ぐらに・えおす!第二部 『8.真実、そして―』 地下牢― 二人の人影があった。 青の鎧を身につけた人物と、両足を縛られた男。 これから始まるのは、縛られた男の処刑。 それなのに、殺される本人は落ち着いていた。こうなって当然だと言うように。 対して、青の鎧を身につけた人物には焦りが見える。 「どうして、平然としていられるんだ。お前は」 青の鎧―アズレア=T(トゥライ)=スティングレン―アラン。 母竜ティアマトに仕える竜騎士。 「どうした、アラン。もっと喜んで見せろよ。お前にとっては都合がいいはずだぜ?」 両足を縛られ、胸に包帯を巻いた男―エオニスフル=G(グラナス)=トラスティアムは笑う。 これは自分に対する罰だと言って。 「話す気は、ないのだな」 「は、今更俺が何かをいって、誰が聞いてくれると思う?」 二人の騎士は牢を隔て、背中合わせに語り合う。 それは二人の間でしか通じぬ会話であり、隠しておくべきこと。 「そう、か―」 アランが立ち上がり、地下牢を出ていった。 「笑いたければ、笑え」 その背中に向けて、エオスは言葉を投げる。 返事は無く、ただ扉が閉まる音だけが響いた。 「俺も馬鹿だね……」 両腕の無い男の呟きは、虚空に消える。 地下牢へ続く廊下― アランは悩んでいた。 己の存在意義であり、肩書きに対しての在り方についてである。 実を言うならば、アランは罪人であり嘘吐きでもあった。 騎士は己の信念に基づいて剣を振るう。だが、今の自分はどうだろう。 大切な存在を失ってしまうのに、何も出来ないでいる。 我が身の可愛さに、何も言えないでいる。 黙って見過ごして、何も無かったかのように振舞うのか。 一生消えぬ痛みを背負ったまま、必死に隠して生きていくのだろうか。 つまらなく、くだらなく、疲れる生き方を選んでしまうのだろうか。 彼が大切に思っている、白い少女を悲しませて。 自らの使える存在の、彼に対する期待を裏切らせて。 そして、自分はのうのうと生きるのか。 もうすぐ、処刑が始まる。 ならば、自分が取るべき行動は― ※ ぐらにえすの部屋― 「もうそろそろね。いい、変な事は考えちゃ駄目よ?」 竜の母―ティアマトはそう言って部屋から出て行った。 廊下を抜け、広間へと向かったのだろう。 「何が事象龍だ……。一人の人間の力にすらなれないじゃないか」 白い少女―白雷のぐらにえすが呟く。 今の彼女は、自らの事象を満足に行使できない。 それは特殊な存在であるが故。剣としての側面も持つからだ。 彼女は二人で一人、使い手も含めて「びゃくらいのぐらにえす」なのだ。 剣は一人では意味を成さない。使い手が居て、初めて剣として在れる。 だから、使い手のいない自分は「白雷のぐらにえす」という、中途半端な存在なのだ。 「下手をすれば、剣として眠りについてしまう、か」 脳裏に作るイメージは白く閃く雷。 意識を手に集中して、それがそこにあると念じる。 生まれ出たのは白の雷、それは二つ名の由縁。 だが、弱く、そして時間がかかりすぎる。 あかつきのとらんぎどーるや、あおのいんぺらんさ、しゃるう゛ぃるとなら造作もない事なのだろう。 そして、彼女のそれよりも遥かに強い事象を行使できる。 「でも、違う」 瞳の奥に宿るのは、強い決意。 「大切なのは力の大小とか、上手く使えるかどうかじゃない」 彼は夢魔の誘いを受けて、自分の力が足りないからと諦めただろうか。 「大切なのは、諦めない事。自分にできる精一杯を行う事」 自らを傷つけてまで立ち上がったように。 自らの体を盾にした時のように。 彼はいつだって、諦めなかった。 「だったら……私も―!!」 私は、彼と共に歩みたい。彼こそ使い手に相応しいと、そう思ったから。 なら、決して諦めない彼が振るう剣が、諦めてしまってはいけない。 手を握り締めて作るのは拳。 人が持つ武器の中でも、最も身近で原始的な武器。 だからこそ、とても強く、痛く、効果のある武器。 その武器の中に、彼女は自らの事象を宿した。 向かう先は扉とは反対の方向―壁だ。 足で蹴れば、石の感触が返ってくる。 だけど、それがどうしたというのだろう。不安定でも、弱くても雷は雷。 まして、事象龍である自分の雷なのだから。 「諦めない!!」 激しさを増し、強さを増した雷を、拳ごと壁に叩きつける。 痛いけど、だから何だ。 今ここで痛みに怯んでいては、彼を失ってしまう。 