戦うために戦うのか、戦わないために戦うのか?                     ――ハロウド=グドバイ <閑話休題纏め書き>    ―― カイルのディシプリン SIDE2[Remains] ―― 【discipline】  目的達成のための試練、  教育的な懲戒や意味を現すが、  ときには単なる逆境や困難、  もしくは厳しい制約、  避けがたい障壁というようなものを示す場合もある。 ■ 第五話 Scorching Gold AND The East ONE  ■         1  ファーライト王都は混乱の極みにあったが、城下町はさほどでもなかった。  装備を整えた騎士たちが慌てて駆け抜けたり、普段は見ることのない数の馬や犬や飼われた 魔物が動員されたり、王宮の方で騒ぎがあったり――そうしたものを見る都民に混乱はない。 ただ、隠しきれない不安がにじみ出ていた。  家の前を馬車が駆け抜けるたび。  剣の鳴る音が聞こえるたび。  ぴりぴりと張り詰めた騎士たちの空気が伝わるたび。  漠然とした不安が、まるで疫病のように王都に広がっていった。なにせ、彼らの命を守って くれているのは王宮の騎士たちなのだから。彼らがいるからこそ、魔物の存在を気にすること なく、城下町は常に平和でいられるのだ。王宮の王都ともなれば、他のどこよりも安全だ。  安全なはずなのに、よりにもよって、その中央、王宮内で騒ぎが起こった。  何が起こったのかは厳重に口止めされていて分からないものの――不安だけは防ぎようはな い。噂話が巻き起こり、戦火のように不安は広がっている。  その中で、不安を感じていない男がいた。  隣の部屋の話が聞こえるほどの安宿、その二階の窓枠に座り、飄々とした態度で城下町の様 子を眺めている男がいる。男の顔に不安はなく、どこか探るような、険しい色があった。 「――団長、調査終わりました」  部屋の対角線上、扉の横の壁に背をもたれた少女が言う。片腕がない黒髪の少女。鎧と剣こ そないものの、よく見ればその身体には傷が多く、激しい戦を潜り抜けてきたことが分かる。  少女、ユリア=ストロングウィルは、普段の戦場では聞くことのできないような、丁寧な口 調で言う。 「どうにも王宮内で事件がおきたようです。戦争派の貴族が賊によって斬殺、賊はさらに姫の 暗殺を決行。聖騎士ユメ=U=ユメによって防がれるも、賊は逃亡。その追跡と事故処理に城 内は追われています」  ユリアの言う言葉は、ここに王宮の人間がいれば仰天するような内容だった。  本来ならば機密、この段階では他の人間に知られてはいけないはずの情報を、当然のように 喋っているのだから。加えてユリアが東国の騎士団員であることを考えれば、いくら同盟国の 相手だとはいえ――けっして生きて返ることはできないだろう。  それでも、ユリアは淡々と言う。それこそが彼女の、彼女たちの仕事なのだから。 「追跡戦は傭兵団【賢龍団】に委任。傭兵の方が追い込み戦には慣れているとの判断でしょう」  そこまで聞いて、団長と呼ばれた男は、外を見たまま口を挟む。 「俺達ってほんとに騎士なのかってたまに疑問に思うよな」 「……は?」  ユリアの間抜けな呟きを完全に無視して、 「これじゃ忍者だよな、忍者。知ってるか? 俺たちのところよりも東に行った国に棲息する 人間種族だ。すごいぞ、口から火を吐いたりマントで空を飛んだりするんだぜ」 「団長。それは本当に人間でしょうか」 「ああ人間だよ。右手が怪物になろうが城を一撃で沈めようが人間だ――忍者の本分は情報収 集と暗殺だから、今俺達がやっているのと変わらんな」 「……団長、それは……」 「わかってる、冗談だユリア。俺達は暗殺にきちゃいないからな。少なくとも、今回は」  今回は、という言葉にある含みにユリアは敏感に気付く。彼は、前回のことを言っているの だ。国側の強行で、南国まで出張った上に失敗した事件のことを。 「申し、」  あやまりかけたユリアの言葉を遮って、 「ああ、お前を責めたつもりはないんだ――おいでユリア」  ちょい、ちょい、と団長は手で招く。ユリアは無言、無表情のまま、ゆっくりとした歩調で 近付いた。  すぐ傍に立ったユリアの頭を、団長は子供を慰めるかのようにくしゃくしゃと撫でた。完全 に子供扱いだが、ユリアにとって団長とは、命の恩人であると同時に二人目の名付け親でもあ るのだ。 「議会派や貴族派を止められなかった団長の俺の責任だよ。だからまあ、汚名返上戦だ」  撫でながら、団長は軽い口調で重いことをさらりと漏らす。 「ファーライトが戦火を切らなければ戦争は始まらん。逆に、もしファーライトが皇国と願え れば、王国連盟は一気に堕ちる。