空気が帯電する。バチバチと音を立てて所々で発光。 その発光元はまごう事無く目の前の黒竜だった。 アサルトドラゴン。体内の高圧電流を自衛のために放電する…。 「散れー!」 リコリスの声が響いた。その声と同時に全員が四方に飛ぶ。 次の瞬間、辺りを異常なまでの光が包んだ。アサルトドラゴンの雷が、周囲に手当たり次第落雷する。 「うわぁ!」 落雷を避けながら、もとい崖を転がりながらマルメが逃げていく。 リコリスは崖をもろともせずに快調に飛び降りていった。トーレンは崖に剣を突き刺し滑り止め代わりに。 アクセリアは槍を向かいの岸壁に投げつける。槍は勢いよく突き刺さると、槍の尾から裁縫師特有の魔法の糸が光る。 アクセリアはそれを握ると勢いをつけて飛び上がり、崖の下を目指した。 やがて雷光は弱まり、アサルトドラゴンがゆっくりと体を動かし振り向いた。 視線の先には、槍を引き戻し着地体勢に入ったアクセリア。 既に着地し、アクセリアを待っていた3人が叫んだ。 「アクセリア!早く!」 声と同時に振り向いた先、見えたのはアサルトドラゴンの口の中だった。 ドラゴンは異常なまでの反応速度でアクセリア目掛けて食いかかる。 刹那、アクセリアの針槍が光る。 アクセリアが尾を振り上げると同時に、緑に発光する裁縫の糸は網となりアサルトドラゴンの眼前に立ちふさがった。 『!!?』 驚いたのはドラゴンだった。 エサに喰らい尽いたはずが、歯に絡まるのは血の味ではなく魔力の網だったのだから。 大空洞を二分割するように張られた魔力の網。アクセリアは一瞬でやってのけた。 「ん……?」 マルメが思わず声を漏らす。アサルトドラゴンは今尚体に絡み付いて離れない魔力の網にてこずっていた。 もがけばもがくほど網は絡まり、竜の体を締めていく。 (これは…まさか…) 「何やってんのよマルメ!逃げるわよ!」 トーレンは言うが早いか、マルメの襟首を掴むと猛然と走り出した。 「ぐぇ!ちょ…トーレ……絞ま…!」 ほとんどぶら下げるような形でマルメを掴むと、トーレン達は大空洞に開いていた唯一の大きな道へと逃げ込んでいった。 『ガアアアァァァ!』 4人が大空洞から完全に出たあと、響き渡ったのは屈辱にまみれた竜の咆哮だった。 「勝てる!?アレに!?」 大空洞からどれだけ駆けたか。時間にしてそれほど長くはなかっただろう。 そして今、鉱山道に響いた素っ頓狂な声の主はトーレンだった。 首を押さえて座り込むマルメは、涙目になりながら説明した。 「あぁ、確信した。アレはまだ倒せる」 マルメを取り囲むように立っていた3人が顔を見合わせる。 アクセリアは未だ半信半疑で問いただした。 「どうやって?見たでしょ、オブシアナの死骸。あいつの体って黒曜石で出来てたけど、あっさり噛み砕かれたでしょ?」 「そこですよ。アサルトドラゴンはオブシアナの体を簡単に噛み砕いた。でも、それはあくまで力技だ」 「…?どういう事だ?」 リコリスもよくわかっていないようだ。マルメは息を正すように咳払いを一つするとゆっくりと立ち上がった。 「あいつはアクセリアさんの魔力の糸に絡まってましたよね。竜ってのは大体魔力、力ともに優れるものなんですが、  あのアサルトドラゴン、偏食ばっかしてたのか見事に力だけです。  放電は体質ですし、あいつ自体に魔力はほぼないと考えて良いでしょう」 「あ、それなら…」 「私の炎槍とアクセリアの糸…」 「ついでにいえばボクの召喚。これだけ魔力の元があるんです。使わない手はない」 マルメはふふんと鼻で威張ってみせる。アクセリアとリコリスの表情が少しだけ和らいだ。 反対にトーレンの表情は一変して暗くなる。 「……私は?」 思えばトーレンはマルメの幼馴染で戦士科に在籍してはいるが、魔力系の装備どころか魔法すら唱えられないパーフェクト戦士だった。 あ…。