さあ、役者は揃った。始めようか物語を。 舞台には始祖の棲む島。役者は六人。 銀幕が開かれる。 一章/最悪の島 1/砂浜にて―南 「ふざけてるよなぁ……」 男―エオス・フルグラントは呟いた。 彼は翼竜―ドラグニルに乗り、少女―びゃくらいのぐらにえすと共にこの島にやって来た。 海岸でドラグニルから降り、彼が去るのを見届けた所までは良かった。 だが、それからが最悪だった。 「いきなりこれだもんなぁ」 あたりを見回せば、三メートルはあろうかという蟹の群れ。 船喰いとは違う、この島に生息している始祖の一種だ。 レリッククラブ、と呼ばれるその蟹は縄張り意識がとても強く、また群れでの行動を好む。 一度縄張りに足を踏み入れれば、集団で侵入者を排除しにかかるのだが、誰もそんなことは知らない。 何せ、生きている始祖種に出会ったことのある人間など、まずいないのだから。 「囲まれたな」 その言葉通り、周囲をぐるっと取り囲まれているのだが、ぐらにえすは平然としている。 まるで、こんなことは何でもないかのように。 「だなー……」 彼女に仕える騎士であるエオスもまた平然としている。 「たかが蟹だろ」と、その態度が物語っていた。 現に、レリッククラブは攻めてこない。エオスの足元に彼らの仲間が居るからだ。 先手を取ろうと襲い掛かり、逆に甲羅を粉砕され、一撃で絶命した仲間が。 足元に居る仲間は頭部が砕け、体液を垂れ流していた。 「しかし暇ですねぐらにさん」 「そうですねエオスさん。というかお前さっさと行って蹴散らして来い」 それを行った当人は、レリッククラブの上に座っている。 周囲のクラブたちは動かない。 いつでも調理できそうに見えるが、それが出来ないということを本能で理解しているからだ。 「このまま退いてくれればいいんだが……」 期待できそうにもないな、と思う。 折角の獲物を逃すつもりは無いだろうし、仲間を一人殺されているのだ。 当然、躍起になって仕留めに来るだろう。 ※  そう思っていると、予想外のことが起きた。 突然、レリッククラブが逃げ出したのだ。 それも、自らよりも強大な存在に怯え、生き残る為に逃げたような感じだった。 「おー、逃げた逃げた。エオスと私には適わないと思ったのかな?」 「どうだろうな……」 エオスは思う、先程の行動は、天敵と遭遇した時のようなものだったと。 その意味では、自分達に怯えたのではない。 何故なら、自分達は強敵であって天敵ではないからだ。 では、何故彼らは逃げ出したのか。 そこまで考えた所で、唐突に闇が落ちた。 「後ろか!」 咄嗟に背後を振り返れば、太陽を遮るモノの姿が。 「なにこれこの大きさは反則ー!!」 反則の塊に等しいぐらにえすが叫ぶ。普段ならば「うるさい黙れ」と一蹴して終わりだ。 だが、今回ばかりはぐらにえすの意見に賛成だった。 「なんだ何だこの島は……。巨大生物祭りかよ」 表れた生物はゆうに数十メートルを超過する蛇の始祖、レリックサーペント。 この大蛇が陸と海で暮らす存在に別れたと言われている。 古代魔物図鑑にも載っているような、有名な部類に入る魔物だった。 「船喰いっつーのがいたけど、こいつは船呑みだな」 そんな冗談めいた事を吐き捨て、エオスはぐらにえすを横に抱えて飛んだ。 一瞬遅れて、レリックサーペントの口が足場としていたレリッククラブを呑み込んだ。 噛み砕き、咀嚼する過程を飛ばしての一呑み。 それなのに、体内からは硬質の甲羅が潰れる音が響いてくる。 「あれ、どうなってるんだ?」 「呑まれてみれば?」 そんなことを言っている間にも、レリックサーペントは獲物を捕らえようと行動を起こす。 具体的には、大口での捕食と、尻尾での津波。 飲み込まれれば沖合いまで流され、最悪溺れ死ぬだろう津波が二人に迫る。 加えて、上空からは捕まればお終いになりかねない口が襲い掛かってくる。  だが、そんな状況下にあっても、二人の余裕は崩れない。 「波は私が何とかできるとして、口の方は大丈夫か?」 「これでも、お前の使い手候補だった男だぜ?」 そして、今ではお前の正式な使い手だ。と言って、エオスは剣を構える。 右腕を腰まで引き、突きの姿勢を作った。真っ直ぐに見据えるのは頭上から降り注ぐ口。 彼の傍には、ぐらにえす。胸の前で大きく交差させた両腕には、白い雷が。 波と口が同時に迫る。 そして、二人が動くのも同時だった。 「貫け!」 右腕にひねりを入れ、螺旋を描くように大気を突き込んだ。 空気が収束し渦を巻き、真空の槍となって真上に伸びる。 大きく口を開いていたレリックサーペントの頭部は、真空の槍に貫かれ、内側へと巻き込まれて変形。 その勢いを殺すことなくさらに内側へ内側へと捻じれていき、限界を超えて爆ぜた。 血と肉と骨が飛び散り、風にさらわれて消えていく。 思考と身体を制御する頭部を失った体が、ゆっくりと砂浜に倒れ臥した。 「割れろ!」 言葉と共に、ぐらにえすは両腕を勢良く左右に開いた。 それまで腕にあった雷は三日月の形を描いて、真っ直ぐに津波へと飛んでいく。 周囲の電子を取り込みながら、津波に向かう間にもどんどん大きさを増していく。 そして、それは津波を二つに割った。 彼女とエオスを境目に、真っ二つに割れた津波が砂浜を濡らし、木々を揺らし、そして海へと戻っていく。 彼女が行ったのは単純な、電気分解。 それを平然と行ってしまうからこそ、彼女は事象龍なのだ。  砂浜に残されたのは、レリックサーペントの体と彼ら二人のみ。 「歓迎会でこれですか……」 「とどまるのはよそう、また来るかもしれないからな」 そう言って、二人は駆け足で森の中へと入っていく。 「さて、この先は何が飛び出すのかな」 「油断は出来ないな……。(呼ばれている感覚がない―?でも、どうして)」 謎を抱え、疑問を秘めて舞台は進む。 無感情に、無機質に。 2/砂浜にて―西へと続く。