ぐらに・えおす!第二部 『7.エオニスフル』 何がなんだか、わからなかった。 午前中までは普通だった、なんてことのない日常を送っていたはずだ。 それが狂ったのは、午後。買い物に出かけて、帰ってから全てが一変した。 突然の来客。その人はエオスの、聞いたこともない名前を言った。 瞬間的にエオスの雰囲気が変化して、それが私にはとても怖くて。 扉の向こうにいる人は、捨てた名前とか、昔のエオスとか、良く分からない事を言い出した。 エオスはとても怒っていて、凄く嫌な顔をしていて。 剣を持って扉を開いたら、青い鎧を着た人がいた。 その人は昔の同僚だと言った。エオスも知っているふうだった。 でも、私には何が起こっているのかわからなくて、なんだか二人だけで話が進んでいて。 青い鎧の人から、何故かお母様の気配がして。 良く分からないままでいたら、青い鎧の人はいきなり剣を抜いたんだ。 家の中なのに、そんな事はお構い無しに、ただ剣を振るった。 エオスも剣を振るって防いだけど、押し負けているみたいだった。 私は必死に、状況を理解しようとしていたけどできなくて。 そうしたら、鎧の人を蹴り飛ばしたエオスが私を抱えて窓から飛び出した。 口から思わず「待て馬鹿者!状況を説明しろっ!!」と言葉が出てしまって、でも彼は答えてくれなかった。 そのまま大通りまで行っても鎧の人はついてきていた。 エオスは被害を出さないために国の外へ出ると言って走った。 鎧の人はそんなこと関係なくて、街中なのに剣を抜いて、なんだか分からないけど技を使った。 エオスはそれを見て顔色を変えて、私を下ろすと同じ技を使った。 けれど、エオスの技では鎧の人の技に対抗できなくて、もう一度エオスは剣を振るった。 でも、駄目だった。 エオスの義手が肘の先から千切れて、技が出なくて、鎧の人の技がこっちへ向かってきて。 彼は避けようとしなかった。避けられたはずなのに、それをしなかった。 後ろに、私と人がいたから。 龍の牙が彼を切り裂いて、赤色が噴き出した。 風に散る花弁のように血液は舞い、通りに跡を残した。 エオスがゆっくりと、仰向けに倒れる。 龍の牙が途中で地面を離れ、斜めに逸れたお陰で真っ二つにはなっていない。 けれど、それでも傷は相当な物だった。 血液は止まる事なく流れ、通りに赤い水溜りを作っていく。 服で傷口を押さえても、一向に止まる気配が無い。 口からも血が溢れる。このままではきっと、エオスは死んでしまう。 怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。 頭が重く、思考が出来なくなる。 こんな時にそんな事をしてしまってはいけないのに。 「そ、んな……」 青い鎧の騎士が駆け寄ってくる。 その声はとても焦っていて、自分でもこうなる事が予想できていなかったようだ。 「間に合え、間に合え間に合え間に合え―っ!!」 呪詛のように同じ事を繰り返しながら、鎧の騎士はエオスの血液を剣に付着させ、陣を描いた。 転移の魔方陣― 何処へ転移するのかも聞けぬまま、私の視界は光に包まれて― そこで、意識が途絶えた。 ※ しばらくして目が覚めた時には、世界は一変していた。 目に入るのは、見たことも無い部屋の風景。 私はベッドの上に寝かされていた。血に濡れていた服は脱がされていた。 扉の向こうから声が聞こえる。ずっと昔に聞いた声―お母様の声だ。 「……やりすぎだ、危うくグラニエスまで巻き込むところだったのだぞ」 「申し訳、ありません……」 お母様の声からは怒りの色が感じられた。相手はきっと、青い鎧の騎士だろう。 「あの男が盾になったから良かったが……」 エオスの事だ。 そういえば、彼はどうなったのだろう。室内を見渡しても姿はない。 まさか―と、最悪の事態が脳裏によぎった。 「それにしてもしぶとい男だ。普通ならば死んでいる筈の傷だぞ、あれは」 けれど、その言葉が杞憂だったと教えてくれた。 でも、エオスは何処に居るのだろう。 そんなことを考えていたが、次に聞こえてきた言葉に思考が停止する。 「流石はグラニエスを奪おうと企んだ龍騎士、と言った所か」 ―え? 今、お母様は何と言ったのだろう。 エオスが、私を、奪おうと企んだ、龍騎士? 疑問点が多すぎる。そして情報が少なすぎる。 再び思考が混乱し始めて、さらに追撃ちがかかった。 扉から聞こえてきた一言は、私を行動不能にするには充分過ぎる衝撃を持っていたのだ。 「エオニスフルの処分は」 「ああ、殺せ」 「どうしてですか、彼はグラニエスを―」 「黙れ」 あせったような声を遮ったのは、冷徹なお母様の一言でした。 「確かに、奴はグラニエスを勇者気取りの阿呆から助けたし、ごろつきから助けもした。  