■ 第16話 Jet Mystery AND Crack Attack  ■  ファーライト王国騎士団というのは、頂点に『姫君』があり、その直下に幾人かの聖騎士が いる。この聖騎士たちは国王や貴族の命令を受ける必要のない、一種の特権的な立場にいた。 そもそも『聖騎士』というのが、王国連合の切り札的な意味合いを持っていて――下手に動か せば、ファーライト以外の国にも影響を与えてしまうことになる。  ゆえに、よほどの緊急時以外には通常の『ファーライト騎士団』が動くことになっている。 これは総括の立場にこそ『姫君』がおかれているものの、実体は辺境貴族ごとに寄り合いを作 った騎士団であり――例えば『ファーライト王国北部騎士団』など――通常は農民であったり 警備兵だったりするものが、戦時には騎士団員として実数を増やすことになる。  もちろん例外もある。ファーライト中央を守るのは、戦うためだけに生き、農民や貴族とい う別の立場を持たない純然たる『騎士』もいる。聖騎士でいるのならば、カイル=F=セイラ ムはこの純粋騎士の育ちで、ソィル=L=ジェノバはファーライト王国南部騎士団の出身だっ たりする。  故に――  最初にセライトを包囲したのは、ファーライト王国西部騎士団だった。  西部騎士団副団長、レスター騎士は誰もが認める無能だった。認めていないのは本人だけだ っただろう。彼以外の全員は『アイツは生まれのよさとごますりだけでのしあがったんだ』と 噂しているが、レスターはそれが自分へのやっかみだと信じているし、副団長の位にまで昇進 したのも自分の人徳のおかげだと思っていた。  実際には噂の通り、前西部騎士団長の次男だという理由で――長男は他国へ出奔してしまっ た――副団長の位についているに過ぎない。現西部騎士団長は、レスターの親のもとで副団長 をつとめていた人間のため、レスターに強くものを言うことができなかった。副団長は彼の他 にも二人いて、自分亡き後誰が騎士団をつぐのかという悩みに日々胃を痛くしている。  そんな折に――この戦だった。  セライトを防衛していた騎士団長が、皇国軍団長であるエレム=P=エルンドラードと正々 堂々と一騎打ちして破れたことは彼らの耳にも届いていた。その勝負は非の打ち所の無い決闘 であった上に、勝者であるエレムが騎士団長を手厚く葬ったということまで、籠城された城の 中から情報が伝わってきていた。城に活気がないのも、城内に残された者が反旗を翻さないの もそれが理由らしい。  正々堂々と出鼻を挫き、城内を制圧する。城主と騎士団長をなくし、武器を奪われ――けれ ど命の保証をされ、家族の元へと返されたのならば、ほとんどの者は戦う気をなくすだろう。 それでもなお戦おうとするものは、地下牢にて軟禁されているらしい。  そこまでが、かろうじて伝わってきた情報だった。  腹立たしい――とレスターは思う。他国の売女が自分の領土に土足で踏み込んできたのが我 慢にならない。  そう思う反面で、笑いがこみ上げてくるのも確かだった。  ――これは良い機会だ。  騎士団長が死んだ今、ここで手柄を立てれば――他の副団長二人をさしおいて、自分がファ ーライト王国西部騎士団騎士団長になるのは確実だった。  だからこそ、中央や南北からの援軍をまたずに、西部騎士団だけで先に布陣をひいたのだか ら。 「レスター副騎士団長! 布陣を敷き終えましたが――」  従士の少年が、乗馬したレスターのもとへと駆け寄ってくる。煌びやかな鎧に身を纏ったレ スターとは違い、無骨な簡易鎧に身を包んでいる。幼くかわいらしい顔は元服したばかりのそ れで――そういう目的で副団長付きにしたのは明らかだった。  