ぐらに・えおす! 『4.ほんとのきもち』 四人組にぐらにがさらわれ、エオスが彼女を無事に救出してから三十分間後。 彼らの自宅には、二人で一つのテーブルにかけ、ドーナツを食べる二人の姿があった。 ぱくぱくもふもふと食べ進めているのはぐらに。 ゆっくりと咀嚼し、飲み込んでいくのはエオス。 先にエオスが食べ終わり、立ち上がって部屋の奥へと消える。 再び戻ってきた時には、怪我をした個所に包帯が巻かれていた。 微かに消毒液の匂いがする。 「ん、すまない」 申し訳なさそうにぐらにが謝る。 彼が別な部屋で手当てを行ったのは、消毒液の匂いとドーナツの匂いが混ざる事を避ける為だろう。 「気にするな。食事時の香りは重要だからな」 そうして、彼女が食べ終えるのを待つ。 数十分でドーナツをすべて食べ終わり、一服の時間。 台所に向かったエオスが、ほどなくして紅茶を持ってきた。 エオスはレモンティー、ぐらにはミルクティーだ。 そうして、落ち着いたところで話を始める。 「どうして私を助けに来たんだ?」 当然の疑問だろう。何故なら彼女は、自分が嫌われていると思っていたのだから。 だから、あっさり見捨てられるとも思っていたのだ。 「眠りに落ちようかって時にさ、色々考えちまって。そしたら手が動いてた」 「それで、脚の怪我、か」 『馬鹿だろ』と彼は自虐的に笑って見せた。 しかし、対する彼女の反応は正反対の物だった。 「ああ、馬鹿だ」 そう言って、微笑みながら涙を流したのだ。 大量にではなく、静かに一粒だけ。 「な、なんで泣いてるんだお前!?いつもなら『馬鹿だ、ばーかばーか』とか言って笑ってるだろ」 突然の涙にうろたえるエオス。彼も女性と子供の涙には弱いのだ。 その両方を満たすなら尚更だ。 「う、うるさいな馬鹿。まったく、私を助けに来た事といい、本当にお前は馬鹿だな」 言葉とは裏腹に、その声音は優しい。 「私は事象龍で、お前は人間……生きる時間も、体の作りも違うのに、馬鹿だ……」 先程と全く変わらないように思える表情と口調。 だが、確かに声音には若干の曇りが感じられた。 互いが違う存在であることを悲しむように。 「ああ、馬鹿だな」 エオスもその事をわかっていた。 根本的に時間の流れが違う存在であると。 優しく接してしまっては、彼女が一人になった時に悲しくなるだけなのに。 それを避けようとして、わざと冷たく接しようとした。 でも、それすらも出来ていない。徹する事ができず、中途半端な状態にある。 それが一番、傷つくのに。 「お前は、本当は優しい奴なんだな」 「そんなこと」 「あるよ。だから、本当のことを話してほしい」 『ない』と言おうとした。そうしてまた適当な理由をつけて、いつもの調子に戻る。 そのつもりだった。 だが、それを許さなかったのはぐらにだ。 彼女の言葉が、言い切るよりも早く紡がれたから。 「―わかった」 そうして、彼は本当の気持ちを話し出す。 自分が何を考え、彼女をどう思っているのかを。 ※ 「そういう、訳だ。馬鹿だよな、俺は」 全てを話し終え、彼は背もたれに体を預ける。 天を仰いでいるから表情は見えない。 だが、口元に浮かんでいる笑みは自嘲のそれを形作っていた。 「ああ、まったくだ」 それまで黙って聞いていたぐらにが、口を開く。 それは震えるような抗議の声だった。 「中途半端に優しくされたら、変に残ってしまうじゃないか」 「……そうだな」 おそらくは泣いているのだろう。 当然だ。自分の中途半端な行動で、彼女は傷ついたはずだから。 だから、エオスは天を仰いだまま動かない。 合わせる顔もない、と言うように。 彼女はそんなエオスに言う『顔を向けてくれ』と。 そこにあったのは、涙で目を赤くした彼女の姿。 ぼろぼろと、滝のように涙が零れている。 罵声の嵐が続く事を覚悟したが、その口から出てきたのは意外な言葉だった。 「だから、これからは優しくしてくれ」 驚くエオスに彼女は言う。 「ずっと優しくしてくれれば、『ああ、こんな奴もいたなぁ』と思えるから」 悲しくないから、と。 特別な事でも長く続けば、それは当たり前になる。 際立って見えた事も、普通の中に埋没する。 だから、彼女はそれを望んだ。 「優しい人間もいたな、って思うことができるから」 泣きながら、確かに笑っていた。 それが彼女の、本当の気持ち。 不安定な眠りにつき、目覚めたとしても『力』としか見られない。 そんな彼女と、初めて普通に接してくれた存在。 珍しい馬鹿を忘れない為に。彼が居なくなっても悲しまない為に。 その事を告げられて、馬鹿の頬に伝うもの、ひとつ。 「―――ああ」 伏せた目からは涙。 今までの自分を悔いてのものか、彼女と普通に接する事ができるからなのかは、わからない。 でも、確かに彼の心にはこみ上げてくる物があった。 そうして、堪えきれなくなったのは確かな事。 「今からそっちに行くからな、ちゃんと受け止めろよ?」 静かに泣く彼に向かって彼女は言う。 言葉の意味をわかりかねて目を開けば、そこにあるのは飛び込んでくる彼女の姿。 すこしばかり慌てたけれども― 彼は確かに受け止めた。 『4.ほんとのきもち』−了 NEXT 『5.何てことない一日』 登場キャラクター ―白雷のぐらにおす なんだか非常に恋する乙女風味な彼女。 あえて深くは語るまい。 そして『馬鹿』が口癖になりそうなくらい馬鹿連発。 ―エオス・フルグラント 一転、自分に正直に。 次からは普通に仲良くしている……もののあんまり変わらない部分もあるかも。 一部あとがき ここまで読んでくださってありがとうございます。 拙い文章で、読みづらく伝わりにくい部分もありました。 もっと数を書かねばなぁ、と思っています。 そして、次の話からは第二部、という事になります。 二部ではエオスの過去に関わることがメインになるつもりです。 それでは、また次の話で。