するするする、とどん帳あがり。  ぱちぱちぱち、と拍手が鳴って。 「やっちーお姉さんと!」 「なっちーの……」  ぱっと、スポットライトが瞬いて。 『『RPG百周年嘘企画、人気場面ベスト10!』  ――嘘企画が、始まった。  スポットライトに照らされた舞台の上には、二人の少女が立っていた。いや――それを二人 といってしまうには、いささか語弊があるのかもしれない。  一人は確かに少女だ。黒いゴスロリ服に身を包み、陰鬱な表情で集まった客たちを見つめて いる。どうみても今から出し物の進行をやる顔には見えない。むしろ家に還りたがっているよ うにも見えるが――それが彼女、八神 那智の地顔であるから仕方がない。  常に『さっさと家還りたいなあ』とか思ってるという説もあるが、気にしてはいけない。  問題はもう一人の少女だった。那智の横に立つ少女は、随分と背が低い。小学六年生である 那智よりも背が低いということは、幼稚園か何かか――と思われてしまうだろうが、もちろん 違う。那智の実の姉にして双子の姉妹、八神 夜智だ。可愛らしい双子の姉妹、と言い切れな いところに問題がある。  まず、触手が生えている。  次に、でっかい一つ目しかない。  更には、体がすべてピンク色だった。  総合的に言えば、巨大ないそぎんちゃくである。  妹の黒魔術の影響でそんな化物――もといファンシーキャラになってしまった体なのだが、 夜智本人は大して気にしていない。むしろうねうねうねうねと蠢く触手を見るたびに、妹であ る那智の方がげんなりしてくるほどだ。その辺りの裏話は山のようにあるし、個人的には夜智 の体の仕組みには興味をそそられるのだが、今宵は閑話休題とさせてもらう。彼女たちはあく までも進行役なのだから。  招待客と主催者は他にいる、というわけだ。  那智と夜智の姉妹による進行は続く。 「えー、というわけでー」 「何がというわけよ、始まったばかりじゃない」 「那智ちゃんは揚げ足をとらないのー! お姉ちゃん怒るよー?」 「あー怒ったらすごい壊そうねー。目とか。触手とか」 「でしょう?」  うふふ、と夜智は笑った。それが笑ったと分かったのはごく一部だけで、ほとんどの人は捕 食行動の前ぶりにしか見えなかっただろう。なんとも奇異なる動作だ。  妹である那智にはそれが分かったのだろう。なんともいえず引き攣った笑いを浮かべていた 。 「で、進行進行」 「そうね那智ちゃんっ! えっとね――複数人のとしあきさんがつくった、RPG世界観作品群 がついに百年を迎えたの!」 「わー」  ぱちぱち、とやる気のなさそうな那智の拍手。それに相反するかのように、会場からは猛烈 な拍手が巻き起こった。「どうもどうもー!」と夜智はほがらかに答える。この姉妹、本当に 実の姉妹なのだろうかと思えるくらいの違いだった。 「それを記念して、絵師あきさん、SSあきさん、設定あきさん、妄想あきさんたちの共同妄想 戦記『大戦』から、読者が選ぶベストシーンを10個厳選しちゃうって企画ですっ!」  再び大歓声。会場を揺らすような歓声に那智が片耳を塞ぎ、 「……いつそんな投票とったの?」 「しちゃうって企画ですっ!」 「いや、姉さん――」 「しちゃったのですっ!」  完全無視である。中々いい根性をしているのかもしれない、姉の方が。  妹君である那智はしばらくひきつった笑みを浮かべていたが――やがて、諦めたように肩を 落とした。そうそう、人生、諦めたが大切だ。諦めないことは、もっと大切だが。 「それでは、さっそく十位から行ってみよう――!」 「はいはい。えっと、十位は――」  ふ、と。  会場内の、明かりが消えた――いや、一箇所だけ明かりが残っている。壇上の置くからつる されたスクリーンにのみ、蒼白い光がともされている。そこに、『ベストシーン』が映し出さ れるのだろう。今は画像はなく、ただ赤い文字が浮かんでいるだけだった。  そこには、こう書かれている。 「――永遠の終わり」          †  永遠の終わり   †  音はなかった。光すらも。気配も何もなかった。そこにいた誰もが、ことの始まりから終わ りまでを看取ることしかできなかった。いまや大陸東部を占める解放軍で知らぬものなき最強 の騎士、カイル=F=セイラムとてそれは同じだった。  見ることしか、できなかった。  それでも十分に神業だったのだろう。全ては光よりも早く終わり、目に見えるどころか写る ことすらなかったのだから。それを見取ったというだけで、カイルという男は賞賛に値するは ずだ。黒き旋風と呼ばれる、速きを尊ぶ騎士。  そのカイルよりも。  ジュバ=リマインダス一太刀は――はるかに速かった。 「な――ぜ――?」  がくりと――膝を折ったのは、遠くからその決着を見下ろしていたカイルでも、剣を振った でもない。  西の聖女、クリス=アルクだ。  