面倒なこった」  言って、団長はため息を吐いた。  もし、ファーライトが戦争派に傾けば、一気に全面戦争に突入する可能性がある。  もし、ファーライトが皇国側に傾けば、皇国は魔物の聖地を越えることなく頑強な【足場】 を手に入れる。  どちらにせよ、東国が滅びかねない戦争が始まってしまう。あるいは、世界すべてを巻き込 む戦争の発端になりかねない。  それを防ぐために、団長はここにいる。  が―― 「……この手は何ですか、団長」 「ああ、いい尻だ。最高だユリア」  真面目な話をしつつ、ユリアの頭を撫でていたはずの手は下へ下へと降り、背中を撫でつつ ついに尻に到達した。引き締まった小さな尻を、団長は宝石を愛でるかのような手で撫でる。  顔をかすかに赤くしたユリアが、片腕に握りこぶしを作り、 「真面目に――」  やってください、と言いながら殴るより先に。 「尻はいいな。俺は騎士団に入らなかったら、尻鑑定士になってただろう」  などと嘯きつつ、団長は窓枠から降りた。尻を撫でていた手でユリアの手をつつみ、もう片 方の手で頭を撫でる。  拳の行き場所を失ったユリアが、諦めたように肩を落した。団長は笑い、手を離して自分の 荷物を漁り始める。 「どうするんですか?」 「とりあえずやることができた。外見れば分かるぞ」  その言葉に、ユリアは首をかしげつつ、身を壁に隠しながら外を覗き見る。  慌しい王宮からそこそこ離れた城下町。不安が蔓延しているものの、とくに見るべきものな ど――  ――あった。 「……団長、あれは」  焦ったような声に、団長は振り向くことなく、荷物を漁りながら答える。 「ララバイから教わった人相書き、覚えてるな?」 「――はい」  硬い声でユリアは言う。ユリアにとって、その相手は完全に鬼門だった。なにしろ同僚を三 人切り殺され、おまけに自身も殺されかけた。激戦の末に、ではなく、わずかな攻防で瞬殺さ れたのだ。  あのときは、黄金色の鎧を着ていた。  が、今窓の外、城下町を夢遊病のようにうろついているのは、ララバイが見たという【中身】 にそっくりだった。おまけに、今は布で包まれているものの、明らかに巨大な大剣とわかる何 かをかついでいる。どう見ても目立つ。 「アレがいるのは予想外だが、話を聞く価値はあるな。間違いなく事件の中核に関わっている ぞ」 「しかし団長、アレは――」 「アレは強すぎるってか? なぁに、ユリア。俺を誰だと思っている」  自信満々に言って、団長は荷物の中からそれを取り出してユリアに向き直った。  手に持っているのは――劇場で使われるような、何の変哲もない、無表情の仮面だった。 「……団長。まさか」 「俺は、正義のヒーローマスクマンJだ! 負けるはずがないだろう」  にやりと格好のいい笑みを浮かべながら、団長は再び窓枠の傍に立ち、仮面を被る。鎧を着 ていないせいで、誰がどう見ても――東国騎士団団長にして、東国一の実力者、ジュバ=リマ インダスとは思わないだろう。  ジュバ――否。マスクマンJは窓枠に足をかけ、 「――団長。もう一つ、気になることが」 「……なんだ?」  意気揚々と飛び出そうとしていたマスクマンJは残念そうに足を下ろして問いかける。  ユリアは、自信がなさそうな口調で、躊躇いながらも口を開いた。 「これは未確認情報ですが……。賊というのは、聖騎士カイル=F=セイラムの偽称者だった そうです」  その言葉に。  マスクマンJの動きが一瞬固まる。黄金鎧と同じように、漆黒鎧の名も、マスクマンJは報 告で聞いていた。南国でおきた戦での最重要人物にして中心人物。  黒い旋風、ファーライトの聖騎士。死んでしまったはずの男。 「ここは奴の国か――だが、偽称者?」 「はい。カイルの名を名乗る偽者を捕らえたところ、突如暴れ出した――とのことです」  む、とマスクマンJは考え込み、 「偽者? しかし聖騎士を騙る奴なんざほとんどいないぞ。……本物を偽者とした? ならそ の理由はなんだ?」  仮面に手をあててマスクマンJは考え込む。仮面は無表情で、ジュバ=リマインダスという 男の顔を隠してしまう。彼が今どんな表情をしているのか、ユリアには分からない。  悩んでいるのか。  それとも――笑っているのか。  ユリアには、判別がつかない。 「どうもきな臭いな」  言って、マスクマンJは再び窓枠に足をかける。態度からは、かすかな余裕が消えていた。 「アレを確保してすぐに戻る。ユリアは待機して逃走ルートの確保。場合によっては、俺たち もカイルを追うぞ。事件の中心はあいつだ」  言って、マスクマンJは、仮面の上からでも分かるくらいに、疲れたようなため息を吐いた。  