と、アクセリアとリコリスは気付いたように顔を見合わせた。 マルメはしょぼくれるトーレンの肩にそっと手を添えた。 「…マルメ?」 「…大丈夫さトーレン。君にしか出来ない仕事があるんだ」 「え…、何、何!?」 トーレンが期待いっぱいにマルメを見つめる。 マルメはふっと鼻で笑い、さわやかな笑顔でグッと親指を突きたてた。 「オトリ!」 「じゃあ、どうしましょうか。とりあえずどうやって倒すかだけど…」 腕組をして考え込むトーレン。後ろには顔面から煙を立てて寝転がっているマルメがあった。 「あのさー、私召喚ってよく知らないんだけど、それであの竜ぱぱーっと倒せないの?」 「どうなのマルメ?」 話をふられたマルメが顔面を押さえながらゆっくりと立ち上がる。 「う、うぅ…出来ない事はないけど…。あれ以上のモノを召喚しようと思えばそれなりの儀式や手順が必要だから…」 「出来ないのか?」 「うーん…」 「マルメ!」 マルメは考え込むように腕組をする。やがて意を決したように顔をあげ、眼を吊り上げるとこう答えた。 その表情に全員が息を呑む。 「実は上級召喚獣との契約期間が切れてるのにここ3年気付かなくて…そして契約品を全部金に換えてガレージゴーレムに―」 「…こうなったらアクセリアさんとリコリスさんに掛けるしか…ゴメンなさい…」 トーレンは心底申し訳なさそうに二人に頭を下げた。 後ろでは煙の立つ尻を突き出すような格好でマルメが転がっている。 「しかし、こうなったらやるしかないな」 「しょうがないわねー…人生楽できないもんね」 「わ、私も頑張るよ!」 リコリスは槍を握りながらアクセリアを見た。アクセリアはそれに答えるように微笑み、同じく槍を握る。 トーレンもふんっと意気込んで剣を構えて見せた。 「トーレン、気持ちは嬉しいが君はマルメを守っていてくれ。大事な仕事だ」 「…でも…こんなフィギアオタクのごくつぶし守るより、二人の援護とか…」 「ふぃ、フィギアオタクとは随分な…」 マルメが今度は尻を抑えながらゆっくりと立ち上がる。 トーレンは起き上がるマルメに向けて舌打ちするとふんぞり返ってマルメを迎え撃つ。 「召喚士も意外としぶといわね…。で?今度は何?刺すわよ?」 かなり本気の色の伺えるトーレンの発言に、マルメは思わず数歩下がりながら答弁を繰り出す。 「ひ、人の話は最後まで聞けって!しょ、召喚獣は無理だけど『召喚魔法』なら使えるんだって!」 「…?どゆこと?」 トーレンは思わず頭の上にハテナを浮かべる。他の二人もイマイチ言っている事が掴めないようだ。 マルメは壁にもたれかかりながら鼻と尻を押さえて説明をした。 「召喚獣は何者かの陰謀によって…じゃない、スイマセン。まぁ、今は使えない訳だけど。  物体をここに呼び寄せる召喚なら出来るんだよ」 「つまり?」 「例えばあの竜のドタマに小隕石を落とす、とかね」 「そんな事が出来るのか!?」 リコリスは思わず食いついた。あんな竜と戦う身からすればかなりありがたい話だ。 マルメは乗り出すリコリスを抑えるように構えて、説明を続けた。 「いえ、でもリスクがあるんですよ。問題は召喚場所を特定しないといけない事と、モノに見合った魔法陣が必要なんです」 「やっぱ甘い話ってないもんねー…。…って、あれ?それならさ…」 「そう、例えばあの竜を特定の場所まで誘い出して、アクセリアさんの網で捕らえれば…」 「……倒せる!」 リコリスが思わず力を入れて叫んだ。アクセリアはその様子に苦笑しながら話を進めた。 「で、どうするの?」 「それなんですがリコリスさん。この変にあの竜が入れる程度の空洞はありますか?」 「…先ほどのよりも大分小さいが、この先に一部屋あるハズだ。人間用の抜け道にもなっている」 「願ってもない。それでは役割を決めます」 マルメは座り込むと、指先で地面に図解を書き始めた。ほかの三人も釣られてしゃがみこむ。 