■RPG設定SS■ ・選ぶべき道 中編  相手の方が、速く、重く、強く、鋭い。そのことはカイルには分かっていた。自分の実力が あの黒い旋風に届かないことくらい一目で分かる。だからといって逃げるわけにはいかない。 決して退いてはならない戦いのときに、己よりも強い者が現れることは、この先何度だってあ るのだろうから。命をかけて、全てを出し切って戦うしかない。  それくらいは、カイルにも分かってはいる。  わかってはいたが―― 「これは……ッ!」  目の前で起きた光景にカイルは絶句する。黒の旋風を見据えて駆け出し、一拍遅れて黒の旋 風も駆け出した。両者とも素早く、一秒のうちに衝突することは予測できた。実際、こうして 目視する間にも、黒い旋風の姿はぐんぐんと近寄ってくる。  問題は、その近寄る黒い旋風が、二人に見えることだ。  右側に、イグニファイのみを持った黒い旋風。  左側に、ロングソードのみを持った黒い旋風。  左右に分裂した黒い旋風が、両側から切りつけてくるように―― 「双剣――双身!」  衝撃と共に、声がきた。左右から、黒と白の光が一直線に迫ってくるようにしか見えなかっ た。始から剣を持っていることを知らなければ、光に斬られたとしか思えなかっただろう。  見ている余裕など、ありはしなかった。  反撃も防御も考えずに、全力で二人の黒の旋風の間へと飛び込んだ。身を低くして頭から飛 び込み、掲げた剣を振り上げながら道を開く『単剣開門』。ただし、技を叫ぶ余裕もなかった 。頭のすぐ上を、紛れもない死が通り過ぎていくのがはっきりと分かった。  普通の相手ならば、潜り抜け、振り向きざまに斬りすてる。  そして、反撃をすればその瞬間にはトドメをさされるであろうことをカイルは悟っていた。 飛び込んだ体制を治そうともせずに前へと踏み込み、さらに前へと跳んだ。空中ですばやく身 体を入れ替え、黒い旋風と向き会うようにして着地する。  黒の旋風は――追撃をかけようとはしていなかった。慣性を殺そうともしなかったのか、壁 ぎりぎりで止まっていた。  剣を振りぬいたその姿勢のまま、振り向いてすらいなかった。  一人、しかいない。  両の手に剣を持った、一人の聖騎士がいるだけだ。 「……錯覚……?」  口に出して、すぐに「違う」と否定した。相手への恐怖で見間違える――そんなことがある はずもない。相手が強ければ強いほど、よく見る必要があるのだから。  考えられる可能性は、一つだけだ。 「分身斬撃を避けるとは、良い知覚をしている。反応されるとはね」  振り返りながら、黒い旋風は自らネタバラシをした。  ――ダブルスラッシュ。  東の果てに棲息するといわれている特殊職業・忍者が使う分身を、騎士の身でありながら行 う技だ。『速さ』を重要視しない騎士の中で、この技を使えるものはそういない。ましてや、 剣を持ち返えながら高速で移動するなんてことが、並大抵の相手にできることではない。 「だからこその……黒い旋風、ですか」  荒い息を整えてカイルは問う。黒い旋風はカイルから視線を外すこともなく、 「その通りだ。それこそが、私を体現する二つ名だ」  ――戦場に黒い風が吹く。  そう恐れられている男は、優しげな笑みを浮かべながら、剣を構えなおした。 「君の速さは確認した。しかし、逃げてばかりでもつまらない。次は重さといこう」  こちらから、参る。そう告げて、今度は黒い旋風の方から駆け出した。先ほどよりは遅い。 しっかりと目視できる速さだ。それでも、俊敏な獣のような速さがあった。  ――言われずとも、逃げるはずもない。  名もないロングソードをカイルは強く握り直し、 「うおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」  猛る言葉と共に地を蹴った。  