■私立言霊学園第6話前編■ ◆登場人物紹介◆ 一本槍魁子(いっぽんやり かいこ)【武道家】 霧々麻衣(きりきり まい)【剣士】 戦木零(おののき れい)【自信家】 時櫛桂(ときぐし かつら)【スプリンター】 酒神アキラ(さかがみ あきら)【商売人】 天姫・Y・芽衣(あまぎ・よーらむ・めい)【スケバン】 海月メロス(うみつき めろす)【作者】 魁子、麻衣、零の3人が海に遊びに来て早一週間、つまり阿修羅崎の屋敷にもう一週間も世話になっているという事に なるのだが魁子と麻衣はその事に対し心苦しさを感じていた。 零にとっては親戚の家でも魁子と麻衣からすれば赤の他人の家にずっと居座っている事になるのだからそう感じるのも 無理のない話だろう。 「なぁ零、そろそろ帰らないか?」 だから魁子がそう言い出すのも何らおかしくない話だった。 そしてそれに対する零の反応はこうである。 「あらどうして?海は近いし料理は美味しいし何よりそれらが全て無料(タダ)なのよ、最高の環境じゃない。」 零は今のところ帰るつもりはサラサラないらしく魁子の申し出はあえなく却下された。 というか零にしたって親戚の家とはいえ一週間も居座っていれば多少申し訳なく思ってもおかしくないのだが特にそう いう風には見えなかった、少なくとも魁子と麻衣の目からは。 しかし魁子と麻衣としてはここであっさり引き下がる訳にはいかなかった。 「零はいいかもしれないけどさ、あたしと魁子はそれが辛かったりするのよ。そりゃ確かに全部タダなのは嬉しいけど さすがに赤の他人の家に一週間も世話になるのは人としてどーよって感じなのよ。」 「その事なら気にしなくていいのよ、私の親戚の家なんだもの。それに家主の眼九郎兄さんが気にしてないんだから私 達が気にする事ないのよ。」 「そーいう問題でもないだろ。それにいくら眼九郎さんが気にしてないっていってもあたしらは気にするんだよ。」 正直魁子は限界が近かった。 割と大雑把な性格とはいえ一週間もの間世話になり続けていれば阿修羅崎の屋敷の人たちに対して申し訳ない気持ちで いっぱいだった。 一刻でも早くお世話になった恩を返して学園に帰りたかった。 『割と大雑把な性格』の魁子でこうなのだから魁子よりは几帳面な性格の麻衣はそれ以上に限界だった。 「せめてお世話になってるお返ししようよ。あたし達一方的にお世話されてるだけでここの家事の手伝いすらしてない んだよ?それくらいしなきゃ不味いと思うよ流石にさ。」 実は麻衣と魁子は昨晩この事について話し合っていた。お世話になるのだから何か少しは手伝いくらいしておこうと。 「麻衣の言う事はもっともだわ。だけど私達がここの仕事を手伝ったりしたら使用人の人達が眼九郎兄さんに殺されて しまうわ、客に仕事をさせるとは何事だとか言って。そういう人だから、あの人。」 そういえば、と麻衣と魁子は自分達が何かしようとする度にどこからか使用人がやって来て世話を焼いてくれた事を思 いだしていたがあれは万が一にも魁子達が雑用をしない様にする為だったのだ。 「でもそれじゃああたし達の気持ちが収まらないわよ。」 「そう、それは困ったわね。じゃ、明日帰りましょう、私も友達が悩んでいる姿は見ていたくないし。」 と、零はあっさりと言い放った。 「え?あぁ、そう・・・そんなあっさり。」 魁子と麻衣は零の早過ぎる前言撤回に流石に拍子抜けしたのか目をパチクリさせた。 ともあれ明日帰る事になったのだからそれならば今日は今まで以上に思い切り遊びましょうという事になった。 その前にその事を眼九郎に伝え・・・ないで3人は早速海へと出かけて行った。 同時刻、午前中にも関わらず早くも海水浴客でごった返している浜辺その少女達はいた。 照りつける太陽よりも眩しい水着姿のその少女達は朝一番のバスに乗って海水浴にやって来たのだが予想以上の人の多 さにウンザリしてしまい何となくビーチパラソルの下に座って海をを眺めていた。 「ねぇ〜折角早起きして海に来たんだから遊ぼうよぉ。」 桂は大人びた外見とは裏腹に子供の様にぶーたれた。 