『殺戮の宴』 「おにいちゃんはわたしたちが守るから。ネ?」 ももっちは優しい微笑みを浮かべ、そっととしあきの顔に手を当てる。 「だから、おやすみなさい。おにいちゃん。」 ももっちの小さな手で目を覆われる。 「   せっかくみつけたおにいちゃんだもの   」 少女の姿をした魔物は新人勇者の瞳を閉じさせた。 ももっちたちに囲まれ傷だらけの勇者はまるで死んだように眠っている。 「みんなは見ていなさい。相手はわたしがするわ。ここから動いちゃダメよ?」 群れ長のももっちが一歩前へ踏み出した。 「おや、お優しいことで。まぁその方が我々としても気兼ねなく戦えますが。」 リッターはナイフを構えなおす。 フォーゲルの傷をハイロゥが手当てし、レムレスは詠唱妨害を解くべく息を整えている。 今戦えるのはリッターだけだった。 「そうよ、ももっちは優しくて、か弱く、可憐で、健気なモンスターなの。  人間の味方よ? 少なくともお兄ちゃんにとってはね。」 少女はにこりと笑う。 「だから、わたしたちの邪魔をするあなた達は…」 鏡のような澄んだ瞳でリッターを見つめる。 「死んで。」 どぅん。 リッターの左腕が吹き飛んだ。 肩口から先が何かに根こそぎ引きちぎられ、どくどくと血液が噴出する。 「…!? 何ィッ!? グァァァッ!」 気がつけば群れ長ももっちの手に黒く光る棒のようなものが握られている。 先端はこちらへ向けられていた。 「おしいおしい…外れちゃったぁ。」 にこやかな表情のももっちは黒い棒を向けなおす。 ガオンッ! 何かが破裂するような音と共に太ももに衝撃を受ける。 右足が根元から持っていかれた。 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」 声にならない叫びを上げてリッターはのた打ち回った。 何が起こっているのか…? フォーゲルには訳が分からなかった。 ももっちに睨まれているリッターがいきなりうずくまり叫び声をあげている。 左肩を押さえ、ゴロゴロとのたうち回る。 「幻覚攻撃ですか!フォーゲルさん、早くリッターさんをこっちへ!」 応急手当を終えたハイロゥがフォーゲルの背を押す。 「おぅ。 おい、しっかり…しろっ!」 苦しんでいるリッターをハイロゥたちの方へ投げるように引っ張る。 ハイロゥはリッターの額に手を当てて、呪歌を歌い始めた。 「フォーゲルさん、少し時間を稼いでくださいな。幻覚には気をつけて。」 ―――― 薄明かりを灯して 冷たい壁に頬よせ ―――― 静寂に耳を澄ます ひっそりとゆっくりとひきかえす 「まったく…気楽に言ってくれるぜ。」 フォーゲルは小声で愚痴るとももっちに向かって襲い掛かった。 間合いを詰め、拳や蹴りを次々と繰り出す。 しかし先ほどとは違いももっちはくるりと身をかわす。 「勇者様が気絶したからネコを被る必要がなくなったってか!?」 「あら、それは違うわ。ネコを脱ぐ為に眠ってもらったのよ。」 まるで重さが無いように踊るようなステップを踏んでももっちは攻撃を避ける。 表情は相変わらず穏やかの少女のそれのままだ。 フォーゲルは間合いを離さないようにひたすらに攻め続け、ももっちはそれを避け続ける。 大男と少女のダンスは続いてゆく。 ―――― 真夜中 ディンドン ディンダン ノックする影 ―――― 望む声は胸を裂いた 幻覚解除の呪歌を口ずさみながらハイロゥは違和感を感じた。 (一向に状態が良くなりませんねぇ…強力な幻術なんでしょうか?) 歌いながら眉をひそめる。 しかし幻覚相手に使える呪歌はコレしかない。 リッターはいまだに腕を押さえたままうずくまっていた。 「…そ、それじゃあダメです。 傷を回復させないと…。」 