突発的バカSS    「奴こそはガラン・ゴヴァン」        怒号や悲鳴が飛び交い、互いに息の根を止めようと躍起になる戦場。  ある者は武勲を挙げようと突撃して返り討ち。  ある者は味方の流れ矢に打ち抜かれて最後を迎え。  またある者は範囲魔法に巻き込まれて無残な最期を。  かと思えば咄嗟に突き出した剣が相手を仕留め、それがきっかけで戦況が変化したり。  そんなことが人間相手だろうが、魔物相手だろうが変わる事無く、しょっちゅう起きているのだ。  そして今、一人の男が砦の二階から見据える戦場も、そんな感じで動いていた。  相手は魔物の軍隊。冥界から蘇った亡者どもが列を無し、生ある人間達を葬らんといきまいていた。  状況は此方の劣勢。このままではいずれ押し切られてしまうだろう。  厄介なのは敵の前線で活躍している、小型のドラゴン・ゾンビだろう。  瘴気や毒霧を吐き出すことこそできてはいないが、それでもあの爪や牙、骨による物理的なダメージは大きい。  いくら小さくとも、龍は龍なのだ。  「これは我が出る必要がありそうだ」  男は顎鬚を撫でながら呟き、戦場に背を向ける。  見れば、既に扉の前には妻と娘がおり、男の纏う鎧が容易してあった。  「参りましょうか、あなた」  最愛の妻は東方の楽器を携え、柔和な笑みを浮かべている。  そんな妻の姿を見て、彼は必ず笑って言うのだ。  「やはりお前は、我などには勿体無い」  「だったら母様を大切にしないとね、父様」  娘の言葉を聞き、心の底から笑いながら男は鎧を着込む。  男の鎧は東方拵えだが、男は東方の出身ではない。  それなのに何故彼がこの鎧を持ち、着込んでいるのかと問われれば、この鎧は東方に修行へ行った際に貰い受けた物だからだ。  最愛の伴侶に、性格にはその家に認められた証として貰い受けた家宝の鎧。  この鎧を着る度に、男の気持ちは引き締まるのだ。  「兜を頼む」  東方の怪物である鬼を模した装飾の施された兜。  男は妻にこの兜の帯を締めてもらえる事が、堪らなく幸せだった。  「では、頑張りましょう」  背中に妻の重みを感じ、男は密かに思うのだ。  ―何としてでも、守りきる、と。  娘の見送りを受けながら、男は戦場へと向かっていく。  愛する家族を、大切な兵士達を守る為に。  鉄球をその手に携えて。      ※      「くそ、ここまでか……」  戦場の最前線を守っていた戦士の口から、そんな弱音が漏れた。  そのことに気付いた彼は自身に向けて舌打ちすると、すぐに表情を締め直す。  このままでは持たないと解かっている。  だが、だからと言って副隊長たる自分が弱音を吐いて良いという訳ではない。  むしろ、副隊長たる自分だからこそ、こんな弱音は吐くべきではないのだ。  槍の柄を握りなおし、盾を構えて彼は叫んだ「死力を尽せ」と。  そして自ら先陣を切って、魔物の軍勢に特攻をかけようとした、まさにその時。  どこか場違いな、楽器の音色が聞こえてきたのだ。    ―ベン、ベン、ベベベベベベベ、ベベン  ―ベベベベ、ベベン。ベンベンベン、ベベベベベン  ―ベン、ベン、ベベベベベベベ、ベベン  ―ベベベベ、ベベン。ベンベンベン、ベベベベベン    玄が奏でる独特の音色は、まるで何かのテーマソングであるかのように、一定のリズムを繰り返していた。  その音色を聞いた物は皆、期待と希望の入り混じった表情でそれぞれの武器を強く握り直した。  彼等は知っている。この音色を響き渡らせながら現れる者を。  彼等は待っている。この音色を奏でながら敵を叩き潰していく者を。  彼等は呼んでいる。この音色の主を、己が仕える存在を。  