■ 第三話 Black Gale AND Anothe slash ■         1  マルタ=ロルカは仕事について考えないようにしている。  それは己の目的を果たすために必要なことではないし、むしろ邪魔になるからだ。余計な 思考をすべて捨てて、疑問を持たず、『言われたことだけをやる』。奴隷時代を生き延びる ために身につけた癖であり、傭兵になった今もそれは変わらない。  むしろその特性は、傭兵としても十分に必要なものなので――マルタが賢龍隊の分隊長に なったのも、そういう理由があってのことだ。  ことの是非を考えない。為すべきことを為す。武器となり刃とかす。自分自身すらをも、 一つの道具として捉える。  だから、レイエルン=アテルから話を持ちかけられたときも、『なぜそうするのか』分か らなかった。 「マルタ、ちょっと耳貸しな」  言われたとおりにマルタは近寄る。もっとも、近寄るまでもなく、その野営地には二人し かいない。名目上は分隊長同士の会議ということになっているが、他分隊の隊長はそこには いない。  それでも近寄らせるのが、盗み聞きされることを警戒してだと、マルタには分かっていた。 「あんた、あの新入りのことどう思ってる?」  マルタは答えない。もともと口数は少ない上、『あの新入り』について思うことなど、一 切なかったからだ。元聖騎士が本当かどうか、すら考えていない。あくまでも言われたこと だけをするのが、マルタ=ロルカだ。  そして、その反応はレイエルンにとっても予想通りだったらしい。返事を待たず、すぐに 次の話を切り出す。 「あたしはあいつを信用できない。ダリスに勝とうが旦那に信頼されてようが、あたし自身 で確かめないことにはね」  マルタは無言で首を傾げる。その意味を、レイエルンは正確に察する。  ――でも、居ないよ。どうするの?  大体そういう意味だ。レイエルンはここでにやりと、いかにも悪巧みをしています、とい う風に笑った。その笑みを見て、マルタもレイエルンが何を考えているのか、大体のところ を察する。 「今、賢龍団は三つに別れてる。一つ、本隊。旦那やクライブの奴がいるのはここ――今は 王都に向かってる。それから、二つ目が、あたしたちだ」  レイエルンは自分自身と、マルタを交互に指差して、 「残り一つが――特殊遊撃カイル隊。こいつらは、旦那からの特別任務を受けて、三人だけ でトゥーリューズ方面に向かってる。何の作戦かは知らないけどね」  そこまで言わずとも、もう、マルタは分かっていた。  今、カイルたち三人の行動は、誰も知ることがない。目的は旦那こと長腕のディーンしか 知らず、剣士三人で出来たあのパーティーは、基本的な連絡手段を持たない。  つまり、何をしようが、ばれることはない。  だからこそ――とレイエルンは言っているのだ。 「あたしらの手で、あいつが本当に仲間に相応しいか――確かめてやろうじゃないか」  マルタ=ロルカは、仕事について考えないようにしている。  ことの是非についてすら考えない。生き残ること、生き続けること。そういったことを最 も重要だと思っている。  そして、レイエルン=アテルは、マルタにとって、そこそこ長い付き合いの相手だった。 「――うん」  マルタは、珍しく口に出して頷いき。  レイエルンは、その返事に、獰猛な笑みを浮かべた。         2  最近、移動する回数が増えたとカイルは思う。  騎士をしていたころは、基本的に王宮から動くことはなかった。動いたときは動いたとき で、戦場にずっと拘束されていたから、移動という移動はそうなかった。  傭兵は違う。  戦場を求めて東へ西へ――それが傭兵だ。一ヶ所に留まったり、決まった定住区を作る傭 兵団は珍しい。いるにはいるが、賢龍団は違う。複数の隠しアジトを持ち、居場所を特定さ れないよう常に動き続けている。  もっとも、今、カイルは賢龍団と行動を別にしている。正確には本隊と、だ。  遊撃隊として、えっちらおっちら西へ戻っているのだ。  ――秘密任務だ、とディーンは言った。  多くの人員を送ることのできない、口が堅く、実力のある少人数にしか任せられない、特 殊な作戦だとディーンは言っていた。お前が来てくれたことで出来る、とまで言った。  明確な目的地はないので、とりあえず帰らずの森を抜け、何もなかったら往復してみる予 定だった。  このために僕を呼んだのかな、とカイルは考えるが、考えても答えは出ないので、小さく 欠伸をした。 「先輩、眠たかったら寝てて大丈夫ですよ。俺、見張ってますし」  手綱を繰り、二頭の馬を急かしながらダリス=グラディウスが言う。その手さばきは慣れ ていて、十分に信用できるものだったが、 「いや、いいよ。もう目的地も近いし」  後部椅子に座ったまま、カイルは答える。ダリスは「そうですか」と答えたから、「だか らお前は黙ってろよ!」と怒鳴った。  腰元の剣に向かって。  その行為をカイルは不審だとは思わない。さりげなく――本当にさりげなく、警戒してい るだけだ。  ダリスに対して、ではない。  その剣に対して、だ。  ――こいつ、自我があるんです。  チームを組むにあたり、ダリスは正直にそう言った。その剣、グラディウスは自我のある 魔剣であり、それに取り憑かれている、と。