仮面越しにユリアを見て、 「しかし話を聞く限り――黒い旋風は、どうも嵐に巻き込まれ続けるような人生を送ってるな。 平穏とは無縁で、血と鋼と試練の中で生きるような――何が奴をそうさせているんだろうな」  ユリアは、カイルの顔を思い浮かべつつ、 「彼は――自分からそういうところに足を踏み入れている気がします」  その声はほんの少しの呆れと、怒りと、何よりも【お前は大変だな】という同情が含まれて いた。仕事というよりは、ユリアという人間の感情が漏らしたような声。 「そうだな――何かがあったんだろうな。奴がそういう風に、戦わざるを得なかった理由が― ―遠くなってしまったはずの過去に、奴は誰と出会って、別れたのか――案外それはもしかす ると、噂の……」         2 『――だからね、カイル。君は誰かを好きにならなきゃ』  そんな声を、カイルは耳元で聞いた。  それが幻聴であることは、カイル自身にも分かっていた。彼の回りには人など一人としてい ない。居るとしたら、森に隠れる獣か魔物くらいだ。  人が通らざる夜の山道を、カイルは剣で道を切り開きながら進んでいた。  周りには誰もいない。彼一人だ。ほとんど灯りもなく、頭上にかかる赤い月だけを頼りに走 っている。  ただし、彼の後方――あるいは彼方には、手に手に松明を持ち、彼を追ってくる騎士や傭兵 がいる。王宮から逃げ出して丸一日、休むことも眠ることもなく逃げ続けているが、それでも 完全に撒くことができない。人里に隠れるわけにもいかず、北東の森へと逃げ込んだ。  威信をかけて追ってくる騎士。  的確な情報を元に追い立てる傭兵。  その二つから、カイルは地の理と足の速さだけを頼りに逃げ続けていた。幼くして騎士にな ったカイルは、王宮内にこもるよりは、ファーライト王国中を駆け回らされた。そういう時の 経験が、多少なりとも逃亡を助けている。  あるいは、とある魔物生態学者との山篭りに近い冒険が、山道の歩き方を教えているのかも しれない。 「……たまには役に立つんだなああの人も」  呟きながら、カイルは足を速める。速めたつもりだが、あまり速度はでなかった。  一日の間、何も食べておらず、一度として足を止めていない。そろそろ限界も近かった。  幻聴を聞くのも無理ないよな、と自分でも思う。  頭の中に響いた声は、完全な幻ではなかった。記憶の底に閉まってあった、遠い遠い過去の 思い出。今ではもう幻となってしまった声だ。 『――強いくせに弱いなんて、酷いアンバランスだよ。なんで戦うのか分からないのに剣を振 ってたら、いつか自分を切っちゃうよ?』  呆れたような、それでいて愉しそうな声。笑い声まで聞こえる気がした。  ――僕は今、疲れている。  そのことをはっきりと自覚する。こんな、走馬灯みたいな記憶を見るようでは。  それでも、思い出さずにはいられない。 「……あのときも……今みたいに逃げてたな……」  口に出すと、ほんの少しだけ力が戻ってきた。足に力を入れる。森を踏破するべく走る。  走りながら、思い出す。懐かしい過去を。  幻聴と共に、幻視する。懐かしい過去を。         †  リストリカ=クローゼンシールは16歳で、10年前のカイルよりも一つだけ年上だった。  だからだろうか、王女と騎士という差を気にせず、まるで弟のように扱ってくれた。 「どうして君は戦ってるの?」  鎧に身を包んだカイルに向かって、リストリカは気軽に問うた。リストリカの国は王国連盟 に加盟しているものの、大国でも強国でもなく、山に近い田舎を守る小国だった。敵から身を 守るためというよりは、王国連盟から身を守るために連盟に入るような国。  それでも、連盟に加入していることには変わりない。だからこそ、『情勢不安』という要請 を受けて騎士は派遣されたのだ。  もっとも、送られた騎士は、まだ見習いに近い騎士で――実戦訓練という色合いが強かった が。 「国と、姫様を守るためです」  15歳のカイルは素直に答えた。そう答えるように、父親から言われていたからだ。  まだ、黒い鎧ではない。黒い剣も持っていない。騎士団に入ったときに姫君から貰った、名 もないロングソードを持っているだけだ。 「その姫様って、私?」  自分自身を指差して、リストリカはにっこりと笑う。薄緑の髪が揺れ、カイルの前を横切っ た。黒いドレスに身を包んで上品に座ったリストリカは姫そのもので、言葉との差異を感じて カイルは戸惑ってしまう。 「今はそうです」 「今は――ってことは、普段は違うのね?」  カイルは少しだけ悩んで、 「――はい」 「素直でよろしい。それでカイル。貴方が本当に守るお姫様って、どんな子?」  