ぐらに・えおす! 『2.私とエオス』 私はとても不安定な存在なのだと、お母様から聞いたことがある。 剣としての側面を持っているから。 剣には使い手が必要なのだ。 正しき心で、間違わぬ強さを持った、共に歩む存在である使い手が。 それが、私にも必要なのだと聞かされた。 だから、一人では事象龍としての力を、上手く制御できないのだと。 本当なら、既に使い手が居るはずだったらしい。 でも、その人は間違ってしまった。目覚める前の私を持って逃げようとした。 そして、その時に止めようとした仲間を傷つけた。 だから、使い手に選ばれず『龍騎士』としての役目も剥奪されたのだと。 その時の事を話すお母様の顔は、とても悲しそうだった。 自分が信じていた存在に、裏切られたような顔。 きっと訳があるのよ。と言っていたけど、どこか信じきれていない様子だった。 信じようとして、でも出来なかったような――― ねぇ、使い手さん。どうして私を持って逃げようとしたの? あなたも、目の前にいる人たちと同じなの? 私の力が目当てなの? ―催眠魔術『夢魔の誘い』によって人々が眠らされ、私はさらわれた。 「しかし、本当にこんなガキが事象龍だってのか?」 「ええ、間違いありません。白雷のグラニエスですよ」 私は手足を縛られ、口を塞がれている。つまりは拘束状態。 私をさらったのは四人組で、内訳は魔術師と重戦士が二人づつ。 「そうか、じゃぁコイツを使えば俺達は無敵なんだな?」 「でも、今のままじゃ駄目だろうね。意思があるから」 私の力を使う算段……ああ、この人たちもそうなのか。 ―武器としてしか、見ていないんだ― 剣の状態では、私の意識は皆無に等しい。 好きなように扱われ、好きなように振るわれるだけ。 持ち主が器量不足等の理由で死にそうになったら、その精神を喰らって操る。 ただの魔剣と、何ら変わりない。 私が持ち主だと認めていないから。 「……なら、どうすればいいんだ」 「剣の姿にしてやるのさ。そうすれば俺達の自由に扱える」 嫌だ、絶対に嫌だ。 こんな人たちに振るわれたくないし、また眠りたくはない。 やっと、やっと目覚める事ができて、自由に歩いたり、風を感じたりできるようになったのに。 「方法は?」 「見当もつかないなぁ、まぁ色々すればいいんじゃない?」 暴行、されるのかな…… 痛いのは嫌だけど、そんな事くらいで眠ったりしないもん。 それに、私には『白雷』がある。 「俺はパスだ。龍とは言え幼子に暴行を加えるのは気が引ける」 「お前ぇはホント、つまんねぇ奴だな。シキ=リョウさんよ」 重戦士の一人が私に背を向けた。言っている事もまともだ。 何でこんな奴らに加わっているんだろう。 「俺ぁ歓迎だけどな、龍―しかも事象龍の『味』が試せるんだからよ」 「物好きだねぇ、リロンコは」 リロンコと呼ばれた重戦士が、私に迫ってくる。 ぞっとした。この人はまともじゃない。 味を試すと言っていた。その意味は私にだってわかっている。 つまり、私を――― 手足を動かして逃げようと試みても、全く動いてくれない。 何時の間にか縛られている感覚もなくなっている。 「逃げちゃ駄目。これから俺達に使われるんだからね」 魔術師の声がする。 「ごめんねぇ、でも背に腹は返られないからさー」 もう一つ、魔術師の声がする。 『感覚麻痺を使いました』 声が揃う。とてもとても楽しそうに弾んだ声が。 私はとても不安定な存在だから、普通の龍が持つ耐性もまばらになっている。 相手はそんなこと知らなかったのだろうけれども。 「お、ナイスじゃねぇか……これで抵抗されずに済むってもんだな」 ゆっくりと、男の太い腕が私に向かってくる。 ※ だが、そこまで。 私に触れた瞬間、男が手を引っ込めた。 怪訝な顔を向ける仲間達。 