そうこうするうちに組んでドラゴン退治へと乗り出した四人。 裁縫師・アクセリア、騎士団・リコリス、召喚士・マルメ、女戦士・トーレン。 地図を見ながら賞金首である黒竜、オブシアナドラゴンの巣へと向かっていた。 町を出て既に10分。巣まではいつ着いてもおかしくはなかった。 「ところでさ、リコリスは巣に入ったトコを後ろからドラゴンにやられたんだよね?」 「…そうだ」 その間にほとんど打ち解けた二人。槍使いとして通じるところがあったのか、さっきまでの戦闘がウソのようだ。 「だったらさ。私たちが入ったトコをまた後ろからーって事になるんじゃない?」 「あ、そっか。ドラゴンからすれば飛んで火に入る何とやらだしね」 アクセリアのもっともな意見に思わずトーレンも同意する。 トーレンは言ったあとハッとする。前言はリコリスの事以外の何者でもないからだ。 目を細めてトーレンの方を見るリコリス。トーレンは反射的にアクセリアの陰に隠れてしまう。 リコリスは少し表情を緩めると、優しげに話しだす。 「大丈夫だ、こっちにはスパイが居るからな」 「スパイ?」 「すぐわかるさ」 そう言うとリコリスは前に向き直り、少しだけ歩幅を広げた。 アクセリアとトーレンも合わせて、巣へと向かった。 「お〜い…待ってよ〜…」 後ろから聞こえる情けない声に3人が振り向いた。 背後の景色に、何やら豆粒らしきものが動いていた。 その豆粒こそこのパーティー唯一の魔術士・マルメだった。 マルメは木の枝を杖代わりに肩で息をしながら何とかついて来ていた。 「情けないなー、魔術士ってのはー。ほれー、置いてくぞ〜」 「もうすぐ着く、頑張らないか!」 アクセリアとリコリスの激励をかろうじて聞き取るが、マルメは既に虫の息だった。 それでも何とか歩を進めている。が、思わず独り言をつぶやいた。 「何でボクがこんな事に…もう帰ろうかな…」 トーレンの耳がピクリと動く。聞こえたのかは定かではないが、トーレンはマルメの方に手を振りながら大きな声で叫んだ。 その手には何かがしっかりと握られていた。 「マルメ〜、早く来ないとさっき買ったこのフィギア、ボキっとイクわよ?」 「あぁ!ボクのガレージゴーレム砂漠街限定モデル『MOMIJI』!いつの間に!」 「はい、いーち、にー……――」 ゆっくりとフィギアを握り締め、力を込める。 次の瞬間さっきまで豆粒並だったマルメが一瞬にしてトーレンの手からフィギアを掻っ攫った。 ヘッドスライディングしながらゆっくりと減速して、完全に停止するとガバっと起き上がった。 「き、傷!傷ついてない!?塗装は!?」 「さ、行きましょ」 顔面蒼白でガレージゴーレムを見つめるマルメを余所に、トーレンは何食わぬ顔で鉱山跡を目指した。 リコリスとアクセリアは顔を見合わせる。二人の心配はひとつだった。 (…私たちのキャラ、薄い…?) それから3分も経たないうちに、問題の鉱山跡が見えてくる。 近くまで来て中を覗き込むと、鉱山の出入り口からは中のランプがポツポツと光っているのが見えた。 中からは底知れぬ雰囲気が漂っていた。ここに噂のオブシアナドラゴンが居るのだ。 思わず息を呑むアクセリアとトーレン。リコリスは辺りを見回し、何かを探していた。 「ど、どうしたのリコリスさん」 未だに息が上がっているマルメ。リコリスは呟くように答えた。 「この辺りに居るハズなんだがな…」 「え?何が?」 「スパイさ」 リコリスは口元を軽く吊り上げて笑うと、鉱山の入り口をそれて外壁の近くを歩き回った。 すると、鉱山の陰から何かの陰がポコっと飛び出した。リコリスは手で太陽を遮りながら大きな声で叫んだ。 