人魔大戦後SS                 『ある愛の詩』  よし、落ち着け俺。  ご先祖様だって『魔導・真理入門』のはじめにで書いていたじゃないか。「魔法使い、 魔術師、魔導師。様々な呼び名があるが魔道に携わる者全ては冷静沈着を常とせよ」って。  現状確認。今いる場所は王立魔法研究所第九倉庫、理由は分からないけど扉が開かない。 明かりも無い。スペースもない。無い無い尽くしだ。で、閉じ込められたぐらいなら別に 問題はない。本当にそれだけだったら問題は無いんだ。問題は―― 「ガレット? 大丈夫?」 「あ、あぁ……」  隣にリカナディアがいることだ。  くそっ、こんなことなら朝シャワー浴びておけばよかった……じゃなくて!  こんな暗闇で大好きな女の子と二人でいたらどうかしちまうぞ! 「ホントに大丈夫? 汗すごく掻いてるよ」 「大丈夫……。アーキィこそどうなんだよ」  ちょっと気遣って男らしさをアピールしてみる俺。  こういうときにこそ女性に優しく! と、ご先祖様の日記に書いてあった。 「僕は大丈夫だよ。ガレットとは違うし」  それは体の強さのことを言っているのかそれとも生物学上のことを言っているのか気に なったが、頭に血が上った状態の俺には判断しかねる。  …………。  ……。  沈黙。  とりあえず俺もリカナディアもどっちも何も話さない。  今気づいたのだが、リカナディアと俺に共通する話題はほとんど無いのだ。  俺はリカナディアに機材を貸して、リカナディアは俺にその分の料金を払う。  そんななんでもない関係なのだ。俺が勝手にリカナディアを好いているだけ。  リカナディアの家についてはよく知っている。でも、リカナディア自身について俺は全 くと言っていいほど知らなかったのだ。 「はぁ……」 「どうしたの? やっぱり具合悪い?」  思わず出てしまった俺のため息を聞いてリカナディアは顔を覗き込んでくる。顔は暗く てよく見えないが、いい匂いがした。 「べ、別に……なんでもない」 「そっか……」  そしてまた沈黙。  先ほどまでの興奮はどこに行ったのやら、俺はブルーな気分にどっぷりと浸かってしま った。 「あのさ」  沈黙が続くのかと思ったが、意外なことに声をかけてきたのはリカナディアだった。 「なに……?」 「今思ったんだけどさ、僕ガレットの家については知ってるんだけどさ、ガレット自身の ことあまり知らないことに気づいたんだ。ほら、今までずーっと機材借りたりだけの関係 だったじゃない。だから、その……。ガレットの家じゃなくて、ガレット自身のことにつ いて知りたいなー……なんて」  と言ったあと、駄目かな。駄目だよね。と言って力なく笑う。 「誰が駄目なんていったよ」 「え……?」  このときの俺の声は心底うれしそうな声になっていたと思う。  だって、好きな人が自分と同じことを考えていたのだから。 「いいよ、教えてやる。ただし、俺のことだけじゃ不公平だ。アーキィ、お前のことも教 えろよ?」 「うん!」  そんなわけで俺は俺のことについて話した。生まれとか、好きな食い物だとか、嫌いな 食い物だとか、好きなこととか、嫌いなこと。  とにかく俺のことについて沢山話した。  リカナディアのほうも大体同じ様な話をした。  共通の趣味が料理だと――ガストには負けるが俺も料理は好きなのだ――知っていつも よりもリカナディアが近く感じた。 「……とまぁ、僕はこんな感じかな。まぁ、話してないこともあるけど、ガレットも話し てないことあるでしょ? お互い様ということで」  そう言って暗闇の向こうで彼女は笑った。  まぁ、なんとなくばれている様な気はしたけどな。ご先祖様の七光りって言われて喧嘩 して負けるなんて恥ずかしくって言える訳が無い。 「……」 「……」 「……ガレット、寿命が違うって悲しいことなの」  そうリカナディアは呟いた。 「……え?」 「好きな人は皆いなくなってしまう。大好きだった所長も、お兄ちゃんも皆……」 「……」  俺は、何も言うことができない。  それは変えることの出来ない彼女の過去だから。  でも―― 「じゃあ、俺が一緒にいてやるよ」 「え――?」 「俺が一緒にいてやるって。今はまだそんな力は無いけど、いつかアーキィとずっと一緒 にいられるようになるから」           だから――                 ――そんな悲しい顔をしないでくれ。 「……」  俺、今何言った?  どっからどう聞いても告白じゃねえか!  うあー、やばい。顔が真っ赤になってるの分かる。真っ暗でよかったー。顔見えねぇも んな。  ……って、リカナディアが黙ってるよ。  やめてこの沈黙。恥ずかしい上になんだか死にたくなっちゃうよ!  うわー、うわー、超若気の至り!  あ……。  それで気付いた。  リカナディアの上の箱が――、 「危ねっ!」  リカナディアを突き飛ばした。  ガラガラドッシャーン!  と、ある意味天然記念物並みの典型的な音を立てて箱が俺の背中に落ちてきた。 「いてててて……」 「大丈夫?」 「あぁ、だいじょ――」  うぶ。と言おうとして、目を開ける。  腕と腕の間にリカナディアの顔があった。  目と鼻の先数十センチ。こんなに近くでリカナディアを見たのは初めてだ。 「……」 「……」  また沈黙。やけに多いな。  と、言うよりもこの体勢はやばい。今誰かに見つかろうものなら――、 「しょちょーッ! ここですかーッ!?」  でっけぇ声のちっちぇ女が入ってくる。後ろからは小さい男。 「あ」 「あ」 「あ」 「あ」  異口同音に声が漏れる。 「ちょ、ガスト! あんた所長に何やってんのよ!」  小さい女はマキア=ナクティス。リカナディアの助手。 「おいおいおい、ガストー。抜け駆けはゆるさねぇぜー」  小さい男はハロウド=ガスト=グドバイ。料理研究家であり、俺の悪友。  勘違いしやすい奴と色々とこじれさすのが大好きなやつ。  あー、終わった。  マキアの「死ね!」の一声で意識がぶっつり途切れた。                 † † † †  目が覚めると自室のベッドの上だった。  ベッドのすぐ近くに椅子を置いてリカナディアは本を読んでいた。 「起きたんだ」  俺に気付くや否や、本を閉じてそう声をかける。 「ガストとマキアはちょっと煩いから外に出てもらってる」 「そうか……」  片腕を目蓋の上に乗せる。  真っ暗。  さっきのことについてリカナディアは何も言わない。 「もう、大丈夫かな?」 「あぁ、大丈夫」  彼女の顔は見えない。どんな顔をしているのだろうか。  でも俺は怖くて見ることが出来ない。  ガタガタと、椅子を戻した音が聞こえ。 「明日早くからちょっと用事があるから――ごめんね」  そう言って、ドアのほうへと向かう足音が響く。  なんだ――俺は振られたのか。  ガチャ、とノブに手をかけた時声が聞こえた。 「とてもじゃないが、その程度の腕では自分の身も守れない。そんな君がリコを護るなど とよくぬかせるな。と所長なら言っているところかな」  俺は腕を退け、勢いよく起き上がる。  そこには、リカナディアの笑顔があった。 「もっともっと、強くなって。私は――待っているから」  彼女は顔を伏せて、出て行った。  頬が赤くなっていた。                 おわり