■ 第20話 The East ONE AND Dragon Head  ■  東国。  東の国――それだけで伝わるほどに、その国の存在感はもはや無視できないものになった。 『東』とただ一言言えば、もっとも東にある極東――しいてはホツマ――のことではなく、東 の大平原に国を構える東国の意味で通じてしまう。  西の果てのような砂地でも、北の果てのような雪山でも、南の果てのような海町とも、皇国 やファーライトなどのような四季ある中央国家とも違う。  東の国は、荒野の国だ。  平地と荒野。放牧と農牧。起伏なくただ漠然と広がる土地――そこを住処としていた、放浪 する民族郡。荒れた山の頂上に竜がすみ、地中をサンドワームによって切り開き、極東やファ ーライトとの公益で生きていた、国とはいえない国。  だった、のだ。  それは、この百年で大きく変わった。東国王による、民族の平定。かの国王は力を持って多 くの民族を平定した。けれども力によって生まれた国家が安定するはずもない。東国王にでき たのはそこまでだった。彼は東国を作り、東国は国家を維持するだけで精一杯となった。それ 以上攻め込まなかったのではない。攻め込むことができなかったのだ。自国の民族間による争 いをいさめ、領土内に多発する竜や魔物と戦うので手一杯だったのだ。  力から生まれた国は、その力を国内へ使うことしかできなかった。  それが、変わったのは――ただ一人の男の登場によるものだった。  東国で生まれた一人の少年は。  力で生まれた国家に対して。  さらなる力を以って――誰にも反論できないほどの圧倒的な力を以って、国をひとつにまと めた。  こうして、東国は強国となった。少年によってひとつになった国は、その騎士団は、大陸の 東半分でも有力の騎士団となった。結果として安寧が貴族の台頭を呼び、騎士団の行動に不自 由さをうむことになるが、それは仕方のないことでもあった。  なによりも――その程度では、少年の行動を止めることはできなかった。  そして、二十年がたった今。  少年は青年となり――ジュバ=リマインダスは、東国騎士団の騎士団長として、ファーライ ト王国王都に立っていた。        †   †   † 「ユリアっ!」  見つけるなり、いきなりだった。愛すべき部下、ユリア=ストロングウィルの姿を視認した ジュバ=リマインダスは、何かを言いかけた部下の言葉をさえぎって、その小さな体をいきな りに抱きかかえた。長身のジュバが抱きしめると、ユリアの足は地面につかない。ぶらんぶら んとなされるがままにされながら、どうにかユリアは、 「だ、団長!?」  驚きの声を上げるが、ジュバはとまらなかった。真っ赤になって混乱するユリアを可愛がる かのように頬ずりしながら、 「あーユリアー! 俺大変だったー! 何が大変かって男二人とここまで旅してきたのが最悪 に大変だったんだー! 慰めてー! 慰めてくれー!」  阿呆みたいな言葉づかいとともに頬ずりしてくるジュバに、ユリアはさらに顔を赤くしなが らも、どうにか抱きとめられた腕の間から自身の片腕を引きずり出し、 「落ち着いて――くださいっ!」  ひじを、思い切りジュバの脳天に叩き込んだ。  ごん、と硬い音がする。骨と骨がぶつかりあった音。  ジュバは、顔色ひとつ変えなかった。殴ったユリアのほうが痛そうな顔をしたのに対し、ジ ュバは真顔のままだった。ふざけた調子のだらしない笑みが消えただけ、まともになったとも いえるが――痛がっている様子はまるでない。  頬ずりするのをやめ、ごく間近でユリアの顔を覗き込んで、ジュバは言う。 「ああ――落ち着いた。久しいな、ユリア」 「今更格好つけても仕方がないと思いますが……」 「格好つけてるんじゃなくて格好いいんだ、俺は。