■RPG設定SS■ ・選ぶべき道(NG集) カイルの超(スーパー)ディシプリン  聖騎士を選ぶための塔がある。詳しいことは省略するが、あるったらあるのだ。五つの難題 をこなすことによって世界的に聖騎士と認められ、世に羽ばたいていくための試練の塔である 。もっとも、聖騎士になった人間の大半はやっかいごとと関わり続ける人生を送っていること は意外と知られていない。というか、王国連合の最大機密だ。連合の会議室では、聖騎士の暗 喩、暗号として『苦労人』と呼ばれている。それくらいに大変なのだ。  そんなことを露とも知らない若き騎士・カイル=F=セイラムは、意気揚々と聖騎士の塔へ と赴き、見事第一の難関をこなして階段を登った。  二階にたどり着いた瞬間、来たことを少しだけ後悔した。 「はっはっは! よく来たな若き勇者よ、ここまで来るとは見事なことだね。こうなってしま っては仕方がない、私自ら君の相手をすることにしよう!」  部屋の奥にあるお立ち台――わざわざこしらえたのか、えらく豪華なお立ち台だった。目立 つことこの上ない――の上に仁王立ちになり、マントをばさばさと揺らしながらその男は、ま るで世界を征服した魔王のような口調でそう言った。ちまみに塔には窓などなく、風は少した りとも吹いていない。男のマントがなびいているのは、隣に立つ少女――ももっちが、苦笑顔 で大きな扇をあおいでいるからだ。  言うまでもなく、あの男だった。  カイルは大きくため息を吐き、肩を落として、彼の名を呼んだ。 「何悪役みたいなセリフ吐いてるんですかハロウドさん」  名前を呼ばれて、ハロウド=グドバイは「ちっちっちっ」と指を振った。あいもかわらずテ ンションが高い。そのテンションにつきあうと疲れるだけとこの数年の付き合いで知っている ので、カイルはとくに突っ込みを入れなかった。  ハロウドはマントを自分の手でばさっとはためかせ、 「私はハロウド=グドバイなどではない。今の私は世界を恐怖と冒険、そして愉快痛快の嵐に 突き落とす新たな魔王・ワールドエネミー・ワーストワン! さぁ、聖騎士を目指す青年よ!  己の力に過分なしと思うのならばかかってくるがいい。ただし私は一筋縄ではいかないぞ!」  高らかに叫ぶハロウドを無視して、カイルは服の中を漁った。何かないかと漁り、袋の奥底 に仕舞ってあった備蓄である小さな木の実を見つける。  掴んで、投げた。  まっすぐに跳んだ木の実はハロウドの額にあたり、すこーん、と良い音をたてて跳ねた。こ ん、こん、とに三度はねて、木の実は地面に転がった。  いきなり木の実をぶつけられたハロウドは、なんだかベソでもかきそうな顔をして 「……痛いじゃないか?」 「痛くするように投げたんですよ! なんですか魔王って!?」  もっともなカイルの質問に、ハロウドはどこか遠い視線を見せて、 「色々――そう、色々あったのさ」 「いかにも格好つけてるところ悪いですけどね、色々のひと言でかたずけてもらっても困りま すよ僕としても」もう一度ため息を吐き、「……なんでここにいるんです?」 「決まっている」  あっさりと言って、ハロウドはお立ち台から降りた。隣に立つももっちが、その台を後ろま でひっぱっていく。どうやら格好いいのは見た目だけで軽いハリボテ製らしい。  そのときになって、カイルはようやく気づいた。  今目の前に立つハロウドが、自分の知る『ハロウド=グドバイ』よりも、老いていることに 。変人っぷりに変化はないとして、多少、雰囲気に深みが増えている。 「君と戦うために。時と試練の契約のもとに、今私はここにいるのだよ」 「僕の知ってるハロウドさんとは別人――ということですか」 「そうだともいえるし、そうでないともいえる。可能性の一つであるのかもしれないし、時空 間を越えて呼ばれたのかもしれないし、ただの残影でしかないのかもしれない。その辺りには 私にだって分からない。分からないから解明したいな。ふむ、今この世界にいるどこかの私と 会議したいものだ。ははは、私と私の対談はいかにも冗長なものになるだろうね」 「十分セリフが長いので自重してください」 「もっともだ」  ハロウドはうなずき、両の手をカイルに突き出した。その行為にあわせるようにして、カイ ルもまた剣を構える。彼の武器は徒手空拳であり、バリツという技だ。あれで十分構えになっ ている。カイルとて、何度も投げられている。  ――けど、僕は騎士だ。  戦いに生きるものが学者に負けるわけにはいかない。 「カイル=F=セイラム、参ります!」  気合と共にカイルは駆け、 「やっぱり君は甘いね」  ハロウドが構えた指をぱちんと鳴らすと同時に、駆けようとした床が抜けた。  ぱかり、と地面がなくなる。 「え。」  それが――カイルの最期の言葉だった。  足の踏み場をなくし、悲鳴をあげる余裕もなく、カイルは重力に従って落下した。  最期に見えたのは、ハンカチを振って楽しそうに笑う、ハロウドの姿。         †   †   †  五分後。 「やたらと速かったじゃないか」  階段をふたたび登ってきたカイルの顔をちらりと見て、ハロウドはやる気なさげにそう言っ た。やる気がないのは言葉だけではない。さっきまでのお立ち台は消え、代わりにやたらと豪 華な安楽椅子があった。今ハロウドは安楽椅子に座り、膝の上に座るももっちの頭をなでてい る。どうみても戦いの場にいる男ではなかった。 