背後から金属のぶつかり合うような音がする。リコリスだ。 アクセリアはその音を背中に受けながらがむしゃらに走った。急がなければ、手遅れになる。 本気走ったアクセリアにとって、空洞までの道は短かった。 「マルメ!トーレン!陣は…」 地面を片足で削りながらブレーキをかけて部屋へと突っ込む。 部屋の中央ではマルメが横たわって倒れていた。 「ど、どうしたの!?」 アクセリアが近寄るとマルメは顔面蒼白で倒れ、トーレンは横でオタオタしていた。 「そ、それが……マルメを本気で走らせたらチアノーゼ起こしちゃって…」 「ヒュー…ヒュー…(し、死ぬ…)」 「ちょ、陣は!?リコリスが…!」 思わず声が大きくなる。トーレンは余計慌てて弁解した。 「マルメの指示がないと陣なんて描けないよ!だって私ただの戦士だし…」 「……トーレン、私は網作るから、どんな手段を使ってでもマルメを起こして!」 言うが早いか、アクセリアは槍を構え、魔力の糸を練りだした。 やがて部屋の天井に張られていく魔力の糸は、縦と横に走り網を作る。 その網はアクセリアの槍の動きに応えるように、何重にも重なっていった。 思わずその様子に見入っていたトーレンは、ハッとしたようにマルメを揺さぶった。 「ま、マルメ!速くしないと竜がこっち来るよ!陣描かないと!」 「ヒューヒュー…ヒュー…(無理だって、今はマジで無理だって)」 呼吸音と痙攣と手の動きで、半死人マルメは精一杯否定した。 そうはいってもトーレンにも時間がない事がわかっている。やがて竜がここに来るだろう。 トーレンは意を決したように立ち上がると、未だ息の整わないマルメに言い放った。 「……マルメ、ここまでしたくはなかったけど…しょうがないわ。マルメ、今すぐ陣を書かないと。  …アンタの部屋のゴーレムコレクション。燃 や す わ よ」 「誠 心 誠 意 描 か せ て い た だ き ま す !」 竜の首がグンと伸びた。リコリスは反射的に体を横にズラし、それをかわす。 骨と骨のぶつかりあう音を立てながら、大顎が閉じる。竜は大きな目をギョロリと剥くと、リコリスを睨み飛ばした。 思わずそれにたじろぎながらも、不意にかかる右上からの風を感じた。 広げられた竜の翼が、壁を削るようにリコリスめがけて飛んできた。 かわせない。瞬時に悟るとリコリスは槍を突き出しガードをかける。 次の瞬間、覚悟していた以上の威力がリコリスを襲う。そのまま腕も体も吹き飛ぶような衝撃を受けながら、一歩も引かない。 アサルトドラゴンは長い首をひねりリコリス目掛けて口を開く。 リコリスは痺れの取れない腕を無理矢理突き動かした。槍をズラして、竜の翼に切っ先を突き立てる。 思い切り腕に力を込めると、リコリスの軽い体は羽根ように舞い上がり、竜の噛みつきを華麗に避けた。 リコリスはそのままぐるりと身を翻し、槍を引き抜いた。 素早く竜の背に乗ると槍を地面、竜の背中に向けて構える。切っ先からは炎が燃え上がった。 リコリスは槍の尾に手を添えると、満身の力でそれを突き刺す。 ―ガキィィンッ リコリスの槍は鈍い金属音と共にはじかれる。 「な…ッ!?」 一番驚いたのはリコリスだった。炎の槍ならば槍は通る。そのハズだった。 しかし結果は、竜の表面を多少焼きわずかに削っただけだ。リコリスはスグにその場を離脱しようとした。 竜はそれを許さない。竜はリコリスの後ろで翼を大きく羽ばたかせた。 突然背後から襲った突風。リコリスの足はあっというまに浮き、押し出されるような形で吹き飛んだ。 リコリスはもがく事も出来ないまま竜の頭の方へ飛んで行く。 不意に、竜が頭を動かした。