男は顔をしかめ、私を睨み付けてきた。 「てめぇ……」 空気を焼く音と共に、雷が産まれる。 私が白雷の二つ名で呼ばれる由縁。 その白い雷は、私が体内に溜めていた物だ。 さらわれた時、私は反射的に自らが司る事象―電気に介入していた。 そうして、電気を操り、少しづつ体内に蓄積していたのだ。 一種の防衛本能と言ってもいいだろう。 自らの内に雷を産み、帯電させる。 素手では触れないし、金属製の武器で攻撃すれば電流が流れる。 現時点で、私が問題なく扱える攻撃手段だ。 弊害があるとすれば、瞬時に発動できない事。 あと、衣服が燃えてしまう事。 私が何時も着ている服は問題ないのだけれど、普通の服は燃えてしまうのだ。 現に、私が着ていた白いワンピースは所々が焦げて、そこから煙が上がっている。 心の中でエオスに謝りながら、幸運を喜ぶ。 私を縛るロープも焼けはじめているのだ。 もう少しで、切れる。 「素晴らしい。流石は事象龍」 「でも、少し電力が弱いかなー?」 だが、魔術師達がそれを許してはくれない。 私の周囲にだけ影が差した。 見上げた瞬間、冷たい水が大量に降り注ぐ。 全身ずぶ濡れになった私の体には、雷など存在してはいなかった。 全部、流れてしまったのだ。 「これで触れるねー、もとい触られるねー」 「事象龍はどんな声で鳴くのかな?」 使い手となる存在がいてくれれば、また雷を纏わせる事もできるのに。 「ナイスだお前達、俺が終わったら、譲ってやるよ」 「それは楽しみ」 「媚薬とか効くのかな?」 もう、会話の内容すらどうでも良くなってしまった。 だって、誰も助けになんて来てくれないもの。 『夢魔の誘い』は半日ほど眠らせる、強力な催眠魔術。 誰かが解呪しない限りは起きてこない。 エオスは頑張っていたみたいだけれど、多分無理だ。 私の事を厄介に思っていたし、丁度いい機会と見限るだろう。 だから、今頃ぐっすり眠ってるはずだ。 そうして、起きてから私がいないことを知って喜ぶんだ。 家に置いてくれて、優しくしてくれたのだって、国が魔物との共存を方針にしているからだ。 だから仕方なく優しくしてくれているんだ。 だいたい、私は事象龍でアイツは人間。時間の流れが違いすぎる。 本気で責任を取る気なんて、ドーナツのひとかけら程も無いんだ。 国中から避難されたって、国から出て行ってのうのうと暮らすだろうさ。 そうだ、それが普通なんだ。 なのに、なんで私は泣いているのかな。 なんで、なんでこんなに悲しいんだろう。 これじゃまるで、アイツが助けに来ると思ってたみたいじゃないか。 来るはずなんて、ないのに。 期待してたみたいじゃないか。 出会って数ヶ月なのに、もう何年も前から知っていた友人に裏切られたような、そんな気分。 馬鹿みたい。馬鹿みたい馬鹿みたい馬鹿みたい。 「へぇー、事象龍も泣くんだねー」 「大丈夫だぜ譲ちゃん、すぐに泣く事もできなくなるからよぉ」 抵抗する気も失せた。 「へへへへ……」 服に手をかけられる。 いいよもう、好きにすれば。 胸まで捲り上げられて、下に来ていた私の服が露になる。 「おぃおぃ、ガキのくせに過激な格好だなぁ、おい」 考えるのは止めた。その方が楽だから。 下着に手がかけられた。 ※ 「おい、そこの手前」 その時、声が聞こえたのだ。聞こえるはずの無い、アイツの声が。 幻聴、だよね。 でも、なんでアイツの声なんだろう。どうせならお母様の声が良かったなぁ。 聞こえたところで無意味だけどね。 「聞こえてねぇのか」 もう一度幻聴が聞こえた。 しつこいなぁ、一度だけでいいのに。 それでも、まだ幻聴は止まない。 何時の間にか、男の手が止まっていた。 「俺の連れをさらった挙句、犯そうとしてやがるロリコンペド野郎の手前だっつってんだよ!」 