ディーンは『ライノサラスは竜を食う』というのを知っていた。  知っていたので、後方から迫る巨体が追ってくる理由について、まもなく思い至ったの である。  その龍の身に相応しく膨大な魂の欠片を宿し、にも関わらず現在矮小なる姿でぐったり と彼に身体を預ける彼女の事を。  だが肩に担いだ男が「捨てていい」とは言わなかったし、だから彼は捨てはしなかった。  それが彼の『男』に対する関係であったし、それはまたシャルヴィルトの『男』対する 関係でもあり、ジャックスの『男』に対する関係でもあった。  『男』の彼らに対する関係はなんであるのか、彼らは知ろうともしなかったが。              西へ・西へ・西へ!(後)                 GO WEST !!  風と砂を切る音の中で、紫色の体躯が声を張り上げた。口らしき器官は見えず、しかし それは間違いなく外へと響く。 「船から連れ出してきた娘(こ)を見れば、説明せずとも察してくれると思うが」 「うむ?そうい゛えば誰であるかな、我が上に乗っかっているお゛嬢さんは」  察さない鈍色が、濁った声で首をかしげた。『男』が口を開く。 「聖王女ゼノビア。西方の一大王国……俺達が向かう先の第一王女だ」 「ああ。長いから省くが彼女には貸しが……いや、俺ではないが。あるらしいから、な」  言って、ディーンは微かに振り返った、己が肩の『男』を。 「その貸しを使ったのは俺の独断だよ」  まさか許しを請う仕草だったというわけでもあるまいが。 「別に咎めはしない。“そういうの”はお前が向いている」 「……それで。代わりにな、まあ使いを頼まれたわけだ」  両手がふさがっていなければ懐から手紙を取り出してヒラヒラと見せる所である。  しかし現実には両手はふさがっているわけであり、また手紙を出すための懐は今や硬い 外殻に覆われているのだからそんな事は不可能だ。 「宛先はガンツ・ウィーザー。彼は……まあ、ロンドニア王家の忠臣だ」  走りながらだろうか、ディーンの説明は極めて簡潔であった。  だが、ガンツ・ウィーザーを評するならば他の言葉もあったのである。いやむしろガン ツ・ウィーザー個人の説明としては、ディーンの言葉はいささか不足と言えた。  まずもって彼はロンドニアにとっての要所であり難攻不落と言われるフラティン城の城 主だった。更に特徴的な事と言えば、フラティン城の『難攻不落さ』、その理由において かなりを占める名将でもあった。また、2メートルを超える偉丈夫であり、怪力の持ち主 という側面もある。  そんな特徴を省いてディーンがそう説明したことは、彼が言いたい事に重要なのはその 点のみであるという事に他ならない。  大王国の第一王女が、王家に懇ろでかつ優秀な臣の一人になんらかの書をしたためる。  そして、それをディーンに預けたのは何故か。 「ちょっとした気まぐれか?しかし足のないように見える旅人より、適当に自前の使いを 送った方が速かろう。馬の支給の約束など受けなかったからな」  ディーンの最後の言葉は、その実際の報告に加えて一つ意義を持っていた。つまり「馬 を出せなかったのではないのか」と言う予想を。 「軟禁か」  男の呟きが後ろを走るライノサラスの咆哮に重なって、ディーンは大声を張り上げる。 「俺が彼女と会った時、警備は外に居た。横には居なかったんだ!」  そこで、第四の声が加わった。 「ディーン、貴方の話はいつも回りくどい」  シャルヴィルトである。彼女は魔物に関しては多くを識るとは言え、どうも人間同士の 面倒くさい表裏に関しては疎いようだった。 「個人的な感情のみで警備を外に押しやるタイプではないよ聖王女は。そして何より、素 直に兵が居ないということは、裏返してその者らが王女を軽んじていたのでは」 「だから回りくどいと言ってるでしょう。それにその話は決定的におかしい」  食って掛かるかのような彼女の言葉。どうやら体調が戻ってきているようだった。 「ただの薄汚い旅人だとしてもそんな相手を通す時点でそれは軟禁にならない!切符の手 配はともかく面会、しかも二人きりでなんて。