意識を簡単に奪われることはないが、あけわた したらグラディウスが身体を操ること。  そして、それが原因で、王宮を追放されたこと。  それを聞いてもカイルは驚かなかった。ディーンが言っていたように、ファーラント王宮 を追放された騎士というのは意外と多い。カイル自身もその口だ。正式には、追い出された のではなく、死亡したことになっているが。  カイルの友人であるソィルという聖騎士も、同じように悪魔に憑かれて追い出された聖騎 士だった。そのせいもあって、ダリスの話を聞いてもまったく驚きはしなかった。  あの模擬戦での『変貌』に納得がいったくらいだ。獣のような動き。唐突な変化。あの避 け方が常日頃からできるのならば、それこそ聖騎士や勇者にだってなれるだろう。  しばし無言のまま、馬車はすすむ。馬車といっても上等なものではない。頑丈さだけがと りえで、天井のない、段差がついた箱みたいなものだ。実際、後部座席はほとんど一人用で ――カイルとロリ=ペドは、寄り添わないと座れないくらいに狭かった。  今、ロリ=ペドは例の服を着ていない。半ば半裸に近い、最初の格好だ。  カイルもダリスも、目のやり場に困るのでなるべく見ないようにしている。特にダリスは 、その『正体』を教わってはいないので、「カイルが修行として連れまわしている何処かの 騎士の娘」と見ているふしがある。ロリ=ペドがあの時、剣を受け止めなければ、それこそ 駆け落ちか何かだとすら思っていたかもしれない。  どう否定すればいいのか分からないので、カイルはそのままにしている。ロリ=ペド自身 はどうでもいいのか、何も言おうとはしなかった。  馬が土を蹴る音だけが響く。  すでに馬車は魔の聖域、リオン山脈の麓へと踏み込んでいる。ファーライト側から来ると トゥーリューズへは山を越えなければいけない。今、カイルたちは、帰らずの森と呼ばれる 樹海のぎりぎり端を進んでいた。  目的地は、トゥーリューズではない。  森の端、山脈に入りかけた低地に『いるはずの』怪物を倒してこい、という話だった。具 体的に何が居るのかと聞けば、ディーンは素直に「わからないな」と答えた。  何かがいる、というのは確からしい。   そしてそれは、ファーライト王宮にとっては、かなり危険な敵だということだ。そいつを 倒せば、姫へのお目通りくらいはできるかもしれない。そう言っていた。  とんとんと話が進んでいることに、カイルは少しだけ納得がいかない。  が、無理矢理考え直した。ようするに、それだけこの先に待つ相手は危険なのだ、と。 「カイル様。気付いていますか?」  小さく。  カイルにだけ聞こえる声で、ロリ=ペドが言った。直接肌が触れているせいで、喉の振動 が鎧に伝わってくる。少し視線を動かせば、色々と見えてしまう。  カイルは――そういったこととは、まったく無縁の真顔で、答える。 「うん。二人、かな?」 「僕は臆病でね。人の気配には敏感なんだよ」  二人はほとんど口を動かさずに喋っているので、前を進むダリスには聞こえていない。  同時に、後ろから尾いてくる二人組も、気付かれていることに、気付いてはいないだろう。  巧妙に気配を隠し、音を殺し、その二人は尾いてきていた。 「……森の住人かな。人食い族とか」 「それにしては動きが綺麗すぎます」 「だよね。森の人なら、二人だけで追ってくることなんてないし――もっと場を使った攻撃 をしてくる。ただ追ってくるだけってことはないだろうし」  また秘密教団の類だろうか。それはさすがに遠慮したいな、という言葉を胸の中に押し込 める。言っても栓のないことだったからだ。 「こちらから、討ってでますか」  ぎゅ、と。黄金剣の柄を握ってロリ=ペドが言う。カイルも同じようにイグニファイに手 をかけるが、すぐに外し、 「いや――向こうが仕掛けてこない限り無視しよう。最初の目的が優先。あとは、向こうの 出方次第で」 「了解です」  ロリ=ペドが頷く。肩のあたりで、綺麗な黄金色の髪が揺れた。馬車の中は風が吹き込ん でくるので、時折髪がカイルの視界をうろついた。 「でも、変な気分だ」  言って、カイルはくすりと笑う。 「……? なにが、でしょうか」 「きみとこうして話して、作戦を練ってることが、だよ。あのときからは、想像できなかっ た」  ロリ=ペドはつん、と顔を逸らして、 「私は、カイル様の味方になった覚えはありません」 「けど、今は敵でもない。違う?」 「…………」  ロリ=ペドは答えない。それは明確な、無言の肯定だった。 「戦う理由、か。僕には、まだあるのかな――」  カイルは剣に手をかけながら呟く。  触ったのは、イグニファイではない。  姫君から授かった、名も無いロングソードだ。  かつて、戦う理由は、そこにあった。  そして今は――今もなお、カイルは悩み続けている。  答えが見つかるまで、傭兵を続けるだろう。傭兵ならば、理由を他者に委ねられるのだか ら。金のため、食うため、生きるために戦う。単純なことだ。  その答えを、カイルは納得し、受け入れることがどうでもできない。  と、思考を遮るように、馬車がゆるやかに止まった。急停止ではない。かすかな制動感が 身体を襲うが、よろけるほどでもない。 