「いきなりエロシーンから始まると思った君、残念だったな! 生憎と世界はそんなに甘くな いのだよ。大体昨今のエロ=ゲイというやつは印象を重視するために性交渉を最初に持ってく る風刺があるが、私に言わせてもらうとだね、そんなのは彼方の昔、雫の時代からの伝統であ ってむしろ古すぎる、というものだろう。今の流行はだね、最初の選択肢でバッドエンド。 ……ん? それも通り過ぎたって? はっはっは、おかしなことを言うね君は。あれはエロ= ゲイではないだろう。ドウジン=ゲイだ」 「……何言ってるんです、ハロウドさん?」 「いやなに、一人事だ」  暖炉の側の安楽椅子に座り、気だるげに本を読む皇七郎にそう言い返した。対して本に興味 はなかったのか、皇七郎は本を閉じて机に放る。机の上に置かれていたワイングラスがかすか に波を立てた。先から何かメモを記していたトゥルシィ=アーキィは、ちらりとワインに視線 を走らせ――こぼれていないのを確認して、メモの記帳作業に戻った。  言うまでもなく、魔物生態学者三人組である。もっとも『魔物生態辞典』を作るのはまだは るかに先のことで、今の彼らは思春期真っ只中の若き学生である。  今、彼らがいるのは一種のサロンだった。  といっても貸切なのか時間が悪いのか他に人の姿はない。白いシーツのかけられたテーブル が5つに椅子が15個。廊下に続く扉は閉められていて、部屋の中は静寂で満ちていた。  壁にかけられた蝋燭が薄暗く室内を照らすのみだった。どことなく落ち着いた雰囲気。開い た窓から見えるのは、赤月の照り返しを受けて紫色に代わった蒼月。こんな夜には、どこか心 が波打ってしまう。  彼ら三人は、だからこそこうやって遑を潰していた。ハロウドはよく喋り、アーキィは筆を 走らせ、皇七郎が本を読む。いつものようにいつもの如くの三人組だった。 「それより何だね皇七郎君。最近『レディ』との仲はどうなのかね」  椅子に逆さ向きに座り、背もたれの上で腕を組んでハロウドが問う。からかうような、楽し そうな笑みを浮かべていた。もっとも彼の場合、いつだって楽しそうに笑っているが。 「どーしたもこーしたもありませんよ。一進もせず一退もせず反覆横とびってとこです。ボク ァ別に関係発展なんざ望んでませんからね」  長い髪をかきあげて皇七郎はそういった。性別は確かに男だというのに、そうした仕草はぞ っとするくらいに色気があった。そういうなにげのないところが上級生のお姉さま方――ある いはお兄様方――に人気の原因なのだと、本人はまったく気付いていない。 「そういう君は」口を挟んだのは、筆を動かし続けるアーキィだった。「どうなんだ、ハロウ ド」  さらりと言った彼の口調によどみはなかった。『別にまったく興味なんてないが』と暗に言 われているようでちょっと悔しい。ハロウドは大仰に片手をあげ、 「もちろんだともアーキィ君。私の愛は皇国よりも広いとも」 「何がもちろんなのかわかんない上に、広いのか狭いのかよくわかんないたとえだなぁ!」  呆れたように皇七郎が言った。言って、はぁ、とため息を吐く。虚しさを憶えたらしい。  沈黙が、わずかに堕ちた。  そのわずかな沈黙の中で、ハロウドと皇七郎の視線が一緒に動いた。黙々と記帳を続けるト ゥルシィ=アーキィの端整な顔立ちに視線が集まる。格好のいい――という言葉が似合うが、 どこか冷たさを憶える面構え。近寄り難い、という意味では三人の中で一番かもしれない。  そんなこと、この場にいる二人は気にしたりしないが。 「「で、君は?」」  ハロウドと皇七郎の声が、完全にハモった。ハモハモした、と言っても過言ではないくらい に完全なる同期だった。今この場にガンマンがいれば「銃声が一つにしか聞こえなかったぜ」 と自信たっぷりに解説してくれただろう。何の意味があるのかはともかくとして。  二人の追及を受けても、アーキィは顔を上げず、表情すら変えなかった。淡々と、あくまで も淡々と彼は答える。 「特に、何も」 「…………」 「…………」  再び沈黙。ハロウドと皇七郎は顔を見合わせ、 「……聞きました今の?」 「……聞いたとも。『特に、何も』。は! 格好のいいことだ」 「……アレ絶対何かありますよっていうかあっただろオイ絶対に」  わざと聞こえるくらいの声でハロウドと皇七郎は言う。  絶対に聞こえてるだろうに、アーキィはそれでも顔をあげなかった。まったく堪えてないよ うに見えるが、右眉のあたりがひきつっている。全力をあげて無視しているだけなのだろう。  それが分かってるからこそ、ハロウドと皇七郎は『わざと聞こえる程度の声』でひそひそ話 を続けた。 「……私の知るところだね、下級生の女の子に矢文を貰ったとか」 「……それはそれは……って矢文!? 手紙じゃないんですか!?」 「……うむ。『貴方の心が欲しいの!』と告白されながら矢をだね」 「…………。ソレ絶対どっかの殺し屋ですって。おまけに多分ハロウドさんと間違えて襲った んですね。あんた怨まれてますもん、主に僕に」 「なんだとこの野郎!?」  