ぐらに・えおす! 『3.騎士』 ずぶ濡れになって、アイツは泣いていた。 嫌な予感がしたが、男が離れた時にはまだ服を着ていた。 ただし、これから脱がされる、という非常にぎりぎりな状態ではあったが。 まぁ、アイツは無事なんだ。それは喜ぶべき事だ。 さっさと片付けて、家に帰ろうか。 眼前、振り下ろされる剣がある。 しっかりとした造りの、頑丈そうなロングソード。 けど、それがどうしたよ? 相手の剣には何がある? 何にも、ねえよな。 何も無い、ただの剣だ。 剣には敵を切り裂くための刃がある。それは当たり前だ。 それ以外で、相手の剣には何がある? やっぱり、何にもねぇ。 武器屋で買って、ただそのまま使ってるだけの剣だ。 特殊な効果とか、そんなことを言ってるんじゃねぇ。 剣は、己を映す鏡だ。 いや、剣に限りはしない。武器はみな、使い手を映す鏡だ。 己の信念を、正義を、意思をこめて振るわれる物だ。 そうして、いつか剣は使い手自身の生き方を宿す。 だから、重みって奴がでる。 だから、振るわれた剣はどうしようもなく重く感じるんだ。 だから、振るう剣は途方もなく重たいんだ。 だが、相手の剣には何がある? 何もねぇ、何も存在してねぇ。 重みも、信念も、意思も、全く存在していねぇ。 軽い、軽い、軽すぎる。薄っぺらだ。 なら、砕ける。 俺のこの、何も持たない拳でも、砕けるさ。 刃がどうした。そんな軽い刃で…… 俺は斬れねぇ!! 頭上から振り下ろされる剣に、正面から拳をぶち込む。 幾度となく、重い剣を振るってきた、その拳を。 金属音が響き、剣の刃と拳とが拮抗する。 どうだ、斬れてないだろう。 例えこの手が生身でも、斬れていなかったはずだ。 生身より弱ええ、金属すら斬れねえんだから、な。 「手前は、一体……」 ロリコンペド野郎が疑問を声にして、こちらへ投げかけてきた。 さて、何だろうね。今の俺は、一体何なんだろうね。 現在の俺は、騎士でも何でもない。 ただ連れとドーナツを買いに行って、その帰りに連れを拉致された男だ。 それだけの男だ。 だが、決して騎士であることを辞めた訳じゃない。 騎士をやめさせられはしたが、辞めてはいない。 騎士の誇りは、生き方は、捨てちゃいない。 だから、俺はまだ騎士だ。 職業・騎士じゃないだけだ。 国に使えてないだけだ。 何かを守る為、剣を振るう存在が騎士だというのなら。 俺は今から騎士になろう。 己の内にある信念に従い、国ではなく、個人に仕える騎士に。 守るものはたった一つの、身近な存在。 その為に、迷わず、曇らず、剣を振るおう。 元王国騎士団隊長、エオス・フルグラント。 今この瞬間から、たった一人の、一人だけの『姫』を守る騎士になる。 そうだ、名誉も称号も肩書きも要らねぇ。 俺は――― 「騎士だ!―――たった一人の、龍の為のなぁっ!!」 ※ ああ、そうだ。 だから、もう一度剣を振るってやる。 事象龍と言うには、あまりにも頼りなくて、ひどく不安定な龍。 ドーナツが好きで好きでたまらねぇ、真っ白な少女。 そんな、そんなアイツを―ぐらにを守る為に。 誇りと信念を持って、真っ直ぐに振るってやる― その状態から更に力をこめて、右腕を振り抜いた。 本来ならば強く押した、と表現するべきなんだろうが、これで合ってる。 何故なら、剣が砕けたから。 打ち負けたのだ。 だが、代償はついてきた。右腕全体の動きが鈍く感じる。 ―やっぱ、無茶だったか― 剣を振るう事ができるとはいえ、元々戦闘用には作られていない義手だ。 直に剣を殴ればイカレもする、か。 人工皮膚も切れちまったし。できればぐらにには見せたくなかったんだけどなぁ。 「その腕、義手か……道理でこんな無茶ができる訳だぜ」 そう言って、ロリコンペド野郎が半ばから折れた剣を投げ捨てた。 「いやいや、今ので具合が悪くなっちまったよ」 俺はそう言って投げ捨てられた剣を拾い、損傷の具合を確かめた。 まだ、使えるな。 「あ、何の真似だそりゃ」 「何、剣を忘れてきちまってね。気にするな。ハンデだハンデ」 折れてはいるが、まだ死んでない。 だったら、これで充分戦える。 「馬鹿かお前、おぃ、『夢魔の誘い』だ」 「はいはーい」 魔術師が再び『夢魔の誘い』を唱える。 襲い掛かる強烈な眠気。思わず体性を崩し、地面に膝がついた。 だが、ここで眠る訳には行かない。 「効かねぇ、なぁっ!!」 そのまま、折れた剣を足の甲に突き立てた。 痛みがしばらく引かぬよう、深く深く。 「っ――――――ぉぉ!!」 焼けるような痛みが、まどろんでいた意識を覚醒させる。 「手前……イカレてるぜ」 ロリコンペド野郎の顔に引きつった笑みが浮かぶ。 「そりゃ、どうも」 誉め言葉として受け取っておこうか、今のところは。 だけど、いちいち体を傷つけていては身が持たない。 だから、剣で守護の紋を描く。唱える言葉は守りの祝詞。 「―金に輝く日光よ、名誉と誇りの名の元に戦う者の加護となれ―」 『金円護陣』 折れているとは言え、今度は剣による紋。 さらに言えば、眠気を吹っ切った状態での発動。 『睡魔の誘い』はもう通用しない。 「は、だが脚を怪我していちゃ、禄に動けねえよなぁ?」 