カイルは考え込み、黙って首を横に振った。  リストリカは唇に手をあてて「んー」と唸り、 「じゃあ、貴方が守る国って、どんな国?」  カイルは答えようと口を開け――答えが見つからずに、沈黙した。  その態度に、リストリカは細い眉を寄せ、不機嫌そうな顔をする。 「分からないで戦ってるの? 分からないのに、守るの?」  今度は、即答できた。 「――はい。それが騎士ですから」 「だめよ!」  意外なほどに強く、リストリカは叫んだ。その力強さにカイルは驚き、目を丸くする。  恐る恐る、 「騎士は……駄目ですか?」 「だめだめ、そうじゃないの。騎士じゃなくて、君が駄目なの。どうして戦うのか、なんのた めに戦うのか。それを、しっかり決めておかないと」 「国のため、姫君のため――」 「どうして国のために? どうしてお姫様のために?」 「――――」  答えにつまり、カイルは黙る。  そんなことは、考えたこともなかったからだ。言われたとおりに技を磨き、言われたとおり に騎士になった。そのことに疑問なんて、抱いたこともあるはずがない。  そんなカイルを優しい瞳で見て、リストリカは、母親のような笑みを浮かべながら言う。 「それが分からないと、もし試練に直面したときに、君の剣はもろく折れちゃうよ――」  その言葉と共に、世界に霞が掛かったようにぼやけていって――――         †  ――気付けば、地面がなかった。 「……うわ」  我ながら間抜けと思える呟きが口から漏れる。記憶を思い返していたのではなく、ほとんど 白昼夢を見ていたらしい。走っていた記憶がぷっつりと途切れていた。  夢を見ながらも走り続けていた自分を褒めてやりたいとカイルは思う。  そして、できることなら、ちゃんと道を走ってほしかったとも思う。目が覚めたら崖から飛 び降りていました、だなんて冗談にもなりはしない。  当然、冗談ではなかった。  気付けば足元に地面はなく、カイルは崖から飛び降りていた。ほとんど投身自殺に近い。  あまりにも突発的な危機すぎて、現実味がまったくなく、逆に平静で居られた。 「あのころは、この剣もなかったんだよなぁ……」  夢の中で見た少女のことを思いながら、カイルは剣を抜く。  黒い剣、イグニファイを。  そして、折れず曲がらず錆びず零れずを誇る剣を――壁面へと、思い切り突きつけた。  崖の傾斜はほぼ垂直に近い。ほぼ垂直、ということは、かすかには傾いているということだ。  踵を壁面に着け、剣で速度を殺しながら滑るように落ちる。  なんとかなる――と思ったのは甘かった。実際にやってみればわかる。死ぬほど怖い。剣を 持つ手にはがりがりがりがりと岩を削る感触が伝わってきて、下手に力を抜けば手を離してし まいそうになる。夜が暗すぎて、崖がどこまで続いているのか分からず、体力だけではなく気 力まで削れて行く。  手を離せば、多分死ぬ。  いくら黒い旋風と呼ばれていても、風のように空を跳べるわけではないのだ。 「二度と――こんなことするものか……!」   崖から飛び降りれば追手をまけるな――とも一瞬思いついたが、追手を撒くために崖から飛 び降りるくらいなら素直に戦ったほうがマシである。  もっとも、追ってきているのは元は味方なので、斬るわけにもいかない。  そういう意味では。  逃げ続けて――逃げて、どうすればいいのか。  今のカイルには、まったく分かっていなかった。  どうすればいいのか分からずに、とにかく逃げているだけだ。  崖の傾斜が少しだけ緩くなる。水音が近付いてくる。底が近くなってきた証拠だが――この 下にもし川しかなかったら、洒落にならない事態が待っている。鎧を捨てることができないカ イルに待っているのは、溺死だけだ。  不吉な想像を振り払うように、カイルは呟く。 「……決めてないと、剣が折れる、か……」  夢の中で言われた言葉。  もう、十年も昔の言葉だ。  まだ、聖騎士でなかった頃の初戦。勝ったのか負けたのか、それすら分からなかった戦。自 分とは関係のないところで事態が進んで、終わってしまった出来事。  できることならば、思い出したくのない苦い出来事だ。  なぜなら、結局、カイルはリストリカを守ることができずに―――― 「――っと!」  大岩に弾かれて、イグニファイが抜けた。反動でカイルの身体が傾ぐ。力を殺さずに、カイ ルは空中で身を捻り、斜面に背をつけるようにして滑る。  幸いにも崖底はすぐそこまで迫っていた。壁を蹴り、地面――否、砂利の上をカイルは転が り、 「あ……れ?」  転がって、立ち上がれなかった。  すぐ傍に谷底を流れる、流れの速い川がある。暗くて、対岸がどこにあるのか見えない。横 になったままだと、それしか見えない。  