幸いにもまだ手を出されていない――だそうと考えていた時に皇国襲来の報がきた――少年 は、息を切らすことなく佇まいを整え、 「――ですが、本当に援軍を待たずとも宜しいのですか?」  眉尻をかすかにさげ、不安げに言った。  少年従士の尤もな忠告に、レスターは面倒くさそうに手を振り、 「くどいな。我が方は敵の三倍以上の兵力を有しておるのだぞ? 何を心配することがある」 「…………」  能無しとはいえ、レスターは少年よりも遥かに身分が上の存在だ。下手に反感を買えば、そ の場で首を撥ねられることすらあるかもしれない。  それでも、不安は消えない。  確かにレスターの言う通り、兵力は三倍以上もあるのだ。籠城する皇国兵士は約三百名。対 して、リライトの城を取り囲む騎士団の人員は千人程。中央が兵を整え、進軍してくる間にま とめた西部騎士団のみで構成される軍だ。  数は三倍であり、身内だけで構成されているため連携はとりやすい。  ただし――三つ、問題があった。  まず一つ。肝心の指揮官が無能であること。騎士団長死後、もっとも早く動き出したレスタ ー騎士がこの軍の指揮をとっている。お飾り程度の戦闘しかしたことないレスターが、この大 軍を率いて、あの皇国軍と戦うことができるとは少年従士には思えなかった。  二つ目―― 「しかし副騎士団長……攻城戦は、元より守る方が圧倒的に有利な戦です。たかだか三倍程度 では――」 「くどい、と言っておる。そのくらい知っておる――だがな、考えてもみろ。あの城は彼奴ら にとっては不慣れなもので、こちらにしてみれば慣れ親しんだ城だ。全軍で一斉にかかれば、 狼狽して何もできぬに決まっておる」 「――――」  あいた口が――塞がらなかった。   それでもマヌケな顔を見せまいと、少年従士は無理矢理に口を閉じた。  ――この人は。  胸の中に暗雲たる思いが立ち込める。レスター騎士は、よりにもよって籠城する相手に向か って全軍突撃をかけるつもりなのだ。攻城戦、それも短期決戦においてはそれも常套手段の一 つだが、それを選んだ場合多大なる損害がこちら側にも出る。それこそ三倍で足りる保証など 、どこにもなかった。  そして、三つ目。 「では――せめて、聖騎士様が到着になるまで待たれては……?」  敵に皇国の軍団長がきていることははっきりしている。  ――皇国騎士団。  種族も家柄も問わぬ、戦うためだけに集められた十二の戦神。軍団長ともなれば、その力は もはや人のものとは思えないものらしかった。実際、エレムはともかく、もう一人の軍団長は ――人間ですらないという噂があるほどだ。  そんなものに、相対できるとすれば。  ――聖騎士をおいて、他にない。  多くのものがそうであるように、半ば信仰のような心持ちで少年従士は聖騎士に憧れていた 。ファーライトの絶対の守護者。  けれど、レスターはそうは思っていないらしい。苦々しく顔をゆがめ、 「フン――姫の寵愛を受けるだけの若造どもに、何ができる」 「若造って――」  確かに、聖騎士には若い人間が多い。『元』聖騎士のほとんどは二十代であるし、ユメ=U= ユメにいたっては、少年従士とそう年齢が変わらないのだ。  中年であるレスター騎士にとっては、自分よりも遥かに若く、その上手が届かないほどの位 にいる聖騎士がうとましくてしかたがないのだろう。その実力を、信じ難くなるほどに。 「西部のことは西部でやる――聖騎士なぞ、宮殿でお飾りになっていれば良いものを」  はき捨てるように言って、レスター騎士は少年兵卒の手から旗槍を奪い取った。ファーライ トの旗が掲げられた槍を、前方に聳えるセライト城へと向ける。  城門は固く閉ざされ、城は沈黙を保っている。