吼える言葉と共に肺から酸素をしぼり出し、全力を込めて切り上げた。加速が十分に乗った 一撃。踏み込んだ左足の側を通るようにして、下から黒い旋風の正中線を狙う。それに応える ようにして、黒い旋風は上から下へと右のイグニファイを振り下ろす。  かん高い、金属同士が衝突する異音が響いた。  振り下ろした黒い旋風の剣は、はじかれることなくその場で止まった。逆に先に切り上げた カイルの剣は、黒い旋風の力に押し負けて大きく下へと弾き戻された。カイルの姿勢が崩れ、 その隙を狙い黒い旋風のロングソードが横薙ぎに遅いかかり、  ――それも計算のうちだ……っ!  姿勢が崩れたかのようにみえたカイルが、左足で右から左へと黒い旋風の足を払う。元より 、剣同士の打ち合いで押し勝てるとは思っていない。重力が加わる上から切りかかってすら弾 かれただろう。そうすれば、身体が浮いたところに横からの斬撃で真っ二つになってしまう。  わざと弾かれ、自分から身体を低くする必要があった。  だからこそカイルは下から切りかかり、計算どおりに弾かれ、ロングソードを避けると同時 に黒い旋風の足を払った。いくら黒い旋風が超人的な強さを持つとしても、二本の足で地に立 っていることには変わりがない。地面との接点を失って体が宙に浮き、 「双剣怒槌――ッ!!」  浮いた黒い旋風の身体が、縦方向に回転した。  手に握られた二本の剣も身体にあわせて回り、十分な遠心力と重力を味方につけ、頭上彼方 から――雷のように堕ちてきた。  逃げるヒマも、避けるヒマもない。  剣を上へとかざし、全身に力を込めるので精一杯だった。叫びと共に剣と剣が衝突し、 「ぐ……うあぁあっ!」  大槌で殴られるような衝撃がきた。  剣を零しそうになる手に必死に力を込めた。今剣を落せば、その瞬間唐竹割りになって死ん でしまう。地面と双剣に挟まれるような衝撃の中、カイルは歯がすりきれんばかりに噛みしめ て力を入れる。  負けられない。  他の誰にでもなく――自分自身に、負けるわけにはいかない! 「うあああああああああああああッ!」  悲鳴に近い叫びをあげてカイルは跳んだ。ロングソードを横から斜めにし、衝撃を後ろに逃 がすようにして前へ跳んだ。  斬撃など、できるはずもない。  肩当を、思い切り黒い旋風の鎧にぶつけた。全力を込めたショルダータックル。案の定黒い 鎧はオリハルコン製なのか、壊れるどころかへこみもしなかった。逆に、ぶつかっていったカ イルの肩当が壊れるほどだ。  けれども――衝撃そのものまで殺せるはずがない。  体重そのものに大きな差はないのだ。中に浮いたままだった黒い旋風の身体は、支えない分 だけ堪えることができなかった。全衝撃をそのまま受けて後方へと飛ばされ、カイルの命を狙 っていた二本の剣も離れていく。さすがというべきか、空中でくるりと後ろ回転し、足から見 事に着地しようとする。  カイルは――  カイルは、その眼前にまで迫っていた。  この機を逃して勝てるはずもない。受けに回って勝てるような相手ではないのだ。ならば、 一歩も退かずに活路を見出すしかない。黒い聖騎士を蹴り飛ばしたその足で踏みこみ、剣の間 合いぎりぎりを保って追った。狙うべくは着地の瞬間。上から下へと着地する身体を追尾する ように、力の限りにロングソードを振り下ろす――! 「単剣――崩落ッ!」  タイミングも、間合いも、威力も、申し分ない一撃だった。  ただ一つ、誤算があるとすれば。 「双剣――巻風」   黒い旋風が、度を抜けていたというだけだ。着地の瞬間、後ろから迫るカイルに気づいた黒 い旋風は、足が着くよりも早くイグニファイを地面へと突きたてた。