そして格好よく生きたいと常に願っている 」 「願うのはかまいませんが……それより、その、団長」 「なんだ」  間近に――近すぎるほど近くにあるジュバの顔から視線をそらし、ユリアは恥ずかしそうに いった。 「おろして、もらえませんか……?」 「――――」  ジュバは沈黙し、今自分がおかれている状況をよく観察した。ファーライト王都、東区画。 カイルと別れ、まっすぐにジュバはここへときた。『東』で待機していた東国騎士団の面々と 合流するために。王都内で情勢を探り、『先手』を打っていた騎士団と合流するため――だっ たのだが、ユリアの顔を見たとたんにただでさえ軽い理性は大逃走を始めた。女っけのない珍 道中でつかれきっていたからなのかもしれない。  ようするに――抱きついたユリアの向こうには、東国騎士団の面子が何名かいたのだった。 彼らは一様にあらぬほうに視線をむけたり、口笛を吹いたりして、『私たちは見ていませんよ』 という雰囲気を作っていた。  彼らと、顔を真っ赤にするユリアをジュバは交互に見る。  そして、答えた。 「嫌だ」 「嫌なんですか!?」 「こんな抱き心地がいいものが離せるか――!」  ファーライト王都中に響きかねない大声で絶叫し、ジュバは抱きしめたユリアの首筋へと頬 擦りした。本当は胸に頬擦りしたかったのだが、今のユリアは鎧に身を包んでいるため頬擦り したところで少しも面白そうではなかったのだ。ユリアが再び顔を赤くし、 「――というわけで離さないままに真面目な話だ。ユリア、状況の説明を頼む」  赤くなったユリアを完全に放置するように、突然真顔でジュバは本題を切り出した。 「…………」  なれている。  なれているとはいえ――騎士団長のこうした奇行を目の当たりにするたびに、目の当たりに するどころか直接の影響を受けるたびに頭が痛むような想いだった。そもそも、ユリア=スト ロングウィルとは、『可愛らしい少女』ではないのだ。少年のように髪を短く切り、片腕を戦 でなくし、復讐のために生きている――そんな、抜き身のナイフのような戦い方と、生き方を していた。  少なからずそれが変わったのは、ジュバのおかげであり――だからこそ、ジュバの前ではこ うして、歳相応の女の顔も見せていた。  その顔が、再び真顔に戻る。抱きしめられたままだとはいえ、今が戦時であり、ここが戦場 だということには違いない。ふざけたように見えても――ジュバ=リマインダスは、その身か ら溢れる闘志を隠しきれていなかった。  否。  むしろ、胸の内に宿る戦鬼を押さえ込むかのように――ユリアを抱きしめていた。 「…………」  だからこそ、ユリアは。 「――団長の言う通り、賢龍騎士団の人材をあさりました」  抱きしめてくる手を拒むことなく、話し始めた。 「ビンゴ、です。ファーライト側ではなく、賢龍団側から人材が一人流れ込んできています。 名目上は賢龍団の人材補充であり、公式側には記録すら残っていませんが――まず間違いなく 『切り札』が混じりこんでいます」 「――そうか」  自身の予想通りの答えに、ジュバが表情を変えずに頷いた。  ――ディーンがファーライトをひっくりかえすならば内側からだ。  そのことに気付いたジュバは、王都内に残ったユリアに連絡し、あらかじめ人材の流れをあ さっていたのだった。すなわち、皇国側から、単体で聖騎士とやりあえるような人材がひそか に潜入しているのを見つけるために。ディーンの性格と作戦を考えた場合、それは賭けではな く当然の予防だった。  そして、当然のように当たった。  一人。二人でも三人でも四人でも六人でも十二人でも二十四人でもなく、一人。  間違いなく――聖騎士クラスの人間だ。一度潜入さえしてしまえば、機会さえあれば一人で 戦況をひっくり返すことが可能な存在。  それと、戦うのだ。   