■ 第17話 The longarm AND Emerald Fortress  ■ 「――旦那、来たぜ」  はじめに 気付いたのは――他の誰もでない弓兵だった。目が良くなくては、そして敵 を見つけることができなければ弓兵は務まらない。そういう意味では、クライブ=ハーシェッ ドは弓兵としては十分すぎる能力を持っていた。そうでなくては『紅の流星』という二つ名を 授かることもなかっただろう。遠くから接近しつつある馬を見つけ、その馬に乗っているのが 誰なのか確認するなど――クライブにでもなければできなかっただろう。  ファーライト王都、北門側、見張り櫓。  ファーライトの北から攻めてくる者を瞠るためにあるそこで、クライブはただひたすらに北 を警戒していた。敵が来るのを、ではない。本来、ファーライトにとって味方であるはずの存 在を――待っていたのだ。  馬の上には、男がいる。  黒い鎧に身を包んだ聖騎士が。  他にも幾人かの姿を見ることができた。馬の数は四つ。大剣をかついだ少女に、東国騎士団 長。最後尾を勤めるのは、かつてファーライトで聖騎士と呼ばれていた、顔面の半分に呪紋の ある男だ。  待ち望んでいた男たちが、凄まじい勢いで王都へと向かってきている。 「どうする――今ならまだ狙撃できるぞ」  心にも思っていないことを、クライブは横に座る男――左右がちぐはぐの鎧に身を包んだ、 『賢龍団』の団長にして、クライブの雇い主。 『長い腕の』ディーンは、こともなげに答えた。 「やめておけ」 「……ふん?」 「あいつに弓矢が通じないことは、お前も知っているだろう」 「そりゃあ――まあ、そうだな」  答えながら、クライブは半年前のことを思い出す。南海事件、南の果てで、クライブとカイ ルは敵同士として衝突した。もっとも、それは勝負にもならず、ただの足止めにしかならなか ったが。  なにせ、至近距離から不意打ちで撃った弓矢を、カイルは切り落としたのだから。  この距離から撃ったところで――間違いなくカイルは防ぐだろう。 「そろそろ、あいつも本気になったはずだ。本気の『黒い旋風』は、生かなな攻撃では止まら ないだろう」  言って、ディーンは立ち上がり、大きく伸びをした。  これから戦争が待っているとは思えないほどに――落ち着いた仕草だった。  いや、正確に言うならば戦争は始まっている。ディーンによって、偽騎士討伐と暗殺警戒の ために集まっていた騎士たちは、時を同じくして攻め込んできた皇国と戦うために西へと出発 した。時期から見ても、暗殺を企んだのは皇国の人間だろう――そう判断し、騎士のプライド をかけた男たちは異例な速さで出撃した。  当時討伐隊を編成していたディーンも、ことこの状況においては『部外者』と判断された。 当直責任者から外され、あまりもののように賢龍団と共にファーライト王都へと置いていかれ た。これはファーライトの威信をかけた戦争だ、傭兵はひっこんでいろ、とのことらしい。  全て、ディーンの思惑通りに。  今、このファーライト王都にいるのは、一部の騎士と――賢龍団だけなのだ。  それが分かっているからこそ、薄い微笑みを浮かぶディーンに、クライブは言う。 「全て――あんたの計画通りに事態は進んでるぞ」  計画通りに、戦争が始まって。  計画通りに、ファーライトの王都は空になって。  計画通りに。  彼らの戦争が始まろうとしている。ファーライトでも、皇国でもない。『長い腕の』ディー ンと、賢龍団の戦争が。  その戦争を前にしても、ディーンの顔から笑みは消えない。それを待ち望んでいたかのよう に、薄く微笑んでいる。 「感慨も沸かないな。これはまだ、途中にしか過ぎない」 「……だろうなぁ」  ディーンから計画を聞かされているクライブは、呆れたように呟いた。計画を聞かされたと きは『何を馬鹿な』と思ったが、現実に事態は進行している。恐らくは自身が知らされてない ところで、膨大な数の裏工作が行われているのだろう――とクライブは思うが、特に口にも出 さない。  彼は弓兵で、弓を撃つのが仕事だからだ。  陰謀を張り巡らせることは――彼の仕事ではない。 「こっちの準備は全部できてる。レイエルンの姉御も、マルタのやつも――他の部隊長もだ。 あとは、あんたの合図だけだ」  準備はできている。  