まるでリコリスの位置がわかるかのように角をリコリスの前に突き出す。 「!!」 リコリスは一瞬で竜の意図を察した。しかし、空中で体勢を変えるどころか、受身すら取れない。 鋭く尖った竜の角が、あと数cmまで近づいた。 次の瞬間、辺りに鈍く響いたのは肉が潰されるような音だった。 「…出来た!」 空洞内に木霊したアクセリアの声に、魔法陣を書いているマルメたちが振り向いた。 アクセリアは顔一面の汗を拭いながらマルメを呼び寄せる。 「マルメ、これ位で良いでしょ!?」 「……ええ、十分でしょう」 アクセリアの指差す先、天井には一面緑に光る魔力の網。 町や大空洞で見せたものとは比べ物にならないほど太く縫われたソレは、恐らく何者の自由も許す事はないだろう。 マルメの言葉を聞くと、アクセリアは出入り口に向かって走った。 しかし、出入り口のところでピタリと止まると、マルメたちに振り返る。 「マルメ、魔法陣は?」 「まだ半分ほどです。…少しだけ時間を稼いでください」 「そっちも早くね!」 返答を聞くや否やアクセリアは走り出す。 マルメはその背中を見送ると、剣で地面を削って魔法陣を書いているトーレンに指示を再開した。 角を伝うように一滴、また一滴としたたる血が竜の背中を潤していく。 リコリスは竜の首の上で痛みに耐えながら歯を食いしばった。 咄嗟の反応でリコリスはアサルトドラゴンの角を掴んだため、傷は深いわけではない。 しかし、決して浅くもなかった。 ギリッと音を立てて歯を軋ませる。角を握る左手に力を込めるとゆっくりと抜いていく。 しかし、竜は無情にも頭をリコリスの方へと押し出した。 「がぁ…っ!」 思わず声が上がる。角はより一層深く食い込み、リコリスの中を抉った。 リコリスは意を決すると竜の首を強く踏み、後ろへ飛んだ。 角が抜けた瞬間、傷口から勢い良く飛び出す血を抑えながら背中に着地する。 先ほどの二の舞を避けるように再度飛んだ。素早く竜の前に舞い戻るが、今度は上手く着地が出来なかった。 力の入らない足は衝撃を受けきれずに体のバランスを崩させる。 思わず手をついてその場にうずくまるリコリス。腹部からは止め処なく血が溢れかえった。 痛みに表情が歪み、体中の血と一緒に力が抜けていく感覚を覚えた。 弱っているエサに対して、竜は微塵の容赦もしない。 再び大口を開け、リコリスを喰らおうと首を伸ばした。 「……なめるなぁ!」 それは誰に言った言葉だったのか。リコリスは槍を握り締めると、応えるかのように強く炎が灯る。 炎槍は地面を焼き削りながら滑走すると、竜のアゴ目掛けて飛び立った。 槍は竜の大口を閉じさせ、上空へと弾き上げた。 そのまま竜の頭は動かずに静止してしまった。 リコリスはまだ立てない。さっきの攻撃に使った力が、ある意味渾身の悪あがきだった。 倒れてくれ…。リコリスは心から願った。それが先程オブシアナドラゴンを無傷で倒した相手だと知りながら。 願いは届くハズもなかった。アサルトドラゴンは目をぱちくり瞬きさせ、リコリスを見つめる。 やがてその口がゆっくりと開き、涎をこぼしながら白い息を吐いた。 次の瞬間には、視界が竜の口の中しか捕らえられなかった。 終わりか。リコリスはゆっくりと目を閉じ、死を垣間見た。 『ガアアアァァァァ!』 覚悟した直後に突然鼓膜に突き刺さる爆音。 リコリスは驚いて目を開けると、そこには口を開けてもがく黒竜の姿があった。 竜の口や歯には、緑色の細いものが絡み付いている。 「何やってんのよ!早く逃げなさい!」 聞き覚えのあるその声に、リコリスは頭よりも先に体が先に働いた。 傷を庇いながら後ろへと低く跳躍して下がる。 