銀龍は飛んでいた。また飛んでいた。  この前全力で飛んだ時から一週間近く空いたとはいえ――それも移動だったし――シャ ルヴィルトはいい加減疲れていた。  今彼女の上に居るのは二人だけ。ディーンは居らず、ジャックスと『男』だけだ。  『男』はいつもの通りだし、ジャックスも何かないと喋りださないので、シャルヴィル トが二人を乗せてロンドニア王都を発ってからは酷く静かだった。  だから余計、疲れがずっしりと来る。  だがそれももうすぐ終わりだ。フラティン城はすぐそこだ。  雲を抜けて、そして―― 「え」  そこでシャルヴィルトの疲れは吹き飛んだ。  フラティン城を十二の旗が取り囲んでいる。波のごとき兵が取り囲んでいる。  旗は全て皇国軍団のものであった。  皇国十二軍全軍が、そこに居た。             before "ZERO" Fake-07             リバースフォーティーン 「マジか…………」  フラティン城に居残りだったあのキルツは絶句していた。いや城内の者で絶句していな い者など居る筈がないではないか。  眼前はひたすらに皇国軍皇国軍皇国軍である。 「落ち着け!で、君」 「な、なんだよ!」  門前に立つ凛々しい顔立ちの男の声で、キルツは我に返った。 「いや、だから……城門開けていただけるかな?」  その口調はしごくのんびりしていて深刻さがない。友人に「ガム食うかい?」と言う程 の安易さで、降伏を迫る。  キルツはめまいを覚えた。 「い、一体、一体なんなんだ……」 「何って私は皇国第二軍の長であるハインラインという者だが……」 「……いやそういう事じゃあなく」  とりあえず、どうしていいか分からずキルツは振り返った。現在城を預かるのはティー ダ=ロウギュストである。指示を仰ぐ必要があった。  自分でなくて良かったなと心底思う。  だが振り向いた先、ティーダの、その向こうに見える灯にキルツは素っ頓狂な声を上げ た。 「はあ?」  飛びこんできたのは眩しいばかりの朱色だった。燃えるような炎だった。 「原初のヴァーミリオン……」  名を呼ぶ。事象の龍の名を。つまりは神の如き者の名を。  火を表し……そして文明の創造とその破壊を司る龍。はじまりとおわりを永遠に繰り返 す円環。  それが、居た。  全身が総毛立つ。それは人の手に負える者ではない。いや魔ですらだ。それがキルツの 眼前で無形の翼を広げんとしている。  広がりゆくうちに、その身の前方へと炎が巻き起こっていく。 「やめ――――」  その言葉は、哄笑に遮られた。 「ひゃははははははははははははははははははははははははははははははははははははは はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは はははははは!!」  ざわつく城の周囲に、しかしその声は何よりも大きく響いた。  構わず放たれたヴァーミリオンの火は人の波に届く前に止まった。あたかも壁に当たっ たかのように。そしてそこには壁の代わりに一人の男が立っている。  その男が居る限り、人類は勝利する。  擦り切れた金色のそれは『勇者』と言う。 「勇者だ」 「ガチ=ペド……」  ようやくキルツの周りからも声が漏れ始め、炎の前に立ち視線を集めるその男はまた狂 笑した。 「く、ひゃはははははっ!なんだよ、いつもは一番腰が重い癖に今回は早ぇじゃねえか… …なあ?」  前に出した片腕で炎を止めながら、勇者は視線を横へ流した。  いつのまにかそこには黒衣の剣士が一人立っていて。  そのはるか後ろで暗雲より灰色の龍が顔を覗かせていた。  深く紫煙を吐くと、その剣士は疲れたように零す。 「ケッ……好きで飛び回ってるわけじゃねえんだよ俺だってよ……」 「ならもう止めにしましょうよ」  横合いから老いた声。知る人ならば知る、老冒険者ウォル=ピッドペッカーが、奇妙な 白い剣を持つ白衣の男と立っている。  気付いたキルツもそちらを見た。とはいえ彼はそれらを知らぬようで、眉根を寄せるに 留まる。