現に貴方は密書を渡されている」  彼女が言い切る。その時、男が珍しく目を見開いた。 「……俺達が同じく艦に乗っている人間だからか」  シャルヴィルトが彼の顔を覗きこむ。ディーンが、得たりというかのように頷いた。 「?」 「艦がライノサラスの体当たりを受ける前に俺は耳に違和感を感じた。まあこの通りだか らな、耳はいい方なのさ。だがあくまで俺は人間で、身体のツクリが竜じゃあないんで聞 こえなかったんだが」  相変わらず続けるディーン。自分が蚊帳の外に居るように感じたのか、銀の少女が紫色 の後頭部を睨むようにして割り込む。 「いきなり話が変わっている。何が言いたいんだオマエは」  いい加減いらいらが溜まっているのだろう、結構地が出ていた。それを楽しんでいると いう程に意地悪をしているつもりはなかろうが、紫色の超人は首を振る。 「点と点を結ぶ線の話だよ。言うだろう、『時は、人間が消費しうるものの中で最も貴重 なものである』。相手の目的が時間稼ぎならどうだ」 「時間稼ぎ……しかし渡砂艦の運行はロンドニアと西国の二ヶ国が厳重に管理しているの でしょう?…………って、だからですか」  気付いた彼女が、口に手をあてる。今まで黙って聞いていたジャックスが後に続いた。 「つまりあのデッカイのの゛襲撃は人為的であ゛ると?」  紫は、今度は頷かなかった。確認をとらねばならない事があるからだ。代わりに男がシャ ルヴィルトを見た。 「シャルヴィルト。衝撃の前……」 「え、ええ。笛の音で私は起きたのですが」  満足そうに、ディーンが跳んだ。 「ちなみにその音が聞こえたのは恐らく、艦の中ではお前ただ一人だよ」  人間の可聴域外音を発し、竜を呼ぶ、または追い払う龍笛と呼ばれる道具の存在は彼ら も聞き及んでいた。 「ところで!」  雑音と、そして思考を振り払うようにディーンが一際大きな声を上げる。 「それだけ喋れるほど元気になったなら、さっさと龍に戻って飛ぶなり追い払うなりして 貰いたいんだが!」 「あ」    ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  ――何が起きたのか。頭の痛みがゼノビアの思考を邪魔していた。 (……音が……して……)  そう、彼女は渡砂艦内の一室にいて轟音を聞いた。直後に襲ってきた衝撃で何かに叩き つけられたのであろうと、その痛みが逆に告げている。 (血は……出てないみたいね)  反射的に頭へやった手の感触に、胸をなでおろす。とはいえその感触さえかなり不確か なものではあった。痛みを意識するほど、その痛みに意識が千切られていく。  目自体は前にある椅子の脚を捉えていたが、彼女の前には岩が見えた。 (ああ……そういえば……)  彼女には頭を打って気絶するという経験が既にある。  かつて、彼女が今の性格からは考えられないほどにわがままで、おてんばで、悪ガキだ った頃。国王である父に連れられて首都を離れ、とある山城に行った事があった。  今考えれば、その時父は窮地に居たのだろう――王とて皇国ほどに権力が集中していな い限りはその地位に安寧など出来はしない。しかし文字通り子供であった彼女にそんな事 はわかるわけもなく、防衛用のそれは居住用の城館として作られたいつもの住処にくらべ ていかにも窮屈だった。  そして、いつもより幾分厳しい調子で静かにしていなさいと命ずる父の言葉に逆らって そこを抜け出した彼女は、見知らぬ薄汚れた男達に追われて、足を滑らせて、そして……  頭を襲う鈍い痛みの中、立ちあがろうして見上げた先に居た男は、自らを追い回す男達 と同じく薄汚れてはいたが、その瞳は透明に澄んでいた……いや、何色でもなかったのか。 「たすけて」  気付けばそう口に出していた。ぼんやりとしていた男の視線が、焦点をあわせる。はっ きりと彼女を見て、微かに口を動かす。 「……なるほど」  何に納得したのかは分からなかったし、彼女が次に意識を取り戻した時にはそんな事忘 れてしまっていたが、男はそう言って顔を上げ、暴漢……いや追い剥ぎを見据える。 「助ければ、いいのか」  気がついた時には、既にいつもの館のいつものベッドの中に居た。