――RPG世界観SS『ガレットとガスト』――  新王立魔法研究所にはいくつかの倉庫がある。  その中でも重要とされるのは第八倉庫であった。  そこは人魔大戦以前――つまりガレットの四代ほど前の先祖、ガトー=フラシュルが所 長を務めていた頃の資料や魔導具が収められている倉庫だった。  旧王立魔法研究所にはこの倉庫五個分にもなる資料、魔導具があったが、人魔大戦の折 には多くの資料が焼き払われ、皇都が陥落した後、ガトーが蒐集、作成した魔導具のほと んども大戦に使用された。  そして現在、旧王立魔法研究所の所員が各自で持ち出し、保管していた全てを集め、保 存しているものの、それほど多くの資料を集める事は出来なかった。  それほどまでにガトーの技術は魔物にとっては脅威であり、また人類にとっては有益 だったのである。  それが、ガトーの意図したとおりに使われたかは別だが。  そして、王立魔法研究所の若き所長、ガレット=フラシュルは研究員に頼まれて、ハロ ウド=ガスト=グドバイと共に件の第八倉庫を掃除、整理していた時の事である。 「ガレット、これなんだと思う?」  ガストに声をかけられてガレットは、はたきを振るう手を止め、ガストの差し出したも のを見る。  他のものが綺麗に箱に入れられ、ラベリングされて保管しているのに対して、それは少 々様子が違っていた。  小箱に入っている点は他のものと同じである。  しかし、それに内容物の表記は何も無く、赤い札が貼られているだけだった。 「これなんだ?」 「いや、分からん」  とりあえず、ガレットはそれをポケットの中に入れた。  ラベリングがされていないのならば、中身を確認してしっかりと書き込む必要がある。 この様子だと目録にも記されていない可能性がある。そう言ったものを見つけたからには 所長として放っておく事は出来ない。 「おい、今開けようぜ」 「その前に、全部綺麗にしないと駄目だろ」  そう言ってガレットは三角巾を巻きなおし、はたきを振る手を再開した。                  † † † 「相棒、そもそも俺らには火力が足りないと思わないかね」 「うるさいな。でも確かにこんなただでけぇだけの包丁だけじゃ到底これからもやってい けると思わねぇしなぁ」  ガストはガレットの所長室で自身の相棒であるダマスカスの晶妖精ロアージュとそんな 会話を繰り広げている。 「ちょっと静かにしてくれよ。この封印意外と手ごわいんだから」  ガレットは先ほどの割烹着姿のまま小箱を調べている。  椅子はガストが占領しているため、立ったままだ。 「手ごわいって何だよ。封印なんてお前の専門分野だろ」 「参番結界が亜流なんだよな……」  ガレットはすっかり集中してしまっており、ガストの声が聞こえていない。  その様子を見てガストはロアージュと見合って肩を竦めた。  ガレットはぶつぶつと呟いて本棚から古びた本を取り出し、ぱらぱらとページをめくる。 「亜流だったらこの項にあるはずなんだけど」  手馴れた手つきでガレットがめくっている書物は、ガトーが記した「魔導目録」の原本 である。それには結界の創造の仕方から破壊の仕方まで懇切丁寧に書き記しており、現在 各国で出版されている魔導目録にはこの項目も載るはずであった。  しかし、出版する際の編集者である皇七郎との事前の時、スリッパで頭をはたかれ「皇 都の結界の破壊方法まで載せる馬鹿がどこにいる!」と怒鳴られ、結局その項目はお蔵入 りとなったといういわくつきの項目が残っている唯一の原本である。 「あぁ、これか」  ガレットは文章を指で追いながらちょうどその記述を見つけ、唱える。 『我――血族なり』  すると、先ほどまで何をしてもはがれなかった赤い札がぺりぺりと乾いた音を立てては がれた。 「お、取れたじゃねぇか。何々、中に何はいってる?」  ガストは椅子から立ち上がり、箱の中身を覗き込む。 「……何だこれ」  そう言って中から二つの不思議な物体を取り出す。 「お前見たことあるか?」 「いや、見たこと無い……。こんなの目録にも載ってないし」  ガレットはガストからそれを取り上げ観察する。  一つは真っ赤な色をしており、もう一つは透き通った青い色をしている。 「うーん……、材質はヒヒイロカネとオリハルコンかなぁ」 「んな、材質なんて分かったって意味ねーじゃん。