「遠き者は声に聞け、近きものはしかと見よ!」  戦場に響き渡る大音声の名乗りが、前線で戦う者に活気を与える。  「我が出で立ちを、この鉄球を恐れぬのなら、死にたい奴から前に出ぇいっ!!」  副隊長の体に力が漲り、心に炎が入る。  この人とならば、自分は何処までも戦える―そんな気分になっていた。  「冥土の土産に教えてやろう、我が名は―」  男はこの戦場全体に響き渡るのではないか、と思えるほどの声量で、己の名前を叫ぶ。    「「「ガラン・ゴヴァン!!!」」」    ―ベン、ベン、ベン、ベンベンベンベンベンベンベンベンベン、ベベンッ    「っ隊長に、続けぇえぇぇぇぇええぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」  副隊長が負けじと叫び、自ら先陣を切って突撃していく。  だが、その内に在るのは先ほどまでのような捨て身の感情ではない。  負けるか、と思う気持ち。熱い感情。それ即ち、闘士!  劣勢に立たされていた筈の戦士達が、隊長―ガラン・ゴヴァンの名乗りを皮切りに魔物の軍勢を押していく。  先ほどまでとは全く別人のような動きで、戦士達は一体ずつ、確実に魔物を仕留めていく。  その光景を眺めていたゴヴァンは満足そうに頷いていたが、  「何を満足そうに頷いてらっしゃるの」  「お、おお、すまんすまん。つい」  背負った妻からの小言で我に返り、ゴヴァンも前線へと駆けていく。  そう、先ほどの玄の音色は彼が背負った妻が奏でていたものなのだ。  これだけでも充分驚きに値するのだが、この奥さん、今までにかすり傷すら負っていないのである。      ※      「ふはっははははははははははははは!!脆い、脆すぎるぞ貴様等っ!!」  愛用の鉄球を存分に振り回し、ゴヴァンが咆哮する。  ツッコミどころが多くとも、隊長を任されるだけの男。  その強さは折り紙付きだった。  「カルシウムが不足しておるわっ!!牛乳をガロン単位で飲んでから出直してこいっ」  ぶん、と風を切って鉄球が振るわれ、前方から突撃してきたゴブリンの頭蓋を砕く。  そのまま薙ぎ払うように横に振り、フラッシュハウンドの横腹に叩きつけて吹き飛ばす。  立ち振る舞いと同じように、実に豪快な戦い方だった。  潰し、飛ばし、砕く。幾多の戦場を共に駆け抜けてきた鉄球が唸りをあげ、近寄る敵を一掃する。  彼の周囲一メートル内に敵の姿はない。  それこそが彼の強さの象徴であり、絶対の防衛線なのだ。  「どうした、我の首が欲しくは無いのか」  呟き、じり、と一歩を踏み出せば、魔物達が本能的に怯んで一歩を下がる。  「怖いか」  ゴヴァンも知っている、己の姿は、向こうから見ればまさしく鬼として映っているのだという事を。  故に、それを最大限に利用し、さらに鉄球を血に濡らす。  「ならば退け。怖いならば退いてしまえ。そんな半端な覚悟で、この場に立つな!」  再び振るわれた鉄球がぼんやりと浮遊していたガードモノリスを打ち砕いた。  それを皮切りに、戦意を喪失した魔物達が逃げてゆく。  その様子を見ながら、ゴヴァンはこれでいいと思っていた。  ―命を奪うのは、必要最小限で充分だ。  そんな事を考えていたからか、ほんの一瞬だけ気が緩んだ。  その隙を突いてオヤジに跨った騎士―オヤジナイトが背後から襲い掛かってきたのだ。  「むうっ!」  僅かに反応が遅れたゴヴァンを、彼が背負った妻ごとオヤジナイトの剣が貫こうとしていた。  だが―その剣は届く事なく、オヤジナイトの跨るオヤジの腹に一筋の軌跡が走り、騎士の剣が止められた。  