「――先輩、あれ何でしょう」  完全に停止すると同時に、不思議そうなダリスの声。  ダリスは振り返らない。止まった馬車の先、道の先をじっと見ている。  カイルとロリ=ペドは、ダリスの肩ごしに、同じものを見た。  岩がいた。  でかい岩が、道を塞ぐように置いてあった。  帰らずの森は磁場が狂っている世界で、その対策として森の端には木を切り開いた道があ る。道があるのは端だけで、中央の方までこもってしまうとさすがに道もなく、帰って来る こともできない。  その道の真ん中、帰らずの森を行く者たちにとっては命綱と言える道の真ん中に、どでか い岩が置いてあった。岩のサイズは人の数倍で、馬車よりも大きく、道を完全にふさいでい る。  当然、周り道などできるはずもない。 「岩……なのかな、本当に」  カイルの疑問に、ロリ=ペドは頷き、ダリスが振り返って「どういうことですか?」と訊 ねてくる。 「岩というより、あれは甲羅……かな」  つい最近、甲羅を背負った相手と戦ったカイルには、何となく分かった。岩と甲羅は、似 ているが微妙に質感が違う。カイルの見たところそれは甲羅であり、甲羅だということは当 然、中身がいるわけで――  もぞ、と。  岩が動いた。  下半分が膨れて、ゆっくりと岩が持ち上がる。そして、岩の一部が小さく縦に開いた。  その奥には、青い眼球がある。 「魔物です……か、あれは?」  腰のグラディウスを抜きながらダリスが言う。警戒し、剣を向けるが、魔物はゆっくりと 動くばかりで襲ってこようとはいない。  魔物の名を、カイルは知っていた。  魔物生態辞典に載っている奴だ。第四章甲殻種、ブランベース。通称『浮き岩』。甲羅の 中にはたっぷりと気体が詰まっている変な魔物。雑食で、動かないものを食べる、動きの鈍 い相手。よほどの脅威にはなりえない――  その羅列が、一瞬、頭に浮かび。  その一瞬が、命取りだった。  一瞬だけ――思考が外れていた。  尾行者たちから。  そして、その一瞬で、尾行者たちは動いていた。付けてきていた気配が消えている。代わ りに、もう隠してすらいない殺気があたりに充満していて―― 「ダリス、上だ!」  カイルの言葉に答えるように。  空から、マルタ=ロルカが降ってきた。  降りてきたマルタは、馬車と馬を繋ぐ紐をグラディウスで断ち切り、ぴょんと跳ねて馬に 乗った。小柄な身を生かしダリスの後ろに跳び乗り、馬の尻を叩く。突然の衝撃に驚いた馬 は駆け出して――のそのそと動こうとしていたブランベースの甲羅を飛び越えていった。  駆けるのが遅ければ、空に浮き始めたブランベースにぶつかり、馬は転倒していただろう。 馬と、ダリスと、マルタの姿が見えなくなる。  わずかに浮いたブランベースは、カイルたちと、馬を交互にみて、ふよふよと動き始めた。  馬を追って。  カイルは、魔物を追わない。  カイルは、魔物を負えない。  なぜなら―― 「これで邪魔は入らないってわけだ」  追ってきたもう一人、レイエルン・アテルが、道を塞ぐように立っていたからだ。両手に は中型の盾。武器を持たず、完全に守りの型だが、何ら油断はない。  少なくとも、無視して横を駆け抜けられるような相手ではない。  レイエルンは、その盾をカイルへと向けて、 「まどろっこしいことは好きじゃないんだ。構えな、カイル」  返事を待つことなく、臨戦態勢に入る。  殺る気満々だった。カイルがイエスと言おうがノーと言おうが、問答無用で襲ってくる気 配があった。 「どうして、こんなことをするんです」  両剣を抜きながらカイルは問う。右にイグニファイ、左にロングソード。  問うたものの、その理由にカイルはすでに気付いている。傭兵をやっていればよくあるこ とだ。お前が気に食わない、実力が知りたい、戦ってみたい。  この前のダリスとの戦では、納得がいかなかったのだろう。  あるいは――自分自身で、やりたかっただけなのかもしれない。 「あんたの強さがみたいからさ」  舌なめずりをしながらレイエルンが答える。唇も、舌も、その髪のような緋色をしていた。 「命令違反だからね、こんなとこじゃないとやれないのさ」  右腕をひねり、盾を正面に向ける。  跳びかかってくる気配はない。むしろ、カイルが跳びかかってくるの待つような、そんな 気配があった。 「また、戦うのですか?」  隣に座るロリ=ペドが囁く。その手は、もう剣から離されている。  自分が戦う必要はないと理解しているのだろう。  カイルは一歩前に出て頷いた。 「何のためにでしょうか」  ひどく抽象的な問いに、カイルは「どうだろうね」と答えて、馬車から飛び降りる。  レイエルンとの距離は、剣五本分。カイルならば一秒で飛び込むことのできる距離だ。  完全に、間合いの内。 「あたしは騎士じゃないからね、名乗りはいらないよ――来な」 「――行きます」  名乗りはなく。  それだけを言って、カイルは駆けた。胸の前で剣を交差させ、低く跳ぶ。双剣開門の構え。  そして。  待ちの雰囲気を装っていたレイエルンが、カイルが駆け出すよりも先に、カイル目掛けて 走っていた。  カイルが走ってからでは、間に合わない。  カイルの速度を知っていて――ぎりぎりのタイミングで、先に跳んだのだ。  前へと。  カイルと同じように、両手を胸の前で交差させている。