人魔大戦後SS               『或る夜の出来事』 「村、ないね」 「そうですね……」 「というか、森すらないね」 「そうですね……」  真夜中、荒野のど真ん中に二つの人影があった。  一人は異様に長い刀を背負った黒い長髪の少女  もう一人は馬鹿でかいククリナイフの化け物みたいな剣を腰に提げた栗色ショートカッ トの眼鏡をかけた女性。  二人はランプを翳して一枚の地図を囲んでいた。 「私たちの方向音痴も大概ですけど未だかつて地図でここがどこだか判らないことってあ りましたでしょうか」 「ないけど……。あ、もしかしてこれ――」  眼鏡をくいっと上げて、女性は地図を検める。 「どうかしたんですか、ビスカさん」  ビスカと呼ばれた眼鏡の女性は地図を見たまま硬直し、数秒後頬を引きつらせたあとで、 「いひ、いひひひひ」  とまるで壊れた人のように笑い出した。 「ど、どうしたんですか」  黒髪の少女が心配そうな目で見ていると、ビスカが古い人形の首を無理やり動かしたみ たいにぎぎぎぎぎとゆっくり少女のほうを向いた。 「刀子ちゃん。これ、人魔大戦以前の地図よ」 「え、そうなんですか」  刀子と呼ばれた少女はビスカから地図を受け取り確かめてみる。  すると確かに大陸の形が所々違うし、すでにない国名が記されている。 「あ、本当ですね」 「多分、あの時取り違えたんだ」  日中、キャラバン隊に会った時ビスカは荷物をばら撒いてしまった。荷物は全て回収し たはずだが、おそらくその時に地図を取り違えてしまったのだろう。 「今日こそベッドで休めると思ったのになぁ……」  ビスカはがっくりと肩を落として俯いた。 「にしても人魔大戦も迷惑な話ですよね、大陸の地形まで変えてしまうんですから」  落ち込んでいるビスカを尻目に、刀子はそんなことを言って地図上を指でなぞりながら ここらも前は森だったみたいですし。と呟いた。 「さて、ここでじっとしている訳にもいきませんよね。とりあえず、野宿できそうな所探 しませんか?」  刀子のその提案にビスカは頷いて立ち上がる。  長身のビスカとちんちくりんの刀子が並ぶとまるで山と谷である。このでこぼこコンビ が一緒に冒険するかはまた別の話であるが、とにかく大人と子どもである。 「んー」  刀子は赤い目をぐりぐりと動かして、周囲を確認する。夜間にだけ身体能力が上がるこ の力はどうやら五感にも適用されるらしく、特殊な力を持たないビスカは刀子のこの能力 を少しだけうらやましく思っていた。 「少し歩いたところに一本大きな木があるみたいです」  と、言われたところでこの暗さの中でビスカに見えるはずもない。  そうはいっても刀子の目を疑う必要性もないわけで。 「んじゃ、今日はそこでキャンプということで」  荷物を持って移動を開始しようとしたとき、 「ビスカさんッ!」  刀子に背中を思い切り蹴られ、前方数メートル先に吹き飛んだ。  背中に手を当て振り向くと、直前までビスカがいた位置の土が盛り上がりそこから魔物 が姿を現した。巨大な四肢の爪を持つ甲鱗種―― 「――ノルトランドドラゴン」  二人が同時に呟く。  肉食性で、穴を掘りそこで獲物を待ち続ける魔物。爪や鱗には鉱物資源中から取り出し た鋼鉄などを独自で分解、再構成した金属が含まれており、生半な火力では到底倒すこと はできない。 「ビスカさん、この魔物って爪とか鱗がいい値段で売れましたよね」  刀子の赤い目が妖しく光る。 「あ、まさか――」  ビスカが言い終わる前に刀子は背中の長刀「霧咲」を構えた。 「一閃ッ!」  掛け声とともに霧咲が高速で鞘から抜き放たれ、ギイィンと鉄と鉄がかち合う音が荒野 に響いた。 「あ」  刀子は呆けた声を出した。  霧咲はノルトランドドラゴンの甲殻を切り裂くことはなく、また傷すらつけることが出 来なかった。  その上、刀子の使った一閃という技はつまる所居合い切りというものな訳で、その性質 上使用したあとすぐには動くことが出来ない。つまりどういうことかというと、大ピンチ な訳である。  ノルトランドドラゴンはその隙を見逃さず刀子めがけて爪を振り下ろした。  が、その爪が刀子に当たることはなかった。どこかから投げられた両手斧がその爪を弾 き飛ばしたからだ。 「っひゃー、こんな所でノルトランドドラゴンとは運がないなー」  刀子は瞬時にノルトランドドラゴンから距離を取り、ビスカと同時に両手斧が飛んでき た方向を見た。  数メートルほど離れたところに、なで肩の女性の冒険者がが立っていた。  爪を弾き飛ばすのと一緒に弾き返され、宙を舞った両手斧を片手でキャッチしながら、 「ま、ピンチはチャンスってやつだぁね。お二人さん。