「砂紅騎士団、リコリスである!何か変わりあるか!」 「ありません、リコリス殿!オブシアナドラゴンは未だ鉱山の中です!」 するとそれに答えるように、上から青年の声が返ってきた。 リコリスは3人の方に振り返りニッと笑う。 「これで不意打ちの心配はないわけだ」 「成る程。スパイって監視か」 自信に満ちた表情で帰ってくるリコリスを、感心した様子で迎えるトーレン。 アクセリアも表情が変わる。肩の針槍を構え、自然とほころぶ顔と武者震いを抑えながらアクセリアは先陣を切った。 続いてリコリス、マルメ、トーレンと並ぶ。4人がゆっくりと鉱山の中へと姿を消していった。 鉱山の中はいくつかのランプで照らされており、意外と明るかった。 辺りを見回しながらズンズンと進むアクセリアとそれに続くリコリス。 怯えるかに思われたマルメも、慣れた様子で鉱山を歩いていった。 「意外だなマルメ。もっとおっかなびっくりで着いてくると思っていた」 リコリスの意外そうな声にマルメは胸を張って答えた。 「まぁ、これくらいはね。見直して良いですよ」 「何言ってんのよ、引き篭もり目的で自分ちの横にダンジョン作ってるから慣れただけじゃない」 ふんぞり変えるマルメの背中を、早く行けと言わんばかりに強く叩くトーレン。 マルメは思わず咳き込み、その様子を見てリコリスはくすりと笑う。 と、さっきまで先頭に立っていたアクセリアが3人の方に歩み寄りリコリスに尋ねた。 「ねぇ、さっきから分かれ道も大分あったけど、こっちで良いの?」 「あぁ、昔の鉱山の地図にはこの先に大きな空洞があるんだ。オブシアナドラゴンがくつろげるような空間はそこしかない」 暗記しているのか、リコリスは自信満々に答える。その様子にアクセリアも納得したのか、また先頭を歩いた。 リコリスもまた歩き出す。トーレンはまだ咳き込んでいるマルメの背中をもう一度叩く。 マルメは涙目でトーレンを睨みながら、催促されるがままに歩き出す。 そしてその途端、鉱山の人工道を揺るがすような振動が襲う。 アクセリアとリコリスはその場の何よりも素早く槍を構えた。トーレンはマルメの首根っこを掴んで後ろに回すと、腰の剣を抜き放つ。 尻餅をついたマルメは思わず「イテテ…」と声を漏らし、ゆっくりと両手を地面に構えた。 「……何?さっきの」 「…わからない。地震か…?」 「地震にしては一瞬だったわねぇ…」 刹那、4人の目の前の大気を揺らしながら、見えない何かが体を突き抜けた。 『ウオオオオオォォォォォ!』 鼓膜の破れそうな大騒音と共に、ビリビリと皮膚で感じる痺れ。 それは確かに声だったが、人間の出せるレベルではない。 リコリスは顔をしかめると、一人で駆け出した。 「あ!」 状況に呆気に取られていたアクセリアがリコリスに反応した。 竜だ。この場の4人、誰もが確信する。リコリスはそれを悟ると考える前に体が動いたのだろう。 アクセリアは振り返り、腰を抜かしているマルメと耳を押さえて尻餅をついているトーレンに言い放つ。 「追うわよ!走って!」 二人はムチで叩かれたように反応し、一足先に駆け出したアクセリアを追った。 リコリスの背は見えない。この先を知っているのは彼女だけだ。 しかし、幸いな事に道は一本道だ。後ろの気配、マルメとトーレンは大分後ろになってしまった。 「もう…!一人じゃ死にに行くようなもんでしょ…!」 今はその場に居ないリコリスに、舌を打つように言い捨てる。 やがて視界の先が妙に明るくなり、最後には視界が完全に真っ白になった。 目はだんだんと光に慣れ、思わず庇った腕をゆっくりと下ろした。 