ぐらに・えおす!第二部 『5.何てことない一日』 説明しよう。 俺の名前はエオス・フルグラント。 事象龍と同居しているだけの、何処にでもいる元騎士だ。 つい先日、事象龍を誘拐し、その力を自分達のものにしようと考えていた不埒者をのめした。 全く楽しめない、退屈な戦いであった。 だが、そのお陰で俺と事象龍―白雷のぐらにおす―ぐらにの仲が深まった。 その事は唯一のプラス要素。 さぁーて今日もこの神業級の料理の腕……を? 「む、どうしたエオス」 怪訝そうに近づいてくる、真っ白な少女。銀髪と金色の瞳、黄色のチョーカーが目に映える。 しかし、服装がほとんど白いから余計に肌色や金色が強調されるな、コイツ。 知らない人が見たらあらぬ誤解を受けかねないね。 「いや、なんだか右腕の調子が悪くてな」 俺の右腕―いや、両腕は機械仕掛けの義手だ。更に言えば魔術の力とのハイブリット。 疑問の答えはすぐに来た。 「昨日、剣を砕いたからじゃないのか?」 右手に蓮華(れんげ)を持ったぐらにが答えてくれたのだ。 そうだ、俺は昨日、ぐらにを助けに行った。 日常の一コマを送っている最中に誘拐事件が起きたので、剣を持っていなかった。 それを俺は、殴った。 非戦闘用の義手で、剣を殴り砕きました。 うーん、すっかり忘れていた。 道理で人工皮膚が切れたままだと思ったよ。 「しかし、調子が悪いままの右腕じゃグゥレイト炒飯は作れねぇ」 その一言を聞いたぐらにが、この世の終わりみたいな顔で見上げてきた。 「あれは精密かつ大胆な中華鍋捌きを要求されるからな、動きの鈍い状態の腕じゃ無理だ」 この料理を教えてくれた、金髪褐色の人もそう言っていた。 半年近く基本を叩き込まれ、やっとマスターする事が出来たのだから。 今のような状態ではとてもじゃないが作れない。 それにしても、三年前に出会った彼は無事に元の世界へ返れただろうか。 「そ、そんなっ……私は、私はとても楽しみにしていたんだぞっ、グゥレイト炒飯!」 また今度作ってやる、だからそんな涙目で俺を見るな。 「明日作ってやるから……だから今日は義手を直しに行くぞ」 「え、ええっ、お昼、おひるはぁっ!?」 両腕を上下にパタパタ動かして、必死に抗議するぐらに。 分かったから、ちゃんと考えてあるから。 「喰わない、とは言ってないだろう。今日の昼はドーナツに変更だ」 その途端、両腕の動きがぴたりと止んだ。 顔に浮かぶ色を一言で表せば『喜』。瞳がきらきら輝いている。 「服、着てくるっ!!」 そう言って、脱兎の如く部屋へと駆け出していった。 数分して戻ってきた彼女の服装は白いワンピース。 だが、袖口にフリルがついていたり、クロスステッチで刺繍を入れていたりと細部が異なる。 それもそのはず、昨日の一件で彼女のお気に入りは所々焼け焦げ、見るも無残な姿に。 本気で落ち込んでいたので、昔取った杵柄で一から服を仕立ててみた。 今の彼女は、それを嬉しそうに身につけているのである。 ああ、喜んでもらえると、製作者として凄い嬉しいぞ。 くるりとその場で一回転し、はにかんだような笑みを浮かべてみせるぐらに。 そんなぐらにの頭を撫でながら、光に満たされた家で俺は思うのだ。 俺、キャラ違ってきてないか?と。 ※ 例の如く、俺達は手を繋いで大通りを歩いていた。 心なしかぐらにの顔はにこにこしている。 けれど、俺の心は少し複雑だった。できれば義手ではなく、本物の腕で手を繋げればな。 土台無理な話か。 まぁ、この笑顔が崩れなければそれでいい。 ほどなくして、俺達はドーナツ専門店に到着した。 「おぉ、エオ坊。昨日は大変だったようだなぁ」 おっちゃんが店の奥から現れる。相変わらず情報が早い人だ。 「まぁな。それなりに実りはあったけど」 「実り……?ま、ままままさか私の下着!?おま、おまおまお前がそんな趣味だったなんてっ」 何顔赤くしてパニック起こしてやがる。だいたいお前の普段着はパンツ丸出しだろうが。 第一、俺にそんな趣味は無ぇ。 「違う、互いの本音が聞けた事だよ」 「あ、ああなんだ、そうだったのか」 真っ赤になって俯くぐらに。ああ、可愛いなぁもう。 「おいエオ坊、なんだか子煩悩の親父さんみたいな顔だぞ」 言われて我に帰った、俺そんなに心開いてますか。 「ああ、すまんすまん」 「まぁ、あがれや。準備はもう済ましてある」 流石おっちゃんだ。何度もお世話になっただけの事はあるね。 「あれ、ドーナツは?」 「大丈夫だ、揚げたてを食わせてもらえるから」 瞬間的に瞳の輝きが増した。 ……本当に事象龍なのか疑問に思えてきた。 いや、事象龍なんだけれどな。 店の奥に案内され、テーブルについた俺とぐらにはまず、揚げたてのドーナツを頂いた。 