手が必要なら貸すけれど」  二人にそう言った。  何も言わずに二人が頷き返したのを見て、女性は二人に駆け寄った。 「ほい、よろしく。私が補助するから二人はアタッカーね」  それだけ言って冒険者はノルトランドドラゴンに向き直す。 『湧きあがれ――壁』  呪文詠唱をして、地面に手を当てる。すると、地面から高さ三メートルほどの壁がいく つか出現し、そのうち一枚がノルトランドドラゴンの真下から出現してバランスを崩した。 「ほら、今だッ!」  女性が声を掛けるのと同時にマントを投げ捨て、言われるまでもないとばかりにビスカ と刀子がノルトランドドラゴンに向かって駆け出す。  刀子が先行してノルトランドドラゴンにたどり着き、先ほど女性の出した壁を蹴って飛 び上がり、もう一枚別の壁を蹴って三角飛びをして後ろから関節に霧咲を入れる。 「関節も――」  しかし傷はつかない。おそらく筋繊維にまで金属が含まれているのだろう。バックス テップで距離をとり、どうしたものかと考えていると、 「どいてー」  と言いながら巨大なククリナイフ「七天抜刀」、別名バナナ剣を引き抜いてビスカが やってくる。 「だぁぁああ!」  掛け声とともにビスカはノルトランドドラゴンの頭を飛び越え、重力の加速も加えて七 天抜刀を思い切り背に叩きつけた。  それと同時に、ノルトランドドラゴンの体が浮き上がる。あの冒険者がノルトランドド ラゴンの真下に壁を出したのだろう。  ビスカの下に叩きつける力と、ノルトランドドラゴンが浮き上がる力が相互に作用して 大きな衝撃を生んで、ばかん。という音ともに甲殻にひびが入る。 「刀子ちゃん!」 「分かってます!」  刀子はもう一度壁を蹴って飛び上がり、魔力を利用して二枚目の壁に一瞬張り付く。  その一瞬の間に筋繊維の流れを確認し、壁を思い切り蹴って勢いをつけ、流れに沿って 霧咲を突き刺した。  ノルトランドドラゴンはギィと一鳴きするものの決定打とならない。刀子は霧咲を突き 刺したまま詠唱を開始する。 『受けよ怒槌――雷光剣』  そう祝詞で唱えると、霧咲が光を放ちノルトランドドラゴンの体内に電流を走らせた。  バチッという音が鳴り、それからノルトランドドラゴンは動かなくなった。 「お疲れさーん」  刀子がノルトランドドラゴンの背から降りるのと同時に女性はぱちぱちと手を叩きなが ら近づいてきた。 「すごいねー、私感心しちゃったよ」 「いえ、貴方の援護があったからいけました。ありがとうございます」  言葉の上では感謝しつつも、刀子は若干の警戒心を抱いていた。 「で、何で私たちを助けたんですか。それに一人旅も怪しすぎます」  追剥の可能性も捨てきれない。 「困ってたら助けるのが礼儀じゃないさ」 「刀子ちゃん、失礼だよ」 「そんなんだからビスカさんは知らない人から食べ物もらっておなか壊すんです」  ひどい、そんなことしてないと反論するビスカを尻目に刀子はその冒険者を睨み続ける。 「ま、お嬢ちゃんが言うのももっともかもね。でも一人旅に関しては――」  地属性斧戦士だから察してください――と言って涙目になった。 「あぁ、聖ニードレス=ベンチ嬢の呪いですか。じゃあ、いい人ですね」  頬をぽりぽりと掻いて刀子は苦笑した。                 † † † † 「刀子ちゃん」  先ほどの冒険者――リーニィ=エンフォースというらしい――と一緒にざくざくとノル トランドドラゴンの体を切り分けながら、ビスカは刀子に小声で話しかけた。 「あのさ、リーニィさん私たちのパーティーに誘っちゃダメかな」 「そのことなら、私もそう思ってました」  爪や鱗を火にくべながら刀子はそう返事する。 「ああいうテクニカルなこと私もビスカさんも出来ないですからね。まぁ、リーニィさん 自身がどう言うかですけど」 「じゃ、私聞いてくる」  言うが早いか、すぐにリーニィのもとへ行き聞いてみる。すると、 「え、いいの。ホントに? 私血属性斧戦士だよ?」 「属性とか関係ないありませんよ、さっきすごかったじゃないですか」  ビスカがそう言うとリーニィは泣き出した。 「え、え、泣くほどの事ですか」 「だって、私、運悪いし、地属性斧戦士だし……。ふえぇん」  おろおろとしているビスカを尻目に刀子は笑いながらそれを見ていた。 「っく、ひっく……。改めて、リーニィ=エンフォースです。ひっく……。よろしく、お 願い、します」 「よろしくね。私はビスカ=テンリョウです」 「刀子。夢宮刀子です。これからもよろしくお願いします」  こうして、のっぽの女性とセーラー服の少女、そして不運な女性の奇妙なパーティーが 出来上がった。  そんな、荒野の夜の出来事。                 おわり