鮮明になる視界の真ん中には、呆然と立っているリコリスの姿があった。 どうも出た先は崖のようになっているようで、リコリスはただただ下を見つめて固まっていた。 アクセリアはゆっくりとリコリスに近づいた。 「……どうしたの…?」 リコリスの青ざめた表情に先ほどの独断行動を咎める事も忘れてアクセリアは尋ねた。 リコリスはゆっくりと振り返る。しかし、その視界にアクセリアは捉えられていなかった。 すぐに足元に視線を戻し、また釘付けとなる。それは無言の催促だった。 アクセリアは不審に思いながらもリコリスの隣に立ち、ゆっくりと下を見下ろす。 「――――――――!?」 そこには言葉を失う光景があった。目下の大空洞。 目の前には巨大な四足歩行の二匹の黒い竜。互いが距離を保ち、威嚇するように大口を開け咆哮を飛ばす。 片方の竜は長い首を上に掲げ、もう一匹を威嚇するように大きな翼を広げる。 もう片方の竜は全身から血を噴出し、周辺には肉片すら散っていた。 丸いフォルムを見せる体は所々削れるように減っている。 それでも負けじと体を低く伏せ、精一杯の威嚇を見せていた。 刹那、首の長い竜が、その大口を振り下ろす。その口は一瞬の間にもう一匹の頭にかぶりつき、鱗を貫通し血の噴水をあげる。 『ギャオオオオオァァァァァ!』 胸を抉るような悲鳴を上げる丸い竜。首長竜はその悲鳴に耳すら傾けず、何と首だけでその巨体を持ち上げた。 ふわりと浮く巨体。首の目いっぱいまで掲げ上げると今度は地面に向かって首をしならせた。 次の瞬間、丸い竜は体中から血を噴出して地面に激突する。 それでも竜はゆっくりと立ち上がり、ガクガクと震える足で巨体を支えながら目の前の敵に立ち向かった。 竜としてのプライドだけが、丸い竜の意識を保つ。 圧倒的な戦い。首長竜の傷一つついていない体がそれを物語った。 「…何よこれ…これがオブシアナドラゴン…?」 アクセリアの声は震えていた。無理もないだろう。その映像は一般人ならば吐いていても無理がないほど残酷だった。 「……違う」 「え…?」 アクセリアは思わずリコリスに振り向いた。 リコリスは震えていた。肩を揺らし、歯を鳴らしながら目の前の光景から目を背けられなかった。 リコリスにとってその光景は認められないものだったのだから。 「……あの丸い竜が…オブシアナドラゴンだ…!」 「…………!?」 アクセリアは思わず目を見開く、今も一方的なまでに攻撃され続けているあの竜が、賞金1千万の竜なのか。 二人を余所に竜と竜は戦い続ける。 オブシアナドラゴンは自分の巣に入り込んだ部外者を排除するために命を削っていた。 しかし、もうオブシアナドラゴンはロクに動く事すらままならなかった。 首長竜は太い前足を振り上げると、地面スレスレを保っていたオブシアナドラゴンの頭を踏みつけた。 衝撃とともに、何かの割れる音がした。 骨だ。 オブシアナドラゴンは額にまた傷を作り、もうほとんど残っていないであろう血を噴出した。 それでもオブシアナドラゴンは死なない。竜としての生命力と、傷つけられたプライドが死ぬ事を許さない。 首長竜は天を仰ぎ咆哮する。それは嘲笑と確信と余韻の声。 アクセリアたちにとってそれは恐怖を感じるには十分すぎた。 刹那、オブシアナドラゴンの目がギョロリと剥いた。 オブシアナドラゴンはこのときを待っていた。首長竜が油断した、この時を。 体の傷ついていなかった背中の部分の皮が突如めくれる。 違う。それは皮ではなく羽根。オブシアナドラゴンの第二の腕。 オブシアナは背中を伸ばし高笑いに浸る首長竜の首を狙う。 