隣には槍を構えながら苦い顔をしている緑髪の裁縫師。 「アクセリア…!網は――」 「アンタ何やってんの!?死ぬ気!?」 リコリスの話も遮り、アクセリアは怒声を上げた。 予想だにしなかった反応に、リコリスは体を震わせた。 アクセリアは目の前でもがく黒い竜を尻目に、リコリスをにらみつけた。 「なめるなみたいな事言っといて、何諦めてんのよ!死にたいならあとでトドメさしてあげる!  でも、こっから出るまでは許さないからね!」 「…アクセリア?」 リコリスは呆然とアクセリアを見上げる。 槍から放たれた緑の糸を引っ張りながら、圧倒的な竜と向かい合う彼女に迷いはなかった。 リコリスは口元を微かに緩ませ、ゆっくりと立ち上がる。 「トドメなど刺せるものか、私に勝てるハズがないだろう?」 「…腹から血ぃ出して何生意気言ってんのよ!良いから手伝いなさい!」 「わかっているよ、リーダー」 『ガアアアァァァァ!』 リコリスの返事と共に、竜が怒号をあげた。 竜はアゴに力を込めると、魔力の糸を力づくで噛み千切る。 「うわ!」 思わず後ろにこけそうになるアクセリア。 槍から離れた糸は溶けるかのように消えていった。 「何よコイツ、魔力ないんじゃなかったの?」 「お前の糸に対して耐性が出来ているようだな。ついでに言えば、私の炎槍も焼く事は出来ても突く事が出来ん」 「…どうしろっての?」 「…あちらまで誘き寄せるしかあるまい」 アクセリアはリコリスの返答に溜息をつくと、エサを待ち構えるアサルトドラゴンに槍を向けた。 竜は再度怒号を上げる。大気の振動はアクセリアたちを直撃するが、百戦錬磨の戦士は怯まない。 二人は合図もなしに全く同時に逆方向へ跳ねた。 竜の右上と左上。左右から一斉に槍を突き出した。 しかし、この竜とてまさしく百戦錬磨。竜はたじろぎもせずに翼を突き出し、二人の槍を受け止めた。 槍は翼の表面を削り、軽く突き刺さる。 竜は翼に力を込めると、羽ばたくように二人をはじき返した。 アクセリアは地面を滑走するように着地する。リコリスは天井に槍を突き刺し身を反転させ、天井をしっかりと踏んだ。 次の瞬間、リコリスは槍を引き抜くと、思い切り天井を蹴った。 勢いのついたリコリスの体は、まっすぐ竜の頭を目指す。 さっきの二の舞だ。竜はにたりと笑うと翼で防ごうと力を込める。 動かない。竜は焦った。 長い首を逸らし自らの背を見れば、翼と翼の付け根を縫い付けるように緑色の糸が翼を貫いていた。 再び前を見れば、アクセリアの針槍の尾からは裁縫師特有の魔力の糸。 頭上からは槍を大きく振り被るリコリス。アクセリアは口元を吊り上げた。 アクセリアが一瞬でも竜の動きを止めれば、その間にリコリスが敵を叩き潰す。完璧なまでのコンビネーション。 「はああぁぁっ!」 リコリスの炎槍が燃え上がる。 その槍は竜の頭を確実に捉えていた。 ―ガアアァァン! 『ギャアアアアァァァ!』 リコリスが振り下ろした槍は強烈な打撃音を奏でながら竜の頭を地面に叩き伏せる。 着地と同時に後ろに跳ね、また距離を開く。この程度で倒せない事は百も承知だ。 竜はゆっくりと頭を上げた。その目はさっきよりも怒りに燃えあがり、赤く染まっていた。 今度はアクセリアが素早く前に出た。怒りで血の昇った竜は、その動きを捉えきれない。 アクセリアは体をひねり勢いをつけると、槍の腹部でアサルトドラゴンの横っ面を叩き飛ばす。 その場に留まることの出来なかった竜の頭は弾き飛ばされ、壁に叩きつけられんばかりの勢いだった。 不意に竜の視界に陰ができる。数歩遅れたリコリスが高く槍を振り上げた。 