「―――― ガラスの針 十二回の刻を… レムレスさん、大丈夫なんですか?」 気がつくとハイロゥの後ろにレムレスが立っていた。 どうやら詠唱妨害から完全に立ち直ったらしい。 「はい、大丈夫です。 それよりリッターさんを! 『天より来たりて、命の光を照らしたまえ。 召喚:翼持つ御仏の使い』」 レムレスの召喚に応じ天使が呼び出された。 清らかな後光がリッターを照らす。 するとリッターは苦しみから解放され、意識を取り戻した。 「はぁ…レムレスさんお手柄ですねぇ。回復魔法が必要だったとは。」 「で、でも…厄介ですよ。あれは幻覚じゃありません。」 レムレスは真剣なまなざしでももっちを見た。 「召喚術の応用、相手の真の名…つまり魂を直接傷つける呪術。」 目を覚ましたリッターが言葉を継いだ。 「絶対に見えない攻撃ですか。」 リッターが目覚めたその頃、大男と少女のダンスは終わりを告げた。 フォーゲルが左手でももっちの腕を掴み、右手でももっちの首を掴んでいる。 「へへへ…ようやく捕まえたぜお嬢ちゃん。」 両手でゆっくりとももっちを持ち上げる。 群れ長のももっちは観念したのか無抵抗のまま仲間のももっちを見つめていた。 「あばよ化物。」 右腕に力を込める。思っていたよりも軽い、まるで木の枝を折るような感触で ぱきッ ももっちの首がへし折れた。 フォーゲルはまるでゴミを捨てるように無造作に亡き骸を放り投げる。 力なく倒れる少女の形をした塊は虚ろな瞳をフォーゲルに向けていた。 「にせももっつっても、大したこと無かったな。ハイロゥの薀蓄もでまかせだったってことか。」 フォーゲルはももっちの群れに向かって歩を進める。 「あとは雑魚ばかり、蹴散らして終わりだ。」 一番手近なももっちに向けて手を伸ばしたその時 ズギャギャギャギャギャビチャビチャグチャグリュゥ フォーゲルの腹に異世界の奇妙な剣が突き刺さった。 「ぐぁ…  ナニぃぃぃ!?     まだ  にせもも… が!」 「違うよ。あなたの殺したのが、ただのももっちだっただけ。」 ゴリグリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリグリゴリゴリグチャ 奇妙な剣がそのままフォーゲルの身体を縦に両断する。 にこりと微笑むにせももの眼はさっきまでと同じ鏡のように澄んだ瞳だった。 「正直、勇者でもないただの冒険者相手に、こんなに苦戦するとは思わなかったわ。」 足元に転がる大男の骸に片足をかけてにせももは言った。 「フォーゲルさん!」 リッターはにせももに向かってナイフを振る。 ももっちは避ける間もなく首をかき切られ、血飛沫を上げる。 「大丈夫ですかフォーゲルさん!?」 「フォーゲルさん!!」 ハイロゥとレムレスも駆け寄る。しかし… 「……。ダメです…。 し、死んで…ます。」 外傷は何も無い。ただ苦悶の表情だけが彼の苦しみを物語っている。 「おかしいですよ!にせももはさっきフォーゲルさんが首をへし折って  …そこに転がっているじゃあないですか!?」 リッターはももっちの群れと相対しながら二人に問いかける。 「にせももは1体じゃあない…ってことですか。」 ハイロゥも真剣な目でももっちたちを見た。 「…ん?」 何か奇妙だ。違和感がある。 「ももっちたちが…怯えている?」 今まで勇者の心配をしていたももっちたちが怯えるように冒険者達を見ている。 いや、彼女達が見ているのは冒険者ではなく… 「ゴメンナサイ。本気であなた達を殺すわ。  もうなりふり構っていられない。このデカブツのおかげで足がフラフラなの。」 にせももである。 「まるで今まで本気でなかったような言い方です…ねっ!」 リッターのナイフが眼前のももっちに深々と突き刺さる。