城に向かうようにして、千人の兵隊が長方形 の布陣をひいている。即興で作られた攻城櫓が十つ並び、すでに兵士がその中で待機している 。レスター騎士がいるのは、全軍の最後尾だ。攻城戦である以上、後ろから攻められることは まずない。そう考えたがゆえの、安全なしんがりだった。  一番後ろから、レスターは全てを見渡す。  攻撃の準備は整った。  静寂に佇む城めがけて――レスターは、声を張り上げた。 「ドラを鳴らせ! 全軍に突撃命令だ! あの薄汚い皇国人から――我が城を取り戻せ!」  その言葉に答えるようにして、進軍を意味するドラの音が――  響かなかった。  三度大きく鳴らすはずのドラの音は、いつまでたってもならなかった。 「……? どうした、ドラを――」  レスター騎士は振り返る。ドラ持ちの従士を斬りつけんばかりの顔つきだった。  きりつけるまでもなかった。  ドラ持ちの従士は、すでにその体を三つに切り裂かれ――噴き出た血が、黄金色のドラを赤 く染めていた。  そして。 「困るぜ――派手な合図の役目は俺だって、昔っから決まってんだ」  隣に立つ悪魔が――にやりと笑った。  前の大きくはだけた青いジャケットに、赤い鋲が埋め込まれたバンダナ。右手は柄に髑髏を 模られたウィップブレードを携え、左手には大陸北部で発達してきた銃器を組み込んだガンブ レード。青い髪は天に逆らうかのように立っている。筋骨隆々の男が、ドラを踏みつけるよう にして立っていた。 「な、何が――」  混乱するレスターを置いて、 「貴様――皇国の軍団長か!」 「クラウド=ヘイズ!」  両脇に控えていた重武装の全身鎧が動いた。前騎士団長のときから騎士団につかえている彼 らは、たたき上げながらも一騎当千の実力を持っている。クラウドの気配に気付かなかったこ とを心中で恥じながらも――それでも過分なき速度で、突如として現れたようにしか思えない クラウドへと切りかかる。  容赦も躊躇もない、鋭すぎる斬撃。  左から迫る大剣と、右から迫る戦斧。  死の脅威に対して。 「――その通りだ!」  誇らしげに答えて――クラウド=ヘイズは、何なくそれを受け止めた。  巨大な戦斧をウィップブレードで。  鋭い大剣をガンブレイドで。  大柄の二人が全力を込めて振り下ろした一撃を――それぞれに片手だけで、難なく受け止め た。 「な――」 「――馬鹿な」 「俺に片手を使わせるとは、お前らやりやがるな」  この状況においてなお、笑みを消すことなくクラウドは言った。二つの武器を支える手は少 しも揺れない。完全に――力を受け止めている。  西部騎士団でも有数の実力を持つ二人を――クラウドは、歯牙にすらかけない。 「どうして――貴様が、こんなところにいるのだ!」  狼狽するレスター騎士に対し、クラウドは剣と斧を受けたままで答える。 「なぁに、姉御の命令で、偵察兵が出る以前に城外で待機してたのさ。さすが姉御、先見の知 がるってえのは、こういうことを言うんだろうな」 「ただの――一人でか」 「そうさ」  クラウドは、笑う。  笑って――千人の軍隊を前に、ただ一人の軍団長は、言った。 「一騎当千っていう言葉はな――俺ひとりで十分だ、って意味なんだぜ?」 「う――」  レスター騎士は。 「うおおおおおおおおおお!」  もはやこの状況に耐えられなかったのだろう。大声をあげ、無謀ともいえる突撃をかました 。旗槍を垂直に構え、全身鎧二人からの防御で手が離せないクラウドめがけて馬ごと駆け出し た。少年従士が止める間もなかった。馬は高速でクラウドへと駆け進み、  槍が、そのはだけた胸板へと突き出され、 「生かなな相手じゃあ、片手を使うまでもねえ」  胸へと繰り出された旗槍が――衝突した勢いに耐え切れずに、半ばから折れた。  