その柄へと空中で足を置 き、孤を描くようにして――切り上げてくるカイルの剣の、更にその上を、跳んだ。  全力で振り斬ったカイルには、対処ができるはずもなかった。黒い旋風は宙で姿勢を変えて 、今度こそ足から着地した。そして、左に持ったロングソードで、振り切ったカイルの無防備 な背中に向けて斬撃を、 「ああああああああああああああああああああああああッ!」  仕方ない、と。  相手の方が上だと、諦められるならば、最初から戦いはしなかった。  無様でも何でもいい、頭にあるのは負けられないという思いだけだった。口から叫びが漏れ ていることにも気づかず、カイルの身体は動いていた。振り切った勢いのまま地面に転がり、 空いている左腕で黒い旋風の残したイグニファイを引き抜き、転がり倒れる腕の振りをそのま ま投擲に利用した。  いまにも切りかかろうとしていた黒い旋風の剣同士が、空中で衝突する。  きぃぃん、と。  澄んだ、いい音がした。 「…………」  弾かれた剣は、黒い旋風が力を調節したのか真上に跳んだ。空中でくるくると回り、くるく ると回りながら降りてきたイグニファイを、黒い旋風は何なく受け止めた。  双剣を携えて、黒い旋風は言う。 「見事だ」  その言葉を、カイルは満身創痍で聞いた。  怪我はない。すべて、紙一重で避けている。逆に言えば――紙一重で避けるために、全ての 力を使っていた。今こうして立つだけで、命が削られていくような気さえする。あともう二合 も打ち合えば、何をすることもなく疲労で死ぬことだろう。  全神経を集中して。  全感覚を動員して。  全力で、敵と戦う。  そんなものはいつまでも続くはずがない。ただの一度きりにかける力を、常に発揮している ようなものだ。無理の上に無理を重ねて無理をかけている。  そうしなければ――勝てないから。  自分の全てを出さなければ戦えないから、カイルはそうしたまでだ。  それが分かっているからこそ、黒い旋風は言う。  見事だ、と。 「剣士はその場で思いついた必殺技を試すことができる。魔法使いは一発逆転の奇策を用いる ことができる。騎士はそれができない。なぜかわかるかい」  わかる。  わかるが、口を動かす力はもうない。その力は、すべて剣を握る力へと使っている。  カイルの様子からそれを理解しているのか、返事を待たずに黒い旋風は続けた。 「騎士の存在意義に関わる問題だからだ。『勝てるかもしれない』策に命をかけるのではなく 、主人の命を確実に守るために、確実に死ぬ道を選ぶ。それこそが騎士だ。その生き様こそが 、騎士だ」  それは、黒い旋風から、カイルへの賛辞だった。  未来の彼から。  過去の彼へと。  いまだ未熟でも――未熟だからこそ、すべてを出してぶつかってくる自身に対する賛辞だっ た。  そして、だからこそ。 「だから私たちが最期に選ぶべき手段は、自らが取得し、使い続ける『己の技』に他ならない 。最期だからこそ、いつも通りに私たちは戦うのだ」  だからこそ、黒い旋風もまた――カイル=F=セイラムに、屈するわけにはいかないのだ。  言葉を切り、黒い旋風は思い切り後ろへと跳んだ。五階の室内の一番端まで下がる。距離を 取り、自身の取り得る最高の技で挑んでくるのだろう。  カイルもまた、剣をかついだ。  相手がそうくるのならば、自分も応えるだけだ。正直なところ、この一合で、勝負は決まる。 この一撃を放てば、もう気力も体力も残ってはいないだろう。  この一撃に、すべてをかける。  黒い旋風は――聖騎士カイル=F=セイラムは、笑うことなく、真剣な顔で若き騎士を見つ めて、双剣を構える。  そして、威圧でも裂帛でもなく、さながらいつものような自然さで、彼は言った。 「さあこい、若きカイル=F=セイラム。お前の全てを出してみろ」     ■ 後編に続く ■