流石に据えかねた父 の命で、罰として『腸の中に石が出来る呪い』をかけられ彼女が善行を心がけるようにな ったのはその直後の事だ。 (そんなことも……あったわね……)  助けられた場面を見ていないからだろうか、別に彼女は彼に恋焦がれる事はなかった。 地味どころか希薄とまで言えそうな彼の印象は、子供心に訴えるものがあまりなかったの だろうし、彼女の性格が白馬の王子様を夢見るようなものではなかったのも大きいだろう。 恩を受けた記憶を無視するほど、彼女は恩知らずではなかったが。  だがしかし、轟音以前より助けを求めていた彼女には、やはりそれは思い出してしまう 出来事だったのだ。死に際ではあるまいにまさか走馬灯ではないが、助かった経験を探し だしていたという所か。  その幻影すら霞んで消えて行こうというその時、声が、聞こえた。 「……なるほど」  それがゼノビアを現実に引き戻す。たったいま見た過去の幻とは違い、その声自体は彼 女に向けられたものではない。部屋を見渡し、護衛の居ない事を認めての声。  その声の主へ、視線を上げる。 「おっと、失礼。お助けに参りましたよプリンセス」  白くぼやけていく視界の中、彼女が口を開く前に不敵に笑ったのは、いつかの彼よりい くらか若い青年だった。 「……え?」  ゼノビアの目に飛び込んできたのは、遮るものの何も無い夜空と、普段より妙に大きく 感じられる月だった。 「お゛、目を覚ましたよ゛うであるよ」  自分が仰向けに寝ているのに気付いた彼女の耳を、左横から妙な雑音混じりの声が打つ。  あわてて上半身を起こしたゼノビアの前にあったのは、かつて最後に見た顔と、先ほど 最後に見た顔と、そして初めて見る顔だった。 「ああ……」  名も言わない過去の恩人と、ディーンと言う名の、恐らく先ほどの恩人を見て、胸をな でおろした彼女は自然に息を吐いた――ところで、その動きを止める。  二人の、いや三人の後ろに見える空の、そこに浮かぶ雲がやけに早く後ろへと流れてい っているのだ。  それに気づいて眉根を寄せた時、彼女はもう一つの事に気付いた。  下がやけに硬い。変にゴツゴツと凹凸のついたそれは明らかに砂地ではなく、勿論艦の 中とも思えず、目を落とした彼女が見たのは、あちこちにひび割れのようなものが見える 硬い何かだった。そしてその横、視界の端で、はるか下に砂の海が広がっている。 「わ……」  思わず逆側に仰け反ってしまう。だがそのゼノビアの肩を受け止めるものがあった。振 り返ると、見知らぬ鋼の顔が、右手を差し出している。 「おお、危ない゛であるな」  異音を含む不思議な声、最初に聞いたのも彼のものだろう。何か耳が不自然さを訴える ものの、奥にある優しげな落ち着きにゼノビアは表情を緩め、ゆっくりと言葉を繋いだ。 「……ああ、すみません。ええ、と……」 「そう、ここは空中ですよ。今俺達は仲間の竜に乗ってるわけです。貴女が気絶してから 4時間ぐらいかな?で、そいつの名前はジャックス」  ジャックス、と呼ばれた鋼鉄の者とは逆の手側。彼女から見て右手で、ディーンはそう てきぱきと続ける。先回りして全て言われたお陰で、ゼノビアは微笑む以外する事がなく なった。 「ま、とりあえずはそういうところで……大体落ち着いて貰えましたかね?」  頷いて、ゼノビアはぐるりと見渡した。なるほど左右に翼が伸び、後ろを見遣れば、竜 の顔がかすかに此方を振り返っていた。その全身は月明かりに照らされて銀色に光ってい る。  どうやら滑空しているらしい。それにしても、かなりの速度で進んでいる筈なのに、別 段風に押されることもなく普通に会話出来ているのは何故なのか。 「あ、ちなみに振り落とされないように魔力のシールドを張ってくれているらしいですよ」  疑問が表情に出ていたのか、再び先回りして答えてくれるディーンに軽く苦笑して、最 後に正面で黙っている男を見る。 「また、助けていただきました」 「……俺ではない。ディーンだ」  想像どおりの返答。ゼノビアは呆れたようにわざとらしく息を吐いて、それからにっこ りと笑う。  