三度目。 その声に顔を上げて、目の前の光景が信じられなかった。 どうして。何で。 アイツが立っているのだ。左脚を血に染めて。 なんだか、怒っているように見える。 そうして、初めてアイツを怖いと思った。 今までは、怒られても全然怖くなかったのに、優しいと感じてすらいたのに。 それが無かった。本気だと思った。 でも、どうして?国から追放されるのが嫌だから? 「俺を、俺を馬鹿にしたのか、貴様は!!」 私の体から、男が離れていく。 その手には光る物体―剣が握られていた。 アイツは丸腰。そして一人だ。 勝てるはずが無いのに、どうして来たのだろう。 そこまでして守りたいモノって、何? 男の持つ剣が、真っ直ぐ振り下ろされた。 なのに、アイツは素手で立ち向かったのだ。 右手を握りしめ、正面から刃を殴った。 腕が斬れ、血が噴き出す―――ことはなかった。 鈍い音が響いて、刃と拳がぶつかり合い、止まっていたのだ。 「手前は、一体……」 「騎士だ!―――たった一人の、龍の為のなぁっ!!」 そうして、言葉の後で男の剣が砕けた。 エオスの腕が、振り抜かれたのだ。 刃が当たっていた個所から見える色は銀。 血液は流れていない、痛むそぶりもみせない。 ただ無機質の光沢を放つ金属があるだけ。 ああ、義手だったんだ。 でも、私の意識はそこに向けられていなかった。 エオスの言葉。 はっきりと、響き渡るような声で紡がれた言葉。 迷いもなく、ただ真っ直ぐに言い切った言葉。 ―たった一人の、龍の為― それが私を指しているんだと気付いて。 また一つ、涙がこぼれた。 『2.私とエオス』−了 NEXT 『3.騎士』 登場キャラクター ―四人組 ぐらにえすをさらった(拉致した?)四人組。 重戦士×2、魔術師×2というバランスの悪そうなパーティ 魔術師は双子の男で、名前は無いです。 リロンコとシキ=リョウはまんまロリコンと良識のアナグラムです。 リロンコは魔術師の双子と魔物を食べまくる生活を送る(性的な意味で) 双子魔術師は魔物で実験できればそれでよし。食べたいと思ったら食べるけれども。 シキ=リョウは成り行きでパーティに。 それぞれの性格を一言であらわすなら リロンコ=外道 魔術師1=鬼畜 魔術師2=変態 シキ=リョウ=武人 といった感じです。 四人の外見に関しては細かい設定無し。 年齢は双子魔術が十代後半、リロンコ、シキ=リョウが三十代後半。 ぐらにえすをさらった目的は、己の欲を満たすため。 事象龍の力で好き勝手に暴れよう、と言う訳です。 ―白雷のぐらにえす 否グラニエス。 実は事象龍としてとても不安定な存在だと言う事が発覚。 剣としての側面も持つために、使い手不在では実力を発揮できない。 これは普通の剣でも同じ事です。如何に優れた名剣であろうと、振るうものが居なくては無意味。 未熟であったり、方向を間違えていても同様ですね。 だから、使い手を見定め、選ばなくてはいけません。 それはまた別の話になりますが。 本文中で出てきたお母様とは、もちろんあの人のこと。 明確に出てきていないとはいえ、無許可で登場させてしまった事をお詫びいたします。 ―エオス・フルグラント 今回はあまり出番の無かった人。 そして義手だと言う事が判明。 彼の義手は機械仕掛けで、ある人物に作ってもらった物。 両腕は肩から無くなっているので、着込むような形になっています。 魔術的な神経伝達方法を使っている為、義手とは思えないほど滑らかに動く。 また、水に強いので風呂は普通に入れる。しかも軽い。 ただ、あくまでも義手なので剣を殴ったりしたら支障がでます。 彼がなぜぐらにえすに入れ込むのか、どうして両腕を失ったのか。 それは後々明かされていくかもしれません。