目を見開き口から吐血し、弱弱しく手を伸ばし 「痛い… あぅ   …いやぁ  」 ももっちは崩れ落ち、リッターの右腕が吹き飛ばされる。 「本気じゃなかったもの。誰だって痛い目にあいたくないでしょ?」 ももっちの群れの中ににせももが黒い棒を構えて立っている。 さっきまでリッターの眼前に立っていたというのに。 「…な、なんだ!?これは…  クゥッ… さっきのもにせももじゃなかったと…いうのかッ!?」 リッターはももっちの群れの中へ飛び込みむちゃくちゃに左手のナイフを振り回す。 ももっちの目にナイフをつきたて、ももっちの首をかき切り、ももっちの腕を刺し、ももっちの腹を抉る。 しかしその左腕も奇怪な剣に切り飛ばされた。 「さっさと死んじゃえ。」 にせももが剣を振り回すがリッターは辛うじて回避し間合いを取る。 「……照らしたまえ。 召喚:翼持つ御仏の使い』」 間合いを取ったリッターにレムレスの呼び出した天使から回復魔法が飛ぶ。 リッターは切り飛ばされたはずの両腕に感覚が戻るのを感じた。 「正直慣れたくないものですね…。腕を飛ばされる感覚と言うのには。」 リッターは再度にせももへと攻撃を開始した。 「どう見ても別のももっちが一瞬でにせももに変身しているように見えますね。」 リッターの戦いぶりを見てハイロゥは呟いた。 怯え、へたりこんでいたももっちがすっと立ち上がり、リッターへと呪詛を放つ。 傍目には何が起きているのか分からないが、リッターの腕が力なく垂れているところを見ればまた攻撃を受けているのであろう。 にせももの何も無い左手の先を回避し、振られた右手の先を飛んで避ける。 どうやら剣のような1mくらいの刃物と何らかの飛び道具。 しかしこちらを狙ってないところを見ればあまり離れたところには攻撃できないようだ。 レムレスは天使召喚を何度も繰り返して魔力の限界も近い。あと1,2回程度なら大丈夫か? ころがるももっちの死体は17。今18になった。 しかし次のももっちが立ち上がって腕を振る。 リッターは再度間合いを離し、こちらへと戻ってきた。 「まったく…きりがありません。ハイロゥさん何か分かりませんか!?」 天使の回復魔法を受けながらリッターは尋ねた。 吟遊詩人の知識と観察力なら何か見抜いているかもしれない。 「残念ながら。ももっちとにせももは外見上ほぼ一緒ですので、どれがにせももなのか断言できません…」 ハイロゥは声のトーンを落として言った。 「仮説としては  1:にせももは精神寄生する。  2:にせももはももっちと瞬時に入れ替わる。  3:すべてももっちの振りをしたにせもも。  くらいですかねぇ。」 「3とは思いたくないですね。」 ハイロゥとリッターは苦笑する。しかしレムレスは違った。 「え…と、にせももは…召喚術に近い魔法を使ってますから…2だと思います。  相手と自分の真の名を部分的に書き換えることが出来れば…」 リッターはそれを聞き、二人を見てニヤリと笑う。 「よし、対策を頼みます。私はもう一度頑張ってきますかね。」 「しつこいわね…とっとと死んでしまえばいいのに。」 にせももはそう吐き捨てると、一匹のももっちに口付け、吸性で魔力を補充する。 ももっちの魔力は不必要なほど強大であるが、そもそもにせももの使う運命改変魔法の消費魔力が大きすぎる。 連続使用が出来ないため、こうしてももっちから魔力を補給しなければならない。 「ねぇ…もう止めて逃げようよぉ…。」 ももっちの一人が呟いた。 にせももが鋭い目で呟いたももっちを睨みつける。 恐ろしさに周りのももっちは震え上がった。 「ふざけないで。 言ったよね?『ここから動いちゃダメよ?』って。  あなた達は私が守ってあげるから、もう少しここでガタガタ震えてなさい。」 