何に使うんだよ」  ガレットとガストが二人して頭を抱えていると、 「何むさっくるしいことしてるんだい」  扉の方から声がした。  そこにいたのは―― 「げ、ババァ!?」 「エデンス先生!!」  二人の恩師であり大師匠でもあるエル=エデンスであった。 「こ、の、子、は……」  エデンスは音も無くガストに近寄りコブラツイストをかます。 「ババァじゃねぇっつってんだろ!」  ぎりぎりと音を立ててガストの骨がきしむ。ガストはエデンスの腕をぺちぺちと叩いて 「ギブギブ」なんて言っている。  さすが笑顔で呪うエデンス先生だとガレットは思う。 「んで、さっきアンタ達何見てたの」  ガストにコブラツイストをかけたまま、エデンスはそう口にする。 「あぁ、これですよ。第八倉庫を整理してた時に見つけましてね」 「ふーん、見してよ」  エデンスは魔法をかけその二つを浮遊させ、三百六十度様々な方向からそれを観察する。 二、三分眺めた後に「あぁ、懐かしいなぁ」と呟いた。 「しってるんですか?」  ガレットがそう問うと、コブラツイストをようやく解いて、ぷかぷかと空中に浮いてい るそれを取る。同時にガストが崩れ落ちた。 「こりゃね、あんたのご先祖様のガトー坊主がどっかで見つけたもんだったかね。先の人 魔大戦で魔導式の機械が多く生産されただろう? あれらのほとんどはこいつの原理を利 用して全部あの坊主が作ったんだよ」  まぁ、本人が使った欲しかったようには使ってもらえなかったようだけどねと呟く。 「で、バ――、先生。こいつは元々はなんだったんだ?」 「さぁ?」  重要なところをエデンスは知らなかった。それを知ってガトーもガストも肩を落とす。 「何だよ使えねぇババァだ――ゴフッ!」  ガストのみぞおちにエデンスの足が食い込む。「大丈夫か、相棒」と、ガストの心配を するロアージュを見て、エデンスは晶妖精との関係はまずまずだなと思う。 「まぁ、元々何に使われてたのかは知らなかったけど坊主が何に使おうとしてたかは知っ てるからね。この時に出てくるなんていい機会さね。坊主の遺志をついでしっかり作って あげようかね」  そう言ってエデンスは二つの機械を懐に仕舞い込んだ。 「あ。先生、困りますよ持ってっちゃ。一応――」  ここの物なんですから。と言おうと思った。しかし、エデンスの眼光は鋭く、反対する 事なんて出来なかった。 「いいかね、ガレット君。私が今懐に入れたものは君が管理している倉庫目録にも載って いないものだ。つまり、これはこの王立魔法研究所内に存在していない。だからこれを君 が自分のものだと主張してもいいと思うのかい? 答えは否だ。と、言うよりも――」  ――ご先祖様が何を作ろうとしていたか興味はないの?  そう言われてガレットは何も言えなくなってしまった。  ガトーが何を作ろうとしていたのかがとても気になったからだ。 「じゃあ、そういうことで。ほら、いつまで寝てるんだい。起きな」  エデンスはガストの頭を蹴っ飛ばす。 「いってぇな。なにすんだよ」  頭を押さえながらガストは起き上がる。 「いいから、ウォンペリエに行くよ」 「え、ちょっと待ってよ。俺これから旅に出るんだって!」 「うっさい」  エデンスはガストの襟首を左手で持ってずるずると引きずってゆく。  ガレットはその後姿に問いかける。 「先生は……何でここに来たんですか?」  ぴたりと歩きを止めてその質問にエデンスは振り返らずに答えた。 「ガトーに呼ばれたから――、あとは生徒の顔を見にかな」  そして、エデンスは背を向けたまま手をひらひらと振り、部屋から出て行った。                  † † †  そんな事があってから、数ヶ月があっという間に過ぎた。  最初の一ヶ月ほどはガトーはどんなものを作ろうとしていたのだろうと想像が尽きる事 は無かったが、二ヶ月、三ヶ月過ぎていくうちに日々の忙しさからか、ガレットの頭から その事は段々と抜けてゆき、とうとうすっかりと忘れてしまっていた。 「んじゃ、今日はここらで帰る。色々とありがと。今度食事でもおごるよ」 「あぁ、きにするな。大丈夫だよ」  手を振ってリカナディアを送り出したあと、王立魔法研究所内にある自室に戻り緑茶を すする。リカナディアの無理難題をこなした後の緑茶は美味い。 「さ……て、それじゃ一眠りするかなぁ」  そう言ってガレットはベッドに倒れこんだ。  