とある聖騎士の話  曰く、彼はいい人である。  曰く、彼はなんでもこなす。  曰く、彼は運がとても悪い。  そんな何処かの誰かさんと色々なところで被っている一人の男がいる。  ファーライト出身の真面目で真っ当な――といってもその何処かの誰かさんを不真面目 で捻じ曲がっているというつもりは無いが――不運を示す6の位に就いている聖騎士。レ ナード=T=ヘリンフィール。  聖騎士とはただの名誉称号であり、その能力の有無や出身地は関係が無い。  そのため聖騎士認定されたとしても彼自身のファーライト内での待遇が変わるわけでは ない。だからレナードは聖騎士認定された日の翌日もいつもと同じようにファーライトで 戦技教官としてひよっこたちの面倒を見ていたし、今になってもその役割は変わらない。  忙しいなりに充実している日々だ。と本人は思っている。  だけど充実しているからといって休みが無いでは人として困る。教え子たちには申し訳 ないが月に一度の休みが近付く度にそわそわしてしまう。  そして、今日がその月に一度の休日。  いつもよりちょっと遅めに起きて、ゆっくりご飯を食べて読書にふける。  それがレナードの理想の休日の過ごし方である。  しかし、それはあくまで理想だ。  何故なら―― 「おーいレナード! 起きろよ。朝だぞ! しかも休日の朝だ! だらだら昼まで寝てる なんて勿体ねーってば」  彼の魔剣りっぴー君(自称)がそれを許さないからだ。 「ふぁ……。ってなんだまだこんな時間じゃないか」  欠伸をしながら寝惚け眼で時計を見ると朝の六時。結局、いつも起きる時間と同じに起 こされてしまう。 「眠いからもう少し寝かせ――」 「うるさいうるさいうるさーい! ほら、さっさと起きろってば!」  レナードの言葉を遮ってりっぴーはまくし立てる。 「分かったよ。分かったからちょっと静かにしてくれ……」  そう言って温かいベッドを惜しみつつレナードは這い出した。  大き目のパジャマを着て三角形のナイトキャップを被っているレナードを見て、いい大 人の男のする恰好じゃないよなとりっぴーは思う。 「うぅ……。眠い」  目をこすりながら、パジャマを脱ぐ。  その下にはさすが騎士とでも言うべき、筋肉のついた身体が隠されていた。  そしてパンツ一枚のままりっぴー君を手に取った。 「お、何だ。どうした――って!」  レナードはそのままりっぴー君を振り回す。  この国で一般的に知られている型、ファーライト流剣術。 「単剣巻風――、単剣飛矢――、単剣回転――……」  一つ一つの動作を確認しながら身体を動かしていく。  型の全てを終えた時にはレナードの目はぱっちりとし、身体中汗でびっしょりだった。 「レナード、汗すごすぎ! さっさとシャワー浴びて来い! あとくっせぇ!」 「分かってるよ」  りっぴー君に文句を垂れられてゆっくりと風呂に向かっていくレナードをりっぴー君は ポツリと呟いた。 「あれで普段は寝起きいいんだから、騎士ってのは不思議だ」                 † † † †  レナードは風呂から出たあと七時になるのを待って家を出た。  本当は家でゆっくり本を読んでいたかったのだが、りっぴー君が外に出せとせがむので しょうがない。本を読むことぐらい他の場所でも出来よう。  そう思って普段着を着て腰にりっぴー君を挿し本を抱えて外に出る。  今のご時世どこに行ったって冒険者なる無頼漢がいるのだから、こんな恰好をしていた ところで誰も咎めるものはいない。そしてそのまま行きつけの店に向かう。  店の前で開店の準備をしている主人を見かけ声をかけると、主人は嬉しそうな顔でレ ナードに挨拶したあと、りっぴー君にもしっかりと挨拶をしていた。  ただ、他人の目もあったのでりっぴー君はそれに返さなかった。  傍から見れば奇妙な光景に見えただろう。 「おや、ところで先生。今日はおやすみですかな?」 「えぇ、まぁそうですね。本当は家でゆっくりしているはずだったんですがこいつが……」  と、沈黙を続けているりっぴー君に目をやる。 「そうですか……。立ち話もなんですから、ささ中へどうぞ」  主人の案内に従ってレナードは店内に入り、いつもの席――カウンターの奥から二番目 に腰を落ち着ける。朝食を摂っていなかったのでメニューに目を落すと主人が話しかけて きた。 「先生、ご飯食べてないんですか」 「えぇ。まぁ……」  レナードのその言葉を聞いて主人は嬉しそうな顔をする。 「先生!」  そう言って主人はカウンターを越えて乗り出してくる。その目は爛々と輝いており、あ まりの勢いにレナードは少々引いてしまった。 「な、なんですか?」 「実はですね。聖騎士定食なるものを作ってみたんですよ。ただ、許可無しに作っちゃや ばいかなぁと思いまして」 「それで……?」 「レナードにお墨付きを貰おうってこったろ。商売根性が据わっているというかなんとい うかまぁ……」  あまりに察しの悪いレナードのためにりっぴー君が無い口を開いた。 「その通りです。りっぴー君は冴えてますね」  りっぴー君の言葉に主人は頷く。 「と、言うわけで朝食摂っていないんだったら、食べてもらえませんかね?」 「え、あ、はい」  勢いに負けて結局聖騎士定食を頼む事になった。 