だが、それとこれとは話が別だ」 「しかし……」 「黙れと、言っていたはずだが?」 再び言葉が言葉を遮りました。 お母様は、邪魔が入らないようにした上で言葉を続けます。 「しかし以外だな。手首を切り落とされたお前が、奴をかばうとは。  まぁいい、下がれ」 その言葉を最後に会話が終了し、遠くへ下がる足音が聞こえました。 きっと、青い鎧の騎士が部屋を去ったのでしょう。 扉が開き、入ってきたのはお母様―母竜ティアマトその人です。 「あら、起きてたの?」 すっかり普段の調子に戻ったお母様は、私の頭を撫でながら話し掛けます。 「起きていました。会話も、聞こえていました」 「そう……。少なくとも、ぐらにちゃんにとってはショックだったでしょうね」 「教えてください、お母様。エオスの過去の事を知っているのでしょう?」 お母様は少し考えるそぶりを見せて、何かを決断したように頷きました。 真剣で、真っ直ぐな瞳が私の目を見つめます。 「いいわ、話しましょう。彼が過去に何を行ったのか、どうして腕を失ったのか……。  その理由を、全部」 ※ エオス―エオニスフル=G(グラナス)=トラスティアムは竜騎士として、ティアマトに使えていた。 彼は優秀な竜騎士で、天上からの信頼も厚く、また騎士の名に恥じない存在だった。 そんな彼の相棒がアラン―アズレア=T(トゥライ)=スティングレン。 彼らは二人で一組、最高のコンビと呼ばれていた。 五年前に、エオスが私―白雷のグラニエスを持ち去ろうとするまでは。 ある日、彼は私の使い手候補に選ばれた。 元々、不安定なまま眠りつづける私に興味があったらしい。 私自信は覚えていないけれど、一度だけこの姿をとった時、相手をしてくれたのもエオスだそうだ。 その時から、彼は眠りつづける私の元を訪れては、何があったかを語りかけていたらしい。 眠りつづけるだけなんてつまらないだろうから、と。 とても変わった、でも優しい人だとお母様は言った。 私のことを随分と気にかけていたらしい。 でも、事件は起こってしまった。 ある夜、剣と剣がぶつかり合う音が聞こえて、すぐにお母様が駆けつけた。 お母様が目にしたのは、手首を切り落とされたアランと、私を持ったエオスの姿。 エオスは拘束され、竜騎士としての死角を剥奪され、天上に足を踏み入れることを禁止された。 その際に、「もう二度と、誰も傷つけないように」と言って両腕を差し出したそうだ。 それが、彼の過去にあった全てだった。 あとは放浪しながら彷徨い、王国へと流れ着き、おっちゃんに義手を貰って、騎士になって。 そして、今に到る。 ※ 「そんな事が……」 「詳しいことは分からずじまいだったけれどね。彼は何も喋ろうとはしなかったの」 「でも、どうしてそれでエオスを殺す事に……?彼は私を助けてくれた、責められる個所は」 「ない。と言いたいところだけれど、彼は過去にぐらにちゃんを持ち去ろうとしていた。  そして今回、彼はぐらにちゃんを助け、優しく接していたのよね?」 それの何処が問題なのだろう。第一、過去の出来事との関連性が見当たらない。 「ショックを与えるかもしれないけれど、そのこと事態が彼の計画である可能性もあるの」 「計画……?」 「今の彼にはね、再びぐらにちゃんの力を手に入れようとした疑いがかかっているのよ。  そして、その為にはぐらにちゃんの信頼が必要になってくる。つまり―」 「全て、演戯の可能性もある……?」 お母様が、ゆっくりと頷く。そんな、そんな馬鹿なことがあってたまるか。 「でも、エオスは、エオスの義手は戦う為に作られたものじゃなかった!  全力で剣を振えないような義手で、どうして私が扱えますか!?」 「確かにそうね。でも―義手はいくらでも作れるものなのよ?  後で交換するつもりだったのかもしれないわ」 お母様の顔に浮かぶ表情は、私に事件の事を話す時のそれと同じだった。 お母様も、本当は信じたくは無いのだろう。 でも、そうではないと言い切るためにはあまりにも不確かで、逆に証拠は揃っていて。 「私も、彼を間近で見てきたから、そんなことをする人間ではないと言えるわ。  だけど、言えるだけ。言い切れるわけじゃないの」 「そ、んな……」 「不可解な点だって、たくさんあるのよ?逃げられたはずなのになぜ逃げなかったのかとか、 アランを殺さず、手首を切り落としただけだったとか……」 でも、本人が何も語ろうとはしないの。とお母様は言う。 私は、エオスが私の力を目当てにしていたとは信じられなかった。 いや、信じたくはなかった。 私を助けに来た時の瞳は、決意は、言葉は、決して演戯で作れるものではなかったから。 けれどそれは―彼が潔白だと証明するためには、あまりにも小さすぎる理由だった。 『7.エオニスフル』−了 NEXT『8.真実、そして―』