太陽の臭いがする温かい掛け布団。掃除のおばちゃんが干しておいてくれたのだろう。 柔らかい布団に包まれて、ゆっくりと意識が混濁していく。  その時、自室のドアを物凄い勢いで叩かれ、覚醒してしまった。 「なんだなんだ!?」  ガレットは急いでドアに向かう。  緊急事態の可能性がある。魔物が攻めてきたのだろうか。 「どうした!」  勢いよくドアを開けるとそこにはガストは立っていた。 「お、久し振り。何してたんだよいままで」  ガレットがそう言うとガストは満面の笑みを浮かべる。 「いいから、ちょっと訓練室来いよ」  何故訓練室なぞに用があるのか分からぬまま、ガレットはガストの言うとおり訓練室に 向かう。 「なぁ、一体どうしたんだよ」 「いいからいいから」  ぐいぐいと背中を押されてガレットが訓練室に入るとそこにはエル=エデンスと赤と青 の二本の刀が突き刺してあった。 「あ……」  それで、ようやく数ヶ月前の事を思い出した。 「お久し振りです」  エデンスに頭を下げる。 「ガレット、そこにあるのがあんたのご先祖。ガトー=フラシュルが作ろうと考えていた もんだよ」  エデンスは二本の刀を指差した。 「まぁ、これがどういうものかって説明はおいといて、まずこれからガレットとガストに 戦ってもらおうと思う」 「は?」 「いや、だから戦ってもらうんだって。ガストにはこの二本を使ってもらって、あんたは ……まぁ、結界魔法あるから大丈夫でしょ」  無責任にもほどがある。  ガストはノリノリで二本の刀を引き抜いた。 「ガレットォ……、こんなふうにすんの久し振りじゃねぇか」  元々ガストとは学生の時分から仲がよく、暇さえあれば戦闘訓練を繰り返していた。  こうなっては仕方ないとばかりに視線がばれないようにするためのサングラスをかけ、 ガレットは深呼吸をし、息を整え構える。 「始めッ!」  エデンスの掛け声と共にガストは地を蹴り、ガレットに詰め寄り、右手の刀で突いてく る。  ガレットは身体を開きそれを避け、ガストの突きの勢いを利用して前へ投げ飛ばす。 ガストは身体を捻り、着地する。 「クヒャヒャヒャヒャ!」  ガストは大声を上げて笑った。 「デスクワークで鈍ってるかと思ったんだけどな!」 「俺だって一応鍛錬ぐらいしている」  ガレットは構えを整える。 「いくぜ?」  そう言ってガストは刀についているトリガーを引くと、キュイィィィと機械特有の甲高 い音を立て、目には見えない微細な刃が回転を始める。  しかし、ガレットにはそれが何の音だか分からない。  トリガーを引いた行為の真意を測りかねているうちにガストはまた間合いを詰める。  今度はガレットが知覚出来ないほどの速さであった。  ――縮地法!?  ガレットは焦る。  近距離間での空間転移法で、瞬時に近くに現れる厄介な魔法である。  最後に手合わせをした時は使えなかったのだが、どうやら鍛錬を重ねていたのはガレッ トだけではないようだった。 「オラオラァッ!」  右斜め上から迫る赤い刀の腹をはたき、その下に潜り込む。  が、その下には左から青い刀が迫っていた。 「ツラミいただきッ!」  斬撃の速度が増す。 「甘い」  が、ガレットはもう一段下に潜り込み、両足を払った。  足元に注意を払っていなかったガストは足払いに耐え切れず、両手に持っている刀のた め、受身も取れない。 「ぐげっ」  そして、蛙が潰れた様な声を出してガストは倒れた。  ガレットは追い討ちをかけるためすぐに立ち上がりガストの腹部を蹴ろうとする。  しかし、倒れたはずのその場所にガストはいなかった。 「肩ロースかな?」  背後から声がする。  倒れた瞬間に転移魔法を使い、ガレットの真後ろに出たのだ。  ヒュンと、ガストの刀が風を切る音が聞こえる。  普通なら前へ逃げるところだが、ガレットはあえて後ろに飛び退き、ガストにぶつか って刀身に触れないようにした。  ちっと、舌打ちの音が聞こえる。  ガレットはそのまま振り向き右手をガストの腹部に当て。  ――振りぬいた。  衝撃がガストの内臓を突き抜ける。 「カハッ――」  ガストは口から少量の血を吹いて、今度こそその場に倒れた。  倒れこんだのをしっかり見届けてからガレットは構えを解き「鈍ったのは俺じゃなくて お前の方じゃないのか?」なんてからかい半分に呟いた。 