砂で覆われた大地のど真ん中。皆がそこに安らぎを求め集まるオアシスの町。 さんさんと照りつける太陽の真下にありながら、砂漠の町は今日も活気に満ちていた。 町には旅人や冒険者の姿も目立ち、砂漠越えの途中に立ち寄った者も居るのだろう。 そんな砂漠の町に冒険者がまた一人踏み入った。 「あっつぅ〜……何で砂漠ってのはこんなに暑いのかしら…」 その冒険者の奇抜な服装はいやでも人の目を引いた。 裁縫師・アクセリア。開拓して間もない職業、『裁縫師』の女性である。 砂漠の太陽に照らされる緑色のショートヘアーの似合う小柄な女性。 明るい表情と整った顔立ちからボーイッシュな印象を受ける。 アクセリアは針のような槍を肩に担ぎなおすと重い足取りで町の中に消えていった。 アクセリアが途中買った水を飲みながら歩いていると、何やら噴水の辺りに人だかりが出来ていた。 半分まで残っている水をぐいっと押し込みその人だかりに駆け寄る。 近寄っても人混みの喧騒と前に立ち並ぶ大男や冒険者のお陰で全く見えないが、話を聞く限り何やら張り紙らしい。 アクセリアは四つん這いにしゃがむとその人垣の間をするすると抜けて一番前まで辿り着いた。 「ぷはっ」 むさ苦しい人混みを抜け、思わず息を吐いた。 こんな砂漠の町に男ばかりの人の山。考えただけで恐ろしい。 アクセリアの前には即席感の漂う立て札と、それに貼り付けられた白い紙があった。 さっき聞こえたのはコレだろう。アクセリアは覗き込むように紙の文字を目で追った。 「えー…と。『速報!付近の鉱山跡に住む黒き災竜、『オブシアナドラゴン』を退治した者、賞金10000000』…一千万!?」 一千万といえば大金であった。人一人暮らす分には一生不自由しないだろう。 アクセリアは人の目も気にせず燃え上がった。 「こ、これだけあれば…RPG界始まって以来のマイナー職業!  裁縫師の私でもパーティーを作って良い男戦士でも男魔法使いでもはべらせ放題…。  い、いや!それよりもこれで有名になればもうマイナー職業なんて言わせないわ!一気にメジャーデビューよ!」 アクセリアは高笑いが止まらず、思わず考えている事を声に出してしまう。 もちろんそんなアクセリアの独り言が聞こえないはずもなく、不審がって掲示の前の人だかりは一気に消えていた。 それにも気付かずに未だに妄想全開で高笑いしていたアクセリアだが、ふと疑問が過ぎった。 落ち着いてもう一度紙に目を通すと文末にはこの近くの城の王の名が記されていた。 (何でわざわざ竜にここまでの大金かけるのかしら。竜退治ならドラゴンスレイヤーか騎士団にでも頼めばいいのに) その疑問はもっともだった。竜は元来プライドが高い生き物とされ人間と共存した例は少ない生き物だ。 だがそれゆえに人里には寄り付かず、人間を虫程度にしか思っていないために被害例はそこまで多くはなかった。 考え込んでいると掲示板の近くには紙の束が置かれていた。どうもこの辺りの地図らしく、もう大分減っている。 アクセリアは地図を一枚とって驚愕する。そこには付近の地図と共にオブシアナドラゴンの巣の場所が記されていたのだが 「何よコレ、城下町から20分、ここから10分も離れてないじゃない!そりゃ大金も出るわ…!」 管轄内の町で竜が暴れたともなれば王の信用、町の口が減るのも目に見えている。 それにこれだけ近ければ城が襲われないとも限らないだろう。王が焦っているのが目に浮かんだ。 しかしそれならば上の疑問は尚更だった。城というものには騎士団が付き物で、わざわざ賞金をかける必要はないハズだ。 