手を覆った盾と剣がぶつかり合う。 完全に振り切れなかったせいで剣は鎧を斬ることができず、鎧はその本来の目的どおりに剣 を押していく。  けれど、それだけでは――防いだだけでは、何にもならない。戦である以上、相手を倒す 方法が必要なのだ。  ここの態勢から来るとしたら、頭突きか足。そう警戒した瞬間、カイルの鎧に、盾の端が 触れる。  その瞬間。  レイエルンは、にやりと笑った。 「これでお終いっ!」  言葉と同時に、盾の端からパイルバンカーのように杭が飛び出し、零距離からカイルめが けて打ち出された――         3  馬の上はむしろ平和だった。ブランベースの足は遅く、焦る馬の足は早い。落ちないよう に気をつければいいだけで、身軽なマルタにとってそれは難行でも何でもなかった。  馬の後ろに、逆向きに座り、ダリスに背を預けて後ろを追ってくるブランベースを見てい る。向こうは鈍足だが、空に浮いているせいで、足場の悪さをものともせずに迫ってきてい た。  戦う気配は、まったくない。  ダリスもマルタも剣を抜こうともしない。一本と二本の差こそあれ、奇しくも二人はグラ ディウス使いだ。馬上、しかも零距離で使うような武器ではない。  それ以前に、戦う理由がまったくなかった。  マルタはもともと足止めとして連れてこられただけだし、ダリスも邪魔をする気はなかっ た。魔物に襲われているとかならば助けにいくが。あれは要するに決闘であり、邪魔をする だけヤボというものだ。むしろ、こうしてブランベースをひきつけておくのが、今の自分に できる最善だと思っていた。 「どっちが勝つと思う?」  馬を駆りながら、ダリスが訊ねる。  マルタは答えない。  代わりに――腰の剣、グラディウスが、ダリスの脳に直接答える。 『黒い野郎だな。なんたってオレが一撃で殺れなかったんだからな』 「そうかな。俺は、案外レイエルンが勝つ気がするけど」  突然一人会話を始めたダリスに対し、マルタは不可解そうに眉をひそめた。  同じ系統の武器を持つ男。親近感くらいは覚えていたのだが――その行為の意味など、ま ったく分からなかった。まさかグラディウスに自我があり、その悪魔と会話しているなどと、 わかるはずもない。  もはや癖になっているので、ダリスはそれが『変なこと』だとは思わない。ごく自然に、 グラディウスの悪魔と会話を続ける。 『あ? んなわけねぇだろ。アレが負けるとこなんざ、想像もできねぇぞ――ま、次はオレ が勝つけどな』 「そうじゃねぇよ。確かにレイエルンは強いけど、負けるっていうと違う。どっちかという と、勝てない、勝たない、だな」 『……どーいうことった?』  グラディウスは顔も身体も持たない。それでもその声色から、グラディウスが『不思議そ うな顔』をしているような気がした。  ダリスはちらりと後ろを振り返り、魔物の姿を見てから、 「あの人、傭兵じゃなくて騎士だから。何か守るものがないと、全力が出せないんだよ」 『あぁん!? んじゃアレか、オレとやった時手ぇ抜かれたってんのか! じょーだんじゃね ーぞ!』 「手を抜いていたのとは違うだろ。本人は真面目に、真剣に、全力でやったはずだ。でも― ―底は、もっと深い。聖騎士と呼ばれるくらいに」  敵が強ければ強いほど。  守るものがあればあるほど。  戦う理由が、そこにあれば。  剣速は速く。その身は風のようになる。  カイル=F=セイラム。ファーライトの聖騎士。黒い旋風。 『あーやりてー。あいつやりてー。殺してー。ダリス、意識全部よこせ。オレも全力であい つとやってみっからよ』  その言葉に、ダリスは苦々しく笑い、 「テメェに渡すくらいなら、死んだほうがマシだ」  意識の底、グラディウスが意地悪くひひひと笑った。なんだかんだと言っても彼らは二心 同体であり、その身はもはや別てないほどになっている。  本当に危険なときに、半強制的に、一時的にグラディウスが行動権を奪えるのがその証拠 だった。宿主を殺されてはならないとばかりにグラディウスは戦うが、ダリスにはそれが気 に食わない。この悪魔に頼らなくてもいいくらいに強くならないとな――と内心では思って いる。  話がひと段落し、この辺で止まって、魔物退治でもするかな、とダリスが思った、その瞬 間だった。 「――あ!」  マルタが、驚きの声をあげた。  彼女が声を発するという珍しい自体に、ダリスはつい振り返り、  同じように、驚きに絶句した。 『こりゃあ……』  グラディウスの声は、右から左へと流れていき、脳へは届かない。  魔物、ブランベースは相変わらず後ろをついてきている。  そして、その奥。  カイルたちがいた方向に。  ――細い光の柱が、空へと伸びていた。         4  鎧に盾をあてられた瞬間、背筋にぞくりと何かが這った。  自信ありげなレイエルンの笑みが見える。  盾の内側、腕との設置面に隠された何かが見える――それを見た瞬間、カイルは動いてい た。後ろに下がるのは間に合わない。今から攻撃するのも遅すぎる。盾は、双剣を上から押 しつぶすようにして防ぎ、盾の先はかすかに上を向いている。  だから、くぐった。ダリス=グラディウスがそうしたように。  上半身をめいいっぱい反らし、剣を支点にテコの原理で一気に股をくぐるべく降りた。 