穂先は、クラウド=ヘイズに刺さらない。  レスター騎士の技量のなさを示すかのように、槍は刺さらず、逆に折れてしまった。  突進の勢いを殺しきれない馬が、訓練されたとおりにレスターを踏み殺そうと突進する。人 間の数倍の体重と勢いを持つそれを、 「脆い! 脆すぎるぞ! 俺を止めたきゃ――聖騎士くらいはつれてこい!」  クラウド=ヘイズが、蹴り上げた。  下から伸びてきた、山羊のような青い体毛の脚が、馬を蹴り上げたのだ。重いはずのそれが 、乗馬したレスター騎士ごと宙に舞う。腹が陥没した馬はそれだけで絶命し、レスターの体が 馬から外れて宙を舞った。 「――副団長!」  全身鎧たちの意識が、わずかに上へとそれる。  その一瞬を、逃すことなく。 「だがまあ――大盤振る舞いだ! 目を見開いて見てやがれ! 兄貴の名に恥じぬ、この俺の 戦を!」  クラウドが、弾けた。  みちり、と。肉をわって、額から角が生える。人のそれだった耳が長く伸び、首筋から赤く 尖った羽根が生える。脚の体毛は腰のあたりまで伸び、剣の髑髏がけたけたと笑った。  人ではなく。  隠された――悪魔の姿へと、戻る。  これこそが。  これこそが――皇国12軍団第十軍団『裂攻軍団』軍団長にして、魔同盟小アルカナ『金貨 の騎士』。  クラウド=ヘイズの、真の姿だった。 「あ――」  悪魔、というつもりだったのだろう。言いかけた斧を持つ騎士の体へと、剣が巻きついた。 ウィップブレード――分解し鞭となる剣。受け止めていた鞭が髑髏の操作にて分解し、斧と、 斧を持つ騎士の体へと絡みつく。身動きができなくなった騎士は「む」と唸り、 「まず、一つ目!」  クラウドが、剣を引いた。  分解していた剣が元の形へと戻る。その過程にあるものを、残らず切り裂きながら、絡みつ かれていた騎士の体は――断末魔の悲鳴を上げる間もなく、欠片に別れて地へと落ちた。 「デュロック殿!」  崩れ落ちる騎士の家名を、大剣の騎士が叫ぶ。その横顔めがけ、 「お前が二つ目!」  ガンブレードの銃口から、弾丸が放たれた。  密着状態で放たれた弾丸が、頑丈な兜に守られた騎士の頭部を、兜ごとに吹き飛ばす。頭を 失った体が、噴水のように血を撒き散らしながら地面へと倒れた。だくだくと、二人分の血が 地面に沼を作る。 「そして、三つ目!」  血の沼に沈むようにして――飛んでいた馬とレスターの体が、折り重なるように落ちてきた。  ぐちゃり、と。  肉が潰れる、耳障りな音が響いて、それきりレスターは動かない。馬の下敷きになったせい で、姿を見ることすら敵わなかった。  後陣に残るのは――少年従士だけとなった。  その従士を見ることすらせずに、クラウドは地面に落ちていたドラを拾う。彼方で陣営を組 んでいた千人の兵隊たちは、敵のいるはずのない後ろから響いてきた銃声にざわめいている。 さすがにいきなり陣を崩したりしないが――このままいけば、冗談ではなく千人の軍隊がクラ ウド一人めがけて襲ってくることになる。  それが分かっているだろうに、クラウドは、不敵な笑みを崩さなかった。  それどころか、より一層に笑みを深めて。 「それじゃあ――派手な合図と行こうか姉御!」  ドラを思い切り空へと投げ――宙を飛ぶドラを、ガンブレイドで狙撃した。  銃声と、ドラのなる音は、ほぼ同時。  ――ただ一度きりの音を鳴らして、ドラは砕け散った。  混乱したのは西部騎士団の方だった。三度ドラを鳴らせば出撃。一度だけドラを鳴らした場 合は『撤退』だったからだ。