リコリスは手を添えながら渾身の力を込めて再度竜の頭を地面にたたきつけた。 『!!?』 竜は現状を理解できない。 自分が今どうなっているのか、何故こんな小さな生き物に翻弄されているのか。 それだけを理解すると、竜は怒り狂った。頭を振り上げると、一番身近のエサに喰らいつく。 満身の力で口を閉じる。しかし、口に広がるいつもの甘美な血の味はなく、それ所か視界にすらエサが消えていた。 そのエサは自分の鼻の上に羽根のように居座り、赤い炎をこちらに向けていた。 「先程のお返しだ。…たんと喰らえ」 リコリスは槍の尾に手をあて、切っ先を竜の右目へと突き出した。 『ギィアアアァァァ!』 鼓膜を破らんばかりの絶叫をあげ竜はもだえる。 自分の右目を抉った槍は、体内へと押し進み頭の中を焼こうとしていた。 あまりの痛みで頭を振り回す。頭上のリコリスは体力の限界を迎えていたのか、紙くずのように投げ捨てられた。 「おっと…っと!」 アクセリアは落下地点に先回りすると、ふわりとリコリスを受け止める。 「これだけ怒らせれば大丈夫だろう…行こう」 「そうね、時間も稼いだっしょ」 リコリスをゆっくりと降ろしながら、アクセリアは竜に向き直った。 そこには経験した事のない激痛に苦しむ黒い竜がのた打ち回っている。 二人は竜を尻目に駆け出した。竜は右目から血を垂れ流しながら、左目でそれを捉える。 自分の目を潰したエサが、下等生物が。今、自分に背を向けて逃げていく。 同種を喰らう卑しき竜の小さなプライドが、今確かに踏み潰された。 『グオオオオオァァァァァ!』 その絶叫はアサルトドラゴンの全ての感情を含んでいた。 許せない。生かさない。逃がさない。 竜は自らの太い足を前へ運ぶと、全速力で獲物を追いかけた。 「マルメ、陣は!?」 「リコリスさん!そのケガは…!」 「かまわん、陣は!?」 竜に追いつかれないように走った二人。リコリスの傷は再び開き、血を滲ませた。 背後からはまるで地震でも起こっているかのような音と共に、かすかにランプに照らされた黒い体が見えた。 竜は頭を突き出すと、まっすぐこちらへ突っ込んでくる。その勢いは尋常ではない。 「え…ちょっ、まさかアイツ…!」 「…突進する気だ!」 マルメは言うがいなやしゃがみこみ、両手を地面に添えた。 両手の付近、地面から静電気のような光がバチバチと音を立てて光る。 竜が出入り口まであと数cmというところまで来た。アクセリアはマルメの後ろで『仕掛け』を構え、リコリスはトーレンを抱えて陰へと逃げ込んだ。 竜が、部屋へ侵入する。直後 「『メガモノリス!』」 マルメの叫び声が空洞内に響き渡る。 それと同時に突き出した竜の頭のすぐ前に、今朝マルメが召喚したモノリスよりも数段ブ厚いモノリスが地面から生えた。 竜はそれを認識できない。加速はとまらずに、そのまま召喚された壁へと頭から突っ込んだ。 爆音と砂煙と共に、加速のついた竜はメガモノリスを破壊する。 その衝撃は竜の意識を朦朧とさせるには十分だった。勢いを殺しながら竜は地面に倒れこむ。 そこは、魔法陣のちょうど真上だった。 「アクセリアさん!」 マルメの合図と共に、アクセリアが網を支える一本の糸を針槍の切っ先で断ち切った。 何重にもなり鍛え抜かれた魔力の網は、アサルトドラゴンを真上から押さえつけた。 『ガアアァァ!?』 竜は朦朧とする意識の中、前のように噛み千切ろうと網に噛み付くが、切れるはずもない。 それはアクセリアが全身全霊で編みぬいた魔力の塊だからだ。 竜の拘束を確認すると、マルメは魔法陣に手を添えた。マルメの触れた部分から、魔法陣が光を放つ。 