「これでお終いっ!」  レイエルンの声と、パイルバンカーが発射される音が、同時に聞こえた。  打ち出された杭は、どこを穿つことなく、鎧の表面をすべり、前髪を数本ちぎっていった。 上半身をそらさなければ、喉に穴が開いていただろう。  流石というべきか――右手のそれが外れたことを知った瞬間、レイエルンは的確に動いて いた。残る左手を下に向け、パイルバンカーを射出しながらいっきに振り下ろす。初期加速 と重力が加算されたそれは、通常よりも早く下を穿ち、  その頃には、カイルは股をくぐり終えていた。  双剣の間を縫うように、パイルバンカーが土を穿つ。カイルは半回転して立ち上がり、立 ち上がったカイルに向かって振り向きざま裏拳が飛ぶ。一歩退いたその鼻先を、伸びたまま になっていたパイルバンカーが通り過ぎていく。  回転したまま、レイエルンの右足先が、鎧の隙間めがけて繰り出される。  身を屈め、足に力をいれ、鎧胸で足を受けた。片足で立っていたレイエルンは質量さで態 勢を崩し、その胴めがけてカイルはイグニファイによる斬撃を下ろす。左盾から伸びた二本 のパイルバンカーの間でレイエルンは受け止め、 「単剣――回転!」  狙い通りの行動を受けて、イグニファイをぐるりと回した。当然、その力のままにパイル バンカーも捻られ、  ――腕を折られる!  一瞬早くそのことに気付き、レイエルンは力に逆らわず、腕が回る方向にあわせて身体を 回した。もともと倒れ掛かっていた姿勢、完全に地面に転がることになる。その代わりにイ グニファイが離れ、倒れたまま右盾の先でカイルの足を狙う。  ――追撃は不可能。  カイルもまたそれを悟り、後ろへと跳んだ。すかさずレイエルンは立ち上がり、手先をひ ねってパイルバンカーを戻し、構えた。  レイエルンを挟んで、カイルは、ロリ=ペドを見る。馬車に座ったまま、じっと見ている。  カイルを。  カイルの、戦いを。  無機質な瞳に、責められているような気がした。  ――どうして倒さないの。どうしてまだ勝ってないの。どうして、戦うの。  幻聴を振り切り、カイルは二刀を構える。盾を持っているから武道家かと思ったか、あれ はようするに二刀流に近いものだ。小回りがきき、一撃必殺の威力を持つ杭。直撃を食らえ ば鎧に穴が開くだろう。 「そこそこやるじゃないか」  一歩近寄り、レイエルンは笑う。カイルはなんとなく気おされるように一歩下がる。実際 は、ロリ=ペドから離れたくなった部分が半分ほどあった。 「だけど――やることは判ってた。あたしが知りたいのは、なんで旦那がわざわざあんたを 連れてきたのかってことさ」  レイエルンは、また一歩進む。  カイルは、また一歩退く。  その後ろには、もう森がある。帰らずの森。鬱蒼とした木々に覆われた、迷いの森が。 「本物の騎士かどうかなんて、別に構いやしないのよ。あんたに命を預ける価値が――仲間 でいる価値があるかどうかってことだけ」  そして、レイエルンは駆け、二人はもつれ合いながら森へと飛び込んだ。  盾で剣を払いながら、レイエルンは叫ぶ。 「あたしを満足させてみな、カイル=F=セイラムッ!」         5 『それ』は、長い間眠っていた。  うたた寝ではない。完全な眠りだ。もともとそれは眠る必要などないものだったが、それ でも長い休止に入っていた。  敵がいなかったからだ。  やるべきことがなかったからだ。  本当に守るものを失い、本当の命令を失い、仮の主人と仮の守り場を与えられた。けれど そこに近寄るものなどまったくなく、たまに魔物がふらりと寄るくらいだ。  そして、それの敵は、魔物ではない。  それの敵として設定されているのは――他でもない、人間なのだ。  それにとっては嘆かわしいことだった。それの本来の敵は人間以外であった。人間を敵に するようになったのは、仮の主人が作られてからだ。  不満だが、口に出したことはない。そもそも、それには発声器官がなかった。  だから、嘆くだけだ。  本当の敵と戦えないことを。  それは元々、人類の敵となる、強大な存在を倒すために生まれたのだから。  そして、今、それは目覚めた。  敵を感じたのだ。  仮の主から命じられた、その場所を守るという目的を破る敵――侵入者ではない。  それにとっての、本当の敵だ。  その敵が、今、それの元へと迫ってきている。  だからこそ、それは、長い長い、長い長い長い眠りから目覚めたのだ。  それの名は――ドレイコ・マキーネという。 『古の機械仕掛けの龍』と名づけられたそれは、ゆっくりと動き始めた。  敵を倒すために。         6  森の中では、レイエルンがカイルを圧倒していた。  木が入り組んだ森の中では、戦場を駆け抜けるような動きはできない。その上、双剣を振 り回そうにも、その途中で木にぶつかってしまう。  それに比べ、レイエルンの間合いはつまるところ自分の腕でしかなく――その腕さえ触れ れば、次の瞬間にパイルバンカーが射出できるため、この上なく戦いやすい戦場だった。 「ほらほら! 避けることしかできないのかい!」  両の手を繰り出しながらレイエルンが吠える。イグニファイで牽制し、盾を弾くが、それ 以上攻め入ることはできない。