ジュバの顔に獰猛な笑みが浮かびかけ、自身でそれに気付いたジュバは手で口元を押さえた。 笑うにはまだ早い。戦はまだ始まってはいない。  否――  ジュバは思う。戦は既に始まっている、と。  あとは名乗りをあげて、突撃するだけなのだと。 「現在は北東地区の隠れ家にて待機しています。現在も団員が見張っていますが……動く様子 はありません」  いぶかしげなユリアの言葉に、ジュバは滔々と答える。 「カイルの野郎が動くのを待ってんだろうな。あくまでも騒ぎが起こってから、堂々と王宮内 に入り込むつもりだ」 「では――」 「ああ」  頷き、ジュバは言う。 「今が機会だ。そいつが王宮に入る前に、こっちから討って出る。東国騎士団を敵に回してど うなるか――たっぷりと教え込ませてやろうぜ」  ジュバの言葉に東国騎士団員は剣を構えることによって答え、 「へえ――教えてもらおうじゃないのさ」  女は、皮肉に笑う声でもって応えた。 「…………!?」  騎士団員が声のした方へと一斉に振り返る。ユリアは抱きしめられたまま振り返ろうとし、 ジュバが無理矢理その動きを止めた。団員が構える中、彼だけが動かない。  視線の先には。  長身を露出の少ない実用的な鎧で包み、両の腕に中型の盾を篭手のように装備した女がいた 。肩まで伸びた髪は、その瞳と同じく燃えさかる炎のような緋色だった。屋根の上に立ち、ジ ュバたちを高きから見下ろしている。  女――レイエルン=アテルは、真っ直ぐにジュバを見下ろして、笑っていた。 「戦場で――仲が良さそうなことじゃないのさ。一寸遊んでもらえない、オニーサン?」  からかうような言葉に答えるように、次から次へと新たな人間が現れる。物陰に隠れていた 傭兵が、『賢龍団の新入り』を瞠る東国騎士団を見張っていた賢龍団が――機を逃すまいと、 東国騎士団を包囲するように現れ出る。レイエルンの隣には、何を考えているかわからないマ ルタ=ロルカの姿もある。  わずか数秒のうちに――ジュバと東国騎士団は、三十名ほどの賢龍団に包囲されていた。 「……賢龍団か」  レイエルンの後ろに立つ男が掲げた旗を見て、ジュバがぼそりと呟いた。先ほどまでユリア と戯れていたときのような明るさはない。嫌そうな、というよりは面倒くさそうな態度だった。  その不審な態度に構うことなく、レイエルンは一方的に言った。 「『この国に仇名す輩がいるから妨害しろ』ってぇのが、あの人の命令でね」 「――成る程。見事なほどの大義名分だ」 「だろう?」 「ああ。頑張って『この国に仇名す輩』とやらの妨害をしてくれ。俺は今からこいつと挙式が あるんだ。じゃ、そういうことで」  ほがらかに笑い、ジュバは『こいつ』とユリアを顎で指し示した。「え、え、」とユリアが ジュバにだけ聞こえる声で慌てふためき、ユリアを抱きしめたままにジュバは、  跳ぼうとした瞬間――足元にナイフが突き刺さった。 「…………」  見れば、マルタ=ロルカが、腕を振り切った姿勢のままで固まっていた。合図も何もなく、 的確にジュバの動きをよみ、手首ほどの長さもあるナイフを足元へと投げ刺したらしい。  強制的に出鼻を挫かれたジュバを見下ろし、レイエルンは鼻を鳴らして笑う。 「悪いけど金貰ってるんでね。あんたはここで、足止めさせてもらうよ」  言葉に答えるように――賢龍団の面々が、一斉に武器を構えた。傭兵団ということもあり、 手に持つ武器は様々だ。剣、ナイフ、斧、槍、弓、槌。騎士団のように統一されておらず―― だからこそ、向かう側からすればやりにくい。特に、賢龍団のように統率がとれている団体と もなればなおさらだった。  騎士団の面子も武器を構えるが、人数比が違い過ぎる。気圧されるような生易しい戦い方を してきてはいないが、それでも。 「あんたは強いさ。それでも――この包囲を突破するには、時間がかかるだろう?」  