このファーライトをひっくりかえすための手筈は。  あとは、主賓たるカイル=F=セイラムがくるだけだとディーンは言っていた。そのカイル も、あと幾許かの時もなく門へと辿り着くだろう。  準備はできている。  あとは――ディーンの合図一つで、歴史が動き始めるだろう。誰にも止められない勢いで運 命が転がり始めるだろう。  それが、分かっているからこそ。  ――ディーンは、笑っている。  彼は、今。正しく英雄の気分だったから。良くも悪くも世界を動かす存在が英雄なのだとし たら――彼は今、長年の彼岸であった『英雄』への道を、歩み始めることになる。  引き返すことのできない、棘の道を。  彼はそれが嬉しくて、笑っているのだ。その笑いを見ながら、クライブ=ハーシェッドは弓 に矢をつがえた。矢の先には鏃の代わりに布が巻きつけられており――布は、たっぷりとしみ こんだ油の匂いを放っていた。 「時は満ちた。それでは――」  笑ったまま、ディーンは言う。 「戦争を、始めよう」  言葉と同時に――クライブは空へと弓矢を放った。空気との摩擦で布が発火し、『紅の流星』 そのものに、炎が空へと昇っていく。  それを、合図として。  ファーライト王都全域で、爆発が響き渡った。      †   †   †  その瞬間、『不動なる緑柱』、聖騎士ユルゲル=ジェイダイトは王宮内で苛立ちを隠そうと もせずに座っていた。不動、という二つ名を授かっているので、そう簡単に動くことができな いのだ。聖騎士が動かずにそこに座っているだけで兵は安心して戦えるのだ――と貴族は言う が、ユルゲルにしてみれば面倒くさいから動きたくないだけである。自分から厄介事に首を突 っ込んでいくカイルは、文字通りに『飛んで』戦地へといったユメとは違うのだ。  そんなユルゲルでも、今この状況でのんびりとした心持ちで座ってはいられなかった。  ――皇国が攻めてきている。  ユルゲルの心を乱しているのは、その事実ではなく――それに対応するファーライト側の動 きである。現状では数が少なくなってしまった切り札、『聖騎士』は、今王都にはユルゲル一 人きりしかいない。ユメ=U=ユメは最速で西へと飛んでいったし、レナード=T=ヘリンフ ィールは、その不運さゆえに北端に飛ばされている。流石にそんな情報を知られてはまずいの でユルゲルのところで止めてあるものの、なんでもとある魔王と仲がよくなりつつあるらしい 。不運極まりないな、とユルゲルは思うが、とくに同情する気はない。嫌いではないが、好み のタイプではないからだ。  切り札が、自分ひとりしかいない。  それはすなわち――ファーライト王都の防衛が薄まっているということだ。賢龍団や騎士団 はいるし、確かに王都決戦となるまで追いつめられるようなことはないはずだが、それでも不 安のたねは消えない。  第一、皇国が攻めてきたときの対応からしておかしいのだ。西からの第一報が『皇国軍が三 千の兵隊をひきつれて魔の山から降りてきた』だった。そんな大人数で山越えできるか、とユ ルゲルは思ったが、セライトが陥落したのは事実だ。仕方が無く――都合がよく準備ができて いたため――大群を派遣したものの、昨日に届いた情報で皇国軍はわずか三百だという話だ。  馬鹿馬鹿しい。  三百の兵など、ユメ一人で十分だとすらユルゲルは思っている。第一、三百で籠城などした ら、城内の人間が冷静さを取り戻すと同時に散発的な暴動が起こる。そうなってしまえば、攻 め込んでくるユメや西部騎士団を防げるはずもない。問題は魔の山から補給や増援がくるとこ ろだが、長旅につかれ補給線が伸びきった森の出口に陣をひき叩きつぶせばいい。  それが分かっているからこそ、ユルゲルは不機嫌なのだ。  どう考えても――敵は王都襲撃を狙っている。  考えれば考えるほど、その可能性が高く思えてしまう。ユルゲルは騎士としてはどちらかと いえばできそこないで、現王家や姫君にさほど忠誠心はない。だからこそ、敵の立場に立って 考えることができた。もし自分が敵ならば――今、此処を狙うと。どうにかして精鋭を此処へ と送り込み、王家、あるいは姫君暗殺して――ファーライトを内側から瓦解させる気だ。  民衆の血を流すことなく。  そのやり方は悪くはないと思う。