男は相変わらず、ディーンは薄笑いに肩を竦め、ジャックスが何故か照れている。  銀竜が不快そうに身体をゆすった。 「――で」  声のトーンを落としたゼノビアの顔はもう笑ってはいない。たった十七歳の小娘の顔で はなかった。大国を統べる王家の女としての貌。 「現状を詳しくお聞かせ願えますか。何故私はここに?」  己はたった一人で、眼前には年上だろう男たちが三人。しかし物怖じする事なく、彼女 はそう問うた。視線を受け止めたディーンが咳払いを一つ。そうして口を開く。 「まず貴女が気絶した衝撃。あれはライノサラスの体当たりでした」  ライノサラス。なるほど砂海の覇王と呼ばれる彼にぶちあたれば、渡砂艦とてびくとも しないというわけにはいかない。ゼノビアは納得するように頷いた。 「そしてそれは恐らく人為的なものであると……我々は考えています」  続けるディーン。王女はビクリとその身を震わせる。  それを認めて、青年は話を少し逸らした。 「艦は更に流砂に脚をとられまして、脱出したんですが当のライノサラスにおいかけられ ましてね」 「……なるほど、それでこのように」  努めて冷静に返すゼノビアだが、しかし顔が青くなるのまでは抑えられていない。それ を気に留める様子もなく……いや無い振りを見せて、更に話が続く。 「まいた以上我々としては別に艦に戻ったっていい。……だが姫様はロンドニアに急ぎた いのでは?」  ディーンが言い終えると、ゼノビアは大きく息を吐いた。 「お読みになりましたか」 「いえ、この通り」  気の重そうな声に、すぐさまディーンは懐から手紙を出す。 「ルールをすり抜ける事はしますが、破る事は避ける主義なのでね」  ひらひらと振って、そう笑った。それに軽く愛想笑いを返して、ゼノビアは月を見上げ る。月光を受けた瞳が、月のように輝く。 「そちらのお察しどおりでしょう。皇国からの帰路、護衛の多くが正体を現し私は軟禁状 態にありました」  それを聞いて中央の男が目を細めた。珍しく、以前を思い出すように虚空を見つめる。 「相手は内部か。現王家を廃そうとする反体制派のクーデター」 「ええ。貴方が助けてくださった時、お父様が避難していた理由と同じです」  なるほど、と頷いたのはディーンだ。 「相手は、外に異常を悟られぬよう恩人の願いや面会を許してくれた。……そして貴女は それに賭けたわけだ」  聖王女は申し訳なさそうに頭を垂れる。 「おかしいとは思ったのです。しかし他に手がなかった」  冒険者が四人なんて増えようが増えまいが変わらないと考えるのも、砂海で立ち往生さ せる気ならば当然ではあった。超高度な特殊技術や、よほど大規模で複数人の魔術師によ る儀式なしではフリーの長距離転移など不可能。出来たとしても、細かい転移先の調節な ど望むべくもなく、都市部へ飛ばせばいしのなかにいるなどという事になりかねない。 「艦を占拠するなりして足止めすれば西国との問題に発展しかねませんから、とにかく艦 が砂海を渡り終えるまで動きはないと思っていたのですが……まさか艦を止めてしまうな んて」  うつむく王女に、ディーンは重たくなった空気を吹き払うように笑いかける。 「まあ向こうにも予想外は起きた。怪しまれぬように気を配ったのが仇になってこうして 貴女は自由の身となれたのだから、いいではないですか。結果オーライと言う事でね」 「で、ある゛よな。終わりよければ全てよしとい゛う言うであるしな」  うんうん、と頷くジャックス。兜と鎧が当たってガシャガシャと音が鳴る。 「む、しかし良く考えるとま゛だ終わってはいな゛いのであるか。ところでであるよ、何 故クーデター側は王女を拉致したり゛、艦を止め゛たりしたのであるか?」  尤もな疑問。そしてジャックスが人がいい事を示す疑問でもある。何故ならその疑問は、 ようは――――何故王女は殺されていないのか、に直結するからだ。 「簒奪と言うのはな、ことのほか忌まれるものなんだよ」  王女が何か言おうとする前に、ディーンが口を開いた。 「王というものには皆有象無象の霊威を感じるものなんだ。だから簒奪した王座など誰も 座りたがらんよ。