「聖騎士定食か。どんなのが出てくるんだろうな。まぁ、こういうのは大抵不味いっての が相場だけど……」 「でもご主人の料理は美味しいからね。まぁ、期待しながら待ってようか」  りっぴー君の話を聞きながらレナードは家から持ってきた本を開き、読み始める。  ガトー=フラシュル著の『魔導・真理入門』だ。そろそろ教え子たちに魔法簡単な支援 魔法を覚えさせる頃なのだ。なんだかんだで騎士にも魔法は必要だ。  騎士は誰かを護るために戦うものだ。というのが彼の持論である。だからこそ、戦い方 だけでなく、そういう魔法も時には必要となるのだ。  りっぴーが横で何か言っているが、適当に相槌を打ちながら本の方に集中する。  特に何を覚えさせればいいのか。  毎度新しい教え子を持つたびに悩む。  生徒の性格によって教える魔法を変えなければいけないからだ。  あいつにはこれを教えよう、あいつにはあれ――。などと考えているうちに頭を小突か れ「先生! 出来ましたよ!」そう言われた。  本から目を離し顔を上げるとそこにあったのは――肉の山。 「……。これが聖騎士定食ですか?」  レナードがそう問うと主人は満足げな顔をして頷く。 「聖騎士の豪華さを肉で表してみました。どうですかね」  正直――コメントしづらい。  鉄板の上に山のように盛られた肉と、これまた山のように盛られたパン――これはライ スにすること出来るらしい――これのどこに聖騎士の要素が入っているのだろうか。 「はは……。いいんじゃないですかね」  言葉を濁す。 「便利な言葉だな」  腰元でぼそっとりっぴー君が呟く。軽く手で柄を叩いたあと聖騎士定食に手をつけた。                 † † † † 「うー、もたれる……」  お腹を押さえながらレナードは中央通りを歩く。 「だから無理すんなって言っただろ」 「だって残したら牛と豚と鶏に申し訳ないじゃないか」  聖騎士定食は見た目もすごいが内容はもっとすごかった。しかもいい肉を使っているの で脂の量が多く胃にくる。  なんとか全部食べきったが、あの量を食べられる人間はそういないだろう。  腹が張ってしまったので食べ終わったあと本を読んで二時間ほど店で過ごした。 「うー。うー」 「唸るなってば!」  太陽はすでに高くなり、人の活動も活発になっている。  だというのにりっぴー君は気にする様子も無くぺらぺらと喋る。 「さっきまでは人目を気にしてたのに……」  いくら注意しても聞かないのはもう分かっているのでため息混じりに呟く。 「男のため息ほど気持ち悪いもんはねぇな。女の子のため息なら絵になるのに」  りっぴー君の言葉を無視してレナードは中央通りをぶらつく事に専念した。  露店や店をぶらぶらと見て回り、ぼったくってるなぁとか、営業法違反だなぁとか、晶 妖精が宿っている宝石欲しいけど高いなぁとか。  そんな事を考えながらウインドウショッピングを楽しんでいた。  その時―― 「ひったくりよ!」  女性の大きな声が通りに響いた。  レナードが声のする方を振り向くと被害者と思しき女性が通りにへたり込みながら何か を指差している。  その指の先に目をやるとチンピラ風の男が女もののバッグを右手に持って走っていた。  何らかの魔法を使っているのだろうか。その男はあっという間にレナードの隣を抜けて いってしまった。 「どうすんの?」  りっぴー君が話しかける。 「決まっているじゃないか」  笑ってそう答え、りっぴー君の柄に手をかける。 「範囲指定一、距離百二十」 「おっけー」  柄を握り締め、 「単剣――抜刀」  高速で鞘からりっぴー君を抜き放った。  その衝撃が空気中を伝わり男を突き抜ける。  瞬間、男は全裸になった。  服は全てびりびり破け、バッグは持ち手の部分が綺麗に切れて男の手から離れた。  それを確認してレナードはりっぴー君を鞘に仕舞い男に背を向けた。 「成敗!」 「りっぴー……。それやめない?」 「何言ってんだよ、カッコいいじゃないか」 「そうかなぁ……」  そう言って急いでその場を離れる。今日は休みなのだから巻き込まれて事情聴取だの何 だので休みが潰れてしまうのは困る。  中央通りから脇道に入る時、大勢の人間の悲鳴が響いた。 「なんだなんだ?」  りっぴー君がそう言い、レナードが頭だけを出して中央通りを覗き込む。  なんと、チンピラの周り十数メートルに渡ってほとんどの人間が全裸になってしまって いたのだ。 「……」  無言のままレナードがりっぴー君を睨みつける。 「範囲指定一って言ったよね?」 「……〜♪」 「口笛吹いてごまかさない」 「ごめん、範囲指定七(しち)と聞き間違えちゃった。てへ☆」 「てへ☆じゃない! この馬鹿ちんが!」  そう叫んでレナードはその場から走って逃げ出して、家に帰った。  勿論、翌日目撃証言等からレナードがこの事件に関与している事は簡単にバレ、王女に こってり絞られたのは言うまでも無い。  彼の名前はレナード=T=ヘリンフィール。  彼の魔剣の名前はリッピングフォース。自称りっぴー君。  聖騎士の中でも不運を示す六の位を持つもの。  彼が幸運に恵まれる事は文字通り死んでもない。  それでも彼は生きていく。聖騎士として、護りたいものがあるから。  とある聖騎士の話(了)