レイエルンの言う通りだった。もし本気で殲滅戦をやるつもりならば、ジュバ=リマインダ スは間違いなく勝つだろう。けれども、賢龍団が命をかけず、あくまでもジュバの足止めに徹 するのならば。  敵はジュバでも賢龍団でもない。時間だ。ディーンが――そして『刺客』が、目的を達する までの時間。それを守ることがレイエルンたちの目的であり、こうして話している間にも、彼 女たちは勝利に近づいていく。  賢龍団は輪を狭めようとはしない。武器を構えるだけだ。彼らにしてみれば、このままずっ と硬直しているだけでもいいのだから。 「――団長」  胸の中で、ユリアが覚悟を決めた瞳で言う。そこにいるのは、女ではない。五歳のときより 戦場に身を置き、死と復讐を誓った戦士だ。  その顔を、ジュバは見た。それから、ぐるりと、自身を取り囲む賢龍団を見回す。  そして、ジュバは言った。 「言っとくけどな――ユリアは俺の女だ。手ェ出すんじゃねえぞ」  答える言葉は。 「わかってますよ旦那! ……ったく、やりづらい人だ!」  賢龍団のものでも、東国騎士団のものでもなかった。答えるその瞬間まで、ジュバ以外の誰 にも気づかれないほどに気配を消していた弓兵――クライブ=ハーシェッドは、言葉と同時に 三本の弓矢をまったく同時に放つ。  弓の先に括りつけられているのは、火薬の入った煙袋。 「クライブ!?」 「すまんね姉御!」  レイエルン=アテルが驚愕の声をあげ、クライブが片手をあげて謝り、二人の言葉を遮るよ うにして。  爆発音が、響いた。  三つの火薬が同時に爆発した。中に入ってた煙球に火がつき、瞬く間に視界が白く濁る。仲 間の奇行にわずかに賢龍団はうろたえ、 「ユリア、俺は行くぞ!」 「――はい!」  その隙をついて、ジュバは全身を矢のようにして飛び出した。煙を突き破り、空気をかきみ 足ながら包囲網を一瞬で突っ切る。その開いた穴へと、どこからともなく現れたクライブがユ リアの片手をひいて抜け、後を守りながら東国騎士団員が突っ切る。一瞬での状況判断こそは ――竜と戦う彼らにとって、生きるために必要な能力だった。  煙の中で唯一見える、手を引く男の背を見て、ユリアは叫ぶ。 「クライブ! どうしてお前、」 「なあに、南の果てからの付き合いでしょう!」  言って、クライブは――南海事件のときと同じように、ほがらかに言った。 「…………」  はっきりと断定してしまわれれば、ユリアには何もいえない。それよりも、今は戦うことが 先だ。ジュバはかけていった。ならば、後釜を守るように、賢龍団をひきつけなければならな い――そう考え、考えて込んでいたからこそ、ユリアは聞き逃した。  ぼそりと、自嘲するようにいった、クライブの言葉を。 「……それに、これすらもあの人の命令だからな――」        †   †   †  北東区画。それだけわかれば十分だった。もし相手が本気で行動を起こせば、その戦意に気 付かないはずがない。  ユリアから離れ、常人には追いきれぬ速度で屋根から屋根へと跳ぶジュバの顔には、隠しき れようもない笑みが浮かんでいた。一国を揺るがす事件にあたり、一国をくつがえす強敵との 戦いを控え。  ジュバ=リマインダスは、笑っていた。  彼は人である。人にして――鬼である。戦のために生まれた鬼。東国では誰もが彼をそう表 現した。龍を食らう鬼だと。誰にも負けず、誰もを斬り、龍すらをも切り殺す東国最強。軽佻 浮薄な女好きは見せかけに過ぎぬ、血に染まった姿こそが真実だと誰かが言った。  それは正しい、とジュバは思う。  それは間違っている、とジュバは思う。  女好きなのは本当だ。女は最高だ。美しくて、綺麗で、可愛い。何よりも子供を産める。男 とまぐわって子供を産み、育てる。命をつくり、育てる。それは自分にはできない、信じられ ないくらいに尊いことだとジュバは思っている。