まだせめてもいないのに撤退――不可解な指令に騎士団は浮き足 立ち、  指揮系統をなくした騎士団の前で。  一度だけのドラの音を合図に――閉ざされていたセライトの城門が、開いた。  中から出てきたのは、白き鎧に、白き馬。美しき純白の姿――『神童』エレム=P=エルン ドラードに率いられた、百の騎馬隊。本来ならば騎馬を持たないクラウドの部下にさえ、セラ イトで徴発した馬に乗せて騎士団らしくしている。  隊列に一切の乱れがない。  それこそが、本来の騎士団だと言わんばかりに――整然と、エレムは剣を掲げた。  炎の剣が、天を指す。  誰もが、一瞬息を止めた。神々しさすら感じられるエレムの姿に。敵だというのに、逃げる ことも攻めることもなく――エレムと向かい合った。  千の軍勢に向かい、エレムは号令をかける。 「聖戦である! 剣を掲げよ! 胸を張れ! 我等が前に立てる敵はないと知れ!」  剣が、 「――全軍出撃!」  振り下ろされた。  馬のいななきと共に、エレム以下百名が一斉に駆け出した。馬の脚に乱れはない。一本の槍 となり、本陣めがけて駆け出す。浮き足立っていたファーライト王国西部騎士団に、その勢い を止めることができるはずもなかった。一番前列にいた兵士たちは馬に踏み潰され、兵士を踏 み台にして馬が跳んだ。まだ何が起きているのか把握できていなかった兵の下へと、いきなり 空から馬が降ってきたのだ。剣を繰り出すことすらできずに、踏み潰され、かろうじて避けた ものは後続のものに切り殺される。  白き炎に導かれて――エレムの軍勢が突き進む。  少年従士から見れば、それは、白き光が海をさくような光景だった。それが敵でなければ、 感動すらしていただろう。  騎士団にとって不幸だったのは、進撃か撤退かもわからぬあやふやな状況であったことと― ―敵の馬にのっていたのが、騎士以外でもあったということだ。  騎馬兵は横に避けた場合、馬の突撃も剣の攻撃も意味をなさなくなる。一度やり過ごしてか ら後ろから狙う。混乱しているとはいえ、それが出来る程度の技量は騎士団にはあった。  けれど。  馬上から、真後ろに向かって魔法が跳んだとあれば、話は別だ。エレムの炎を授かったかの ように、白き炎が矢となって、本来安全だった場所の兵士にまで降りかかる。実際は百人の騎 馬にしかすぎないのに、不可解な攻撃のせいで数倍にも感じられた。  エレムは止まらない。出撃の目的はやぐらつぶしなのだろう。聳えるそれを炎の剣が切り倒 し、崩れた櫓がファーライトの兵士を踏み潰していく。残骸は目もくれず、エレムは次のやぐ らへと目掛けて馬を進める。  誰にも止めることなく、千の軍勢を切り裂いていく―― 「……ううう」  そして、少年従士は。  ただの一人で――クラウド=ヘイズと、向き合っていた。  もはや周りには誰もいない。それなりに偉い人間は各部署で必死に指揮を取り戻そうとして いるし――肝心の総責任者たるレスター騎士は馬に潰されて死んでいる。護衛の騎士二人も、 死して動かない。  そこにいるのは、少年従士だけだ。  対面するのは――悪魔。  手が震える。死の恐怖に尿が漏れていることにすら気付かない。  それでも。  それでも――少年従士は、腰から剣を抜いた。おびえ腰で、構えなんて出来ていないのに ――クラウドと向き直る。  彼もまた。  ファーライトの、騎士なのだから。 「剣を向けるってぇことは――お前は立派な戦人だ」  みっともなく怯える少年従士を、けれどクラウド=ヘイズは侮蔑しなかった。真摯に、レス ター騎士を殺したときよりも真顔で、少年と向かい合う。  自らの命をかけて戦うものに、敬意を示すかのように。  右手のウィップブレードを掲げる。  