「あたしパス、人多すぎ。」 アキラはウィスキーボトルをあおりながら面倒くさそうに応え、 「私も遠慮しておくわ、以下同文。」 メロスは読んでいる文庫本から顔を上げずに応え、 「アタイもいいや、人がゴチャゴチャしててウザったい。」 芽衣は眠そうな声で応えた。 「うぅ、みんな釣れないわね。夏の海ってのはこういう物なんだから諦めて遊ぼうよ、ねぇってばぁ。」 桂は友人達からつっけんどんにされながらも諦めずに誘いの声をかけていたが友人達はもう応える事もしないでそれぞ れ酒をあおったり本を読んだりいびきを掻いたりしていた。 「うるせぇなぁもう。桂、そんなに遊びたきゃ1人で遊んでこいよ。」 「嫌よ!海に来たのに1人で遊んでも楽しくないじゃないの!だからねぇってばぁ。」 「あー分かった分かった。遊んでやるからもう少し静かにしてくれよ。」 そう言いながらしぶしぶ起き上がったのは芽衣だった。 彼女はヤンキーの女版、いわゆるスケバンなのだが頼まれたりお願いされると断れずに引き受けてしまう甘さがあり、 相手が友人だったりするとさらに甘くなりほとんどお母さんといってもいいくらい面倒をみてしまう性格をしていた。 そんな彼女だから桂のお願いを断る事など不可能であった。 「芽衣、早く行こうよ〜。」 「ちょっと待てって、今ビーチボール膨らましてるから。それとちゃんと日焼け止め塗るんだぞ、おい。」 「芽衣ってホントお母さんみたいだよな。」 「うん、どういう訳かスケバンのくせに面倒見はいいからね、芽衣は。」 そんな2人のやりとりを見ながらアキラとメロスはいつの間にか談話モードに移行していた。 「しかも華道部だし、スケバンなのに。」 「男勝りだと女の子らしさに憧れるというのはどうやら本当のようね。ひょっとして料理も上手いんじゃない?」 「おい、アタイにだけ桂の相手させないでお前らも来いよ、コラ。」 「「はいはいわかったわよお母さん。」」 「アタイをお母さんて呼ぶんじゃねぇ!」 アキラとメロスはメンチを切る芽衣を華麗に無視して立ち上がるとノロノロと歩き出した。 「うわーまだ午前だってのにやっぱ人多いねー。」 「夏真っ只中だからな。はは、冷たっ。」 そう言いながら麻衣と魁子はザブザブと海へと入っていく。 「駄目よ2人とも。ちゃんと準備運動済ませてからじゃないと危険よ。」 初日準備運動もせずいきなり海に入ろうとした零だが3日前準備運動をしないで泳いだら足をつって溺れかけてから入 念過ぎるくらいに準備運動をしるようになったのだ。 ちなみにその時の様子を一緒にいた眼九郎が写メに撮ったのだが復活した零によって携帯は海へと投げ捨てられた。 「大丈夫だって、ここまで走って来たんだしさ。零も早くおいでよ。」 「その油断が命取りなのよ麻衣。人間の一時の気の緩みを見逃すほど大自然は甘くないわ。」 「ったく、一度溺れかけたくらいでそこまで慎重になるなよ。ほら、いいから来い。」 「やん、まだ準備体操は終わってないわ。って、ちょっと魁子、何をっきゃあっ!!」 もどかしさを覚えた魁子はヒンズースクワットをしていた零を無理やり海に引っ張り込みあろう事かそのまま投げっぱ なしジャーマンをかましたのだ。 「あはは!ほら見ろ、全然平気だったろってうわっ!」 しかし零も負けていなかった。 海の中に沈められた零はそのまま魁子の足元まで潜水して魁子の水着に手をかけたのだ。 「ちょ、馬鹿零!それは洒落にならないってオイ!!」 バシャバシャと騒いでいる友人を他所に麻衣は1人で波と戯れている。 「今度剣術部の合宿で海に来たら水練で"水鎧"でもやってみようかなぁ。やっぱさすがにヤバすぎるかなぁ。」 シグルイ脳(漫画"シグルイ"に出てくる様な事を実際にやってしまう様な脳の事)を持つ麻衣は時折この様な危険な妄 想に耽る癖があり、それは稀に実行されたりする。 そしてその場合犠牲になるのは麻衣が部長を務める剣術部の部員だった。 ちなみに、今年の冬合宿に学園内にある素潜り用プールを利用して"水鎧"は行われる事になるのだがそれはまた別の話 である。 