――そして、ひとつの終わりが、ひとつの始まりを告げる。  ぱちぱちぱち、と。  気の抜けた手を打ち鳴らす音が、何もない荒野に響き渡った。音を鳴らしているのはただ一人の男だというのに、不可思議 にもすべての包囲から音は聞こえてくる。周りは見晴らす限りの荒野で、男が立つ建物の残骸にはモノすらないというのに、 反響して聞こえてくるのだ。  ただし。  今、ロリ=ペドの目の前にいる男ならば、それは些細なことだ。  なにせ――男は、大魔道師なのだから。  すべてを可能にするべく人の身にして世界のあり方に触れた、神の言葉を知りうる魔法使いなのだ。それこそ、そう――何 が起きても不思議ではないとは、この男に対して使うべき言葉なのだろう。  ぱちぱちぱちと、無造作に、音を鳴らし続ける。断続的すぎて、それは拍手には聞こえなかった。  むしろどこか、あざけるような笑いにさえ聞こえた。  あざけり笑いもまた――大魔道師が、得意とするものだ。  そうして。 「…………」 「お疲れ様です、お疲れ様ですよ――勇者殿の妹さん」  ヘイ=スト  ロリ=ペド  大魔道師 は、 聖騎士 と対峙した。 「何をしに――きたのですか」  荒野に腰掛けるヘイ=ストを見上げて、ロリ=ペドは問う。身に付けた洋服が、風にたなびいた。  カイル=F=セイラムから貰った、大切な服。唯一の、聖騎士ではない、『ロリ=ペド』としての持ち物。  その服に身を包み、意思を湛えた目で、ロリ=ペドは見上げている。  その姿を。  ヘイ=ストは――嫌悪するかのように、顔をゆがめた。  いびつないびつな、笑みの形へと。 「貴方が人間の言葉をしゃべるだなんて驚きましたよ、ええ驚きましたとも。信じられない――いやいやいやいやいや、ボク としては信じたくないといったところですねぇ。あの黒い騎士さんとの戦いが、貴方にそこまで影響するとは。貴方が変わっ てしまうとは、ねえ」 「…………」 「勇者殿の人形でしかない貴方が――自由意志を持つだなんて、許されざることだと思いませんか? どこかの誰かが許した としても――そんなものは、勇者殿の、あの純粋すぎる子供のように純粋すぎる崩れそうなほどに純粋すぎる勇者どのの『邪 魔』になると、貴方は思いませんか? ねえ――妹さん。ねえ、黄金色の聖騎士さん?」  笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑 い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、 笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑いながら、ヘイ=ストは言う。  その笑みも、  その言葉も、  すべて、ロリ=ペドへと向けられたものだ。  人ならば死にかねない、悪意と共に。 「だから――何をしにきたのか、私は訪ねているのです」  けれど、彼女はひるまない。  今の彼女は――ひるまない。  己の正義を、見つけたから。  あの黒い旋風と戦い、そして――黒い旋風と共に戦ったロリ=ペドは、ひとつとして退かない。  にらむように、いどむように、ヘイ=ストを見上げる。  その、黄金色の瞳を受けて。 「貴方を――――――――――――――――――――――――殺そうかと思いまして」  ――勇者殿のために。あの方が、純粋であり続けるために。 「――――正義ハ此処ニ有ル!」  受けるようにロリペドが叫んだ。同時に、体の内側からはいでた黄金の光が、実像を伴ってロリ=ペドの体を覆い尽くす。  光は、正義の光だ。  黄金のトランギドールの魂が物質化し、彼女の鎧となる。  ただしそれは、『黄金色の聖騎士』の代名詞となったあの巨大な黄金鎧ではない。彼女の小さな体躯にあてはまる、彼女の 意思による、彼女のための――正義の鎧。  暁のトランギドール・ロリ=ペド・バージョン。  彼女の正義を、彼女の意思を受けて、暁のトランギドールは武器となり鎧となる。  操り人形ではなく。  自分の意思で進み始めた、彼女を助けるために。  事象龍をまとう、まごうことなき最強の存在。  最強を前にして。 『――星よ、星よ、星よ!』  最悪は笑っている。  いびつな笑みを浮かべながら、ヘイ=ストは魔法の言葉を唱える。神代言語。失われた古代の秘術。  敵が事象龍ならば。  こちらは神だと、彼は告げる。              ロリ=ペド         ヘイ=スト  黄金色の大剣を振りかぶる 最強  を目指して、空から 最悪  の放った流星が降り注ぐ――――――――          ―― カイルのディシプリン   SIDE4  ――