人魔大戦後SS                 『雨に唄えば』  ウォンベリエにある宿屋の一室でエールを傾けながら三人の冒険者がベッドの上で話を している。 「雨で仕事無いとこんなことしかすることないですね」  黒髪でオーバーテクノロジーが詰め込まれたセーラー服を着た少女がそう呟く。  なるほど、彼女の言うとおり窓の外ではしとしとと雨が降っている。 「逆に言えばこんなことでもない限りだらだらなんてしないよね」  そう言って胸の大きいめがねを掛けた女性がエールの入ったグラスを傾けた。  顔が真っ赤なようでどうも酒には弱いみたいだ。 「にしても、平日の昼間から酒をあおるなんて冒険者じゃなきゃなかなか出来ないわよね」  左右違いのブーツを履いた快活そうななで肩の女性はそう言って笑った。その彼女の周 りには沢山エールの空き瓶が転がっている。酒に一番強いのは彼女だろう。 「そういえば刀子はお酒飲んで大丈夫なの?」 「極東は十五歳から飲んで大丈夫なんです。だから大丈夫です」  刀子と呼ばれた黒髪の少女は頬を少し赤らめながら理由にならない理由を述べた。ふら ふらと焦点が合わなくなってきており、眼鏡の女性ほどではないが刀子も酔いが回ってき ているようだった。 「それにしてもウォンベリエの図書館はすごいですね。ビスカさんが一緒に来てくれな かったら私もっと迷ってました」 「うーん、あそこは生徒でも迷うからね。かく言う私も学院にいた頃は何度も迷って司書 のモーゼスさんには良くお世話になったよ」  ビスカと呼ばれた眼鏡をかけた女性はぽりぽりと頭をかき、それを見て刀子は苦笑した。 きっと、今回も迷ってしまったのだろう。 「そうそう、刀子何か本借りてきたでしょ。なに借りてきたのよ」  なで肩の女性はそう言ってずいっと刀子に向かって乗り出した。少々気圧されて刀子は 顔を後ろに下げてまた苦笑する。 「べ、別に何でもいいじゃないですか。私が何を読んでもリーニィさんには関係ないです よ」  刀子がそうごまかすとビスカが横から刀子ちゃん私にも教えてくれなかったのよと口を 挟んだ。 「あら、ビスカにも教えてないんだ。これはすごく怪しいね」  リーニィと呼ばれたなで肩の女性はにやりと意地悪そうに笑った。 「そら、ビスカ。刀子を押さえて」  言うと同時にビスカは刀子を押さえ、リーニィは刀子の荷物袋をあさり始めた。刀子も じたばたしてなんとかビスカから逃れようとするが、身長差に加えて特殊能力を使ってい ない時の鈍臭さもある為、なかなか逃れることが出来なかった。  そうこうしているうちに荷物袋から数冊の本を見つけ出したリーニィがむふふと笑い始 めた。 「リーニィさん。その本なんですか?」 「あー! あー! だ、駄目ー!」  じたばたしても未だ押さえられたままの刀子は大声を出すしかできなかった。 「えーっと、『波間に漂う』と『たゆたう夢』、それから『愛する人よ』ね。昔からある 恋愛小説だ」  リーニィに書名を読み上げられて刀子は顔を真っ赤にして俯いてしまった。 「あー、私もそれ読んだことありますよー。刀子ちゃんこういうの好きなの?」  ビスカがそう問うものの、刀子は歯切れ悪くごにょごにょと答えるだけで要領を得ない。 「つまり、こういうのに憧れるお年頃なのね」  リーニィがそう言ったのを聞いて、赤い顔をさらに赤くした。要はそういうことなのだ ろう。 「いやはや、冒険者なんかやってるからそういうのに全く興味ないのかと思えば……」  むっふっふとリーニィは笑う。対して刀子は恥ずかしさでこれ以上ないくらいに顔を 真っ赤にしていた。 「お二人はそういうのないんですか……?」  なんとか、自分の事から話を逸らそうとする。 「んー、私はそういうの諦めたね。も、無いわ」 「私はちょっとあったらいいなってくらいかな。勿論、刀子ちゃんぐらいの年の時にはそ ういう風に考えなかったことはないけど……」  と、話を逸らすことには成功したがどうにも現実のようなものを突きつけられた気がし て、刀子は少しだけ頭痛がした。  ――聞かなきゃ良かった。 「で、でもでもっ、本当にあり得ない訳じゃないじゃないですか!」  必死になって現実から逃避しようとするが、現実とは非情なものであり、また年上の存 在というものも非情なものである。 「ないね」 「ありませんねー」  刀子の希望はすっぱりばっさり一刀両断。 