とある学者が言った。『気』というものは、魔法使いとも僧侶とも共通点があるのだと。自 身の中にある力を外に出すという意味では、魔法に等しい。気を遣う戦士というのは、ある意 味では、魔法戦士に等しいのだと。  とある学者は言った。魔法使いとは万物に繋がるものなのだと。彼らは空間中に存在する精 霊たちに呼びかけて魔なる力を使うのだと。気を遣う者も、彼らは大地に流れる気を操ること によって超常現象を引き起こすのだと。  とある学者は言った。気も魔法も僧侶も、本来ならばあり得るものではないと。人間が使え るはずのない現象を、なぜだかわからないが使っているだけに過ぎないのだと。  とある学者は言った。  とある学者は言った。  とある学者は言った――  そして、ジュバ=リマインダスは思う。  それは理屈にしか過ぎないと。  使えるから使うのだ――彼にとっては、剣も気も、魔法も弓矢も妖精も、全ては戦うための 手段、道具に過ぎないのだから。  そして、今日もまた。  ジュバ=リマインダスは、思うがままに――剣を振う。      第二十二話 JUBA'S DISCIPLINE 「月斬――全ッ!」  見様見真似の必殺技が繰り出される。彼の部下、クレセント=ララバイの奥義。月の光を圧 縮して打ち出すそれを、自身の気力で再現した技。技としての本質は異なるとはいえ――威力 の面で、ひけをとるわけではない。並の戦士ならば、防ぐことすら敵わない一撃。  光が通り過ぎた後には、何も残らなかった。ジュバの放った光は龍将軍ナチを飲み込み、そ の背後にまで一気に伸び貫いた。二階建ての頑丈な建物が、光によって切り刻まれて倒壊する。 轟音とたて、濛々と埃が舞い上がった。  剣を振り切った姿勢のまま――ジュバは前方を睨んでいる。埃によって遮られた、その視界 の向こうを。 「……やったのか?」  隣に立つ聖騎士、ユルゲルが油断なく剣を構えながら言った。自身の言葉を、まったく信じ ていない口調だった。余裕のない表情で、煙の向こうを見つめている。  ジュバの頬を、一筋の汗が流れた。汗は頬を伝い、顎から落ち、地面に跳ねる。 「まさか」  短く応えて――ジュバは剣を構え直す。応えるように、ゆっくりと煙が退いていく。少しず つ、視界が晴れてくる。  そこに、いたのは。 「月斬――受けさせてもらった」  剣を正面に構えたまま、傷一つなく立つナチの姿だった。  どう見ても、攻撃が通ったようには見えなかった。鎧に傷一つついていない。一歩として動 いていない。光撃などなかったかのように、平然としていた。 「ハ……化け物め、光を斬りやがった」  自嘲するようにジュバが笑った。ナチが、飛来する光の斬撃を、一刀両断にしたのが彼の目 には見えたのだ。いくら宣戦布告代わりの攻撃とはいえ、手加減などしなかった。これで決着 がついてもよいとばかりに、本気ではなった攻撃を――ナチは、なんとはなしに受け止めた。  微塵も動かず。  微塵も怯まず。  微塵も揺るがず。  龍将軍は、剣を構えていた。 「成程。確かに舐められるようなものではない」  言って――  ナチは、剣を構えなおした。大きく上段に振りかぶる。まるで、龍が背をもたれあげて、咆 哮をするかのような姿勢。天を刺した剣が、光を反射してぎらりと輝いた。その威圧感だけで 、空気がちりちりと放電する。龍将軍の全力に、大気が怯えている。 「全力を以って、手合わせ願おう」  言葉に重ねて。  龍将軍ナチは一気に踏み込み、剣を振り下ろした。十分にあったはずの間合いが一瞬で埋ま り、わずかに遅れて圧力が襲ってくる。ぱんと、速度に空気が弾ける音が響く。剣を振り下ろ すまで一秒とかからない。踏み出しが既に必殺の一撃に繋がっている。ジュバとユルゲル、両 者を間合いにおさめた横凪ぎの一撃。それを、 「全力か、そいつは素敵だな!」  ジュバは、前宙してかわした。