勿論、代金は後で払う。 「うし、んじゃ頼みます。ぐらには食べててOK」 とりあえず食べて、空腹を落ち着かせた俺は服を脱ぐ。 一見すれば普通の人間と変わらない上半身が露になる。 しかし、ぐらにが不思議な顔で、なおかつ頬を紅く染めてこっちを見るのは何故だろうか。 現時点の格好は、先程も述べたように普通の成人男性上半身裸。 一つ違う点があるとすれば、不自然に存在する臍上のベルト。 それと、両肩からと胸の上で交差し、左右反対のわき腹へと伸びたベルトだろうか。 前者の表情はまず間違いなく、このベルトのせいだろう。 突然出現し、突然消えているのだから。 おっちゃんがそのベルトを消失点、つまり留め金から外していく。 そうして、体から外れた所で銀色の刃をさしこみ、人工皮膚を剥がしていく。 「それがエオスの義手なのか?」 露になった義手を見て、紅い顔のぐらにはそう言った。 「変わっているだろう?」 第一印象は背中と腕を指先まで包む軽鎧、といった所だろうか。 俺は肩の付け根から腕を失っているから、この形状でないと義手をつけることができない。 「んじゃぁよ、ちょっくら直してくるから待っとけ」 義手を持って更に奥へと消えるおっちゃん。 って服ぐらい着せてくれませんか?寒いのですが。 上半身裸のままで残されるって意外と辛い物ですよ? ぐらには相変わらず顔を紅潮させたままだ、ちらちらこっちを見るな。逆にこっちが気になる。 「つか、なんでお前はそんなに顔を紅くしてこっちを見る?」 「お、男の裸体なんて、今までに見たことがないんだ」 それもそうか、お前はずっと眠ってたんだものな。 異性の裸なんて見るのは初めてか、それなら仕方ない。 「それに、なんだ、その……やたら締まってるというか、むぅ」 あー、そういえば騎士辞めてからもトレーニングは欠かしてないからな。 腹筋も割れてるし、筋肉は細くしなやか、かつ力強い物だから外見は細い。 訓練の賜物……とはいえそれほど強くなさそうに見えるからなぁ。 「意外に細いんだな、お前」 あれ、なんで俺の膝の上に乗ってるんですか。 というか異性として見られてるって、それどうなんですか。 「そういえば、なんでおっちゃんは義手なんて修理できるんだ?」 『ドーナツ屋だろ?』と当然の疑問を口に出すぐらに。 「ああ、昔は色々と作ってたらしい」 ドーナツ専門店を始める前は軍にいて、武器や防具を大量に作っていたそうだ。 それだけではなく、大量に人を殺す兵器も作らされたらしい。 俺もおっちゃんから軽く聞いただけだから、詳しくは知らない。 でも、そのことを話すおっちゃんの顔には翳りがあった。 瞳には悲しみがあった。 だから、それ以上聞く気にはなれなかった。何より、話す気もなかったはずだ。 「俺がおっちゃんと会ったのはな、偶然なんだよ」 五年前―両腕を失った俺は、特にあてもなくふらふらと彷徨っていた。 そうしてこの国に来た時、無理が祟って倒れてしまったんだ。 そんな時、行き倒れた俺を見つけて、介抱してくれたのがおっちゃんなんだ。 すっかり回復して、お礼を言って旅に出ようとした時、殴り倒されてな。 『そんな体で、死にに行くような真似するな!!』って怒鳴られたっけ。 それで、俺を見かねて義手を作ってくれたんだよ。 「なるほどな。納得がいった」 一人うんうんと頷くぐらに。 そんな時、音が鳴った。 「……む」 俺の腹の音。どうやら足りなかったらしい。 ぐらにはきょとんとした顔で此方を見ている。……見ないでくれ、恥ずかしいから。 顔を紅く染めていると、口元にドーナツが突き出された。 「ほら、食べさせてやる」 ありがたく、ぐらにの手からドーナツを食べさせてもらう。 ああ、美味い。つうか優しいなぁ、コイツ。 「……今回だけだぞ」 そういいながら顔を赤らめるぐらには、本当に可愛かった。 そうして二時間後、義手の修理が終わった。 直った義手を取り付けてもらい、俺とぐらには店を後にしたのだった。 『5.何てことない一日』−了 NEXT 『6.突然、それは、やってきた』 登場キャラクター ―白雷のぐらにおす エオスを異性として意識し始める、と言う変化が。 やっぱりドーナツ大好き。 ―エオス・フルグラント 料理もできると言う事が判明。 彼の義手は自分への戒めみたいなものです。 ―ドーナツ屋のおっちゃん 本名 ブレイ・クルバンスト 元特殊戦闘部隊員。 彼の所属は武装開発班。 多くの人や魔物を殺し、命を奪う兵器を作ってきた。 それに嫌気が差してきた頃、部隊が奇襲に遭って壊滅。 唯一生き残った彼はそのまま退役、しばらく放浪の旅に出た後、現在の職業に。