮乃丞。言霊学園「四天王」と呼ばれ薙刀の腕だけでなく腕力も成人男子を軽く上回り、去年の文化祭ではボディービル同好会の 企画した腕相撲大会で体育会系男子を押しのけ優勝するという偉業を成し遂げている。 しょっちゅう変動する「四天王」においてあの人だけは1年生の頃からずっと不動のままだっていうから凄いよなぁ・・・。 さて、千手観音事件の真相は言わなきゃたぶん誰も気づかないだろうしこのまま私の胸の中に閉まっておこうかね、この騒ぎをもう少 し見ていたいしね。 そう心の中で呟きながらあたしは赤く染めた髪を掻き上げ残り少ないウィスキーボトルをグイッっと飲み干した。 次回に続く