『ソロモン王と72人の姫たち』      ―ソロもん!?―      <第一話:夜明け>  どこまでも、どこまでも広がる本棚。  ずらりと並べられた古今東西のあらゆる書物が、一斉に僕を見つめる。  『妖蛆の秘密』『ゾ・ハール』『黒い雌鶏』『火の龍』『死霊秘法』……  どれもこれもここでしか見られない恐るべき書物達なのだろう。  しかしそこに僕の求める本は無い。  どこだ?  走る。  走り探す。  暗い奈落の図書館の中、僕は走り続ける。  どこまでも、どこまで走り続ける。  どこだ? どこにあるんだ?  焦りからか汗が滲み、動悸が速まる。  どこだ?  そして、ようやく光が見えた。  あれだ。  あれは、本だ。鍵だ。門だ。いや、もっと凄いものなんだ。  もう少しだ、もう少しで手が届く。  僕は光に向かって手を伸ばす。  手のひらを目一杯広げる。  それを、しっかりと掴むために――――  むにっ 「あん」  へ?  不意な感触に僕は夢の底から緊急帰還した。  とりあえず今までの光景というか行動が夢だということは、それが一瞬にして消え去ったと いう事実から判断が出来る。それは確かなはずだ。  じゃあ、この夢の内容とはかけ離れた奇妙な右手の感触の正体は一体何なのだろうか?   「んもう、いけませんよソロモン様、こんな朝っぱらから……でも、ソロモン様が求めるんじゃ仕方有りませんよね……」  なんの話でしょうか?  というか 「どうしてここに居るんですか、フェニクさん?」  僕の寝起きで上がりきらないテンションのため静かにせざるを得ない問いかけに、美しい羽を持 つ彼女はその妖艶な笑顔を持って応えた。  美しい笑顔だ。しかし、騙されません。  だからなんでフェニクさんが僕のベッドで一緒に寝ているのかということをですね…… 「いけませんか?」  いや……いやいややっぱダメです。困ります。 「とか言っておいてぇ、ちゃっかり私のおっぱいを握ったままじゃないですか?」  そう言われてようやく自分の右手の掴む柔軟な半球型の物体の正体を知った。  しまったこれだったのか。  僕は慌てて手を離そうとする。 「あ! す、すいません………って、なんでそこで挟むんですか。手が抜けませんよ」 「あれ? お嫌いですかこういうの」  そう言う問題ではありません。こういう行為は困るって言ってるじゃないですか。 「そうですか……わかりました、ソロモン様がそうおっしゃるなら……」  一瞬悲しげな表情を見せるフェニクさんに、分かってはいるのだがどこか罪悪感を感じてしまう 。言い過ぎたんだろうか。 「つまり回りくどい行為は抜きで早速本番で宜しいのですね!」  流石は不死鳥、打たれ強い。いやいやそうじゃなくって! 「そうと決まればさぁさぁ! 朝の元気なこっちのソロモン様にもご挨拶を……」  ってどこに手を!? そこはダメです! ちょっといきなり、それは……!! 「な!ん!で!や!ねーーーーん!!!」  それは音、いや光だった。  少なくとも人間が感知できる域の動きでは無かった。  僕が気づいたとき既にフェニクさんの姿は目の前には無く、金色のハリセンを持つ褐色少女がド ンとそこに立っていた。 「だぁかぁらぁ……なんべんお前は言ーたら分かるんや! そないな色目ばっかり使うてソロ坊 を困らすなっちゅうてんねん! ドタマかち割るぞ!」  ガンガンと響く関西弁の怒声  見れば、壁にめり込むほど吹き飛ばされたフェニクさんが……合掌。 「あのぉ、おはよう御座いますバーティさん」 「ん、おはよーさんソロ坊! なんやエライ目に遭うとったみたいやなぁ、ったくあのアマ鳥のくせ に年中発情しよってからに……」 「いや、僕の方はそんなに迷惑してないので、できればもっと穏便に……」 「あのなぁ、自分は一応ウチらマスターなんやさかい、もっと堂々としとったらええのやで?」 「はぁ……頑張ります」    どうもそういうのは苦手である。  どの姫たちも色々良くしてくれてるのだが、どうにもなかなか慣れないもので…… 「ちょっとぉイタイじゃありませんのバーティ。本当に頭が割れてしまいましたわ」  そう言って半壊した頭を抱えてフラフラとフェニクさんがやってきた。 「不死身なんやさかいええやんけ」 「不死身でもイタイもんはイタイんですわよ、ほらこの辺とかぐちゃぐちゃに」 「もう治ってきとるしええやない、ツバつけとき」 「イタっ! だからド突かないでくださいな! 今やられると色々こぼれてしまいますわよ!」  ちょっと、朝から見るにはきつすぎる描写だ……。  まだしばらく口論していそうな二人を後目に僕は寝室から抜け出した。  重い朝だ。  でも、毎日コレだと不思議と慣れてきてしまうもんである。  人間は凄い。  しかし、悪魔達はもっと凄いのだ――  僕が階段を下り広い食堂へと出ると、既に朝食の準備――や邪魔などをしている姫たちがそこ には居た。  「みなさん、おはよう御座います」  僕のその一言が引き金に一斉に言葉のラッシュが始まった。 「おう、ソロモンかおはよう。今日はわりと早かったようじゃのう」 「朝……それは復活を意味する一日、ひいては人生における再生期の象徴でもある……うーむ、 おはよう」 「おはようソロモン君! ところであの新型の目覚ましマシーンどうだった!? アタシとしては ちょっと火薬が多かったかなぁって思ってたんだけど……」 「おぃーっす! おはよーソロモンさまー! 今日も前向きにポジティブポジティブぅ〜♪」 「ふん、ようやく起きてきたか。貴様のような寝坊野郎が軍の規律を乱すのだっ!恥を知れっ!罰 として腕立て腹筋スクワット5セットずつだ!」 「お……おはよぅ……ござぃますぅ…………」 「あら、ソロモンはんおはようさん。今日もええ天気やで」 「ソロモンおっはよー! 早速私と一緒に朝風呂でもどう? いい気持ちだよー!」 「ソロモンサマオハヨウゴザイマス。キョウモアイシテイマス。ダカラ、サシテモイイデスカ?」 「み、水を……………」 「∽×☆ΛΦ#∀◎Ρο▽#∵£煤堰錙Θ!!?」    何が何だかわかりません。  全員が全員、自分本位なせいか誰も譲ろうとしてくれないようで……。  一体僕は誰の言葉に応えればいいのやら……どうしよう? 「知るかバーカ」  ……そうですね。ちょっとでもどうかしようと思った僕がバカでした。  そんなソロモン72姫達との奇妙な共同生活は、いつもこんな慌ただしい朝から始まるのだ。  あぁ、今日も大変な一日が始まるんだなぁ……はぁ、気が重い。 「気にするな」  ……………うん。  ※つづく?※