小回りがきかないので、ロングソードの方は鞘にしまってい る。  果敢に圧しているのはレイエルンだが――その彼女もまた、決定打を放つことができない。 一度射出したのを避けられたため、慎重になっているのだ。もう一度外せば、その瞬間に手 痛い反撃がくる。  だからこそ離れようとせず、カイルを森から逃がさないように戦い続ける。元々格闘重視、 パイルバンカーはただの切り札だ。  切り札がなければ戦えないほど、レイエルン=アテルは弱くはない。 「騎士っていってもその程度かい?」  木の幹に半身を入れ込み、左踵を回しこまれる。右手に持ったイグニファイでは攻撃でき ない。ただ――その速度はカイルにとっては、速いと言えない。左手で受け流しながら足首 を掴み、幹から引きずり出し、  盾の先が迫ってくる。  避けるためには、手を離すしかない。  手を離したら、また同じ繰りかえしになる。  カイルは、賭けにでた。 「この程度ですよ!」  右手を交差させ、柄の先でレイエルンの盾を内側から叩く。軌道をそらされた腕が、まる でカイルを抱きしめるかのように外側へと流れていく。逆さづりになりかけたレイエルンの 顔が驚愕に染まる。  左手を離し、右肩を内に入れるように半回転、『巻風』の要領で肩を入れて――レイエル ンの胸元に、力の限り肩を叩き込んだ。  渾身の力を込めた一撃だった。  レイエルンの身体が吹き飛び、カイル自身も衝撃を殺せずに前へとよろめいた。  その先には――面白いくらいに、何もなかった。  崖、というほどでもない。土砂崩れでもあったのか、それとも元々そうなのか、そこには 小さな斜面が出来ていた。高さにして三メートルもないが――バランスを崩している二人に は、昇ることもできない。  レイエルンは何もつかめずに放り投げ出され。  カイル自身も、その坂を転げ落ちた。  一瞬の浮遊――そして、衝撃。  自分の剣で自分を切らないようにするので精一杯だった。下手に受身を取ることもせず、 カイルは転がり、下まで落ちてから立ち上がる。土が乾いていたせいで、全身泥まみれにな るということはなかった。  逆にレイエルンは余計なものを持っていないせいか、空中で身をひねり、綺麗に着地して いた。ただし鎧を着ているせいで衝撃があったのか、カイルの一撃から立ち直れていないの か――苦痛に顔を歪めて片膝をついた。  そして、 「――大丈夫ですか?」  音もなく、カイルの隣にロリ=ペドが降り立った。手には複雑な紋様が入った黄金色の長 剣を持っている。膝を軽く曲げ、衝撃を殺し、顔色一つ変えない。 「やるね……まさかそうくるとは思わなかったよ」  よろめきながらも立ち上がり、レイエルンは立ち上がる。  カイルは。  カイル=F=セイラムは、一言も、喋れない。  レイエルンの背後に広がる光景を見て、何も言えない。何も考えられない。  そこに、強力な魔物がいるわけではない。  盆地上になったそこには、花が咲いているだけだ。30メートル程度のそこに、びっしり と、花が咲いている。10センチ程度の花がずらりと並ぶ、花畑があるだけだ。  花は、ユリだった。  花は――ウミユリだった。 「? 珍しい花だね」  驚愕に見開かれたカイルの視線を追い、レイエルンが振り向き、花畑へと踏み出そうとし て、 「――止まれっ!」  カイルが、叫んだ。  刃のように鋭い、制止の声に、レイエルンは思わず足を止める。  ロリ=ペドも同じように花を見て、固まった。彼女もまた、カイルと同じように、その花 が何なのかを知っていた。レイエルンだけが分からずに首を傾げる。  それも、無理のないことだ。  それは歴史上から抹殺された――百年も前の遺物なのだから。 「それは、それは――」  震える声で、カイルは、それでも、ウミユリの名を告げた。   「それは、『疫』だ」  勇者という存在は、人間を滅ぼす魔物に対して動く存在の名称である。  だからこそ、『それ』に、勇者は気付くことはない。  なぜならばそれは、人間が人間を殺すために、より効率よく殺すために、より大量に殺す ために作られたものなのだから。  正確な名を、広範囲殲滅型生物兵器、甲型戦略魔『疫』という。  ウミユリの一種を化学と魔導で変質させ、生命の根幹たる『魂の欠片』を吸収・発散させ ることによって自己繁殖していく生態兵器である。一度増殖し始めれば誰にも止められない。  区別もなく。  差別もなく。  なにもかもを食い尽くす、疫病のような殲滅平気。  人も魔物も選ばない。そこに魂の欠片がある限り、『疫』は増殖していく。それはまるで、 すべての魂を食いつくし、世界そのものを覆うような兵器だった。  あまりの危険さに――現在では、完全に絶滅させられていたと言われている。生成、生産、 使用しただけで、王国連盟によって絞首刑――あるいは全滅罪が適用されるほどのものだ。  酒場での噂話にしかないようなそれが、今、三人の前にある。 「そいつぁ……本当かい?」  レイエルンの問いに、疫を見たままカイルが答える。 「王宮の文献で読んだんだ。間違いない――それに、この子は、実際に見てるはずだ」  その言葉の意味が、レイエルンには分からない。  この子。ロリ=ペドは、肯定も否定もしない。  無言で、聞くだけだ。  その反応にカイルは確信する。