「冒険者なんてやってたら恋愛なんてないですよ。刀子ちゃん、現実見よ。ね?」  その上優しくビスカが止めを刺す。  リーニィやビスカからすれば最初から希望を持たなければ絶望を味わわなくて済むとい う老婆心からだったのだろうが、刀子としてはそこは嘘でもいいからうんと言って欲し かったようだった。 「それでも……、理想の男性像とかはありますよね……」  もうホントに最後、これぐらいの理想は持ってもいいだろうとばかりに刀子は質問して みる。 「んー、いるっちゃいるけど……。ビスカは?」 「私もいますよー。まぁ、恋愛出来る出来ないはおいといて、そういうのぐらいはやっぱ 考えちゃいますよね。」  それを聞いて刀子は相当救われた気分になった。 「私はねー、やっぱり人魔大戦期の英雄、カイル=F=セイラムみたいな人かな。地属性 の女の子なら皆そう答えると思うけどね。ほら、地属性って全員が全員とは言わないけど 足遅い人多いじゃない。だからカイルみたいに素早い人には憧れるわ。あとなんてったっ て優しそうだし、魔物との仲を取り持って、帰る最中に暗殺されちゃったとことかさ、も ういい人のオーラが話からもにじみ出てるわよね。あとはあの幸薄そうな顔がいいじゃな い!」  両手を握って熱弁するリーニィ。最後の一つは自分と重ねているような気がする上、少 し思考がどこかにトリップしているように見えるのは気にしないこととして、今度はビス カが話し始める。 「むー、人魔大戦期の人で言うのなら私はガトー=フラシュルですかね。ほら、あのお髭 に逞しい身体! それに皇都の民の為に自分の命が尽きるまで結界を張り続けた博愛! それに年を重ねなければ出ないあの雰囲気なんかもう最高じゃないですか。いや、男は やっぱり頼りがいが無いと駄目ですよね」 「そんなこと言っておじん趣味なだけでしょ」  嬉しそうな顔で語るビスカに意地悪そうな顔でリーニィが茶々を入れる。 「ち、違いますよ。私は落ち着いた人ならいいんです! リーニィさんだって土属性に刻 まれてるテンプレートを口にしてるだけじゃないんですか?」 「違うもんねー、やっぱり男は優しくなきゃ駄目よ。それにちょっと情けないとこがある 方が母性本能かき立てられない?」 「かき立てられません。やっぱり守ってもらいたいじゃないですか。ま、リーニィさんは 守ってもらう必要もないくらい強いからそう思わないんでしょうけど」  などと言葉の上では結構攻撃的なことを言っているが、実のところ相手の嗜好をきゃい きゃい言っているだけでそこらの女学生となんら変わりは無い。  諦めた何だと言いつつもいくつになっても色恋沙汰は面白いものなのだろう。 「で、刀子はどんな人がいいの」  一頻りお互いの嗜好をあーだこーだ言ってからようやく刀子に話が戻ってくる。 「え、えと……、人魔大戦期の人はあまり詳しく知らないので……」  いきなり話を振られたことと、元々極東は人魔大戦に多少しか関わっていない為ぱっと 自分の理想の男性が出てこなかったようだ。 「じゃあ別に今の人でもいいからさ」  リーニィがそう言うと、刀子はまた顔を赤く染めもごもごと、 「その……、ただ、タイプってだけですからね? その人が好きだ。って訳じゃないです からね」  と言い訳をした。  そんな言い方をしたらどう聞いてもその人が好きなのは明白になるのになぁと思いつつ、 リーニィもビスカもにやにやしたままその事を言わないで、刀子が誰の名を出すのかとわ くわくしながら待った。 「えぇと……、こないだ会った夢里皇七郎さんなんかは、好きです。ちょっと少年っぽい ところあったじゃないですか。私、ああいうの好き……かも」 「……」 「……」  数秒の沈黙の後、リーニィとビスカは目を合わせて笑い出した。 「あっはっはっはっは! なに、刀子ああいうのがいいの!」 「そうですかー、刀子ちゃんてショタコンだったんですかー」 「な、ち、違いますよ! ショタコンなんかじゃありません!」  大声で叫ぶが二人には通用しない。先ほど人魔大戦期の人で皇七郎の名前が出てこない ところから、きっと皇七郎のことを本当に子どもだと勘違いしているのだろう。それが好 きということはつまり―― 「ショタコンだよ、やっぱり」 「ち、違います!」  刀子の叫び声が宿屋に響き渡った。  雨はまだ止まないようだ。                 おわり