立ち上がろうにも、大の字になったまま、まったく動けない。  指一本動かせない。視線をさ迷わせることすら億劫だった。崖の上は高くて見えず、代わり に暗い空が見えない。赤い月に照らされた、魔物が賑やかな夜。  だからだろうか。  こんな谷底で、ざ、という足音を聞いた瞬間――カイルは、それが魔物の足音だと思った。  ――食い殺されるかもしれない。  相手が知性のない魔物ならばそうするだろう。が、今のカイルは、何をしようにも力がなか った。  眠くて、たまらなかった。  逃げ続け、崖を飛び降り――ついに限界がきたのだと、悟っていた。  ――それでも。 たとえ限界だとしても、ここで死ぬわけにはいかない。  力ではなく、命を振り絞って、カイルは上半身を起こした。すぐ横に放り出されていたイグ ニファイを手に取る。  座ったまま、剣を向け、 「――なんでお前がここにいるんだ?」 「――なんで君がここにいるんだよ?」  声が、完全に重なった。  崖に掘られた丸い穴に赤い光が見える。焚き木。崖の上から覗き込まれてもすぐに分からな いように隠されている。  そして、穴から出来ていたのは、見覚えのある騎士だった。  いや――元、聖騎士だった。  白い短髪。騎士と傭兵の中間のような姿。何よりも目立つのは、右手から右顔面にまで施さ れた、複雑な赤い紋様。そして――かつての名残を思わせる、聖騎士の鎧の欠片。 「なんだ、お前も来てたのか。連絡すればよかったのに」  数年ぶりの再会だというのに、何事もなかったかのように――ソィル=L=ジェノバは笑っ た。昔と変わらない笑みだった。  その変わらなさに、どこか安堵を覚えて。  カイルはぶっ倒れ――そのまま、意識を失った。         3  行き先など、どこにもなかった。  迷いに迷って、どこに行けばいいのか分からず、どうすればいいのか分からずに、ロリ=ペ ドはファーライト王宮をさ迷っていた。 『カイル=F=セイラムの偽者が逃走した』という知らせを受けた瞬間、レイエルンがいち早 く逃がしたのだ。 『関係者であるあんたは絶対に疑われるよ』、と。  それはきっと、帰らずの森での一件を受けての、レイエルンなりの恩返しだったに違いない。  ロリ=ペドにとって賢龍団は必要でもなんでもなく、目的はカイルだけだったので、素直に 従った。ただ一人置いていかれたダリスがどうなったのか、ロリ=ペドは知らないし、知ろう とも思わなかった。  誰かが気付くよりも早く、黄金剣を布で覆い、ロリ=ペドは賢龍団の野営地を出て。  よりにもよって、その事件の中心部であるファーライト王宮の近くまでやってきたのだ。  ――カイル様は、どこでしょう。  カイルに会って。  カイルの正義を見るために、ロリ=ペドは、仲間たちから離れて此処まで来たのだ。  人同士の陰謀も、国同士の戦争も、知ったことではなかった。  彼女は彼女の目的を達するだけである。カイルと再会すること。  恋に焦がれる娘のような熱心さで、ロリ=ペドはカイルを捜し求めていた。   王宮から逃げた、とレイエルンは言っていた。  ならばどこに逃げたのかを知り、追いかけるだけだ――そう思っていた。  だからこそ、わざわざ王宮まで来たのである。  そして。  ロリ=ペド側の事情などまったく関係なく、ファーライト王宮にしてみれば、ロリ=ペドは カイルの最重要関係者なのだった。 「そこの少女――そう、お前だ!」  憲兵に指差され、ロリ=ペドは足を止めた。警防を手にしつつ、簡素な鎧で身を纏った憲兵 が近付いてくる。  どうしてでしょう――考えてみるが、まったく分からない。  今ロリ=ペドはカイルから買ってもらった服を着ていて、さして不審でも何でもないはずだ った。大きな剣も一応は隠しているし、いきなり道端で人を切り殺そうだなんてしていない。  呼び止められる理由がまったく分からなかった。  わけもわからずロリ=ペドが首を傾げている間に、憲兵がロリ=ペドを囲む。その数三つ。 一定の距離を取り、近付かないように囲みつつ、 「覚書の通りだ――貴様、賊の仲間だな!?」 「……? 何のことでしょう」  本気で首を傾げる。賊、という言葉が、カイルと結びつかなかったのだ。  バカにされているとでも思ったのか、憲兵の一人がいきなり激昂し、 「とぼけても無駄だ! あの傭兵から連絡がきてるぞ、」  言って、手にもっていた書面を裏返して、ロリ=ペドに見せた。  そこには、確かに。  よく出来たロリ=ペドの姿書きと、特徴が羅列してあった。書類の一番上には手配書と殴り 書きされている。 「黒い鎧の重犯罪者の一味だな――連行させてもらうぞ。