さっきの大空洞からここまではほぼ一直線。そしてこの先の部屋。 マルメは先にあるという空洞を指差した。 「ここでボクとトーレンが魔法陣を書きます。部屋ギリギリまでの特大のヤツをね。  そして、この魔法陣の上にアクセリアさんの網でトラップを仕掛けます」 「了解♪」 「ただし、アサルトドラゴンはさっきの網で大分性質を知ったハズです。今度はかぶせられたら抜けられないほどのヤツを」 「となると、私は…」 リコリスが不意に立ち上がる。マルメはリコリスの方を見ないまま、呟くように話した。 「……お願いできますか?」 「願ってもないさ…」 アクセリアとトーレンは状況が飲み込めない。 リコリスは軋む音が聞こえるほど、強く槍を握った。マルメはリコリスの顔を見ずに立ち上がると、部屋のある方向へ向き直る。 釣られて二人も立つ。背を向けあう二人を前に、アクセリアはようやく状況を理解した。ドラゴンを仕留める部屋に4人中の3人。 となれば残り1人は…。 「ちょ…リコリ――」 アクセリアがリコリスに話しかけようとした刹那、鉱山に入ったときと同じ音が彼女たちを襲った。 『ガアアアアアァァァァァ!』 近い。振動から音までの感覚が、明らかに最初より短かった。 マルメは顔を少し上げると、声を少しだけ低くしてトーレンを呼んだ。 「トーレン、行こう。魔法陣を書くんだ。…早くしないと、間に合わない」 「え、でも…」 「君が手伝ってくれないと完成しない。行こう」 マルメはトーレンの顔も見ずに言い放つと、間髪入れずに歩き始めた。 その場から動かないアクセリアとリコリス。 二人を置いていけないのか、トーレンはその場でしばらく迷っていたが、マルメが遠くなっていくと、無言でその場を走り去った。 その場に残ったのは二人の槍使いだけだった。 アクセリアもリコリスも無言のまま微動だにしない。やがて背を向けたままのリコリスがゆっくりと口を開いた。 「……どうした、裁縫師。早く行け。お前が行かないと失敗するだろう」 「アンタ、本気で1人でアレとヤるの?役割は誘導だろうけど…死ぬようなもの――」 ―ギィィン! 鉱山に響いたのは、三度目の竜の咆哮ではなく、まだ耳に新しい槍と槍の音。 リコリスはその場から動かずに、腕だけでアクセリアの眉間を狙った。まるで今朝と同じように。 アクセリアは針槍でこれを受け止め、ゆっくりと押し返す。まるで再現のように。 『ガアアアアァァァァ!』 音に反応したのか、遂に三度目の咆哮が響いた。近いなどというものではない。もうそこまで来ている。 「私は砂紅騎士団、炎槍のリコリスだ。…今朝、証明しただろう?」 リコリスは少しだけ振り向いて、アクセリアを見つめた。 その顔は本当に優しく、まるで全てを受け入れるように微笑んでいた。 アクセリアはその表情に思わず唇を噛んだ。くやしさか、悲しみか、怒りか、自分への叱咤か。 くるりと向きを変えると、独り言のように呟いた。 「…終わらせたら、絶対に迎えに来る…!」 「期待しないで待ってるよ、『アクセリア』」 アクセリアは地面を蹴るように飛んだ。それは速く、速く。焦るかのように。 やがてランプの光に照らされて、アサルトドラゴンの黒い体が映し出される。 その目は赤く光り、目の前の『敵』を映し出す。竜は所狭しと翼を広げ、また、吼える。 リコリスは心地良いその衝撃を真正面から受けながら、口元を吊り上げた。 片手で槍を見事に回し、やがてその切っ先はアサルトドラゴンを捉えた。発火する槍は、主の闘志のように燃え上がる。 「……ふふ、まさか騎士団の仇の仇を討つ事になるとはな…。だが、お前を野放しにする訳には行かない…!」 紅の騎士は黒き竜へと立ち向かう。 たとえそれが無謀以外の何物でもなくとも。 やっべー、3で終わらなかった…。 おまけにほとんど進んでないし…。 もう少しだけお付き合いくだしあ。