「オラどうだ離せこの!あ、伸びる伸びるからっ!」 2人はまだ戯れていたので1人残された麻衣は少し沖まで泳ごうと思った。 「まだ時間かかりそうだし少し泳ぐかね。まぁ鮫が出る訳でもないし遠く行っても問題ないでしょ。ってあた。」 と、今まさに泳ぎだそうとしていた麻衣の頭に何かがぶつかって来た。感触からするとどうやらビーチボールの様であ る。 「どっから飛んで来たのかな、持ち主に返してあげないとね。」 プカプカ浮いているビーチボールを拾い上げ辺りをキョロキョロと見回す麻衣。シグルイ脳をしているとはいえそれな りに一般常識は兼ね備えているのだ。 辺りを見回しているとすぐにそれらしい人物を発見したのだがその人物を見て麻衣は何かに気が付いた。 「だぁもう諦めろって!いいかげんしつこいぞ零!」 「ねぇ魁子、零、ちょっとちょっと。」 「あたしが悪かったから!って、どうした麻衣?」 「あたしよく見えないんだけどあれって桂じゃないかな?」 「どれ?あー・・・あぁ桂ね、間違いないわ。おーい桂!」 魁子がブンブン手を振って呼びかけると相手も魁子達に気がついた様だ。 「あー魁子に麻衣!どうしたのぐーぜーん!」 「うふふ、私もいるわよ桂。」 海中に身を潜めていた零も桂に気づいて浮上してきた。 「零もいたんだ。他にも誰かいるの?」 「いや、あたし達3人だけよ。それよりこれ、桂のでしょ?」 「あ、ありがとー麻衣!麻衣が拾ってくれたんだ。もーメロスが思いっきり放り投げちゃったからさ、こんなとこまで 飛んで来ちゃったのよ。」 「メロスと来たんだ。他誰かいる?」 「あとアキラと芽衣もいるわよ。向こうで遊んでたんだけど3人も一緒に遊ばない?」 「芽衣?芽衣ってお前のクラスの天姫・Y・芽衣?お前ら友達だったんだ、なんか意外な組み合わせだな。」 「意外かな?けっこう前から友達なんだけど、クラス違うし知らなかったのね。」 「意外よ、天姫・Y・芽衣って華道部の"暴れ桜"でしょ?2年の中じゃ同じクラスの狐狗狸の次くらいに有名よ。」 "暴れ桜"というのは芽衣の通り名である。 芽衣は華道部に所属しているにも関わらず喧嘩に明け暮れるスケバンをしている為にいつの間にかそんな通り名で呼ば れる様になったのだ。 「そりゃ一部じゃ"暴れ桜"なんて呼ばれてるけど芽衣ってみんなが言うほど怖くないし優しいわよ?なんかお母さんみ たいで。」 「お母さん?言霊学園の"暴れ桜"が?」 「想像もつかないわね。」 信じられないと言いたげな魁子と麻衣だが零だけはそんな事は紀元前から知っていたという風にしれっとしていた。 そう、零は知っていたのだ。 日本には古来より『不はが実は良い人(例:雨の中で捨て猫を拾う)』というベタな設定があるという事を。 「いいから一緒に遊ぼうよ、ねぇねぇねぇってばぁ。」 「あたしは別に構わないよ、魁子と零は?」 「OKだよ。遊ぶんなら大勢の方が楽しいしな。」 「断る理由はないわね。」 「うん、決まり。それじゃこっち、ついて来てね。」 桂は嬉しそうに笑うとビーチボールを抱えて歩き出した。 そしてその後姿について行こうと魁子と麻衣が上陸しようとしたその時――。 「うふふ、言ったでしょ?油断は命取りになるって。」 疾風と化した零が魁子の脇を通り抜けた。 「え?何言ってん・・・わぁっ!」 「ちょっ、魁子、胸胸!」 「あらあら、魁子ったら大胆ね。夏だからって開放的になり過ぎるのは良くないわよ?」 さっさと桂に追いついた零は張り付いた様な笑みを浮かべて奪い取った魁子の水着をヒラヒラさせていた。 「うふふ、こう見えて私は執念深いの。親友の新たな一面を知る事ができて良かったわね。」 「良くないよ馬鹿!てゆーかお前が執念深い事くらい知ってるよ!!」 海の中に緊急避難した魁子は遠ざかる友人に向かって怒りをぶつけていた。 その後零は麻衣と桂に諭され水着は魁子に返還されたのだが後には当然の結果として復讐に燃える魁子が残った。 「この恨み晴らさでおくべきか・・・。」 後編に続く