左手のガンブレードを構える。  十字に交差する二本の奇剣を前に、それでも、それでも少年は退かない。がちがちとなる歯 を噛みしめるようにして、少年は言う。 「心は――」 「……ん?」  首を傾げるクラウドに構わず、少年は顔を上げ、クラウド=ヘイズを睨みつけて、言う。  それは、誓いの言葉。  戦うと誓った、騎士たちの言葉だ。 「心は、故国の姫君の元に。剣は――、剣は、己の信念の元に!」  叫び、少年は剣を握って駆け出す。勝てないことは分かっている。自分が殺されることも分 かっている。それでも、自分が殺すのにかかった時間だけ、後ろにいる千人の仲間たちが助か ることになる。背後からクラウド=ヘイズがかかってきたら、ただでさエ混乱している西部騎 士団はひとたまりもないのだろう。  だから、ゆくのだ。  涙で視界が歪む。ぼろぼろと涙を流しながら、唇から血が出るほどに噛みしめながら、少年 従士は剣を振り上げて切りかかる。  その姿を――クラウド=ヘイズは、嬉しそうに待っている。 「うあああああああ!」 「お前は立派だぜ、名もない英雄!」  振り下ろされた剣を、ガンブレードが殴り飛ばした。  そして、武器をなくした少年の体へと、一直線にウィップブレードが振り下ろされ―― 「イエスです、少年。――よく吼えました」  振り上げられていた、その剣ごと。  横から文字通りに飛んできた何かが、クラウド=ヘイズの体を跳ね飛ばした。 「あ――――?」  馬に跳ねられるよりもなお強力だっただろう。中央から西端まで一日で飛びぬける速度を、 そのままに体で食らったのだ。その時点で、クラウドでなければ体が砕けちっていただろう。 跳ね飛ばされ、十数メートル先の地面に頭から突き刺さる。  着地処理をする暇もなかったのか、クラウドへと体当たりした何かは、地面を転がって無理 矢理に減速した。両手と両脚につけた人工義手が煙を吐いている。故障したのではない。内臓 されている小型強力蒸気機関推力が呼吸をしているのだ。使い終え、真っ赤に燃える炭が手足 から排出される。  手に持つのは、身長の三倍はありそうな大剣。  その剣の名を少年従士は知っている。いや、ファーライトに生きる騎士で、その剣の名を、 その騎士の名を知らぬものはいないだろう。大剣「噴射怪奇」を操り、煙を吐きながら空を駆 ける姿から、その聖騎士は王国連合から一つの称号を受けた。 「貴方は――『灰の演舞』!」  名を呼ばれて。  『灰の演舞』、聖騎士、ユメ=U=ユメは幽雅に立ち上がった。長く伸びるポニーテールが 風に揺らぐ。大剣を片手で構え、毅然と少年で構え、答える。 「答えはイエスです、小さな勇者。――貴方の名は?」 「え――」 「貴方の名は?」 「ぼ、僕は――」  再度、問われて。  憧れの『聖騎士』を前にして慌てふためきながらも、少年兵卒は答えた。 「自分は、ティアッド=ローデスであります!」 「――ではティアッド卿。今すぐに騎士団を再編し、エレム卿を食い止めるのです。此処は ――」  ユメは構えを崩さない。  少年従士――ディアッドの方を振り向かない。  なぜならば。  吹き飛ばされたクラウド=ヘイズが、再び、立ち上がって剣を構えたからだ。 「此処から先は――私が引き受けましょう」  ディアッドは、迷うことなく。 「――はい!」  頷き、反転して駆け出した。騎士団の再編が、自分でできるのかわからない。それでも、や らなければいけないことは分かっていた。クラウド=ヘイズに立ち向かった――それだけで、 どんなことでも不可能ではない気がした。  間近で声をかけ、名前を呼んでもらったことを喜びながら、ディアッドは二人の副団長の元 へと駆けていく。  