思うが、それが実行された場合自分は祖国を失うことにな るし、何よりも前線に赴いて戦わなければならない。現時点での『最後の砦』は、聖騎士ユル ゲルなのだから。 「……面倒な話だ……」 「――何か仰いましたか?」  側に立つ従士の少年が――ユルゲルの好みだけで選んだ――不安そうな顔で聞いた。気が弱 いのか、ユルゲルの機嫌を損なうのを恐れているのか、あるいはこの状況を不安に思っている のか。恐らくは全てだろうと思いつつ、ユルゲルは微笑みを取り繕い、 「いえ、なんでもないのよ」  できるだけやさしげな声を取り繕い、女の言葉でそう言った。  声だけを聞くならば女性そのものだ。背は高く、茶色のストレートを背中の中ほどまで伸ば している。愛用の武器であるブロードソードは脇の従士に預けてあるが、すでに武装は済ませ 、二つ名の象徴たる緑色のスカーフまで身に纏っている。  女聖騎士――に見えるし、誰もがそう思っているが、それが半分しか正解していないことを 知っているのは、彼女に襲われた男だけだ。  ユルゲルは不機嫌さを隠そうとし、隠しきれないままに、 「こんな程、聖騎士がいてほしいって思うことはないわね」 「ユルゲル様も、聖騎士であられますけれど……」 「違うわよ」  首を傾げる従士に対し、ユルゲルはため息で答え、 「いなくなった、聖騎士たちよ」 「…………」  今度は、従士が沈黙する番だった。それは、このファーライトにおいては迂闊に口に出すべ きことではないからだ。  ファーライトは、もっとも聖騎士を多く保有した国である。  それと同時に――最も多く聖騎士を追放した国でもあるのだ。  普通の国ならば、どのような手を使ってでも聖騎士を手元におこうとするだろうし、何より も聖騎士ともなれば大抵のことが黙認されてしまう。それをファーライトは、厳しすぎるほど に認めなかった。何よりも不可解なことに――聖騎士たちは、追放されるのを全て受け入れて いた。  首を傾げるものもいる。ディーンのように『手駒を世界中へ』と考えるものもいる。  その真意を知るものは、聖騎士の統括権を持つ『姫君』だけだ。  だからこそ、従士如きが気軽に口を挟める話題ではない――特に、話す相手が当の聖騎士で ある場合は。  けれどもユリゲルはとくに気負う様子もなく、変わらぬ口調で言葉を続けた。 「カイルとかいてくれたら凄い楽よ。何も言わなくても働いてくれるから」 「カイル――『黒い旋風』ですね」 「そうよ。最近偽者が出たんでしょう?」 「…………」  再び、沈黙。こういう言いづらいことをさらりと言ってしまうユリゲルの性格というのは、 はたして美徳なのか欠点なのか従士はたまに考え込んでしまう。質が悪いのは、ユリゲルはそ れを自覚して言っているということだ。  偽聖騎士の出没――世間的な印象では姫君暗殺未遂、ならびに貴族暗殺のほうが印象が大き いが、騎士を目指す少年たちにとってはそちらのほうが印象ぶかい事件だった。戦争へと話題 が移った今も、王宮に残された彼らにとっては、心のどこかにその思いがあった。  なぜなら。 「ひょっとしたら――本物かもね、それ」 「え……?」  さりげないままに吐き出されたユリゲルの言葉に、従士は耳を疑った。  それは。  騎士を目指す少年たちが――貴族を殺されたことも、姫君暗殺未遂も、そういったことを全 てさておいて――心のどこかで、願うように思っていたことだったから。  この危機に。  御伽噺の中にでてくる姫を悪い龍から守る騎士のように、死んだはずの聖騎士が戻ってくる のではないか。  そう、願っていたのだ。  ユリゲルは、従士の瞳の奥に見える耀きに気付いて苦笑し、 「――――」  笑みが、固まった。  従士が止める暇もなかった。真顔に戻った、鋭過ぎる眼光を取り戻したユリゲル=ジュイダ イトは椅子を跳ね飛ばすようにして立ち上がり、従士から己の剣をもぎとって王宮の奥へと駆 け出す。その姿を見た貴族たちが驚愕するが構ってなどいられない。  つまるところ――その瞬間、最初に異変に気付いたのはユリゲルだったのだ。  誰よりも早くユルゲルは反応した。  ファーライト王都を包むような戦意と――殺意に。  だからこそ、守るべき人のためにユリゲルは駆け出し、  その、背後で。    爆発音が――響き渡った。 「……チッ!」  