「二回目ともなれば……突破は……、それなりに、楽でしたよ……」  荒い息を直してカイルは言った。一階に落とされたので、試練をもう一度こなし、全速力で 二階に戻ってきたのだ。それもこれも、 「いきなり酷い目にあわされた復讐を、一秒でも早くしたかったですからね……」  修羅のような目をしてカイルはそういった。いざ戦いと思った瞬間に落とし穴につきおとさ れれば誰だってそうなる。俺だってそうなる。這い上がって落とし穴を作った相手を穴に突き 通すまで鬼が消えることはない。  が、そんな態度を見てもハロウドは態度を変えることなく、むしろ悠々とした調子でももっ ちを抱きしめながら、 「どうでもいいがカイル君、カルシウムはとっているかね。最近存在が確認された未知の栄養 素でね、なんでも人体を内から蝕むことによって闘争本能を押さえ込む凶悪な麻薬らしいよ。 いやなに、怒りっぽい君もそれを食べればきっと真人間になれるさ」 「誰が怒らせてるんですか!? 僕は十分に真人間です、そして真人間じゃないのは誰だと思っ てるんです誰だと!」 「三連続で突っ込みを入れてくれて私も嬉しい限りだよ。何、ほうっておかれたら私は独りで 延々と話すはめになるからね。なあももっち?」  ねー、とももっちが微笑んでハロウドに応えた。大変微笑ましい。  幼い頃から剣と使命に生きていたカイルは、なんとなく釈然としないものを感じつつも、も う一度剣を構えなおした。 「とにかく――貴方を倒して、次の階に進ませてもらいます」 「無駄だと思うが……まあ、やってみたまえ。今の君がどれくらいやるのか、私も知りたい」  座ったままハロウドは言う。今度は構えを取ろうともしない。  ――どうせ、何か奇策がまっているに違いない。  ようするに相手が何をしようと、その首元に剣を向ければ勝ちなのだ。相手が舐めていよう がいまいが、こちらとしては全力で戦うまでだ。 「いきます!」  カイルは再び駆けた。今度は落とし穴に落ちないように気をつけながら、最新の注意を放ち ながら、壁際の椅子に座るハロウドとももっちへと迫る。ももっちを傷つけずに、剣の柄でハ ロウドを思いっきり殴り飛ばす。怪我くらいはするが、しても当然のことだ。相手は今は手が 使えない、あの体勢ではバリツも使えない。  カイルは横から切り抜けるようにトップスピードで迫り、 「いい忘れていたが――」  ハロウドの言葉を聞かずに、斬りかかって。 「――今の私は、ようするに思考体のようなもので、君の方から攻撃などできないよ」  切りかかったハロウドとももっちの身体をすりぬけて、全速力のまま、壁に人型の穴があい た。  ものすごく痛そうな音がした。  そして――音の後に、「あー!」という悲鳴が聞こえて――カイル=F=セイラムは、塔の 外に落ちていった。  膝の上に座るももっちの頭をなでて、ハロウドは「やれやれ、元気なことだね」と肩をすく め、ももっちは嬉しそうに笑った。      †   †   †  三分後。  最初っから剣を抜き放ち、魔王のような形相で戻ってきたカイルをちらりと見て、ワインを ももっちと呑み交わす優雅なハロウドは淡々と言った。 「良いことを教えてあげよう」 「…………」  応えるかわりに、カイルはちゃき、と剣を突きつけた。かわす言葉もない、ということらし い。そんなことには構わず、ハロウドはどこか嬉しそうな声で、 「ここに私がいる基準だよ。二階の敵の選択基準はね――『当事者の人生で、最もやっかいで あり、面倒であり、やっかいごとに突き通した挙句騒動をかき回すようなそんな相手』だそう だ。はっはっは、良かったなカイル君。君の人生において私との付き合いはこの先も長いよう だよ」 「ハハハ。――そのひと言で死にたくなりましたよ」  乾いた笑いでカイルは言う。その目はまったく笑っていない。皇国の夜の街にでる殺人鬼と は、恐らくこういう目をしているのだろう。対してハロウドは心底楽しそうに笑い、 「友人とは素晴らしいものだね、そうは思わないかいももっち?」  そうだねハロウド、とももっちは嬉しそうに応える。その二人を眇めながら、カイルは「も ーいーや斬っちゃえ色々後顧の憂いごときり飛ばしてしまえ」という顔をした。  ハロウドは指先をカイルへと向けて、 「優しい友人であるところの私は、君に二階の試練を教えてあげよう。『三階へ進むこと』、 だそうだ。だが――」  指を、ぱちんと鳴らして。 「この階にいるのが私という以上、たやすく勧めるとは、まさか思っていないだろう?」  鳴らすと同時に、床の穴があいた。  あいたが―― 「甘い!」  そのことを察知したカイルは上に跳んでいた。二度も同じ手段にかかるカイルではない。  飛びながら、カイルは考える。とりえる手段はいくつもない。この階のどこかに『本当に隠 れているであろうハロウド』を倒すか、彼の妨害に堪えながら三階に進む手段を見つめるか。  考え、 「やっぱり、まだまだ君は甘いね」  その考えが、上から降ってきたタライに頭を直撃され、無理矢理中断された。  スコーン、という景気の良い音がして、べち、とつぶれたカエルのような音が続いた。カイ ルの頭にタイラが当たる音と、意識を失って地面に落ちた音である。 「やれやれ」  ハロウドは苦笑して、「乾杯」とももっちとワイングラスをうちならした。  カイルの試練は、まだまだ続く。