殺った…! オブシアナも、リコリスも、アクセリアでさえそう思った。 ―ガァァァン! 響き渡ったのは鉄を打つような音。 首長竜はオブシアナの最後の希望。羽根の刃をしっかりと歯で受け止めていた。 ゆっくりと黒曜石の肌にその歯が刺さっていく。そのときの首長竜の表情は、まるで笑っているかのように取れた。 首長竜はその口を一瞬だけ押すと勢いをつけて反対側へと引っ張った。 『ギャアアアアアァァァァァ!』 耳をつんざくような悲鳴と共に、オブシアナの翼が引きちぎられる。 アクセリアは思わず口を手で覆う。 オブシアナはそのまま横に倒れると、立ち上がる体力さえなくし息を止めた。 首長竜は歯に刺さったオブシアナの翼を前足で引き抜くと、倒れたオブシアナに近づき、ゆっくりと『食事』はじめた。 「………!!」 アクセリアは喉から出ようとする物を押さえるのに必死だった。 さっきまで立っていたリコリスは、気付けばその場に座り込んでいた。 首長竜は構わずに食事を続ける。肉を引きちぎる音と、血のしたたる音だけが大空洞に響き渡る。 「………アサルトドラゴン…!?」 アクセリアは慌てて振り返る。そこにはやっと追いついたマルメとトーレンの姿があった。 トーレンもアクセリアやリコリスと同じように気分が悪くなっているようだ。マルメは眉間にしわを寄せながら崖に近寄る。 マルメは確認するように、首長竜の食事を見つめた。 「…アサルトドラゴン…?」 覗き込むマルメにアクセリアが恐る恐る尋ねる。 「……別名に『竜喰らい』って名前がつくくらいのヤツですよ。ほかの竜の縄張りに入り込んではほとんど平らげてしまう」 「……あんな、あんなヤツに…!」 リコリスは座ったまま、やり場のない拳を地面に叩きつける。 「何なの、あいつ…」 トーレンもマルメの横に並び、ゆっくりと尋ねた。 「オブシアナは中級の竜だからまだ何とかなっただろうけど、アイツは初級、中級、上級ってレベルじゃないんだよ。  腹が減れば神竜にだって食いかかる奴さ。S級危険度に指定されてる」 「…倒せるか?」 「あいつが危険視されてるのには訳があります。元々竜ってのは神格化されるほど高位的なモンスターで  その力は様々ですが、代表的なのが一つ。『取り込んだ相手の力を得る』事。  ……前に神竜クラスのドラゴンを食ったアサルトドラゴンが国一つ平らげた事もあります。  問題はアイツが何食ったか、ですね」 4人は思わず顔を見合わせる。下に居るアサルトドラゴンが何を食ってきたかなど想像も尽かない。 しかし確かなのは、不意打ちでも騎士団を撃退したオブシアナを赤子同然に相手に出来るレベルと言う事だ。 「逃げたほうが無難でしょうね。4人じゃどうしようもない」 「……しかし、それでは村が…!」 「…王都の騎士団に連絡しましょう。それしかない」 マルメの判断にリコリスも頷くしかなかった。 リコリスは俯き、血が滲むほど拳を強く握った。 「ね、ねぇ。もう逃げようよ。あいつ、いつこっちに気付くか…」 怯えたトーレンがアクセリアの服を引っ張る。 その様子にアクセリアはそっとトーレンの手を握ると意を決す。 「…そうね、出ましょう。町や王には連絡して―――」 刹那、大きな風が下から舞い上がる。 振り向いた4人の視界に飛び込んだのは大きな翼を羽ばたかせ宙に浮いた黒い竜。 『ガアアアアァァァァァ!!』 ―…ガラガラッ アサルトドラゴンの血生臭い咆哮と共に、脆くなっていた出入り口が崩れて塞がれた。 「道が…!」 「散れー!」 あれ?おかしいな。前後編で終わるはずだったのnぶるぁぁぁ! 長くなってすいません。お付き合いいただければ幸いでございます…。