だから彼は女が好きだった。ララバイが、ユ リアが、ガーデニアが、リストリカが、自分のことを好きでいてくれる女たちが大好きだった。  けれども。  己の子供を産んで欲しいと、そう思ったことは――一度として、無い。  彼は女が好きだ。命を産み、育てる女が好きでたまらない。  それは、なぜなら。  彼は――殺すことしかできないからだ。  産むことができない。育てることができない。東国騎士団長、東国最強。東国の鬼人、ジュ バ=リマインダス。敵となれば老若男女とわずに切り殺し、切り殺し、切り殺す、殺すためだ けの存在。戦うためだけの生き物。たとえマスクマンJとして、ヒーローのようなことをして いても――本質は変わらない。  ジュバ=リマインダスは、戦鬼なのだ。『最強』という二文字を、その腕につかめてしまう ほどに。  だから彼は思う。国は兄が守ればいい。国は部下が育てればいい。産むことも、育てること も、守ることも、自分にはできないことだ。子供などいらない。戦鬼の子は、戦鬼にしかなら ないだろう。戦鬼は、己一人で十分だ。そう、それだけでいい。それだけでいいのだ。  ――己はただ、敵を討ち滅ぼすだけだ。  ジュバ=リマインダスは笑っている。戦が待っている。強敵が待っている。命をかけた戦い が待っている。死と血と戦の匂いに、ジュバは笑う。それこそが、それだけこそが――彼の生 きる意味なのだから。 『東国最強』は笑みと共に屋根をとび、  ――西方から、再び爆発音。  先の火薬球のようなものとは違う。巨大な何かが何かにぶつかり崩壊する音。ちらりと横目 で確認する。  信じがたい光景があった。  ナニカが――それが何なのかは、状況が終わってしまった今はわからないが――内城壁へと 空中から衝突し、その一角が砕け散っていた。魔法を重ねがけしているであろう城壁を、ああ も見事に壊すのは、並大抵のことではないだろう。  つまり、並大抵ではない奴が、ついに王都内へと足を踏み入れたということだ。 「ま――向こうはカイルがいるな」  すぐに視線を前方へと戻す。それ以上、王都のことについては考えない。あちらにはカイル がいっている。向こうの戦いは、カイルの戦いだ。手を出す必要はない。一対一で負けたとい うのならば――それは、カイルがそこまでだったということだ。  そんなことよりも。  その瓦解音を契機に、『刺客』が動いた。ジュバの視線の先、東国騎士団の符丁がかかげて ある家の扉が開く。中から出てきたのは、黒いローブに全身を包んだ大柄な男。見るも不審な 姿だった。  敵であることに、間違いはない。 「――――」  にぃ、と。ジュバの笑みが一層深まる。男の移動先を先読みし、彼の行く先めがけてジュバ は最後の跳躍をし、  視界の端に、見えた。  ジュバから死角になったところから、また別の男が歩み出てくるのを。その男と正対するよ うにして、黒いローブの男が足を止めたのを。  もう遅い。最後の一跳びを終えたあとだった。勢いのままに跳び――ジュバは、地面へと勢 いよく飛び込んだ。  二人の男が、向き合う地面へと。 「これは、どうしたことだ……?」  声をあげたのは――三人目の男だった。長い手をだらんと下げ、聖騎士にしか身をまとうこ とを許されない鎧を着ている。手に持っているのは、ファーライト騎士の持つ名もなきロング ソード。王宮からかけつけたユルゲル=ジェイダイトは、不審な男と、突如下りてきたジュバ を視界に納めた。  男のローブが、ジュバの巻き起こした風によって剥ぎ取られる。風にまかれて、黒いローブ が彼方へと跳びさる。その下から出てきたのは――目にも鮮やかな、灼熱の如き赤き龍兜と鎧。 背には、ドラゴンテイルと銘打たれた片刃の大剣。全身をくまなく包まれているものの、その 鎧と剣こそが、彼の正体を物語っていた。  ――十二剣聖、龍将軍ナチは、無言で剣を手におさめた。  そして、ジュバは。  ローブの下から現れた正体――龍将軍ナチを見て、言葉を失っていた。  強敵がくるとは思っていた。  思っていたが――ここまでだとは、考えていなかったのだ。  ――十二剣聖。  王国連合より授かる『聖騎士』よりも、皇国が誇る『十二軍団』よりもなお忌避すべき集団。  否。  彼らは集団ではない。ただ、そう呼ばれているだけだ。彼らは決して群れない。ただの一人 で、ただの一つで、ただの一固体で、究極という究極を極めた戦闘集団。人にして人の領域を 越え魔へと足を踏み入れた、二十と四の『魔』法使い――『二十四時の魔法使い』。  そのうちが十二。剣によって、ただひたすらに戦闘力をあげた、人類最高峰の十二人の剣士。 人類最強の十二人。  その危険さを、逸した常軌を示すには、ただの一言ですむ。  すなわち――『十二剣聖の一時は、あの勇者ガチ=ペドである』、と。  その、十二人の一人。  十二剣聖が七時、龍将軍ナチが、そこにいた。  そして。 「何故王都に居るのか聞かせて貰おうか東国の」  そのとんでもない人間をさらりとマイペースに無視して、ユルゲルは三竦みをするジュバへ と話し掛ける。彼の中では、ジュバもナチも同様に『敵』でしかないらしい。『不動なる緑柱』 の二つ名の如く、まったく揺るいでいない。  何故いるのか――というのは、二つの意味を含んだ弾劾だった。偽騎士を追ったはずの人間 がなぜここにいるのか。そして、東国の人間であるジュバが、この国に反旗を翻したのか。そ う問いかけ、問い詰める、鋭い言葉だった。  それを受け、ジュバはクレイモアを持ったまま肩を竦め、飄々と答える。 「何の事だか判らないな。俺の名はマスクマン・Jだが」 「では私は仮面ドラゴンということで」  追従するようにナチが続く。仮面に隠されて見えないが、意外と人間味はあるらしい。  言うまでも無く。  全員――手は柄にある。 「――――」 「――――」 「――――」  それ以上、言葉は必要なかった。ここはすでに戦場であり、目の前に立つ人間は誰にとって も敵だった。手に剣を持っている以上、やるべきことは一つだった。  ジュバが。  ナチが。  ユルゲルが。  まったく同時に動き出し――  王都ファーライトの三叉路は、最悪の領域と化した。  三竦みの場合、まずは相手の出方を見るべきだ――そんな基本を微塵も感じさせない、誰も が自分の手によって状況を開こうとするかのような迅速な行動だった。一瞬たりとも躊躇しな い。躊躇した一瞬で勝負が決まることを、三人の本能は告げている。その点で、三人に差異は なかった。  だが、あえて分けるのならば。  一番冷静なのは――ユリゲルだった。『不動なる緑柱』は、三人で向かい合った瞬間に悟っ ていた。この三人の中では、自分が一番弱いのだと。勝敗ならばともかく、単純な戦闘能力に 限っていえば、『東国最強』と『十二剣聖』にはいま一歩届かない。だからといって負けるつ もりはなく、死ぬつもりもなかった。だからこそ考え、冷静に、彼は状況を把握した。  対して。  最も蛮猛なのは、疑いようがなく龍将軍ナチだった。なぜならば、彼は。 「戦いか――それもまた良し!」  初めから、ジュバとユリゲル、二人を同時に相手にする気だったからだ。  猛り叫びながら、ナチは手にしたドラゴンテイルを大きく振りかぶる。まだ射程には入って いない。一歩たりとも動くことなく、ナチはその場で剣を振り上げ、 「――『双龍捻里首!』」  ・・・・・・・・・ ・・・・・  振り下ろすと同時に、龍が走った。  どこか、ジュバの『大切斬』を思わせるような一撃。剣圧が龍となり、剣より生まれた龍は 顎を開き咆哮した。首の数は二つ。