そしてその疑問はすぐに解決された。 「どいてどいてー。急患だよ〜」 気の抜けた声と一緒に何やら白い服装の男たちがタンカで何か運んできた。白い服の男たちは次々とやってくる。 その上に乗っていた鎧の騎士たちは、どう見てもこの辺りの騎士団だった。 みなまさしくボロボロで、竜に賞金が掛かるのも納得がいった。 「何よここの騎士団。随分ショボいのね…」 思わず本音が漏れた。 オブシアナドラゴンは中級クラスの竜で、騎士が束になっても適わないほどではない。 ―じゃり 不意に後ろから砂を踏む音がした。 その瞬間、後ろから感じた気配は一瞬で殺気へと変わる。 「貴様……騎士団が何だと?」 振り向く間もなく後ろから感じる冷たい刃の感触。 ギリギリまで横に向けた視界から、ゆっくりと伸びてくる白刃の槍。 アクセリアは後ろを振り向かずにそのままで答えた。 「あら、なぁに?あなた騎士団の人?全員今運ばれたと思ったけど」 「それ以上私の仲間を侮辱すれば首が飛ぶぞ」 「……あなた、騎士団の人?」 「………」 最初は低すぎてわからなかったが、どうやら声の主は女性らしい。凛とした響きの中にも確かな芯がある。 無言は肯定を意味し、アクセリアは自らのタイミングの悪さを渋る。 後ろの女性はゆっくりと刃を戻し、振り向く事を許可した。 「……随分と可愛らしい騎士さんね」 後ろにいたのは女性用の騎士団の制服を着たショートヘアの女性だった。 この暑い中ロングコートを羽織り、赤いベレー帽までかぶっている。 女は鋭い目つきでアクセリアを睨み飛ばす。 「……鉱山跡に入った際、戻ってきたドラゴンに退路を塞がれた。隊は不意打ちを喰らい全滅。決して実力で負けたわけではない…!」 殺気とも取れる覇気をアクセリアにぶつける。 アクセリアは少しだけ表情をしかめたあと、平然と返した。 「悪いけど、八つ当たりされても困るわ。弱小騎士団の言い訳なんて世間や王様は聞いちゃくれないわよ?」 刹那。 ―…ギィィン…! 金属と金属がぶつかり合う音が真昼の町にこだまする。 先に撃ったのは騎士団の女性。女性の槍はさっきまでアクセリアの顔があった場所を刺していた。 アクセリアは肩に担いでいた槍を一瞬で構え、ギリギリの所で女の槍をズラしていた。 「……言ったはずだ、それ以上侮辱すれば首が飛ぶと」 「『白昼の惨劇!騎士団女性団員、冒険者に八つ当たり!』……明日の朝刊の見出し決定かしら」 女は槍を引くと素早く身を翻し後ろに飛んだ。 着地と同時に槍を構えなおし、アクセリアに向き直るとまるで像のように身動きひとつしなくなる。 アクセリアは頭をポリポリと掻くと目の前で槍を構える物騒な女に尋ねた。 「私一応そこまでやる気ないんだけど。…あなたが強いのはさっきのでわかったし、引いてもらえないかしら。騎士団さん?」 「…『砂紅騎士団』、炎槍のリコリス。……参る」 女、リコリスは完全に戦闘態勢に入っていた。 リコリスの目は完全に『敵』を捉え、その槍先でさえ揺らぐ事はない。 アクセリアは溜息をつくと手に持った針槍を構える。それと同時に槍の尾部からうっすらと薄い糸のようなものが光った。 「こんな辺境で黙ってやられるつもりはないし、本気でいくわよ。リコリスさん」 アクセリアからリコリスと同種の気が放たれる。さっきまでのアクセリアとはまるで別人のような顔だ。 やがて二人の間に張り詰めた空気が流れる。 場には太陽の光を浴びて光る二本の槍の異様な気配と二人の殺気が入り混じって渦巻いた。 やがて一瞬。 合図でもあったかのようにリコリスが飛び掛る。 構えを崩さず飛んだ槍の切っ先はまっすぐアクセリアの眉間を目指していた。 