一目もはばからずユルゲルは舌打ちし、さらに駆ける速度をあげる。悪い予感があたってし まった。こうなってしまった以上、『敵』は万全の準備をしいているだろう。  爆発は、城下町からだった。寸分の狂い無く城下町で爆発が起きた。おそらく火薬などが置 かれているところに火をつけたのだろう。あちこちで火の手があがり、町は一瞬で混乱に浸さ れていた。  走りながらユルゲルは思考を回し続ける。こうなった以上、敵の目的は明白だ。城下町で混 乱を起こし、兵士たちの手がそちらにひきつけられると同時に、少数精鋭で王宮を目指す。  目的は王族か、姫君か。  どちらにせよ――姫君の安全を確認し、場合によっては城下町へと出撃しなければならない 。あの姫君ならば、恐らく戦いに挑めと命令するだろう。  ――こんなとき、本当に聖騎士がいればいいんだが。  内心で毒ずく。一人では、攻めるも守るも両方こなすのは難しい。  できることから、やるしかない。  ユリゲルは駆け、 「なんだ――あれ」  思わず、足が止まった。  女言葉を取り繕うのも忘れ、茫然と、素の表情で王宮から見える北門を見つめる。そこに見 えたのは――敵から城下街を守るための門が、空へと伸びる巨大な光の剣によって、真っ二つ にされた光景だった。         †   †   †  さすがに、というべきなのだろう。馬に乗っていた四人は、まったくの同時に異変を感じ取 って馬から飛び降りた。突然乗り主を失った馬たちは、勢いをなくして立ち止まる。何があっ たのか、という顔で、馬たちは乗り手を振り還った。  四人の乗り手は、馬たちを見ていない。見ているのは、眼前に広がる城壁――ファーライト 王都をぐるりと囲む城壁――であり、中へと通じる城門だった。  王都の城壁は二重になっている。すなわち、城下街ごと魔物の侵入を防ぐための低く広い城 壁、通称『外壁』と、中央の王宮を守るためだけに創られた最後の城壁、『内壁』だ。  今、四人の前に立ちはだかっているのはその外壁だ。立ち止まったのは他でもない、城を、 街を守るべき内側から戦の気配がしたからだ。まだ始まってすらいない気配に気付いたのは、 四人が四人とも尋常ならざる戦士だからだ。  黒い旋風。元聖騎士、カイル=F=セイラム。  同じく元聖騎士。ソィル=L=ジェノバ。  東国最強。東国騎士団長、ジュバ=リマインダス。  そして――象徴たる黄金鎧こそ身に纏っていないものの――黄金色の聖騎士、勇者の輩、ロ リ=ペド。  一騎当千ですら生ぬるい言葉になるであろう四人は、昼となく夜となく馬を飛ばし続け、北 部首都から王都まで戻ってきたのだ。  戦闘を止めるために。   姫君を守るために。  そして――それが僅かに遅かったことを、彼らは知った。  次の瞬間に、王都内から響き渡った爆発音によって。 「……!」  無言で悔恨を吐き捨て、カイルは駆け出そうとする。  音に続いて煙が立ち昇っていた。ディーンによる反乱が始まったのは間違いもなかった。で きることならば始まる前に止めたかったが、こうなってしまった以上は一刻も早く内側へと入 らなければならない。  けれども――その後ろ首を。 「まあ待てよ」  ジュバ=リマインダスが、ひっつかんだ。  ぐぇ、と間抜けな息を吐き、カイルは転び駆ける。不様に倒れなかったのは、彼が聖騎士で あるがゆえなのだろう。それでも速度が出かけた瞬間につかまれたせいでわずかにむせてしま う。  どうにか呼吸を整え、カイルは振りかってジュバを睨みつけ、 「な――何するんですか!」 「お前、そのまま突っ込んでどうする気だ。まさか城門を飛び越えるとか非常識なことできる んじゃないだろうな、おい」  呆れたようにジュバは笑う。  確かに彼の言う通り――外壁の城壁は閉まっていた。当然だ。暗殺未遂、皇国からの侵攻― ―非常事態が続いている今、城門が開いている道理がない。城内は警戒態勢だろうし、よほど のことでもない限りに城門は開かないはずだ。  ジュバは王国連合の同盟国家とはいえ、東国との確執が消えたわけでもない。ソィルは元聖 騎士であるし、カイルにいたっては今は聖騎士詐称で手配をかけられている。この四人を前に 、城門が開くはずもなかった。  だからこそ。 「越えます――それが無理なら、斬ってでも内へ入ります」  カイルは、覚悟と共に答えた。  