剣を杖がわりに空中で前に回り、横に流れた剣の上で前方回 転する。そのまま遠心力を利用して、ナチの脳天へと踵を落とす。いくら全身鎧に守られてい ても、衝撃そのものを完全に無効化できるわけではない――そう思っての攻撃だ った。  けれど。  ・・ ・・・  剣が、撥ねた。  横に流れた剣が――慣性を無視して反対側へと戻ってくる。鋭角すぎる切り替えし。ナチの 力をもってして初めて可能になる不可能な位置からの斬撃は空中にいるジュバを捉え、 「できえば御免蒙りたいものだな」  その剣が、さらに角度を変える。斜めに跳ねたはずの剣が、真上へと跳ぶ。くぐるようにし て横凪ぎの初撃をかわしたユルゲルが、ナチの剣に沿うようにして、自身の剣を切り上げたか らだ。力まかせの一撃ではない。力の方向をずらす一撃。  それに、ジュバは応えた。頭に落とすつもりの踵を咄嗟に肩口へと落とし、ナチの肩を蹴っ て後ろへと跳ぶ。ぎりぎりに真上を、ナチの剣が通り過ぎていく。間合いが離れ、ジュバは空 中で回転し足から着地、 「まだ――まだぁ!」  着地と同時に、前へと跳んだ。入れ替わるようにユルゲルが後ろに飛び、ジュバは上段から 剣を振り下ろす。肩口から腰へと抜ける一撃。クレイモアの切っ先がナチへと迫る。 「来い、東国の覇者よ!」  ナチは――歓喜と共にそれを迎え入れた。真っ向から受けるように、下から上へと大剣を振 り上げる。風圧を伴った一撃が、ジュバのクレイモアと衝突し、  衝突する瞬間。 「東国流――『爪返し』」  クレイモアが、閃いた。  真っ向から衝突するかに思われた瞬間、ジュバの持ち手が複雑に動いた。ぐるりと、円を描 くように。クレイモアの切っ先が、大剣をなぞるようにして一周する。龍の爪をひっぺがすよ うな、ジュバの武器破壊技。遠心力とテコの原理、両方を使ってナチの剣は弾かれ、 「――むぅ!?」  弾かれ――けれど、跳ばない。  大剣は折れることもなく、ナチの手から離れることもなかった。『爪返し』によって力の方 向をずらされたものの――すぐに軌道を修正して上から襲い掛かってくる。  驚いたのは、ジュバのほうだった。 「んな……」  あっさりと『爪返し』を破られたことに驚愕しながらも、それでも身体は動いていた。手首 を返し、クレイモアの腹で大剣を後ろへとながし、そのまま持ち手を代えることなく柄尻でナ チの首を突く。鎧のつなぎ目部分に柄尻は吸い込まれ、 「――ふんっ!」  猛りと共に――ジュバの身体が、下に沈んだ。剣を流されたナチが、その肘を真下へと打ち 込んだのだ。白銀の鎧が陥没し、繰り出した柄尻は胸板に弾かれ、 「――もらった」  首めがけて、剣が繰り出された。  ジュバの身体に隠れるようにして迫っていたユルゲルが、この機を逃すまいと繰り出した一 撃。両手を使い終えたナチは防ぐことができない。剣の切っ先は真っ直ぐに吸い込まれる。  きぃん、と。  剣は――弾かれた。  ナチはよけなかった。どころか、身を大きく前へと乗り出して――兜に備えられた角で、ユ ルゲルの剣を弾き飛ばした。ユルゲルの身体が揺れ、前のめりになったナチは、 「――俺の凄いキック!」  真下から――天を貫くようなジュバの蹴りを食らって吹き飛んだ。  巨体が傾ぐ。胸板を両脚で蹴り上げられ、ナチはよろめきながら後ろへと跳んだ。地面に叩 きつけられたジュバが、両手で地面を押すようにしながら、両脚で真上のナチめがけて力いっ ぱいに蹴りを放ったのだ。勢いのままにジュバは宙を飛び、くるりと猫のように回転して足か ら着地する。  再び、間合いが開いた。  数秒とかからなかった一合の間に――互いに死の危機が、数え切れないほどに訪れていた。 わずかにでも気を抜けば、たちまちに死に至る戦。  それを受けて、尚。 「人間から殴られたのは久し振りだ」  ジュバは皮肉げに笑い。 「なんだその技の名は……」  ユルゲルは呆れたようにため息を吐き。 