リコリスの突進を機に、アクセリアが待ってましたとばかりに槍の尾を振り上げる。 アクセリアまで残り1m程度。空中を舞うリコリスの周囲をアクセリアの魔力の糸が囲んだ。 (何…!?何だコイツは!) リコリスは自分の周りにある『光る糸』の正体がわからなかった。 照りつける太陽を反射し光る糸は、徐々にリコリスに迫る。 とった。アクセリアは確信した。 空中のこの位置、間合い、体勢。360度を方位する糸から逃れられるハズがない。 まして相手は白兵戦の専門家の騎士団。普通、魔力の糸など切れるわけもない。 リコリスは直感する。 これは、この糸はマズイと。 次の瞬間には体が動いた。空中で『糸を認識してから』体を翻す。 そして槍を回転させ周囲の糸を巻き取ると、リコリスは何とか糸の包囲から抜け出した。 (あの体勢で…!?うっそぉ…) 一番驚いたのはアクセリアだった。だが、彼女にはまだ余裕がある。 確かにリコリスは槍で糸を絡めとって脱出した。しかし、彼女の糸はまだ繋がったままなのだ。 こうなったらこのまま地面に叩きつけて…! アクセリアは瞬時に判断すると槍に力を込める。リコリスは、アクセリアから目を離さずにその意図を掴む。 そう、『相手は白兵戦の専門家の騎士団。魔力の糸など切れるわけもない』。アクセリアは油断していた。 刹那、リコリスの槍が火を放つ。その火はまごう事なく魔力の火。 アクセリアは驚いた。リコリスの槍はタダの騎士団の槍だと思っていたから。 リコリスは糸を焼き切ると、そのままアクセリアに向け槍を振り下ろす。 アクセリアは若干遅れながらもリコリス目掛けて針槍を突いた。 アクセリアの方が確実に遅い。しかし、リコリスは無理な体勢から攻撃に持っていったためにその槍はアクセリアよりも遅かった。 どちらも相手を殺すつもりで突いている。このまま槍が届けば双方間違いなく絶命するだろう。 二人とも苦虫を噛み潰したような顔で天に祈る。生き残るのは自分だと。 「『モノリス』!」 どこからか聞こえた声の次に響き渡ったのは、金属と金属のぶつかり合う音だった。 その音は槍と槍の衝突音ではなく、槍と『壁』のものだった。 槍を突きあった二人の間には、突如悠然とそびえ立つ黒い壁が生まれていた。 二人は訳もわからぬまま再び間合いを開ける。 呆然としている二人の前に頭に怒りマークを引っさげた少女が現れた。 「ちょっとあんたたち!こんな町中で何してんのよ!危ないでしょ!」 目の前にいるのは剣をぶら下げた戦士風の少女と、隣に突っ立っている魔道士風のメガネの少年だった。 少年の足元からは空気が帯電したようにバチバチと音を立てていた。 先ほどの壁はこの少年が『召喚』したのだ。 「あなたたちが場所も構わずそんなもん振り回すから町の人たちみーんな家の中じゃないの!  折角こっちはドラゴン退治してこのネクラをアウトドア派に改造しようとしてたのに!」 「もう帰ろうよトーレン。こんな暑いトコいたらこの町限定ガレージゴーレム『MOMIJI』の塗装が溶けちゃうよ。  それにもう日射病でぶっ倒れそう」 「テメェさっきまで縁側でゴーレム眺めてただけだろうが!」 「ぶるぁぁぁぁ!」 隣でぶつくさ言っていた少年を少女トーレンが裏拳で吹き飛ばす。 少年はまるで紙くずのように吹き飛んで噴水の中に見事にホームランされた。 トーレンは汚いものでも触ったかのように手を払うと、呆気にとられていた二人に少し歩み寄ってふんぞり返る。 二人は思わず体をビクっと震わせて姿勢を正した。 「話は聞こえてたけど、あなたたち強いんだったらそんな事でケンカしないでよ。  