「・・・3年の水砦だな」 放課後、寮の廊下を悠々と歩いていた水砦蓮乃丞は何者かに呼び止められた。 「はい?何か御用でしょうか?」 その声に対し蓮乃丞は特に警戒する風もなく平然と振り返った。 振り返った先には黒い羽織を着た不機嫌そうな顔の少年がいた。 「・・・四天王の看板、今日限り降ろしてもらう」 少年はそれだけ言うと腕を振るう。 すると、かしゃかしゃかしゃん、と少年の腕が伸びる。 いや、伸びたのは腕ではなくその手に握られた金属製の特殊警棒である。 「あらあら、困りましたわ。わたくしは別に四天王を名乗った事はないんですけどねぇ」 頬に手を当て困ったような笑顔を浮かべる蓮乃丞だが頬に当てていないもう1つの手はいつの間 にか木製の小刀が握られている。ただしその小刀の柄は通常よりもやや長かった。 「という訳ですからお引取り願います・・・あら?そういえばここは女子寮なのにどうして男性の方 がいるのかしら?」 「・・・」 「あ、ひょっとして痴漢さんですか?となると3年生のわたくしとしては可愛い後輩達を痴漢さんか ら守る義務がありますね。ではそういう事なのでちょっとお仕置きさせて頂きます」 「・・・僕は勝勝だ、痴漢じゃない」 そう呟くと少年──勝は警棒を両腕で構えその切っ先を蓮乃丞に向ける。 「勝勝さんですか。うふふ、まぁ言い訳でしたら後でたっぷり聞いてさしあげますわ」 言うと蓮乃丞は腕を振るい、かしゃかしゃかしゃん、とその手に持った小刀を引き伸ばした。 ただし勝の特殊警棒と違い伸びたのは刀身ではなく柄の方である。小刀は一瞬で薙刀へと姿 を変えていた。 「では失礼します」 ブン、と蓮乃丞の薙刀が下から上へと大きく振り上げられる。狙いは警棒を持つ勝の腕だ。 「・・・」 勝は手を僅かに動かしただけでその斬撃を避けたが避けた次の瞬間には二撃目が上から振り 下ろされていた。 今度は避けず振り下ろされた薙刀を警棒で巧みに捌くと警棒から片手を離し、大きく踏み込ん でそのまま蓮乃丞の顔目掛けて拳を放つ。 だが勝の拳は僅かに届かず蓮乃丞もその事が分かっていたかの様に微動だにしていなかった。 攻撃は外れたがそれは勝の計算の内である。 目標を捕らえ損ねた拳は平手となり勢いを保ったまま蓮乃丞の薙刀へと掴み掛かる。 が、蓮乃丞とてみすみす得物を奪われたりはしない。 勝の手が薙刀の柄を掴む寸前蓮乃丞は薙刀を大きく横に薙いだ。 結果勝は薙刀を掴み損ね、それどころかその腹に強烈な一撃を喰らう事となった。 「・・・ぐぅ・・・く」 勝が唸る。当たる寸前咄嗟に身を引いたが大してダメージを軽減出来なかったようだ。 「あらあら、少し手加減した方が良かったかしら?」 蓮乃丞は口ではそんな事を言いながらも攻撃の手は休めず次々と斬撃を放ってくる。 ダメージを負っている勝は嵐の様な斬撃を受けるのが精一杯で先ほどの様に巧みに捌く事は出 来なかったがそれでも大したものである。 そもそも勝の特殊警棒と蓮乃丞の特殊薙刀ではリーチが違い過ぎて勝の方が圧倒的に不利な のだ。 だが勝はその事を知っていながら蓮乃丞に戦いを挑んでおり押されている今もその目は勝利を 諦めていなかった。 と、ここで蓮乃丞が一瞬攻撃の手を止め、くるりと後ろを向いた。 いや、後ろを向いた訳ではない。蓮乃丞はすぐにまたこちらを向いた──これは回転だ。 そして蓮乃丞が回転したという事はその手にある薙刀も一緒に回転したという事でありその長柄 には一周分の遠心力がかかっているという事である。 ガキンッ、と、これまでで最高の衝撃が勝を襲った。 「・・・ぐぅっ」 この斬撃も防いだ勝だったが代償に武器であり盾でもあった警棒を失う事となった。 遠心力のかかった横薙ぎの一閃は金属製である特殊警棒をへし曲げるほどの威力を有していた のだ。 「・・・流石四天王に数えられるだけの事はある」 勝は曲がって使い物にならなくなった警棒を手放さずそのまま強く握り締めた。 しかし厳密には握り締めるというほど強く掴んではいない──というか斬撃を受けすぎた所為で腕 が痺れて力が篭められないのだ。 