やはりこの子は――もう、百年以上、前大戦のときから生 きているのだと。 「でも、なんで――ここに」  カイルは呟き、必死で考える。  目の前の疫はすでに成体で、けれど死んでいるのか眠っているのか胞子が出る気配はない。 もしこれが一斉に開花すれば、リオン山脈から下る風に乗って、幼生が一気に麓側へ――つ まり、ファーライト王国へと流れ込む。この量があれば、国を滅ぼすのに十分だろう。  ――つまり、皇国かどこか、敵国の切り札?  そこまで考えて、もう一つの可能性を思いつく。  帰らずの森。この辺りは辺境とはいえファーライト王国の領土内であり、管轄区であるこ とを。そして、ここにある怪物を倒すことで、王宮に行ける可能性がある、とディーンが言 っていたことを思い出す。  ――長腕のディーンの策?  これが敵国のものであろうが、ファーライトが隠し持っていたものであろうが――その存 在を知るということ自体が、ディーンにとっては切り札になる。そのためには現物は必要な い。むしろ全て焼き払い、『保有していた』という事実を『知っていること』。それ自体が 大きなアドバンテージになる。  あるいは単に、誰からも忘れ去られた危険すぎる兵器の処理を頼んだだけなのかもしれな い。  だが、そのどれにしても、ほうっておくわけにはいかなかった。 「これ事態に特殊な力はないから……焼き払えばいいんだけど……」  カイルは言いながら、周りを見渡す。  事態の重さに息を呑むレイエルンと、立ち尽くすロリ=ペド。二人ともが、近接系の戦士 であり、ついでに言えば今この場にいない二人も戦士であり、魔法使いは一人もいない。広 範囲の焼き払いなどできるはずもない。  どうしようか、そう思った瞬間。  ドレイコ・マキーネが、敵を求めて現れた。  そいつはたった今まで寝ていた。敵の存在に気付き、ゆっくりと身を起こしたのだ。  三十メートル程度の疫の群れ。その奥、リオン山脈へと続く山肌。  その一部が、身を起こした。  文字通りに身を起こしたのだ。山肌に眠っていたそれは、土と岩の中に埋まり、山と完全 に一体化していた。誰もそこにいることなど気付かなかった。彼自身、敵がこなければ、永 遠にそこで眠り、いつか山の一部になっただろう。  ドレイコ・マキーネ。  錬金術と機械技術によって作られた、魂の欠片を持たない機械仕掛けの龍。  疫と同じように、もはや旧時代の遺物となったそれが、全身が朽ちかけたそいつが、ゆっ くりと身を起こして、  ――吠えた。  人間を一呑みできそうな巨大な口が開き、敵の存在を喜ぶかのように吠え――その口から、 一条の光が空へと伸びた。『ブレス』と呼ばれていた光線。空へと伸びたそれは、上空の雲 を一瞬で消滅してしまう。熱量が強すぎて、雲の水蒸気分が一瞬で蒸発したのだ。  空に、丸い穴が開いた。  機械仕掛けの龍は、全身が壊れかけていた。かつて空を跳びまわっていたであろう羽はも げ、下半身は全て砕け、土の中に埋まっていた。土はだから直接伸びた右腕で身体を支え、 左腕はエネルギータンクしか残っていない。  赤い片目が、ぎろりと下を見下ろす。  ドレイコ・マキーネ。古の機械仕掛けの龍。  かつて彼は、『守護者』の二つ名で呼ばれていた。  そして、今、彼は守っている。  疫を。 「……そういうことか!」  カイルの中で、ある一つの事実が繋がる。  巨大な龍に対する恐れよりも、その発見に対する驚きの方が強かった。  疫は、魂の欠片を奪って成長する。  そして、ドレイコ・マキーネは、魂の欠片を持たない機械仕掛けの守護者なのだ。  だからこそ、彼はここにいるのだ。なぜ今更起きたのかは知らないが――恐らくは、疫と セットで、百年も前から置かれていたのだろう。  ――百年前にも、皇国と、王国連盟(当時は連合)は存在していた。  ぞくり、とカイルの背に悪寒が走る。  なにか、途方もない陰謀が――裏で動いているような、そんな気配がしたのだ。  が、それはすべて後回しだ。  まずは、生き延びることから始めなければならない。 「――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!」  すでに発声器官が失われているのか、龍は無言で咆哮した。空気の震えだけが伝わってく る。もはや振動波に近い。三人は後ろに跳び、  一瞬前までいた空間を、ドレイコ・マキーネに内蔵された機関銃が薙ぎ払った。 「なんだいありゃ!」  坂を駆け登り、森にレイエルンは逃げ込む。  そこに、馬に乗ったマルタが駆け寄ってくる。レイエルンは馬に乗り、馬車があった地点 まで退く。  そして、気付く。  カイルとロリ=ペドがついてきていないことに。  マルタの後ろに、ダリスがいないことに。 「……あの馬鹿どもっ!」  毒づいて、レイエルンは迷う――置いて逃げるか、待つかを。  カイル遊撃部隊は――全員が、戦場にいた。 「ずいぶんと懐かしいモンが出てきたな!」  そう叫びながら、何の躊躇いもなく、疫の咲き誇る中へ――ドレイコ・マキーネへと突撃 する姿があった。  鬼神のような速さで突撃するダリスは、右手にグラディウスを構え、白目をむき、肉食獣 のような形相で駆け抜ける。  カイルは気付く。あれは、ダリスではないと。  