「先生ー、終わりましたよ」  ガレットはガストに背を向けてエデンスの方を見る。  しかし、エデンスはにやにやと笑ったままで何も言わない。 「先生?」  その瞬間、背筋に悪寒が走った。  ガレットは考える前に口にしていた。 『――それ』 『――神にて』 『――与えられし』  三つの言語による三層の防壁ワンダフルワールド。  ガレットもガトーと同様にそれを覚えていた。  魔法陣のアシストが無いため、掌大の絶対不可侵領域ではあったが、それでも十分すぎ るほどの力を持っていた。  しかし、今回は違った。  三層ある結界全てが紙の様に引き裂かれる。 「――な!」  一瞬驚いたのち、急いで仰け反るが、愛用のサングラスのブリッジを切られ、ずり落ち る。追撃を食らわぬようにすぐにガストと間を取るが、驚いた一瞬のロスが明暗を分けた。  ガストは縮地法でガレットと間を詰め、拳で思い切り鳩尾を突き上げたのだった。  その衝撃がガレットの身体を突き抜け、世界が暗くなる。  そういえば俺打たれ弱かったなー、なんて考えていた。  朦朧とする意識の中で、エデンスとガストが実験は成功だな。と言っているのが聞こえ た。                  † † † 「と、言う訳でだ。ガトーの坊主が作りたかったのはこれだったんだよ」  ベッドの上で意識を取り戻したガレットにそう言って、エデンスは先ほどガストが振り 回していた二つの刀をベッドの上に放り投げた。 「そいつの名前はヒヒイロカネで出来た赤い色の方が『究極』でオリハルコンで出来た青 い方が『至高』だ。ちなみに正式名称は神殺(カミゴロシ)という」 「神殺しという名前の由来は、この世界で唯一ガトーのおっさんが作り出したワンダフル ワールドを破れるものだかららしい。あれの詠唱を公用語に直すと、それ神にて与えられ し、だろ?」  ガストは自慢げにそう言う。 「は!?」  それを聞いてガレットは思わず大声を上げてしまった。 「え、意味が分からない。なんで折角絶対不可侵の結界を創りあげたって言うのにわざわ ざそんなものを?」 「真実は私には分からない。でも、きっとあの子は根っからの学者だったんだろう」  ガレットの問いを受けてエデンスはそう答える。 「……?」  ガレットは首を傾げる。  エデンスの言葉の意味が理解できなかったのだろう。  それを察して話を続ける。 「簡単な話さ。あれは、自分で作り出した絶対不可侵の結界をはじめて破るのは、自分 じゃなければ気が済まなかったのさ」  にやりとエデンスは笑い、「さすが私の教え子だ」と呟いた。 「それの始末はあんたらに任せる。倉庫に入れるなり使うなり。好きにしてくれ」  そう言ってエデンスは瞬きの間に消えていた。  残ったのはガストとガレット。  そしてガトーの残した二本の刀「神殺」  ガレットがそのうちの一本、青い刀――至高といったか――を持ち上げるとずしりと重 かった。 「で――、それどうするのよ」  その様子を見ながらガストはそう問う。 「んー……」  この、ガトーの遺志が詰まった刀を倉庫に眠らせていいのだろうか。  そう考えると、どうにも煮え切らない。 「なぁ、それ俺が貰っちゃ駄目かな」  ぐだぐだと考えているとガストがそんな事を言う。その顔はおもちゃを前にうずうずし ている子供のようだった。  普段のガレットであれば即却下であったが、少しの間思案し、 「いいよ」  そう答えていた。 「マジかよ! 絶対駄目って言われると思ってたぜ」 「これは、俺には重過ぎる」  至高から手を離し、ベッドの上におく。 「それに、あの人はずっと旅がしたいと言っていたらしい。俺も皇都から出る事は出来な い。だから、お前が連れて行ってくれ。これを――この人を」  ガレットの言葉を聞いて、ガストは笑って答えた。 「もちろんよ!」  人魔統一暦八年の春の出来事だった。  その二年後、ハロウド=ガスト=グドバイは「至高」と「究極」と共に世界中を旅し、 「美味!肉食大全」という本を出版する事になるがそれはまた別の話になる。       『ガレットとガスト』完 おまけ 「『やめろガスト、俺にその趣味はない!』『ふふふ、俺の究極はお前のワンダフルワー ルドを貫くぜ』『やめろ、やめてくれ! アッー!』これね!!」 「ペリッシュ、私の眼孔の中でネタ考えるのはやめてくれ……」