魔剣ビスティではない。クリス=アルク。魔の剣は、ジュバと共闘をした『構えずの』スエ イによって折られている。今そこにいるのは、ただの一人の女だ。  夢を追いかけ、世界の半分を手にした、独りの女だ。  そのクリスの背からは――深々と、長剣クレイモアが生えている。ジュバが腹部より刺し貫 いたそれが、急所を貫きながら反対側へと飛び出したのだ。痛みどころか、既に感覚すらも失 われているだろう。  クリス=アルクは地に膝をつく。彼女の前に立つものは、全て跪いてきた。その彼女が―― 最大の敵であるジュバの前に、遂に――終に、膝をついた。   決着は、明白だった。  だというのに。 「何故も糞もない」  ジュバの顔にあるのは、勝利の喜びではなかった。戦いの終わりへの安堵でもなかった。  悔やんでも悔やみきれない――悔恨の眼差しだった。 「お前は負けた。それだけだ」 「私、私が――私は……」  ぼたぼたと、ぼたぼたぼたと、貫かれた腹部から血が零れ落ちる。滴るどころではない。塊 となった血が地面に落ち、跳ねる。その血をクリスはすくい取ろうとした。泥たまりのように なったそこに手を差し入れ、瞬く間に手が血に染まる。  それでも、血は戻らない。  滅び行く西国が――もう、戻りはしないように。 「主よ……どうして、此処へいらしてくれないの、ですか……私の、私の剣は……」 「お前の剣は折れた。いや――自分で折っただろうが」  ジュバは剣から手を離さない。そして、振りもしない。とどめをさすことも離れることもし ない。間近で、崩れるビスティを見下ろしたまま、身動ぎもしない。  最後の姿を、目にやきつけるかのように。  その決着を見届けたカイルと――そして、剣を構えることなく柱に背を預ける『構えずの』 スエイもまた、動かない。袈裟懸けに大きな傷が走り、急所を貫くような大穴が開いていると いうのに――動かない。死すことすら拒み、クリスとジュバを眇めている。  最後に。  最後に残ったのは、二人だけなのだから。  クリスの側に、最後の最後までいたのは――スエイなのだから。 「国は滅び、剣は折れた。仕えるべき魔も、天も、もうない。もう、お前は終わりだ――クリ ス」  ジュバが顔を伏せる。彼が今、どのような表情をしているのかは――ジュバごしに空を仰ぐ クリスにしか見えないだろう。 「私は……、」  クリスは、いいかけて。  ――血を、吐いた。  喉元をおさえる間もなかった。激しくむせながら、噴水のように血を吐いた。器官が破れ、 肺腑にまで血が上っているのだろう。呼吸をするように血を吐き、噴き出た血が返り血のよう にジュバ=リマインダスの姿を濡らした。  ジュバは、避けない。  降りかかる血を――全て、その体で受け止める。  ごほ、ごほ、と咳き込んだのち、口元の血を拭うことなく、クリスは空を見上げて――言葉 を続けた。 「私は……どうして、こんなことをしたのでしょう……?」 「…………」  その問いに。  答えられるものなど――いるはずもなかった。 「西国の、片田舎で……生まれて……農家の娘、とし、て……嫁にでも、いくはずだったのに ……」  口の端からだらだらと血を吐きながら。  虚ろな瞳で見上げながら。  それでも、クリスは喋るのを止めようとはしない。 「ひょっとしたら……その方が、幸せだったのかも、……しれない、わね……本当、に……ど う、し、て……」 「……知るかよ、そんなの」  囁くようにジュバが返す。小さすぎるその声は、クリスにしか聞こえなかっただろう。   それでも、かまわなかった。  ジュバは、クリスにのみ聞かせるつもりで、語る。  今生の別れの言葉を。 「そそのかされたとしても――お前が決めて、お前がやったことだろう」  東と西。  遠く離れた隣国。同盟国家で敵同士。  そんな国家同士で――『一』を保ち続けてきた、男と女は。  最後の言葉を、交し合う。 「……ええ」  血に塗れた顔で、クリスは満足そうに頷いた。  口端に浮かぶのは、確かな微笑みだ。  血塗れの笑み。  アルカイック・スマイル。  その笑みを、何と呼ぶのか、ジュバは知らない。  それでも。  それでも――その笑みは。  彼が見てきた女性たちの中で、最も美しい笑みだった。 「後悔なんて……するはず、ないわ……楽しかったわ。本当に……ねえ、ジュバ?」 「……ああ」  嘘も偽りもなく。  ジュバは、頷いた。  これを――  この大戦を、この大祭を、楽しくないといえば嘘になる。敵も味方も入り混じり、誰が敵か 味方か分からなくなるほどに、意地も誇りも積み上げて、持てる知力と力を注ぎ。  命を奪って、奪われた。  不謹慎だと――ジュバは思う。戦争など起きてはいけないと。  同時に、思うのだ。  この闘争は楽しかったと。  人間としてではない。戦う獣としてのジュバは思うのだ。  ――楽しかった。  