「汝ら――面白いな」  ナチは、何事もなかったかのように、剣を構えなおした。  この程度の戦は慣れていると、三人が三人、態度で物語っていたのだ。  とはいえ―― 「……なんだあの滅茶苦茶な強さは」  二対一、である。  ジュバとユルゲル、二人を相手にして僅かにもひかなかったナチを軽んじることなどできる はずもなかった。ユルゲルは、隣に立つジュバへと声をひそめて耳打ちする。   ジュバもまた声を顰め、 「十二剣聖は伊達じゃねえってことだろ……」  十二剣聖。  十二人しかいない――人類最強の剣士たち。  伊達や酔狂で、あるはずがなかった。 「なんとかしろ、東国最強」 「お前がやれ、聖騎士」 「こういうのは戦闘狂のお前の仕事だろう」 「綺麗なねーちゃんがいないとやる気が出ないんだよ俺は。大体、あのタイミングで爪返しを 防ぐ相手にどうしろってんだよ」 「……切り替えしの速さといい、基本的な身体能力が違うらしいな」 「それだけなら、楽なんだがな……。十二剣聖である以上、それ以上の何かがあると考えるべ きだろ」  後半はもはや言葉を隠す気もない二人の会話を遮るように。 「相談は、終わったかね」  言って、ナチが剣を構え直した。柄尻を前に、剣先を後ろに。鞘のない抜刀術のような、不 思議な構えだった。若干、剣先が下を向いている。  片刃の大剣、ドラゴンテイル。  構えられるだけで――死を意識してしまう。  死。  死を、意識する。  それは、  戦場を、意識する。  ここが戦場であると――全身で、感じられる。  だからこそ、ジュバ=リマインダスは。 「決まってんだろ――真っ向から打ち破る」  不敵に笑って、剣を構えた。ナチを鏡映しにしたかのように、剣先を後ろに構えた、抜刀の 構え。あるいは、引き絞られた弓矢のような構え。  きりきりと、空気が緊張を孕んでゆく。 「覚悟は、できたようだな」 「最初から――んなもんは出来てんだよ」  ジュバの剣先が、わずかにさがる。  ナチの剣先が、わずかにあがる。 「ジュバ、骨は拾ってやるから安心しろ」 「お前本当いい性格してるな……」  ユルゲルもまた、一歩退いて身を低くした。剣は構えない。いついかなる包囲からでも切り かかれるような、だらんと手を下ろしている。ジュバの斜め後ろに控え、駆け出すかのように 足に力がこもる。 「ならば――」  間合いを置いて。  しかけたのは――龍将軍、ナチだった。 「受けてみるがいい、ジュバ=リマインダス! ――『三ツ首地龍』ッ!」  叫ぶと同時に――踏み込むことなく、ナチは手にしたドラゴンテイルを振り下ろす。射程に は這入っていない。双龍捻里首と、同じように。一歩たりとも動くことなく、ナチは剣を振り 上げ、振り下ろす。軸足にしていた右足を中心に、圧力で地面が陥没し、  振り下ろすと同時に――龍が疾る。  ジュバと同じように、己の気力によって顕現した龍がジュバへと襲い掛かる。剣より生まれ た龍は黄金。三つの頭を持つ龍は、咆哮をあげ――地面をくだきながら、地を走る。抉られた 岩盤が宙を舞う。  ジュバもまた、一歩たりとも退くことなく。 「受けるのはてめえの方だ――――」  剣を、  振り上げることなく、  振り下ろすことなく。 「――大鋭貫ッ!」  真っ直ぐに――打ち出した。  槍を繰り出すような点での一撃。ぎりぎりにまで引き絞ったクレイモアの尖端を正面へと繰 り出す。大切斬が左右に世界を分断する剣ならば、大鋭貫は世界を串刺しにする一撃。巨大な 光の剣が一筋走り、龍の頭を砕きその身体の中を抉り進む。  真っ直ぐに。  真っ直ぐに、龍の放ち手たるナチのもとへと。 「つらぬ――けええええええええええええぇぇぇぇぁぁぁあああっッ!」  ジュバの咆哮と共に、龍の身体が尾まで貫かれ爆散する。光が放射状に飛び散り、なお威力 を失わなかった金の剣がナチへと迫り、 「甘いわ若人!」  ナチの剣が閃いた。