まあそもそも、聖教会の主神扱いである原初ではあるまいし一般人が事象龍を見 て一発で分かる方が特殊ではあるのだが。 「……永久き灰色とその代行……向こうはウォルヤファの残滓に白雷の剣士か……」  だから、後ろの方で少女の声がして、やっとそれが何か判ったのだった。 「……ってお前等は……確かジャックスと……」  龍に驚く前にキルツは振り帰った。先にいる銀の少女、鉄色の鎧、無色の男を認めてふ らふらと歩み寄る。 「……?誰です?」 「おやキルツ殿か。ああ以前ここで喋った人であるよ」  ジャックスの言葉に興味なさ気に頷くと、シャルヴィルトは前を向いて続けた。 「レギナブラーフにインペランサ・オリュドライザーまで……」  少女が見る先には黒い三首龍が空より下りてきているのが見えた。その下には海のごと く蒼い龍と、大地のごとく巨大な四足の獣もいる。  シャルヴィルトを横目に、キルツは眼を細めるしか出来ない。もはやそれは理解を超え た事態であった。  一息吸って、言葉を吐く。 「なあ、アレって事象龍だよな?お前なんか詳しいみたいだが……」 『ヒクィワス全軍 29552名参陣!』 『東国騎士団 1223名参陣!』 『西国騎士団 5419名参陣!』 『王国連合『連合大憲章』兵団 51480名参陣!」  今度キルツの声を遮ったのは怒号だった。  砂漠の向こうに、城の周囲にも劣らぬほどの人の波があった。  その波の前の方で黒い騎士が嘆息する。 「一体なんだってこんなことに……」 「カイル。聖騎士が態度を緩めるなよ」 「あ、す、すいませんジャガさん……」  『紫煙の真芯』(パープルハート)に笑われて『黒の旋風』(ブラックゲイル)が肩を 竦める。煙を吐く蒸機大剣を肩に担いだまま、仮面のジャガが大仰に振りかえった。 「しかしそうだな。なんだって、って……いつかはこうなる運命だったのだろうよ。まあ 本来は私とお前たちが敵になる頃だったのだろうが……とにかく、来たようだ」 「来た、って……?え?」 「ヤツら、相変わらずいい動きをしているな」  その視線につられてカイルも後ろを見た。居並ぶ兵で見づらいが、その向こう、地平線 の彼方に何かがある。何かがこちらへ突き進んでくる。  それは船だった。  どでかい、船だった。 「いやー、弱ったなー、うん。はははは」  その船の船首で砂色の髪の男が呑気な笑い声を上げている。彼がちらと視線を更に後ろ へやれば、怒濤の勢いで黒い鋼が船の尻に食いついている。 「弱ったじゃないよ弱ったじゃ。どう見ても破天帝国の機械兵じゃないかジャン君。しか し凄いな、凄いと思わないかね皇七郎君。以前私が訪れて調べた限りでは彼らは生体と殆 ど変わらない機関を備えているんだよ。違うのは金属で出来ている事と、血液が水銀だっ てぐらいのものだと思うね。そう考えると彼等は本当に普通の生物と変わりがないわけで、 生物の定義というものを根本的に考え直す必要があるのかもしれない。君が以前言ってい た『知性』の話に関連するかな。しかし私としてはそう言うよりは『意識』のようなもの を考えているんだがね。だってそうだろう、知性では昆虫や植物といったものは含まれな い事になると思うが、しかし彼らとて……」 「機械が生物ってのはどうでしょうね。僕としては受け入れがたい説ですよ。あくまで彼 等は兵器じゃないですか?自立的に動くってのは機工アカデミーのサンプルだって動くわ けですから、本質的にどう違うっていうんです?」 「あぁ……紅茶が美味い……」  ジャンと呼ばれた男と、おっさんと少年とおっさんな三人を乗せた船はひたすら走る。  そのうち後ろを追いすがる黒金たちがじょじょに距離を開いていった。 「どうだい。やっぱりこっちの方が速いでしょう」 「いや前を見てくれないと連合兵のケツに突っ込むんだけども」 「おっと危ない」  急ブレーキをかけてジャンの渡砂艦は止まった。巻き込まれそうになった近くの兵達が 悲鳴をあげて散って行く。 