にせももが冒険者に視線を向ける。どうやら向こうも回復は終わったようだ。 「こんな足手まといの偽者扱いしてくれたお礼はきっちりしてあげないとね。」 可愛らしい顔に似合わぬ暗い瞳でにせももは戦いを再開する。 「…身代わりはあと14人… あまり長引かせたくないわね。」 「真の名に干渉する為には、相手が抵抗しない…つまり…えと、契約のような形じゃないとダメなんです。」 「召喚術の基本ですね。なんとなく聞いたことがありますよー。」 「ですが、今ももっちたちは身代わりにされるのが分かってますから、拒否しているはずなんです。」 「つまり今はももっちの抵抗を無視して魔法を使っている…と。また、ずいぶんと強引な魔法構築ですねぇ。」 「ええ、ですから…ハイロゥさん。」 ナイフと異形の剣が交錯する。 時間を稼ぎたいリッターは先ほどより手数を少なく、回避優先で動いてゆく。 はやく仕留めたいにせももは防御の一切を無視して剣を振り回し、棒で相手を狙う。 結果として攻守が逆転したような形になった。 「ほら、おじさん。早く攻撃してきなさいよ。さぁ、さぁ!さぁ!!」 幻覚の刃を振り回してにせももは間合いを詰める。 リッターは刃をくぐりぬけにせももに向けてナイフを振り上げた。 にせももが踏み込む前にももっちと存在変換したため、ナイフはももっちの首の皮を少し切り裂いただけだ。 身代わりにされたももっちはあっけに取られたままぺたりと腰を抜かした。 そして別の角度、そのももっちがいたはずの場所からの射撃をリッターは素早く横に跳んで避ける。 「いつまで避けていられるかなぁ?それっ!やぁっ!」 リッターに向けてにせももは突進する。 その時、不意に歌が聞こえた。 ―――― 誰も見えない 雲の上の世界 ―――― 空に乗せるよ 僕らの声遠く ハイロゥの澄んだ声が響き渡る。 それに反応してリッターは左右のナイフを構えて一気に踏み込んだ。 (呪歌の支援程度でどうにかなると思ってるのかしら!?ももっちと『入れ替わっ』て、カウンターの餌食にしてやるわ!!) そしてナイフが振り抜かれた。 鮮血が飛び散る。 美しい野の花々に、物言わぬ骸に、そして冒険者とももっちの上に。 にせももの首は半ばまで断ち切られ、自重を支えられずに本来ありえない方向へと傾く。 そのまま少女の骸は地に倒れた。 それはこの戦いの勝敗が決した瞬間。 そしてももっちたちの未来がなくなった瞬間。 新人勇者の正義が敗れた瞬間だった。 その後に続くのは虐殺。 一人一人に祈りを捧げてリッターはナイフを振るった。 魔物として生まれたことを憐み、人に生まれていればよかったのにと嘆き、しかしそれでも災厄の芽は摘み取らねばならぬと。 全ては終わった。 仲間を一人失ったが、勇者でもない一冒険者に与えられるほど死者蘇生の奇跡は安っぽくはない。 リッターはももっちたちと共にフォーゲルもこの場に葬ることにした。 3人で穴を掘り、32体のももっち、1体のにせもも、1人の人間…すべての埋葬を終える頃には日は傾き、辺りは赤く染まっていた。 リッターとハイロゥはそれぞれに祈りを捧げる。 レムレスは気を失った勇者の看病に付きっきりだ。 リッターはふと浮かんだ疑問をハイロゥに問うた。 「ハイロゥさん、あの呪歌は何だったんです?うまくにせももを仕留めることが出来てほっとしましたが…。」 「ああ、あれですか。本来は味方に使うものなんですがねぇ。」 ハイロゥはリュートを構え、手近な石に腰を下ろす。 「魔法抵抗力の上昇 ですよ。」 そういうとハイロゥはレクイエムを演奏し始めた。 ―――― 上手く泣けない あまりの静寂 泣き方は遠く 忘れてしまった ―――― 一番の悲しみを 思い出せばと 君との日々を 空にばら蒔いた ≪完≫