上から下へ、下から上へ。剣に答えるように――ジュバの両脇から、二 対の龍が現れる。三つ首地龍。地面を潜るようにして――三つの首が迫っていた。ジュバの一 撃が潰したのは、そのうちの首一つ。  残る首二つが、地面から躍り出てジュバへと踊りかかる。  その、地面から地上へと出る、わずかな間の間に。  ジュバの左手が――クレイモアに、添えられた。 「甘いのは――愛だけで十分なんだよドラゴン野郎!」  両の手で、クレイモアをつかみ。  十数メートルにまで伸びた、光の剣を――ジュバは両手で振り回した。大鋭貫で伸びた剣を ――大切斬のように、振り回す。片手でクレイモアを振うジュバですら、両手で扱うほどの質 量を持った斬撃。高速で移動する光剣は空気を蒸発させながら龍の首を跳ね、返す刀でもう片 方の龍を一刀両断にする。 「愛か! それもまた良し!」  ナチが、駆けた。  ジュバが弐頭を切り刻む間に、ナチは地面を蹴ってジュバとの間合いを詰める。地面が爆発 し、土煙と共に鎧姿が突進してくる。ジュバは咄嗟に剣を振り下ろし、 「ぬんっ!」  振り下ろした剣を――ナチは、両の手を頭上で交差し、受け止めた。  剣一本分も間合いはない。剣の根元近くで受け止めたために、手足を伸ばせば届きかねない 距離で、ナチはジュバの攻撃を防いだ。それでもなおジュバは両断せんとばかりに力をこめ、 ナチの腕が鎧ごしにもわかるくらいにぎちりと膨れ上がる。両の足が触れた地面が陥没し、衝 突の勢いで風が渦を巻く。 「斬られろよ十二剣聖! 八番目は俺が貰ってやるよ!」 「ハハ! まだまだ引退には――速いッ!」  剣が閃いた。ジュバの剣を受けた姿勢のまま、手首だけを動かし、ナチのドラゴンテイルが 水平に閃く。狙いはジュバの首。クレイモアの下を潜るようにして横薙ぎに剣は振われ、 「いいや――ここから先は若者の時代だ」  剣が、弾かれる。  力でなく。  柳のような、技によって。  ドラゴンテイルが斜めに抜けていく。斜めに構えた、ユルゲルのロングソードによって。ロ ングソードの腹をすべるようにしてドラゴンテイルの向きが変わる。いつのまにかジュバの脇 からもぐりこむようにして顔を見せていたユルゲルが、ナチを鋭い目つきで睨み挙げていた。 「貴様――ッ」  ジュバの光剣が消え、ナチの剣が撥ねるようにして返ってくる。初撃で見えた、鋭過ぎる切 り替えし。それを、 「俺の名――忘れたとは言うまいな」  再び――弾く。  自身よりも力のある一撃を、自身よりも速度のある一撃を――ユルゲルは、その巧みな剣さ ばきで受け流す。力を真っ向から受け止めるのでも、真正面から切り返すのでもない。力の向 きをかえ、攻撃を巧妙に無効化していくのだ。  それこそは、まさに。 「不動の緑柱……」  ジュバが呟く。ユルゲルの二つ名を。彼が聖騎士にまで上り詰めた戦い方を。  流されたドラゴンテイルが二度目の切り替えしを行う。三度目の斬撃。一撃目よりも二撃目 よりも早く重く鋭く強い。 「動かずとも――全て受け流す」  三度目も、変わらずに、剣を流した。風に流れた髪が一房剣に巻き込まれて斬れるものの、 肌には傷ひとつない。  完全に、攻撃を受け流していた。 「……もっともこれが精一杯で、反撃などできんのだがな」 「おいおい、最後までハッタリきかせろよ馬鹿野郎!」 「馬鹿はお前だ」  言って、ユルゲルは四度目の斬撃を受け流す。ことここに至って攻撃がきかないことを悟っ たのか、ナチが猛然と後ろへと跳んだ。ジュバはすかさず追撃をかけようとして、  足を、止めた。 「…………」  ナチから放たれる雰囲気を感じて――足を止めざるを、得なかったのだ。 「成程」  ジュバも、ユルゲルも、その動きを止める。ナチは何もしていない。構えてすらいない。た だ立ったまま、一言呟いただけなのに――二人は察してしまった。  今、  今目の前に立っているものこそが、  本当に――十二剣聖と呼ばれる存在なのだと。 