自分が何もしなくても事態は動いている。何もしなくても解決するかもしれないし、無理に 乱入したせいで事態が悪化するかもしれない。  それでも。  それでも――戦わないことなど、できるはずもなかったのだ。たとえ偽騎士の疑いをかけら れようが、たとえかつての味方から敵と思われようが。  守りたいものを、守るために。  誰から命令されたからでもない。騎士だからでもない。  自身が、そう望んだから。守りたいと、そう願ったから――カイルは、此処まできたのだ。  城門一つに、その思いを止められるはずもない。 「よし」  その思いを、どう受け止めたのか。  ジュバが満面の笑みを浮かべて、カイルの肩をぽん、と叩いた。その意味が分からずにいる カイルの側を、ジュバは通り抜けて門へと向かう。 「おい――」  制止の声をかけるが、ジュバは止まらない。つかつかと、城門へと歩み寄る。  城門をみはる櫓には誰もいない。城門は閉ざされている。ジュバの足を止めるものは何もな い。  三人の見る前で、ジュバは城門から十メートルほど離れたところで立ち止まり――長剣クレ イモアを片手で引き抜いた。普通の剣よりも遥かに長く、重いはずのそれを、片手で難なく構 える。  前に、ではない。  背負うようにして長剣をかつぎ――あまつさえ、その柄に、左手をかけた。 「今回はお前が主役だろ? だったら――」  ジュバ=リマインダスは、城門を前にして、両手で剣を構えて言う。 「――俺が露払いをしてやるよ」  言葉と同時に。  気が、はじけた。 「――――!」 「――――!」 「――――!」  目前で火薬が爆発したかのような勢いだった。踏み込んだ地面がへこみ、砂塵がいっきに舞 う。ジュバ=リマインダスから噴き出た圧力が風となってあたりにあるものを全て吹き飛ばし ていく。  異変は其れではない。其れは、あくまでも異変の結果だ。  異変は。  長剣でしかないはずのクレイモアが――その刀身を、瞬く間に伸ばしていた。  光によって。  ジュバの光から立ち昇る光が、彼の刀身に纏わりつくようにして、巨大な剣を形作りつつあ った。  似たような光景を見たことのあるカイルは絶句する。それはかつて、南の果てでロリ=ペド の体から噴き出た光が、龍へと形作った光景にどことなく似ていた。  概念でしかないものが。  形を得て、力となす光景。  吹き出す圧力をものともせず、しっかとたち、なおも伸びつつける剣を構えたままにジュバ は言う。 「極東じゃあ魔力みたいに『気』を練りこむ技術があってな――それを俺が使うとどうなるか っていう、それだけの話だ」  言葉は、どこか笑いを含んでいた。彼もまた、戦が楽しくて仕方がないのだろう。  露払い。  それは――開幕の合図と変わらない。ファーライト西端でクラウド=ヘイズが行ったように。  ジュバ=リマインダスは、その手で戦端を開こうとしていた。  振り返ることなく、ジュバは背中で笑いながら。  「始まりの鐘は、派手なほうが格好いいだろ!?」 「派手すぎますよ!」  ようやく絶句から立ち直ったカイルがすかさず突っ込む。あまりもの光景に、ソィルとロリ =ペドは言葉を失っていた。カイルがもっとも早く立ち直ったのは、ジュバが色々な意味でと んでもない人間だという体勢がついていたからに過ぎない。  カイルの突っ込みに、ジュバは更に楽しそうに笑う。 「目を見開いてよく見とけ! 凄すぎるが俺に惚れるなよ!」 「惚れませんよ!」  二度目の突っ込みに、ジュバは言葉ではなく、行動で答えた。  更に長く。  剣が伸びる。  更に輝く。  黄金に輝く。  更に深く。  剣を構える。  深く深く、剣を構えて。  いまや城壁よりも伸びた剣を、ジュバは構えて。 「これが! これが東国最強だ! これが東国騎士団長の剣だ!」  満面の笑みと共に、奥義を放ち――戦いのはじまりを告げた。            ・         ・         ・        ・ 「          大         切         斬        !!」  振り下ろされた光が――城門を、ただの一撃で断ち切った。   ■ 第17話 The longarm AND Emerald Fortress .....END  ■