座っても誰もついては来ない。敵は増える」  横目で王女を見て、彼は続ける。 「そもそも何かの罪を被せてひったてるか、戦争でも無い限りはな……暗殺に正義はない。 欺瞞だとしても、それは重要な事だ」  ディーンが淡々と続けるのは、それはそれで一つの気遣いなのだろう。殿上の人間とは、 そういう世界に生きているものなのだから。 「理想は現王を廃位し、王女を後に据える。無論玉座に女性は座れない……として彼らの 選んだ誰かと王女が結婚。全て丸く収まる」  丸く収まる。それは少なくとも嘘ではなかった。正確ではないとしてもだ。  相手の微かな気遣いにか、軽く表情を崩して王女が口を開く。 「今回のクーデター、仕掛け人は恐らくノーサンフリア公でしょう。我が国の西北部ノー サンフリアを治める大諸侯です。元々公であるドロックス家は『魔王』黒雲星羅轟天尊に 面している為に王国に庇護を求めた部族の頭。王国が併合したのちもノーサンフリア辺境 伯領としてドロックス家が代々防衛してきました」  つまりは、独立性が高いという事。広い領土と戦力を持ちながらも長く平和に生きてい るとなれば、現状に不満を持ち上昇志向が強くなるのも納得出来る。 「そしてドロックス公の甥が私より五つほど上です。中々優秀な方と聞いている」  そこには別段嫌悪感はなく、ただ淡々として。  ふむ、と唸ったディーンが顎に手をあてた。 「ま……予定通り、ウィーザー卿に助けを求めるとしますか。首都に戻ってしまえばクー デター側に失敗が伝わる。相手の根回しによってはただ戻るだけでは孤立しかねない」 「王女よ、中央でのクーデター、どのような手筈かは判っているのか?」  話をまとめるかのように男が呟く。安堵か自信か、ゼノビアは笑みを浮かべて。 「ええ、軟禁されている時にある程度聞く事ができましたよ。下っ端の人間だったおかげ でしょうかね。まあ冥土の土産というわけじゃないでしょうが」  それを聞いて、ディーンか大きくかぶりを振った。ニヤリと笑う。 「だがしかし実際そうなるでしょう。冥土に行く破目になるのは奴らですがね」    ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  五人がロンドニア王国の領内へたどり着いた頃、遥か東で男が魔法陣を眺めていた。そ の周囲には十人近い術者が陣取り、暗い部屋の中で床が煌々と赤く光っている。  眺めるその男は、真っ黒なフードつきのローブで全身を覆っていた。ちらりと覗く瞳が 見つめる魔法陣の光を受けて赤く輝く。 「これから出撃かね?」  後ろからの声に、ローブの男は振り返った。視線の先には鎧姿の中年男性。黒い髪を後 ろに撫で付けた精悍な顔つきが、冷やかすように笑みを貼り付けている。  鼻まで覆ったローブの下で、もごもごと口が動いた。 「……ああ。術が完成すればすぐに飛ぶ」  言ってすぐに魔法陣へと振り返り直す。別にお前に構う暇はないとでも言いたげに。 「転移か……やっぱ大掛かりなもんだよ。しかし我々もエゲツのない」  肩を竦めながら、鎧の男はあくまで軽い調子で続けた。魔法陣の光に照らされて、飾り の腰布に金糸で縫われたIIの文字がキラキラと照り返している。その視線の先には、IVの 文字を背負う黒いローブ。  転移の魔術は、超高度な特殊技術や、よほど大規模で複数人の魔術師による儀式なしで はほぼ不可能……だからこうして、皇国指折りの宮廷魔導師が集っているのだ。ただ一人 を、ローブの男を転移させるためだけに。 「いけます」  一人がそう言うと、ローブの男はわずかに頷いた。陣の中央へとゆっくり歩いて行く。  と、突然彼は歩みを止めた。思い出したように振り返る。 「続くのは君だろうハインライン卿……早く準備に戻ったらどうだ」 「言われなくても出来ているさ。先鋒よろしくなブラックバーン=アーム」  言い返した男の言葉が終わる前に、ローブは陣から消えた。 捕捉:ブラックバーンが設定と違って勝手にローブ姿にされているのはザーフリドを得る 前の姿のつもりで出したからであって別に設定無視したわけじゃないです。念のため。