その背を、見送ることなく。  聖騎士ユメ=U=ユメと、軍団長クラウド=ヘイズは対峙した。 「お前が――俺の相手をしてくれるのか?」  クラウドの顔に凄まじい戦鬼の笑みが浮かぶ。心弱いものならば、それだけで命絶えそうな 気配。それを受けても尚、ユメは無表情を崩さなかった。  他の誰に対してもそうするように、淡々と、ユメは言葉を続ける。 「答えはイエスです、ミスターヘイズ。貴方の旅は、ここで終わります」 「面白い――」  徴発するかの如きユメの言葉に。  見事に徴発に乗って――クラウドは大笑いした。戦場のさだなかで、口を開け、天に届けと ばかりに笑う。 「本当に面白くて仕方ないぜ! このクラウド=ヘイズ、兄貴に恥じない戦いを見せてやる!  かかってきな、聖騎士野郎!」 「答えはノーです、ミスターヘイズ。私は女ですし――」  そこで、初めて。  ユメは表情を崩した。戦意に燃えているのではない。かすかに眉を動かしたその顔を、ひと ころで表現するのならば。  ものすごく不機嫌な顔をして、ユメはいった。 「――久し振りの同窓会を邪魔された私は、面白くも何ともないのです」  言うと同時に、右腕が動いた。振り上げたのでも振り下ろしたのでもない。大剣『噴射怪奇』 の柄を握り締めるようにしてひねったのだ。柄がひねられ、中の機構が唸りをあげる。  一瞬後。  まったくの静止状態から――剣がはじけた。『噴射怪奇』の背面につけられた蒸気機関推進 が煙を吐き、爆発的な推力を得てクラウドへと切りかかる。予備動作を必要とせず、一瞬でト ップスピードへと移行できるユメの秘儀。二人の間にあった間は一瞬すらも必要なく埋まり、 推進力の全てを破壊へと代えて斜め下から突き刺すように切り上げる。  常人ならば、斬られたことにすら気付かなかっただろう。目の前で爆発が起きて死んでいた ――それを可能にするだけの力が、聖騎士にはある。  それを止められるのは、カイルのような――同じ聖騎士くらいだ。  クラウド=ヘイズは。 「危ねぇ……俺に両手を使わせるとはな」  それを可能にするだけの、実力を持っていた。  ガンブレイドとウォップブレイドを交差するようにして、ユメの噴射怪奇を受け止める。先 に騎士二人と対峙したときのような余裕は一切ない。ぎりぎりと、触れ合う刃が上へ下へと移 動する。  クラウドの全力を込めてもユメを切り捨てることはできなかったし――ユメの斬撃をもって してなお、クラウドを一刀両断することはできなかった。  完全な、拮抗状態。  そして――  それは最初から、ユメ=U=ユメの思惑通りだった。  間近でクラウドの顔を見上げ、ユメは底冷えする瞳と共に言う。 「心は故国の姫君に、剣は信念の元に――行きます、ミスター・ヘイズ」  あ、とクラウド=ヘイズが口を開ける。  完全に拮抗した状態で。  ユメ=U=ユメは―― 「噴射怪奇――弐ノ段」  剣だけでなく、両手と両脚に仕込まれた蒸気機関が、煙を吐いた。  推力が、爆発する。 「な――ああああああああああああああああああああああああああああああ!?」  クラウド=ヘイズの絶叫がドップラー効果で戦場に響いた。クラウドとユメ、二人は組み合 ったまま――推力を得て、空を跳んだ。飛びながら剣を押し付けられてクラウドはあらがうこ ともできない。  クラウドを押し上げるようにして、ユメは空を飛ぶ。長く長く長く、灰色の煙が空をたなび いていく。  向かう先にあるのは―― 「げ」  クラウドの、そんな呟きを最後に。  二人は、城壁を突き破って――セライト城内へと突入した。 ■ 第16話 Jet Mystery AND Crack Attack .....END  ■