抵抗するのならば」  男の声にあわせて、残り二人が警防を抜く。人を殺さずに取り押さえるための武器。強く殴 打すれば殺すことも可能だ。 「…………」  その三人の顔を、ロリ=ペドはゆっくりと見回す。  憲兵三人は、一定の距離を取っていた。  が――その一定の距離は、彼らが勝手に安全圏だと思っていた距離でしかなく。  ロリ=ペドにとっては、十分に間合いだった。  剣を抜かずとも、一秒かからずに全員を切り殺せる間合い。  それでも、ロリ=ペドは、剣をもてなかった。  斬るにたるだけの理由が、まったく存在しなかったからだ。  捕まったら困る、というのはある。が、それは自分自身の理由でしかない。彼女にとっての 正義になりえない。正義で剣を振っていた彼女は――今、剣を抜くことすらできない。  いっそ逃げようか、でも、逃げたらカイルの居場所が分からなくなる――そうロリ=ペドが 悩んだ瞬間、 「――ジャスティスキック!」  愉しそうな声と共に、憲兵の人が吹き飛んだ。人間数人分の距離を跳び、壁にぶつかって憲 兵は失神する。蹴られた鎧部分がかすかにへこんでいた。 「貴様ら、少女を攫う誘拐犯だな!」  突如乱入してきたテンションが高い仮面の男は、着地と同時に身を捻り、いきなりの事態に ついていけない二人目を回し蹴りで撃沈する。つま先が顎に触れ、脳を揺さぶられて憲兵は気 絶して崩れ落ちた。  最後の三人目が慌てて警防を向けつつ、 「ちょっと待て、俺たちはけんぺ、」 「女子供を苛めるとは言語道断――今こそ正義の鉄槌が落ちるだろう! ジャスティスキック !」  愉しそうに、本当に愉しそうにそう叫んで。  左手で警防を叩き割り、右手で憲兵の顔を殴り飛ばした。一人目と同じように地面の上を憲 兵が転がる。手加減をしたのか、骨は折れていないようだった。「どこが……キックだ……」 と呟きつつ、三人目の失神する。  鍛え上げられた町の憲兵三名を、三秒で無効化し、仮面の男はびし、とポーズを取った。ど こにでも売っている服に無表情の仮面という、いかにも怪しげな男だった。  もしこの場にノリがいい子供がいれば、拍手と歓声を浴びせていただろう。  が、その場にいる唯一の人物ロリ=ペドは、無表情のまま、ポーズをとる仮面の男を凝視す るだけだった。  なんとなく居た堪れないものがあったのか、仮面の男はやる気なさげにポーズを崩し、 「……ま。これだけやってれば言い訳はできるな」  ロリ=ペドにとっては意味不明な、そんなことを呟いた。  いきなりの事態の動きについていけず、もとよりついていく気もなく、ロリ=ペドは一応恩 人となる仮面の男を見る。  ――誰でしょう。  そう思う反面、もう一つ、別のことも考えていた。  ――この人も、強い人。  今の攻防を見て、はっきりと分かった。憲兵三人をあっという間に無効化したから、ではな い。手加減をして殺さないように戦ったのが、はっきりと分かったからだ。  どのくらい強いのかは分からずとも、ひたすらに強いことだけは分かる。  そんなことをロリ=ペドが考えている間に、仮面の男はつかつかと近寄り、 「――さて、行くぞ」  そう言って、ロリ=ペドの腰に手を回し、いきなり抱き上げた。数日前カイルにしてもらっ たようなお姫様だっこではなく、荷物を肩にかつぐような持ち方だった。 「な――にを」 「舌かまないように気をつけろよ」  言って。  仮面の男は、いっきに跳んだ。そこそこ高い塀の上へと一足飛びで乗り、不安定な足場であ るはずの塀の上を全力疾走して駆けていく。気絶した憲兵三人があっという間に遠ざかってい く。  わけのわからないまま、黄金剣を落さないように抱えつつ、とりあえず真っ先に思いついた ことをロリ=ペドは言う。  「誘拐魔の方ですか?」 「違う! 俺は――」  そこで仮面の男は悩み、悩みながら塀から家の屋根へと跳び移り、屋根から屋根へと猿のよ うに跳び移る。 「俺は――正義の味方、マスクマンJだ」 「はぁ」  マスクマンJ。まったく聞いたことのない名前だった。  ――ただ。  一つだけ、気になる言葉があった。  意識せず、漏らすように、ロリ=ペドは問う。 「……貴方の正義とは何ですか?」 「――あ?」  仮面の向こうで、素の問い返しが聞こえた。風を切って跳んでいるせいで、よく聞こえなか ったのだろう。  それ以上、ロリ=ペドは問おうとはしなかった。  仮面の男も聞き返そうとはせず、しばらく無言のまま駆け、 「それにしても、だ」 「何でしょう」  ロリ=ペドを抱きかかえたまま駆ける仮面の男は、平然とした口調で言う。 「――小さい尻だな」  何を言われたのかまったく気付かず、いつのまにか尻を触られていることにようやく気付い た瞬間――ロリ=ペドは、全力で仮面の男を殴り飛ばしていた。         