だったら、痛みなんて小さな事だ。 開いた穴に飛び込んで、また拳を振るった。 開いた穴から見えるのは通路。 迷うことなく飛び出して、彼女は走る。 向かう場所は地下牢、彼がいる場所だ。 「間に合え―!!」 ※ 同時刻、広間― 「ティアマト様、お話があります」 「私には話すことなどないのだがな」 伝わるのは威圧感。ただ話をするだけなのに、これほどの恐怖を感じるとは思わなかった。 でも、ここで恐れてはいけないのだ。己の目的を果たす為にも。 「お願いします」 「聞く気は無いと言っている。殺されたいか」 大量の殺気が浴びせられて、今すぐ逃げ出したい気分になる。 けれど、それは許されない。私が私で在る為に、私が騎士であるために。 退いたりは、しない。 「殺すならばどうぞ―ですが、私の話を聞いてからにしてください。お願いです」 「では聞いてやろうか、己の命を捨ててまで伝えたい、話とやらを」 「ありがとう―ございます」 これを話したなら、きっと私は殺されるだろう。 でも、それでもいい。嘘吐きにはお似合いの最後だから。 地下牢― 「さて、どうしようかな……」 両足を縛られた男は床に転がっていた。 そろそろ処刑が始まる時間だ。 逃げ出してもいいのだが、それは出来なかった。 自分の罪を放り投げて逃げるなど、騎士としての精神が許してくれなかったのだ。 彼―エオスは騎士である。それはいつまで経っても変わらない事だ。 騎士ではなくなったとしても、彼の生き方がそうさせるから。 その点から言えば、彼は騎士よりも騎士であると言えた。 「寝るかなぁ……」 耳に入ってくるのは、急いだような足音。 処刑執行人のものだろうか。 「もっとゆっくりすればいいのに」 急かさなくても、俺は逃げないのだから。 「殺される、か」 事象龍を奪おうとした人間なのだから、それくらいされてもおかしくはないのだろう。 よく両腕と役職の剥奪及び追放で済まされたものだと思う。 だが、今は違う。 本来加えられるはずだった制裁が、与えられようとしている。 過去のツケが回ってきた、と思うべきだろうか。 ただ一つ気がかりなのは、青い鎧の騎士と、白い少女のこと位か。 「人生に悔いはないと言えば嘘になるな……」 瞳を瞑り、その時が来るのを待つ。 「なら、悔いがなくなるまで生きればいい」 聞きなれた少女の声が聞こえた。 「できるなら、いいけれどもな」 「できるさ」 背後は見ない。見なくても、誰が居るかは分かっているから。 「そうか……。一つ聞かせろ、どうして来た」 「お前が大切だから、それじゃ駄目か?」 「お前を、奪おうとした俺が?」 「昔のことは関係ないよ。私は私の見たお前を、信じる」 エオスは思う、神様は残酷で、世界はひねくれている、と。 こんな言葉を聞かされたら、終わるに終われないじゃないか。 「私の言葉は小さくて、力にならないかもしれない。  でも、ずっと叫ぶことはできる。絶対に違う、って叫びつづけることは、できる」 白い少女は「だから、一緒に行こう」と言った。 対する男は「ああ」と頷く。 それだけで充分だった。 振り返れば、微笑む彼女の姿。やる事は決まった、まずはこの場所からの脱出。 その後で、徹底的に反抗してやろう。 「縄、焼き切れるか?」 「やってみる、動くなよ」 指先から現れるのは雷の剣。細く、長く、繊細なイメージの剣。 それは確かに、エオスを縛る縄へと命中し、焼き切った。 両足が自由になった腕なし騎士は、体をそらした反動だけで立ち上がった。 「危ないから、入り口くらいまで離れてろ」 少女の姿が視界から消えたことを確認すると、彼は足に気を集中させる。 「上手くできるといいんだが……龍豪脚っ!!」 鉄格子を蹴る。衝撃で一瞬だけ、鉄格子が大きくたわんだ。 数秒の時間差の後、ガラス細工のように、粉々に吹き飛んだ。 龍がその足で蹴り付けたかのような破壊力。 まさしくこれが、龍騎士の技だった。 彼の中の力は、まだ死んではいないのだ。 「んじゃ、とりあえずはティアマトの所ですか」 両腕の無い騎士と、傷ついた手の少女は並んで走り出す。 その中で、騎士は思うのだ。 何ができるか分からなくても、たった一つできることがあるのなら、それを最後まで貫こう、と。 とりあえずは、叫びつづける事だろうか。 ティアマト・アラン― 「なるほど……」 青い鎧の騎士の独白を聞き終えて、龍の母は納得がいったように呟く。 