「全力で戦うに値する相手ではあるようだ」  言って。  龍将軍ナチは。  剣を――構えた。  今まで見た構えとは違う。両手をドラゴンテイルに沿え、空を貫くかのように、真上へと掲 げた構え。攻撃に向いている構えには見えない。むしろ、なにかの儀式のような構えですらあ った。  それでも、そこから放たれる威圧感は、いままでの比ではない。  そして、ナチは言う。 「ならば――貴公らを『敵』と認識する。受けてみるがいい、本気の一撃を。十二剣聖とは如 何なるものかを、その身で知るがいい」         ・・・・・  言葉と共に――剣が爆ぜた。 「んな――!?」  爆発したようにしか見えなかった。ドラゴンテイルが爆発し、大音響と共に炎が巻き起こる 。不可解な量の炎が爆発の中から生まれ、その炎は消えるどころか、次から次へと増えていく 。ドラゴンテイルはナチが握る柄だけが残り、そこから爆発と炎は連続して起こっていた。爆 発が起こり、炎が生まれる。生まれた炎が育ち、巨大な火炎となって爆発を起こす。天に届き かねないほどに炎は燃え上がり――やがて、炎は。  一つの形を取る。  龍の、形を。 「暁の――」 「――ヴァー、ミリオン……?」  ジュバとユルゲルが、半信半疑の声を漏らす。  それにしか、見えなかった。  剣から生まれた炎は、炎が模る姿は、魔物生態辞典にのっている――そして伝説で伝わって いる、あの龍の姿そのものであったからだ。  原初の朱。  業火と浄化、混沌と平定。この世界の果てを廻る太陽の運び手。煌く焔の翼を纏い、世界に 終焉と再生を運ぶ龍。  事象龍、暁のヴァーミリオンの姿を――その焔は、模していた。 「見よ! そして知れ! これこそが十二剣聖、龍が剣、わが奥義!」  叫ぶナチの姿が歪む。あまりの熱量に空間が湾曲しているのだ。使い手たるナチですら、未 だ完全に制御できない奥義。  それでも――それは、十二剣聖と呼ぶに相応しいものだった。  道具でも媒体でもなく――自身の力と想像力によって、龍を再現する、龍将軍ナチにしか使 えない最強の奥義。  それこそが。 「事象龍剣――――朱龍」  龍が――剣になる。暁のヴァーミリオンを模していた焔が、爆発をやめて収縮する。それは さながら、龍が飛び掛るために身をかがめているようにすら見えた。奇妙な形の大剣に、見え ないこともない。燃えさかる焔だけが、その威力を放っていた。  それを前にして、なお。  その男は。 「ハ――!」  ジュバ=リマインダスは――怯むことを、知らなかった。  事象龍など。  神など。  彼にとっては、彼と、彼の愛する女性たちの生涯になるのならば――容赦なく切り刻むだけ なのだと、その笑みが告げている。 「てめえこそ受けてみやがれ! 俺の全身全霊全力を!」  叫んで――  ジュバは、跳んだ。ユルゲルの背を台代わりにし、一気に空高く飛び上がる。空へと伸びる 事象龍剣の更に上へと、飛び上がる。  さながら、それは。  空に浮かぶ月のように。  空高くに飛び上がり――ジュバもまた、剣を、振り上げた。  クレイモアにそえられた手は両方。両方で逆さに剣を持ち、地面に突き刺すかのように空の 彼方でジュバは構えた。その身体から、その剣から、その笑みから、溢れんばかりの闘志が輝 く。  東国最強を、龍将軍は見上げた。 「くるか――東国最強!」  龍将軍を、東国最強は見下ろした。 「いくさ――十二剣聖!」  そして、男は。  誇りをかけて、剣を振う。             つ     き    お     と    し 「         月          落          堕       !」  光が――――――――――――――――――――――――――――――――――爆発した。 ■   第二十二話 JUBA'S DISCIPLINE ... END   ■