4  なにか、夢を見ていたような気がする。  魔法使い風の優男と、目つきの悪い金髪の男が話している夢だったような気がする。遠い昔 に実際にあったことだったような気もした。  が、目が覚めた瞬間、全てあっさりと忘れてしまった。  どんな夢を見ていたのかすら思い出せない。ついさっきまであった明確なイメージが、あっ というまに薄れていった。  ――まあ、夢ってそういうものか。  心の中で呟き、カイルは身を起こす。手も足も身体も首も頭も痛い。ようするに、どこもか しこも痛い。文字通り一日中酷使したのだ、痛まないほうがおかしかった。  痛みを感じるということは神経が通っているということで、生きているということだ。  そのことにカイルは安堵する。  鎧のまま寝ていたせいで、身体が痛かった。  身を起こすと、すぐそこにソィルがいた。昨日と同じように焚き火をたいている。ただ、周 りの光景は昨日とは違った。崖も川もない。代わりに森と山があった。結構な高地なのか、涼 しかった。  昨日と変わらず、夜。  ということは、丸一日寝ていたわけか――頭の中でぼんやりと思うカイルを見て、ソィルが 淡々と呟く。 「死んだのかと思ったぞ」 「死んだ方が……ましな気分だね、今は」 「死んで生き返るのとどっちがましだ?」 「死んで鎧に魂つけられて、不完全な身体で蘇るのが、一番ましじゃないね」  それもそうか、とソィルは頷く。戦闘時でもない限り淡々としているのが彼だった。一見す れば何を考えているのか分からない――が、その本性が子供と遊ぼうとする優しい男であるこ とを、カイルは長い付き合いで知っている。  そう――長い、付き合いだ。  騎士団に入ったときから、十年ほどの付き合い。  お互い聖騎士を抜けてから一度も会っていないとはいえ、離れていた時間よりも一緒にいた 期間の方が長い。  何よりも、肩を並べて戦い続けてきた相手だ。ある意味では、誰よりも信頼に値する相手だ った。 「感謝しろよ」 「……何に? 闇討ちしなかったことに?」  手配書が回されているだろうな――と思いがあったので、半ば本気でカイルは言う。  ソィルは「阿呆」と呟き、 「鎧を脱がさなかったことにだ」 「あー……そっか。うん、ありがと」  素直にカイルは頭を下げる。  カイル=F=セイラムは、一度死んだ人間であり、鎧に魂を定着させることで蘇った特異な 経緯を持っている。もし長時間鎧を脱げば、それだけで死んでしまう体だ。  たとえば、カイルが気絶しているとする。親切な村人がそれに気付き、家に連れて返り、介 抱するために鎧を脱がしたとする。気絶したカイルはそのことに気付かないまま一日の間眠り 続ける。  それだけで、カイルは死んでしまう。ナイフも魔法もいらない、鎧を脱がして放っておくだ けでカイルは死ぬのだ。  元同僚であるソィルはそのことを知っていたからこそ、鎧を脱がせなかったのだ。  ふと、カイルは思い至る。今、暗い森の中にはカイルとソィルしかいない。なおかつ、場所 が昨日とは変わっている。  ということは―― 「ソィル。君がここまで運んでくれたの?」 「そうだ」 「……重くなかった?」  鎧と二本の剣とカイルを抱えて歩くなど、常人には出来ない。  そして――ソィルは、常人ではなかった。 「これがあるからな」  自嘲げにそう言って、ソィルは右腕を掲げて見せる。  その右腕、右半身には、赤い色の複雑な紋様が肌に刻み込まれている。生まれつきではない。 とある悪魔によってそうなり――結果、王宮を追い出されることになった。  強力な力を秘める、悪魔の右腕。  ダリス=グラディウスのように。 「ありがとう、わざわざ運んでくれて」 「あそこに居たままだとまずかっただろう」  淡々としたまま、ソィルは言う。その言葉で、カイルは悟る。  ソィルが、こちらの事情を知っていることを。 「……追手、来てた?」 「来てた。こっちには気付かなかったが」  そこで初めてソィルは表情を変えた。かすかに瞳を細め、厳しい顔をして、 「――お前。今度は何やった?」  即答できなかった。  頭の中で意見をまとめて、カイルは、できるだけ明るい声で言う。 「聖騎士偽称と王女殺害未遂その他諸々で指名手配中かな」 「…………」  体育座りの姿勢で頭を抱え込み、顔を伏せたままソィルはぼそりと、 「――阿呆」 「言われなくても分かってるよ!? ああそうだよ、僕がアホだったよ」 「お前さ」ソィルが顔を上げ、淡々と、「どうしてそういうことになったんだ?」 「それは――」  全部説明しなければ、ものすごく長くなる。  