ハロウドはがたんと椅子を蹴るようにして立ち上がり、立ち上がったところでふと動きを止 めて「こほん」と咳を打って、 「なんだとこの女郎!?」 「わざわざ言い換えるようなことかそれ!? つーかボクは男だって言ってんだろ!」 「それは知らなかったな」  絶対に知っているはずのアーキィが横からぼそりと言った。彼なりの仕返しなのだろう。  予想外のところから返ってきた攻撃に皇七郎が眼を丸くする。その隙を縫うようにして、ア ーキィはさらに言葉を続けた。 「夜中に暴れても益などない――なぁ、ハロウド?」  言葉尻は、立ち上がりかけたハロウドに向けたものだった。急に話を振られてハロウドはわ ずかに困惑したが、すぐに肩を竦めて 「その通りだな、トゥルシィ=アーキィ君」  といって、椅子に戻った。  再び、沈黙。  なんとなく座り心地の悪い沈黙が場を支配していた。かりかりかりかりとアーキィが筆を走 らせる音だけが小さく響く。ハロウドは叱られた子供のような顔で蝋燭の炎を見つめ、皇七郎 はぐでーと身体を倒して顔を机に載せた。 「……寝ます?」 「……眠いかね?」 「……全然」 「……私もだよ」 「よし、終わった」  不毛な会話を遮るようにして言い、アーキィがばたんと手帳を閉じた。筆を布で包み、手帳 は胸ポケットへと仕舞う。その様を横目で見遣りつつハロウドが言う。 「手記は――日記は書き終わったかね」 「ああ、書き終わった」 「つまり、暇になったと」  皇七郎がさくっと言うと、筆をしまいかけていた手が止まった。ようするに図星だったらし い。「その通りだ」とアーキィは答え、ため息を吐いた。  ハロウドと、皇七郎も、同じようにため息を吐いた。  三つのため息が空中で混ざり、高くもない天井にぶつかる前に消えた。  そのまま、時間が経つこと十二秒。 「そういえば」  と話を切り出したのはアーキィだった。 「今日、面白くもくだらないものを後輩から貰ったな」  なにー?、と皇七郎が顔をあげて尋ね、ハロウドは興味深そうに座ったまま椅子を机に近づ けた。内緒話をするように、アーキィを身を乗り出す。  暗い室内、三人は机にぎりぎりまで集まって――その中心に、アーキィがそっと机にソレを 置いた。  水晶球、だった。  それ自体が力を持っているのか、水晶球は薄く紫色に輝いていた。明るくはなく、むしろ辺 りを紫で染めるような、暗い光。それでもそれは、吸い込まれてしまいそうな魅力があった。 明らかに――何らかの、「あやかし」の品だった。  ごくり、と誰が息を呑む音がする。  もったいぶったように間を置いて、アーキィが説明をする。 「『可能性幻燈球』。時の女神イナヴァと、性の罪人レイン=ノットが協力して創り上げたと いわれている」 「……どのような効果で?」  ハロウドが問い、アーキィはどこか自信ありげに答える。 「いつかどこかで行われるかもしれない性交渉を、水晶の中の時空を局地的に歪曲させること によって映り出すという――」 「ようするに、エロ覗き球かぁ」  あっさりと、アーキィの説明を、皇七郎が一言で切り捨てた。  身も蓋も底もないような言葉にアーキィが押し黙る。 『内緒』話の雰囲気は、容赦なく崩壊した。 「…………」 「…………」  あまりにも空気読めてない発言に、アーキィとハロウドがじらりと睨む。いきなりの視線に 「な、なんだよ」と皇七郎はうろたえ、『ボクは悪くないんだからね』と言わんばかりに顔を そらした。  こほん、と咳払いを一つ。 「……ともかく。そういう伝承がある水晶球で――見ての通り魔力を持っているのに、微塵も 動かない。教師に取られるのも惜しいということで、発掘した生徒が私にもってきたんだ」 「動かない、のかね?」 「ああ、何らかの特殊な条件が必要なのか――」  ハロウドの質問に答えようとしたアーキィの言葉を。 「動かないならただのゴミじゃん」  再びさっくりと、皇七郎が切り捨てた。 「…………」 「…………」  再び、沈黙。『お前は何を言っているんだ』という目線でハロウドとアーキィは皇七郎をに らみつけた。二人の友人に凝視され、皇七郎は頬を赤く染めて顔を背けた。言い過ぎた、とで も思ったのかもしれない。 「ま、話のネタとしては面白いけどさ――」  そんな照れ恥かしさを隠すように言って、皇七郎は手を伸ばした。細い指先が目指すのは、 机の上に転がっている紫色の水晶球だ。  アーキィと、ハロウドが見守る中。  ぴん、と皇七郎は《可能性幻燈球》を指で弾き――  ――夢が、堕りてきた。 ■選択肢が発生しました。夢を選んでください   一つ目の夢を見る(ジョバンニ=ベンリ×更葉=ニードレスベンチ)   二つ目の夢を見る(この選択肢は現在選択できません)   三つ目の夢を見る(ガチ=ペド×魔王ルシャナーナ)   四つ目の夢を見る(この選択肢は現在選択できません)   五つ目の夢を見る(この選択肢は現在選択できません)   六つ目の夢を見る(この選択肢は現在選択できません)   七つ目の現実を見る(すべての夢を見てください)