「ですから、処罰されるべきは私の方なのです」 「だが、その証言が虚偽でないと証明できる証拠がない。  故に、お前の言う事を信用はできない」 そして、龍の母の手が青い鎧に伸びる。 エオス・ぐらに― 「もう少しで広間だが……覚悟できてるか?」 「す、少し怖いけれど、大丈夫だ。私にはお前がいるからな」 「そうか……。と、少し待て」 エオスの目に止まったのは、傷ついた少女の手。 「どうしたんだ、これ」 「あ、あー……。石壁を殴った時に、ちょっと」 エオスはおもむろに顔を近づけて、傷口を舐めた。 突然、いきなり。何の断りもなく、唐突に。 「ぬぉぁっ!?」 舐められたぐらには思い切り体を仰け反らせ、顔を紅く染める。 「な、ななななななな何するんっ」 「消毒だ。こんなんしか無くて申し訳ないが。あ、包帯外してくれ」 「ん、ああぁ。ってなんで包帯」 「お前の手に巻く。片方持ってろ」 行儀悪くてすまんな、と断りを入れ、外された包帯の床にも体にも接していない部分を手に巻きつけていく。 両腕がないので、勿論口でだ。 「もしかして、両腕が無くてさまよっていた時は」 「割と口でやってた。トイレとかはベルトだけ締めて、人に外してもらっていたな」 「どうして、義手をつけてもらおうと思わなかったんだ?」 「俺の背負うべき罪、みたいなもんだからな。だからそうしようとは思わなかった。  そっち押さえてろ、よしできた」 手当てが終わり、同時に会話も終了する。 目の前には扉、それを開ければティアマトの居る広間。 「右足一本で勘弁してもらえるかなぁ……」 「ふ、不吉な事言うな。私が断固阻止してやる」 ぐらにえすが扉に手をかけ、開く。 だが、その先にあった光景は誰も予想できないものだった。 「―アラン!?」 青い鎧の騎士が、仰向けに倒れていたのだ。 傍らには、龍の母―ティアマトが。 「お母様、これは一体」 「殺されるなら話を聞いてからにしてくれと言われたからね」 「それで、だから殺した?」 「そうだ。……ところでぐらにえす、どうしてその男と一緒にいる?」 一歩を踏み出せば、それだけで白い少女が怯んだ。 でも、それだけだ。怯むけれど、退かない。 「私は、エオスの処刑に反対します。ですから、その為にエオスと一緒にいるんです」 「ほう?どうしてそこまでするのだ、自分を盗もうとした男なのだぞ?」 「確かにそうなのかもしれない―けれど、それはどうでもいいことです。  私が信じようと決めて、使い手にしたいと思ったのは、今の彼なのですから」 その声は震えていたが、確かな意思がこもっていた。 強く、真っ直ぐで、彼女のもう一つの姿―剣と同じような意思が。 「そう……。それじゃぁ申し訳ないけれど、無に還ってもらうわ」 ティアマトの手が、ぐらにえすに伸びる。 だが、それを防ぐものがあった。 「させない―絶対に、絶対にだ」 エオスだ。瞬時に距離を詰め、ぐらにえすとティアマトの間に割って入ったのだ。 ぐらにえすへと伸ばされていた手は、エオスの右足によって斜め右上へと逸らされていた。 「貴様、何の真似だ?」 「今までの俺だったら、右足をそのまま差し出していただろうな」 独白と呼ぶに相応しい呟きが口から漏れた。 その瞳の奥で輝くのは、決意の光。 「もう、やめた。自分を犠牲にするのは止めた。嘘で真実を隠すのも止めた」 「どうせ、隠しても誰かが傷つくだけだから」と彼は言った。 「今もそうだ、アランに傷ついて欲しくなくて、俺は嘘をついた。嘘で真実を隠した。  そのお陰で俺は信用を失った、そのことは別に気にしていないさ。少し良心が痛むけれどな。 でも、俺があのときにアランを庇わなければ、アイツは片腕を失うくらいで済んだかもしれない。 こんな風に、死ななかったかもしれないんだ……」 だから、と両腕の無い騎士は言う。 「俺は、自分を犠牲にするのをやめる」 「騎士を辞めるのか?」 「辞めやしないよ。必要以上に自分を犠牲にするのを、やめるだけだ」 勝てるとは思わない。人間が天上の存在に刃を向けること自体が無謀なのだ。 「あ、そう。ならいいわ」 だが、意外にもあっさりと彼女は腕を引いた。 「はい?」 「ああ、やっぱり慣れない事はするものじゃないわねー。ごめんねぐらにちゃん、怖かったでしょ?」 「お母様……?」 「ああ、もう出てきてもいいわよ。裏づけも取れたし」 そう言って普段の状態に戻った彼女は、柱に向かって手招きをした。 