ロリコンペド野郎は背中に背負った剣を抜き、一直線に此方へと駆けて来る。 馬鹿が、脚を怪我していては動けないなんて、誰が決めたよ? 走り寄り、振り下ろされるのは剣。 加速を上乗せした一振り。 本当にこんなんで倒れる奴がいるのか? 疑問を抱きながら、俺は前に出た。 左足で地面を蹴って、走る。 懐に飛び込み、野郎に肩から体当たった。 だが、流石に倒れてはくれない。しっかりと地面を踏みしめて止まった。 でも、反応速度が遅い。 野郎が踏み止まった時には、俺は折れた剣を逆手に持ち変えている。 柄を握り、顎目掛けて振り上げた。 剣の柄を利用してのアッパー。コイツは効くだろ? しかも、飛び上がる勢い付き。 ゆっくりと、野郎が仰向けに倒れていく。 だが、まだ終わっていない。 「―巻き起これ、真空の刃―」 「―水よ集え、その姿を鋭利なる物と変えよ―」 二人組みの魔術師が、魔術を発動させる。 だが、二人の魔術が発動するのと俺が着地するのでは、圧倒的に後者が速い。 地面に足が付き、衝撃と痛みが伝わる。 確かに痛い、痛いが―――大したことは無い。 両腕を失う痛みに比べれば、可愛いものだ。 発動した魔術―真空の刃と水圧の刃―の間を潜り抜け、俺は走る。 地面に足がつく度に血が流れ、痛みが産まれる。 それがどうした。これは生きている証だ。 「テンション・ハイだな」 昂ぶる自分に苦笑し、剣を振るった。 唱えるのは祝詞、中に描くのは紋。 「―その意思は圧力に、纏う覇気は何人たりとも近づけず―」 『威風』 衝撃を発生させ、近くに居る敵を遠ざける祝詞だ。 密集した時にとても役立つそれを、俺は魔術師二人の近くで使った。 簡単に吹き飛ばされ、壁に背中を打ち付けて沈黙。 いくら魔術師だからって、少しは鍛えないと駄目だぜ? 「さて、残るのはアンタだけだ。どうする?」 一切行動せず、ただ静かに見守っていただけの男に剣を向ける。 「いや、止めておこう。それに俺はコイツと居るのが好きではなくてな」 それだけ言って、男は俺の脇を通り過ぎる。 「そうかい。ま、見たところアンタは乗り気じゃなさそうだしな」 折れた剣を持ったまま、俺はぐらにの元へと向かう。 その途中で、背後を振り返った。 後ろに居たのは、倒れていたロリコンペド野郎。 不意打ちのつもりだったんだろうが――― 「バレバレだぜ」 折れた剣で、腹を突き込む。 ※ 最後まで見届けるまでもない。折れた剣を投げ捨てる。 倒れていく野郎を無視し、俺はぐらにへと駆け寄った。 「大丈夫か!?」 手足と口の縛めを解いて、ぐらにを抱きかかえる。 「どう、して……」 大粒の涙を流しながら、俺に問い掛けてくる。 質問に答えるのは後だ。 「家に着いて、落ち着いてからゆっくり話してやる。今は帰ろうぜ」 傷の手当てをしないといけないし。 のびてる三人は騎士団に任せれば問題ないだろう。 眠っている町の人も。 「あー、疲れた疲れた」 「お前が勝手に傷ついたんだろう。」 ドーナツ袋片手に、傷ついた騎士は歩き出す。 「他に方法は無かったのか、この馬鹿」 「助けてやったのに馬鹿とはなんだ馬鹿とは」 その横には一人の少女。その左手は騎士の右手と重なって。 「誰も助けてなんて頼んでいない。お前が勝手にやったことだろう」 「っかー、可愛くねぇ。本当に可愛くねぇなお前は」 騎士の右手は包み込む、とても小さなその左手を。 「……」 「どうしたよ」 少しだけ、左手に力がこめられた。その右手を離さぬように。 「いや……助けられるのも、守られるのも悪くはないと、思ってな……」 「さいで」 それに答えるように、右手にも力がこめられた。 強く、優しく、離さぬように。 『3.騎士』−了 NEXT 『4.ほんとのきもち』 登場キャラクター ―四人組 この後エオスが呼んだ騎士団に捕らえられました。シキ=リョウについては何も言わなかった様子。 そしてあまり強くなかった三人。 レベル的には20〜25前後といった所でしょうか。 リロンコは典型的なパワータイプ。 前回書いたように、彼は自分の欲求が満たせればそれでいい。 それ故に、剣に宿る意思はエオスから見れば軽い物だった。 だから、ロングソードを砕かれたと言う訳です。 我ながら無茶だとは思いますが。 そしてあっさりやられる双子魔術師。 彼らは魔術が偏ってます。 攻撃はからしきで、補助が秀逸。 性癖から来るものでしょうね。 ―エオス・フルグラント それなりに活躍した人。 隊長を務めていただけあって強いです。 義手は剣を振るうことはできるものの、完全な戦闘用ではないので全力は出せません。 だから、あまり剣を振るっていなかった。 そして、今回の話で内に溜めていた感情が爆発。 普通は事象龍を守る、なんておかしな話なんだろうな、とは思いましたが。 調子の悪くなった義手は、製作者のところで直してもらう事になります。 彼の理屈でいけば、カイルのロングソードはとんでもなく重い物なんだろうなぁ。 ―白雷のぐらにえす ほとんど出番の無かった人。 最後の方ではちょこっと心を開いていたり。 守られるのは好きじゃないのですが、エオスはちょっと特別みたいです。