かいつまんで話せば、ものすごく短くなる。  結局、カイルはかつまんで話す方を選んだ。 「戦争が起きそうだから王宮に戻ったら偽者に仕立て上げられてた。完全に騙されてた」  もう一度、間を置いて。  ソィルは、ぽつりと呟いた。 「阿呆」 「だから言われなくてもわかってるんだよ! ああもうどうして僕はこう……。で、君は?」 「俺か?」 「君以外に誰がいるんだよ。なんでこんな都合がよく合流できた――いや、そもそもなんでフ ァーライトにいるの?」  もっとも最初に辿り着くべき質問に、カイルはようやく思い至る。  ソィル=L=ジェノバは、カイルと同じように国を追い出された騎士だ。滅多なことでもな い限りに戻ってくることはない。本人に悪意がなくても、聖騎士はよくもわるくも厄介ごとを 引き起こす。  ソィルは淡々と答えた。 「お前と同じ理由だ」 「…………?」 「国が大変だから戻ってきた」 「でも、ならなんでこんなところに?」  ため息と共に、ソィルは答える。 「ユメの奴にあらかじめ手紙を送ったんだよ。王宮に直接行っても門前払いされるだけだから な」 「――――あ」  ソィルの言葉に、カイルは感心したような声を漏らした。  頭が危機で埋め尽くされていて、まったく思いつかなかった。  わざわざ正面から行かなくても――姫君を守る聖騎士と連絡できる立場にいるのだから、そ れを利用すればいいだけの話だったのだ。カイルが聖騎士ではないといえ、その人脈が完全に 途絶えたわけではない。素直に、真っ先にユメに連絡を取ればいいだけのことだ。  思いつかなかった。  というよりは――ディーンに、うまく操られた形。  カイルは頭をかき、思い切り深いため息を吐いた。その姿を見て、ソィルがまた「阿呆」と 呟く。 「お前のことだから、正面から突っ込んで逆砕したんだろう」 「返す言葉がまったくないよ……その通り。そして、ユメに迎撃された」 「なら、俺とここであった理由も分かるだろう」 「うん。そういうことなら、ね」  カイルは頷き、思い返す。  王宮での一幕を。  あの時、ユメ=U=ユメは全力で剣劇を叩き込んだ。  カイルの、すぐ真横へと。  その瞬間土ぼこりと蒸気の煙が舞い立ち、辺りの視界はすべて奪われ、音すらをも打ち消す 爆音が響いた。  そして、カイルの耳に唇を近付け、誰にも聞こえないように――話したことすら気付かれな いように――ユメは囁いたのだ。 『二日以内、北北西、B2の【着陸地点】(ランゲージ・ポイント)で合流』  短い暗号。それだけで、意味は通じた。  ここは退いて、あとでこっそり会おう――ユメはそう言ったのだ。  ユメの攻撃で蒸気に包まれた庭から抜け出すのは容易かった。自称:臆病者のカイルは気配 察知に長けている。誰もいないところを狙い、文字通りに風のように駆け抜け――あとは逃走 と発見と逃走の繰り返しだった。  そして今、カイルはここにいる。  ソィルもまた、手紙でここで合流するように言われたのだろう。そこに向かう最中にカイル と運良く合流したのだろう。  それとも――カイルは、ふと思う。  聖騎士同士、何か引かれるものでもあるのだろうか。運命論者ではないが、そんなことを思 わずにはいられない。 「……そろそろ来るな」  ソィルの呟きに、カイルは頷き、空を見た。  見上げた空。  轟音と共に、白い煙をつれた流れ星を見た。  彼らは今、山肌にいる。 ソィルに連れてこられて――ファーラント王国北領区、ユメの戦 友数名しか知らない北北西B2着陸地点に。  その意味は、彼らしかしらない。  ただ――ファーライトに住む人間ならば、一度くらいは見たことがあるはずだ。蒸気機関を 両手両足につけ、単独飛行し、空中で龍と一騎打ちをした聖騎士の姿を。  文字通りに空を飛ぶ、ユメ=U=ユメの姿を。  そして、今。  夜の風を切り裂き、長大な煙をたなびかせながら――聖騎士ユメが降り立った。  着陸地点。  それは、彼女が空を飛んで移動する際に決めている、ファーライト国内に複数存在する着地 地点のことだ。蒸気機関の燃料を隠し、バッタのように跳びながら国内を高速で飛びまわる― ―それが、ユメだった。  轟音と共に着地し、噴射煙で森が白く染まる。噴き出た煙が、後から噴き出る空気に押し出 されて山の下へと下っていく。煙と風が、小さな焚き火を掻き消した。  風巻き起こす中、月明かりの元。 「お久しぶりです、ソィル郷――そして、さよならカイル卿」  座る二人を見下ろし、大剣を構えたまま、ユメ=U=ユメは無機質な声でそう言った。   ■ 第五話 Scorching Gold AND The East ONE.....END  ■