「戦の最中に気を抜いてはいけませんよ、あなた」  ゴヴァンに背負われた妻が、彼の方を振り向いて微笑する。  その手に握られているのは柄のない抜き身の刀。  だがその刀身は短く、おおよそ実戦には向きそうもない物だったが、それでも彼女は平然と騎士の剣を受け止め、押し返している。  「すまん―」  ゴヴァンが謝るのと、妻が騎士の剣を弾くのはほぼ同時。  「少々、気抜けしていた!!」  己の身に気合を入れなおすように咆哮し、振り返りながら鉄球を真横に振った。  それは弾かれた騎士と腹部を裂かれたオヤジに直撃し、まとめて左側へと吹き飛ばす。  オヤジは腹部を裂かれ、臓物が零れていた。騎士は鉄球で腹部の鎧を、その内側の骨を砕かれた。  もう戦う事はできないだろう。  「あなたは、少々優しすぎます」  短刀を楽器に納めながら、背負った妻が言う。  「いや、違う。傲慢なだけだ」  出来れば命は奪いたくないと思いながら、結局は鉄球に血を吸わせているのだから。  「仕方ありません。時代ですから」  「お前は強いな」  「冷たいだけです。ですから、あなたのような温もりを持つ人を失うのが怖いのです。 あなたがいなくなったら、きっと私は氷のように冷たくなりますから」  「……そう、か」  ならば、と心の中で呟き、彼は再び鉄球を振るう。  ―尚更死ぬ訳にはいくまい!  「うぉおおおおおおおぉぉぉおおおおぉぉぉぉおおおおおおぉぉぁぁああぁああぁぁぁ!!!!」  気合の咆哮と共に振るわれる鉄球が、魔物の命を奪っていく。  己と家族が、そして部隊の仲間が生き残るために。  すまないと思いながら、自分が死んだら好きにしてくれと願いながら、あの世で会ったらどんなことでもされようと思いながら。  鉄球は嵐の如く周囲を圧倒し吹き飛ばし打撃し円を作る。  なんびとをも通さぬ鉄壁の円。完全なる聖域。  気迫に圧倒された魔物は逃げた。襲い掛かるのは真に戦う意思ある者だけ。  ならばその命、喜んでもらいうけよう。生きた証を我が心に、この鉄球に刻んでやろうと心で叫びながら、ゴヴァンは鉄球を振るい続ける。  「来たか本命!」  襲い掛かってくる魔物達をなぎ倒していると、不意に前方の道が空いた。  魔物達の花道を通って此方へと向かってくるのはやや大型のドラゴン・ゾンビ。  あまりにも真っ直ぐに突進してくるその姿を見て、だが彼は避けようとしない。  「真っ向から―受けて立つ!!」  ゴヴァンは鉄球を手繰り寄せ、頭上で振り回し始めた。  何かを溜めるような鉄球の高速回転は止まらない。  ドラゴン・ゾンビが角を前方に突き出し、加速して此方へと向かってくる。  「我が奥義を受けること、光栄に思えっ」  鉄球を大きく後ろに引き、直線的に撃ち出すように素早く振るった。  「剛・弾・球・撃!!」  その勢いは弾丸の如く。  撃ち出された鉄球にドラゴン・ゾンビの角がぶち当たり、砕けた。  鉄球の勢いは止まることなく、ドラゴン・ゾンビの顔が砕けていく。  自らを投げ出し、差し出すように突き進み、その身が次第に消えていく。  後に残るのは骨の欠片。ドラゴン・ゾンビが存在していたという証のみだ。  「次はどいつだっ!!」  切り札であったドラゴン・ゾンビを粉砕された魔物達が、その言葉を聞いて逃げていく。  「……終わった、か」  ゴヴァンが構えを解いた時には、魔物の姿は見えなくなっていた。  「お疲れ様でした、あなた」  背負った妻から労いの言葉がかけられて、ゴヴァンは大きく息を吐く。  じきに副隊長も、部隊の仲間も戻ってくる事だろう。  そうして夜になったら、労いと弔いの酒宴でも開こう―  そんな事を考えながら、落ちつつある陽を眺めていた。            ―了