あれこそが、『グラディウス』なのだと。 「こいつはオレの獲物だ! 忘れられたモノとやりあうなんざめったに出来ないぜ!」  自我のある魔剣は、降り注ぐ銃弾を全て避けながらドレイコへと切りかかる。一撃が弾か れ、弾かれた剣が回転しニ撃目を加え、跳ねた剣を圧し伏せ三撃目を放つ。嵐のような猛攻 を加えながら笑い、笑いながら斬り、 「――硬ぇ」  その言葉を最後に、ドレイコの右腕に殴り飛ばされた。  吹き飛ばされたグラディウスはくるくると回り、ようやく追いついてきたブランベースの 上に着地する。本能だけでさ迷ってくるブランベースは避けることもできず、中に詰まった 可燃性の気体がわずかに漏れた。  それを見て、カイルは――疫の倒し方を思いつく。顔を上げ、ドレイコを見た。  ドレイコ・マキーネは、果敢に攻めるグラディウスを見ない。  まっすぐに――カイルを見ている。  カイルの隣に立つ、ロリ=ペドを見ている。  ――本来倒すべき相手だった龍種の匂いがする少女を見ている。 「――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!」  再び、咆哮。  万全の身体を持たぬ、万全の敵を得ぬ無念の咆哮。最後に敵を得た喜びの声。  口から放たれた光のブレスは一直線にロリ=ペドへと伸び、ロリ=ペドは、いつものよう に、いつものようにたったままそれを受け止めようとして、  いつもと違い、彼女に、黄金色の鎧はなく。 「――!」  そのことに気付いたときには、どうしようもないほどに、遅かった。  光は無防備なロリ=ペドへと伸び、 「ああもう!」  黒い風が、疾る。  守るべきもを得て、カイルは風よりも速く、光よりも速きを目指して駆ける。ロリ=ペド を抱きかかえ、光の帯から抜け出す。その残像を光が凪ぎ、地面に大穴が開いた。穴の端は わずかに融解している。 「テメェ無視すんな!」  グラディウスがブランベースの背を蹴って再びドレイコへと跳ぶが、空中で機関銃の掃射 を受ける。剣の腹ですべて斬りおとすものの、衝撃に押されて再び地面へとたたきつけられ 、その隣にロリ=ペドを抱えたカイルが駆けつけてくる。 「ダリス、」 「いまはグラディウスだってんだろ!」 「知りませんよそんなこと! とにかく退いてください」 「あ?」 「僕に、策がある」  カイルとグラディスが飛びのく。退いた場所に、再び光線が突き刺さる。疫の一部が消滅 する。  そして。  攻撃を受け、疫たちが、ゆっくりと――目を覚まし始める。  その姿を見てカイルは更に焦る、 「時間がない! グラディウス!」 「なんだよ!」 「ブランベースを中央に蹴り飛ばして離脱!」  目的を話す暇もおしく、カイルはそれだけを言う。  グラディウスはほんの一瞬だけ沈黙し、それからにたりと笑って、 「外道なこと考えるんだなテメェ! いいぜ協力してやるよ!」  言って、疫を踏み潰しながら跳び、ブランベースの後ろに着地する。鈍いブランベースは その動きについていくことができない。  そして、その身体を両手で握って――鬼神の力で、思い切り持ち上げて、投げ飛ばした。  人の数倍の魔物が宙を跳び、中央に立つカイルと、お姫様だっこされたロリ=ペドへと向 かう。  宙を飛ぶ甲殻種と、再び口をあけるドレイコ。その口には、今まででもっとも光が集まり つつある。  最後の力を振り絞るかのような光。  足元の疫は敵の存在をかぎつけ、今まさに発病しようとしている。  どうしようもないほどに、危機的な状況。  その中においてなお、カイルは危機たちを見ていない。  この子ならできるという信頼をもって、ロリ=ペドの瞳を見つめていた。  抱きかかえられたロリ=ペドもまた、カイルを見上げていた。  そして、カイルは言う。 「――斬ってください!」  信頼を元にした、ただのひと言の指示。  その頼みを、ロリ=ペドは忠実に実行した。  光よりも早く、黄金の剣が閃く。  跳んできたブランベースが一瞬で両断され、その衝撃波で疫が根こそぎ宙に舞う。  ブランベースの体内、彼の身体を浮かすために使われていた体内のガスが、一気に噴出す る。  可燃性ガスと疫が充満した空間に向かって、 「――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!」  ドレイコ・マキーネが、最後のブレスを放った。   ――その瞬間、森が爆発した。  疫の全てと、ドレイコと、ブランベースの肉片が同時に爆発し炎上した。辺りは一瞬で炎 に包まれ、爆発によって起こる風のせいで炎は竜巻となる。炎の龍が一瞬で空へと昇り立つ。  木が焼けるのを通り越して灰になるような爆発。  遺品である疫は灰すら残らず消滅した。ドレイコの身体は燃えないものの、その神経自体 が自壊し、力を失い崩れていく。  そして。  一足先に逃げ出したグラディウスと、ロリ=ペドに斬撃を任せることによって、離脱にの み専念することによって助かったカイル=F=セイラムは、いつでも非難できる態勢で、そ れでも待っていた馬車に飛び込み。  ――五人全員、生きて『帰らずの森』から帰還した。   ■ 第三話 Black Gale AND Anothe slash.....END ■