西国最強――構えずのスエイ。  戦場を貫く光――エルネスト・レイン。  鉄の女王――ロゼッタ・ハーミット。  神意――イル=ヘンストック。  ゴスペル――ディバイン=クァイト  殉教死――イザナ=ロンドロール。  銀陽の魔刃――XXXXX。  そして、クリス=アルクと、魔剣ビスティ。  楽しくなかったといえば、嘘になる。どいつもこいつも癖だらけの狂い者で、世界を得よう などという発狂した考えを本気で実行に移した。  魔人に魅入られたものとして。  そして――  その果てに――    魔人すら使役する、真の『西国』と――魔剣ビスティではなく、クリス=アルクと戦った。  その闘争を、楽しくないといえば――この戦に加わった全てのものに、嘘をつくことになる 。 「……楽しかったさ、俺も」 「でしょう……?」  うふふ、とクリスは年頃の少女のような、無邪気な笑みを浮かべた。 「それに……」  そして。  彼女は――手を伸ばした。  血塗れの腕を、天へと。  剣を持たないその手を、ジュバ=リマインダスへと、伸ばした。  指先がジュバの胸板に触れるか触れないかというところで、手は止まった。震える手は、そ れ以上すすまない。力が入らないのか、徐々に、指先が落ちてく。  それでも、ビスティは満足げに言葉を紡ぐ。 「それに……貴方と合えたのだもの、ジュバ=リマインダス……最高の敵で、……最高の男」  満足そうな――その言葉に。 「――ああ、お前も最高の敵で、最高の女だったよ」  ジュバ=リマインダスは、血にぬれたクリス=アルクの体を抱きしめた。 「あ……」  抱きすくめられたクリスの口から漏れたのは、もはや声ではなく吐息だった。それでも、そ の吐息をジュバは耳元で感じた。命の証。そして、命が失われていく証を。  触れ合うクリスの体は冷たく、体に触れる血だけが火をもったように熱い。  ――最高の抱き心地だ。  そう思いながら、ジュバは、抱きしめたクリスに耳元で囁く。 「クリス。迷わずいけ。俺だって――すぐに逝くさ。向こうであったら無理矢理にでも抱かせ てもらうぜ」 「ああ――」  吐息ではなく。  最後の力を振り絞ったかのように、感嘆の声で。 「初めて――名前を呼んでくれましたね」  かつて農民だった少女は。  かつて聖女だった女は。  天を仰いだまま――息を、果てた。   偽りの天ではなく。  はるかに遠い青い空を、ジュバに抱きしめられたまま見上げて――満足そうな、笑みを浮か べながら。  ここに、西国戦争は、終わりを迎えた。              †   †   † 「……団長さん格好いいねー」 「姉さん、何気にミーハー……」  上映が終わると同時に拍手が巻き起こり、マイクをつかんだ姉妹が再び解説を始めた。会場 の一角――主に西国勢が――死んだのではなかったのか?――が集まるあたりからは猛烈な泣き声 や笑い声が聞こえてくる。 「えーとですね、ただいまのシーンを解説いたしますと」  ハンカチで涙を拭っていた夜智が気を取り直して、会場に向かって解説を始めた。 「舞台は2200年代。細かい数字は秘密――というか未定だそうですっ!」 「ダメじゃない」 「そういうことは思ってても言っただめよ那智ちゃん!」 「はいはい。それから続きは?」 「続き続きね――場所は旧西国領。えっと、一度『西国』が滅びて、蘇ったあとのお話みたい 」 「『魔人に乗っ取られていた戦士が正気を取り戻し、死ぬための戦いを始めたのが「西国戦争 」である』。カンニングペーパーって便利ね」 「普段のテストで使っちゃダメよ那智ちゃん!」 「使うも何も……学校いってないわよ」 「…………」 「…………」  微妙な沈黙。  こほん、と誰かが咳払いを一つ。 「ええええっとえっとね、なんでも、この未来は確定じゃなくて、他の場面もいっぱいあるん だって!」 「え? そうなの?」 「そうなの」 「たとえば?」 「んー……例えばね、今回のはジュバさんとクリスさんがメインだったけど……『2270年、ロ ンドニアとの戦争中における『構えずのスエイ』の選択により、魔同盟が介入してきて西国は 消滅する』んだって」 「消滅……物騒ね」 「危ないねっ。あ、でもこれこれ、『その場合、クリスとスエイの間に生まれた子供が――』」  ひゅーん、と。  遠くから跳んできた十字架が、言いかけた夜智の脳天――どの辺りに脳があるのかはさすが に分かりづらいが――に直撃した。巨大な一つ目がくらくらと揺れる。  見れば、西国勢の中に、顔を真っ赤にしたクリスと、そっぽを向くスエイの姿があった。そ の周りの人間は彼らを揶揄するかのように笑っている。  合唱、と言わせてもらおう。  眼を回す夜智を横目で見ながら、妹の那智が、 「じゃ、次九位ね」  あっさりと云った。なんとも無常である。 「次は、第九位――『たった一つの冴えたやり方』