そして、その柱の影から出てきたのは黒髪の女性。 ただし、何故かスパッツとシャツと言う、とてもラフな格好である。 「……あ、アラン!?」 「あの人、男じゃなかったんだ」 「もー、私が本当に命を奪うと思ったの?」 ティアマトは可笑しそうに笑ったが、実際やりかねないからこそ誤解したのだと思う。 「で、でも、何のためにこんな事を?」 「他の人たちを納得させるためよ。昔の事の真相は彼女から聞いた。  でも、それが真実だと言う証拠は何処にもないでしょう?」 「だから、一芝居打たせてもらったのだ」 「俺が喋らなかったらどうするつもりだったんだ」 脱力し、その場に座り込んだエオスの言葉を聞いたティアマトがにやりと笑った。 それはとてもとても深い笑みであり、また天上の最高位にいる存在に相応しい笑み。 「無理にでも、吐かせたかなぁ」 その場にいた全員の背筋が凍った。 ―五年前の事件の真相はこうだ エオスがグラニエスの使い手候補に選ばれた事に嫉妬したアランがグラニエスを持ち去ろうとした。 だが、その途中でエオスに遭遇。魔剣としての力を行使したグラニエスに操られ、そのまま戦闘に。 その戦闘で、エオスはアランを解放するために彼女の手首を切り落とした。 更に、彼女を被害者に仕立て上げたと言う訳だ。 「ところで、どうして信じる気になったんだ?」 「あなた、自分の包帯をぐらにちゃんに使ったでしょ。道具として使うだけならそんな事気にしないわ。 でも、あなたはぐらにちゃんの怪我を気にして、包帯を巻いてあげていた。それでよ」 ※ 「で、俺達二人だけを呼んだ理由は?」 あれから数分後、エオスの疑いは晴れ、アランも鎧を没収されるだけで済んだ。 最も、本人は「あの鎧がないと恥ずかしくて人前に出られないし剣ももてない」と猛反対していたが。 エオスとぐらにえすはティアマトの部屋に呼ばれていた。 「まぁ、疑いは晴れたと言っても、皆を混乱させた事にはかわりはありません。 ですから、罰を受けてもらいます」 「今度は右足でも持っていくんですか?」 「いいえ、その逆です。あなたには右腕を返却します。左腕は規則として預かります」 空中に現れたのは、五年前に奪われたはずの右腕。 それが一瞬で消え、次の瞬間には元あった場所に戻っていた。 「そして、ぐらにちゃん。あなたには使い手を与えます」 その言葉にぐらには身を竦ませ、隣に座るエオスを見た。 「心配しなくても大丈夫よ。エオスちゃん、右手だして。ぐらにちゃんは左手、んで重ねて」 言われるままに右手を差し出し、ぐらにの左手と重ねる。 「母なる竜の命にて、ここに彼の者を使い手として選ぶ。之を以って契約の印を刻む」 言葉と共に走ったのは、白い雷。刻印されるのは、ぐらにえすの使い手である印だ。 瞬間、ぐらにえすに変化が起きた。最も、それ微弱な変化ではあるのだが。 短髪から、長髪へ。それは彼女が一度だけ目覚めた時の姿であり― 「エオスちゃんが惚れた姿ね」 「て、テテテテティアマトっ!!」 「それは本当なのですか、お母様」 「そ、それはどうでも良いでしょう。それよりも、これが罰ですか?」 脱線しかけた話を、強引に戻した。 「いいえ、罰はこれから。あなたはこれから50年間、私に使えてもらいます」 「龍騎士に、戻れと?」 「そうなるわね。50年働いたらあとは自由。二人で旅をするなり暮らすなり、自由にしていいわ」 ※ それから一ヵ月後、二人は旅支度をしていた。 エオスの左腕には、おっちゃんに作ってもらった戦闘用の義手が。 「そっちは準備できたか?」 「ああ、もう完了している」 「よし、じゃぁ行くか」 愛用の騎士剣を持ち、エオスは右手を差し出した。 「うん」 対する少女は左手を差し出して、握る。 伝わってくるのは、柔らかく温かい手のひらの感覚。 「これから忙しくなるな」 「そうかもしれないな」 二人並んで歩き出した。 青空は果てなく広がり、道は続くと教えてくれる。 なら迷わない。自由に進もう。 何処へ―?何処にでも― 二人ゆっくり走り出した。 『8.真実、そして―』−了 END あとがき 拙い文章をここまで読んで頂いて、本当にありがとうございます。 これにてぐらに・えおす!はひとまず終了です。 保管しきれなかった物語は、いつか番外編として書きます。ええ、書きます。 皆さん、本当にありがとうございました。