「ジャン=H=サウスバーグか……面白い」 「……お、その声は、久しぶりだね」  兵士がわらわら走っていくのをニヤニヤ見ていた青年の真上から、巨大な声が振った。 耳を指で塞ぎながらジャンが虚空を見上げる。 「黒雲星羅轟天尊……!」  ジャンの声に応えるかのごとく、叫びにも似た音が響いた。雲の中から……否、雲に四 ツの眼が光る。真っ赤に染まっていく雲の中から、巨大な武者が姿を現した。  その巨大さは、連合兵団と皇国軍の人波を超えたフラティン城からそれを見るキルツら にもその指の一本が見分けられる程だ。 「…………でかいな」 「前もそんな事言ってなかったか?」  城門の上で珍しく呟いた『男』に、後ろから軽い声がかかった。いつもの、茶髪紫眼の 青年である。 「ディーン殿ではないであるか」 「ないのかあるのかどっちだよ」 「ロンドニア王都に居た筈では?」  シャルヴィルトの尤もな――だが現状では何ら意味のない――質問にディーンはニヤリ と笑って、顎で後ろを指し示した。  居並ぶ人影。 「まあ勇者はいないから二十三人だが。彼に連れてきて貰ったのさ」 「まさか、二十四時?」 「ほお、古代龍の生き残り。シャルヴィルト殿ではありませんか」  黒と黄金のローブをまとって灰髪の男が前に出た。にやにや笑うその顔には伊達メガネ がかけられている。 「貴様……ヘイ……」 「トイ=ヘス、ですよ。シャルヴィルト殿。杖の十二時、トイ=ヘス」  白々しい、とシャルヴィルトは口に出さなかった。一度強く睨みつけ。そして顔を逸ら す。  トイ=ヘスはそれを見て更ににやにや笑いを大きくしながらかぶりをふった。 「しかし本当に大変な事になってきました」  ぼーっとしていたキルツが視線を戻せば、天尊だけではない。魔同盟の魔王・魔人がず らりと勢ぞろいしているではないか。蒼の塔すらが、そこにある。  そして東の地平全てを覆うかのような黒の塊は、いつのまにか全軍停止し展開し終わっ ていた。  誰かが口々に叫ぶ。 「アレが破天帝国……」 「バカな、東方大平原からここまであの数の軍を動かせるのか!」 「余の軍事力を見誤るなんて絶対に許さないよ」 「ホンマ破天帝国はバランスクラッシャーやな」  自軍のど真ん中ど真ん前に立つ皇帝を遥か遠くに見ながら、導師はまだニヤニヤと笑っ ている。 「いやあこうして見ますと良く分かりますねえ。人類側の兵力を殆ど集めても下手すれば 破天帝国軍の方が多いんですから。流石『皇帝』というところですかね?ねえ、勇者殿」  聞こえるわけもないがトイ=ヘスは最後にその名を呟いた。  まあ勇者も、もし大魔導師が耳元で囁いたとて聞いてはいなかっただろうが。 「感じる……ヤツのオーラを」  そう呟いて、ゆらりと横へ向いた。その先には真っ白な男が一人立っている。  『愚者』フィリア=ペドが。  その眼が、開いた。 「ガチペドよ、戦う前に一つ言っておくことがある。お前は私と戦うのに『過去の因縁』 があるとか思っているようだが……別にそんなものはない」 「何だとォ!?」 「そしてロリペドは出そこなったので最初からただのロリキャラという事にしておいた。 あとは私を倒すだけだな、フッフッフ…」 「ケ……上等だ……オレも一つ言っておくことがある。このオレが事象人類だった気がし ていたが別にそンなことはなかったぜ!」 「そうか」  全ては整った。  勇者が、皇国十二軍が、東国騎士団が、西国騎士団が、卑国軍が、王国連合憲章兵団が、 聖騎士が、事象の剣士が、二十四時が、魔王が、学者が、キルツが、ジャックスが、シャ ルヴィルトが、『男』が、ディーンが、声を揃えた。 「さぁ!いよいよここが正念場!」  同時、まばゆい光が全てを包んでいく。  『その時、24が発動した』       ご愛読ありがとうございました。としあき先生の次回作にご期待ください!!  14を逆にすると41ですね  はいお疲れ様でしたー上がりでーっす  っしたー っさまっしたー 飯いこぜー うぇーっす ごちんなっやーす                       あ、いや、ちゃんと続きは書いてますよ