二首を持つ龍が、剣を振る速度で飛び出す。姿こそ蒼白い 光でこそあれ、その圧力は本物の龍と寸分変わらない。  龍は大口を開け、地を抉りながら全速で突き進み、 「東国騎士団を――舐めるな」  龍が、両断された。  気合一閃。開いた口が縦に切り裂かれ、それでも勢いが止まらず、龍の身体までもが分断さ れる。頭を潰された光の龍は、爆発するようにして空気に溶けた。  跡に残るのは、剣を振り下ろした、ジュバの姿。 「東国はトカゲ退治なんざ日常茶飯事なんだよ――」  言って、ジュバは振り下ろした剣を構え直す。その身に怪我一つはない。いきなり放たれた 攻撃に、微塵も応えた様子はなかった。  その、背後で。 「――龍将軍の名は伊達ではないということだな」  ジュバの背に隠れていたユリゲルが、何事もなかったかのようにジュバの横に並んだ。ロン グソードを杖のように地面につき、斜に身体を崩してナチを見る。  そのユリゲルを、ジュバはじと目で睨み、 「……おい、オカマ野郎」 「なんだ戦闘バカ」 「――――。お前今、俺を盾にしただろ」 「ああ――なんだ、そんなことか」  はぁ、とユリゲルは、わざとらしいため息をついて言った。 「利用できるものは何でも利用する主義でね」 「…………そりゃあ最悪だ。褒めてやる」 「有難う。全く嬉しくないが、一応は請け負っておこう」  言って――ユリゲルは、剣を地より引き抜いて、ナチへと向けた。鋭き切っ先を向けられて も、ナチは微動だにしない。兜に隠されて、二人にはその表情は見えない。 「今は、あれが敵だからな」 「……俺を信用していいのか?」  かすかな笑みを含めてジュバが言う。ユリゲルはは! と鼻で笑い飛ばし、 「お前はバカであいつは敵だ。一時的とはいえ、手を結ぶなら――まだマシ、という奴だよ」 「…………本当、最悪な性格だよなお前」 「有難う」 「お礼に一つ教えてやるよ――王宮の方は大丈夫だ、カイルが向かってる。勿論、本物のな」 「………どういうことだ」  眉根を顰めて、ユリゲルは問う。なにがどうなってそうなったのか、想像だけではわからな かった。  その反応が面白かったのか、ジュバはにやりと笑い、 「なぁに――色々あったという、それだけのことさ」 「……不愉快だ。私の知らないところで話をすすめるな」  答えて、言葉とは裏腹にユリゲルは笑った。それが、手を組む返事となった。  東国とファーライト――かつては敵対していたとはいえ、今は一応は王国連合のもと同盟国 となっている。方々を飛びまわる不運な聖騎士や、若すぎる灰の演舞と違い、年齢と性格の面 でユリゲルは同盟の集まりに参加することが多かった。その際に、東国代表のジュバとは幾度 となく顔をあわせている。手を組むなら知ったほうがマシ、ということだった。  それ以外に、もう一つ理由がある。 「戦うのも、また良し。遺憾だが手加減は出来ぬ。祈りなら先に済ませたまえ」  二人の前で、再び構えを取るナチは――二人がかりでもなければ、倒しようが無いほどの重 圧を伴っていたからだ。  もしジュバが敵でも、ナチを倒す傍らで消耗する。そういった計算があるのも確かだった。  そして、その計算を、完全に無視するように。 「祈るのはナチ、手前ェの方だ! 言っただろ――東国騎士団を舐めるんじゃねえってな!」  構えるナチに向かって、ジュバは叫び――ナチが何をするよりも早く、先のしかしとばかり に剣を振り下ろす。  その口から出る言葉は、彼の愛すべき部下の技。  東国騎士団の、象徴。  彼なりの――宣戦布告。 「月斬―――――――――――――――――――――――――――――――――――全ッ!!」  振り下ろした剣から、月の如き光が飛び――光の斬撃が、ナチの全身を飲み込んだ。 ■ 第20話 The East ONE AND Dragon Head  ...END ■