それに片方は騎士団だって言うじゃない。弱いって言われて怒るのは認めてる証拠だよ?」 「いや…あの…さっきの子は良いの…?」 アクセリアは恐る恐る噴水を指差した。 トーレンが「ん?」と振り返ると、そこにはぷかりと水死体のように浮かぶ少年の姿があった。 「平気よ、一応召喚士だし。マルメは男の子なんだから」 さっきよりふんぞり返ってトーレンが自分の事のように威張った。 その頃少年、マルメは噴水に浮かびながらビクビクと痙攣している。死んだかも。 黙ってみていたリコリスが、ゆっくりと立ち上がった。 アクセリアは反射的に槍を握り締める。 「……君のいうとおりだ。このような街中で我を忘れて暴れるなど…。  竜を狙うならそこの地図に巣の場所が描いてある。現地で会うかもしれないな」 「……あなた、またドラゴンのトコに行くの?」 アクセリアがゆっくりと口を開く。まだ警戒の色は解かれていない。 リコリスは軽くアクセリアを睨むが、自分を抑えるように視線を逸らす。 「…団員の仇もある。それに、騎士団として見過ごすわけにも行かない」 「あ、何だ。それなら4人で行けば良いじゃない」 「「え?」」 思わずリコリスとアクセリアの声がハモる。 トーレンは大発明でも思いついたような顔で続けた。 「だって緑のお姉ちゃんは賞金が欲しいんだし、黒のお姉ちゃんは敵討ちでしょ?私たちも用があるし。  それに、一匹で騎士団を壊滅させるような竜に個々で挑んだってしょうがないじゃない。  幸いこっちには召喚士も居るし、槍使いの強いお姉ちゃんが二人も居るし。  賞金は山分けで、どう?」 トーレンの言っている事には一理あった。 リコリスの実力からするに騎士団は中々の強者ぞろいだったのだろう。 それを不意打ちとは言え一匹で壊滅させた竜とタイマンで無事に勝つ自信は、さすがのアクセリアにもなかった。 「……よし、乗った。あなたも乗るでしょう?」 アクセリアは意を決したように手を合わせた。 話を振られたリコリスも、少し悩んだように顔を伏せたあと首を縦に振った。 「よし、そうと決まれば早速行きましょ。先に首取られてもしょうがないもんね」 そういうとトーレンはマルメの浮かぶ噴水の方へ駆け寄った。 その姿を見送りながらアクセリアはゆっくりとリコリスに近づく。 リコリスは軽く身構えていたが、アクセリアはリコリスを少し見つめた後深々と頭を下げた。 「騎士団の事は私の失言だったわ。……ゴメンなさい」 アクセリアの一変した態度にリコリスは少し戸惑う。 しかし、少し考えたあとで自分も頭を下げた。 「……こちらこそ、いきなりすまなかった。……よろしく頼む」 そう言ってリコリスは初めて微笑んでみせるとゆっくりと手を差し出した。 アクセリアは満面の笑みで握り返す。 「ほら、起きなさいよマルメ」 「うぅ〜ん、待ってよMOMO〜…アハハハ、ウフフフ…」 「起きろっつってんだよこのゴーレムオタクが!」 「ぶ、ぶるぁぁぁぁぁ!」 和解した二人を余所に、こっちはこっちで修羅場が繰り広げられていた。 えーと、いろんな意味でゴメンなさい。 とりあえず登場キャラはキャラ大全から。 裁縫師:アクセリア (さいほうし:あくせりあ) リコリス=ヴァレンタイン (りこりす=ヴぁれんたいん) マルメ・カイオ(トーレン・ユカルはマルメの設定から) そして6/3二幕の提供から オブシアナドラゴン です。ちなみにもう一匹竜が出ます。 安直な話で多分先が読めるでしょうが黙っといてやってください。 拙い文章ですが読んで感想いただければ幸いでゴザル。