それは段々と広がり、最後には地面に削り込まれた魔法陣の全てが銀白色の光を登らせる。 竜はなおかつ網の中でもがき続ける。マルメはゆっくりと顔を上げ、言い放つ。 「モデル…」 詠唱と共に、描かれた魔法陣と同じ物が上空に描かれる。 上空の魔法陣からは、銀色の光に包まれた剣が無数に顔を覗かせた。 全ての剣が出終わると空中で静止し、その全てが剣先を黒き竜に向けた。 マルメはまた、ゆっくりと口を開ける。 「『イグニファイ』!」 マルメの詠唱を皮切りに無数の銀光の剣は、まるで光のように竜を目指した。 『ギァアアアアアア!』 竜の絶叫と同時に、光の剣は竜の全てを貫いた。 光の剣は竜の鱗を裂き肉を露出させ、鮮血を噴出させる。 「やった…?」 「…マルメ、アンタやれば出来るじゃない!」 物陰からリコリスとトーレンが顔を覗かせた。 トーレンは額を拭うマルメに突進して抱きつくと、手放しに褒める。 肩をガクガク揺らされながらマルメが泡を吹いているが、トーレンはお構いなしだった。 そんな様子を見てリコリスは思わず大きく息をついた。 そこにアクセリアがゆっくりと近づいて、手を大きく上に伸ばす。 にっこりと笑うアクセリア。リコリスも釣られて口元が緩んだ。 ―パァン リコリスはアクセリアの掌に自分の掌を交差させる。 小気味良く心地よい音が空洞に響いた。 「お疲れ♪」 「…あぁ、お疲れ様。マルメもよくやってくれた」 「え、えぇ…まぁこれくらいは…」 またもや顔面蒼白のマルメがリコリスの笑みに応える。 トーレンは未だ興奮冷めやらぬ様子だった。 「ねぇマルメ。さっきの剣何なの?伝説の剣か何か!?」 「えーっと、確か魔族との和解を成功させた帰りに殺された英雄の剣の模造品だったかな…」 「誰それ!教えてよマルメ!」 トーレンはマルメにじりじりとにじり寄った。 そして。 『ガアアァァァァァ!』 「―――え」 トーレンの後ろには、口を開けた血塗れの竜が居た。 竜は渾身の力を振り絞り、最後のエサへと喰らいつく。 (しまっ…!) リコリスの槍は未だに竜の右目に刺さったまま。おまけに腹の穴はこの後に及んでまた開き始めた。 間に合わない。竜の歯は、既にトーレンの柔肌に突きかかった。 「往生際が悪いわよ、トカゲちゃん」 途端、ギシリと筋肉の軋むような音が鈍く聞こえた。 金縛りにあったかのように身を硬直させたトーレン。数mmでも動けば突き刺さってしまう、閉じかけて硬直した竜の顎。 それを止めたのは裁縫師。揺れる緑色の戦士。 アクセリアの糸は、竜の口を完全に巻き取るように絡みつきトーレンを救った。 糸はなおも進行する。さっきまで剣の突き刺さっていた露出した肉を這うように、裁縫師の糸はアサルトドラゴンを縫っていく。 「鱗の上からは防げても、肉の上なら切れるでしょ?」 ニヤリと笑うとアクセリアは握った糸に力を込めた。 「縫うだけが能じゃないのよ」 糸が締まる。黒き竜の体は、まるでハムのように断切された。血しぶきを上げながら数十の肉片へと分解されていく竜。 やがて竜、いや、肉片はピクリともしなくなった。時間の止まったような静寂。 目を丸くしていたトーレンは意識の戻ったように、ぺたりと腰を下ろした。 「……う、…うぇー……」 トーレンは大きな瞳を潤ませたかと思うと大粒の涙をこぼしながら泣きじゃくり始めた。 余程恐ろしかったのか、傍に寄ったマルメに抱きつくとさらに大泣きを始める。 リコリスも緊張がほどけ、肩の力をゆっくりと抜いけていくのを感じた。 視線をアクセリアに向けると、アクセリアは気付いたように振り向き、ピースサインで応えた。 「あーあ…結局賞金ナシかー…」 アクセリアは噴水の前で、まだ立っていた掲示板を蹴飛ばした。 噴水に腰掛けたリコリスはくすりと笑いながら話しかける。 「しょうがないだろう、あの竜自体に賞金はかかっていなかったんだ。それでも恩賞は出たから良いじゃないか」 「って言ってもたったの300万じゃない!1/3よ、1/3!?」 アクセリアが声を荒くして突っかかった。 竜を倒したあと、一行はアサルトドラゴンの首を城まで持って行き事情を説明したものの信じてもらえず。 しかしリコリスの普段の人柄もあってか、騎士団関係の人間の支持により王はわずかな恩賞を出した。 4人はその帰りに、またあの町に寄ったのだ。 「300万じゃ4人で割り切れないじゃない!せめて400万でしょ、あのカイザルヒゲジジー!」 「まぁ、いきなり竜の首持ってきて金よこせですからね。もらえただけマシですよ」 「そうそう、それに私たち二人で一組だから、3で割り切れるよ」 「だ、そうだ。そろそろ落ちつけアクセリア」 リコリスたちになだめられ、アクセリアは段々と落ち着いてきたようだ。 アクセリアはリコリスの隣まで行き、噴水に身を乗り出した。 水面に写る自分の怒り顔を睨みつけると、気を取り直すようにニカッと笑ってみせる。 「…よし、そろそろ行きますか!」 「じゃあ、ボクたちも」 「行くのか」 「ええ」 リコリスは少し顔を陰らせると、寂しそうな表情を見せる。 それを見たアクセリアはリコリスのベレー帽に手を乗せると、満面の笑みで微笑んだ。 「…またね、お強い騎士団さん」 「…あぁ、またな、裁縫師」 リコリスは優しく微笑む。アクセリアはその表情に微笑み返すと、ゆっくりと背を向けて町の南を目指した。 振り返る事も手を振る事もなく、裁縫師はただ前だけを見つめて歩いていった。 マルメたちもその姿を見送ると、時折振り返ってはリコリスに手を振りながら町の東へと歩いていった。 リコリスはその場に1人だけ残った。 砂漠の照りつける太陽と、噴水のせせらぐ音だけがリコリスをなだめるかのようにその場に在る。 しばらく座っていたリコリスが、重い腰を上げて立ち上がった。 「…ん?」 立ち上がったリコリスの手には、緑色の細い糸が太陽に照らされて光っていた。 誰の残したものかなど、考えるまでもない。 その糸は、リコリスの手の平の上で、ゆっくりと消えていった。 その様子を憂いの表情で見つめたあと、リコリスは手をギュっと握るとゆっくりと背筋を伸ばした。 明日からまた騎士団の仕事だ、後始末が大変だな。 ゆっくりと東へ歩を進めながら、リコリスは明日の仕事に思いを馳せる。 その顔は、寂しさや悲しみなど微塵も見せる事のない騎士の顔だった。 「そういえばさー、アサルトドラゴン。あれの鱗って武器の材料になったりするからかなり高く売れるんだよねー。  あれだけ大きな固体なら全部剥げば2000…いや3000万は難かったかな?」 「……アクセリアさんが聞いたらマルメハムにされちゃうわよ」 「…忘れておこう」 裁縫師たちのドラゴン退治。 3編で終わらせるつもりが4編になり、終いにはメチャクチャ長くなってしまいました。 ここまでお付き合いいただいた俺スレのとしあきたち、ありがとございます。 今度はもうちょっとダルくない文章が書けるように精進したいと…(;´Д`) アクセリア、リコリス、マルメの設定あき。キャラ大全に登録してくれてありがとう。 オブシアナドラゴンの設定あき。やられ前提でステキな竜の設定をわざわざ考えてくれてありがとう。 そしてこんなSSを読んでくれた人、本当にありがとう。 SSあきは永遠に不滅っていうか次のターゲットを求めてキャラ大全を彷徨いm(ry