それでも曲がった警棒を離さないのは構える事で手の痺れを誤魔化すためであり武器にならずと もまだ盾にはなると判断したからである。 とはいえ肝心の盾を持つ手の方が痺れていてはどうしようもない。 ここで勝は大きく後ろに飛び蓮乃丞の間合いの外に逃れる。 が、それを見過ごすほど蓮乃丞は優しくない。 蓮乃丞は大きな踏み込みで開いた間合いを一瞬で詰め神速の突きを放ったが僅かに届かない。 蓮乃丞が踏み込んだと同時に勝も同じ分だけ後退している為である。 いくら下がっても後が無くなる事のない廊下という長いフィールドは今の勝にとって非常にありがた い存在であった。 5部屋分後退したところで勝は持ち続けていた曲がった警棒をようやく手放した──いや、手放し たのではない、蓮乃丞目掛けて投げつけたのだ。 曲がっているとはいえ鉄製の警棒である、当たれば痛い。痛いがこの程度蓮乃丞は目を閉じてい ても避けられるのだ。 あっさりと避けられた警棒は遥か後方でカランと虚しい音を鳴らした。 「あらあら、攻撃に使えないとはいえ唯一の武器を手放してしまうなんていよいよ降参ですか?」 「・・・武器が1つだと思うなよ」 腕の痺れは下がっている間に気にならない程度に収まっている。 勝は懐から新たな警棒を取り出すと伸ばさないまま居合い抜きをするかの如く構えた。 これぞ勝の必勝形、特殊警棒術伸縮居合いの構えである。 「あらあら、そろそろ降参するにはいい頃合だと思うのですけどね」 この構えを見た蓮乃丞はすぐにただ事ではないと察したがそれでも相変わらずの口調であった。 そもそも最初から微塵も油断はしていない。 にも関わらず蓮乃丞は自分の前髪が数本斬り飛ばされるのを防ぐ事が出来なかった。 「・・・っ!なっ!」 蓮乃丞が驚くのも無理は無い。彼女の立っている位置は勝の射程距離から外れているのだから。 勝の斬撃が蓮乃丞の前髪に届いた理由は極めて単純な物であった。 すでに柄だけの状態に戻している為見ただけでは分からないが現在勝が使っている特殊警棒は 5段ロッドタイプであり先ほどまで使っていた3段ロッドタイプよりも30cm弱長いのだ。 いくら蓮乃丞が油断していなくとも届かないはずの攻撃が届くなど予想だにしていない。 「・・・しくじったか」 勝は一言だけ呟くと再び伸縮居合いの構えを取る。 と、ここで蓮乃丞の異変に気がつく。 「・・・よくもわたくしの髪を・・・髪は女の命なんですのよ」 口調こそそのままだが明らかに先ほどまでとは出ているオーラが違う。 「よくも・・・よくも・・・わたくしの髪をっ!!」 次の瞬間、蓮乃丞の顔が般若の如く変化した。 と言うか般若の面を被っただけなのだがその被る速度が尋常ではない速さだった為一瞬で変化し た様に見えたのだ。 こうなった蓮乃丞はもはや別人と言っても過言ではない。 先ほどと比べ物にならない勢いで斬撃を繰り出すと勝の羽織が切り裂かれた。 だが同時に放たれた勝の居合いも同じく蓮乃丞の制服の一部を切り裂いている。 しかし勝が不利なのは明らかだった。 向こうは同じ速度、威力の攻撃が連続して行えるのに対し勝の伸縮居合いは構え、放つという決 まった手順が必要であり合間なく連続して行える物ではないのだ。 「・・・これが噂に聞く般若の舞かっ」 勝は伸縮居合いの構えを取る隙はないと判断し自分も五月雨の如く警棒を振るった。 互いの武器が2度3度とぶつかり合いその度に攻撃の速度が増していく。 と、ここで蓮乃丞がくるりと後ろを向いた。 これは1本目の警棒をへし曲げた脅威の斬撃への前奏曲(プレリュード)である。 だが勝はこの時を待っていた。 一周分の遠心力がかかった斬撃は確かに驚異的だがそれに見合ったデメリットも存在する。 薙刀が一周するという事は蓮乃丞自身も回るという事であり回るという動作は攻撃までに僅かなタイ ムロスと相手に背中を向けるという隙が生じるのだ。 狙うは蓮乃丞が振り返ったその直後である。 勝は警棒を左手に持ち全身全霊を込めた突きを放ちその突きは見事蓮乃丞の顔面を捉えた。 が、同時に右半身に尋常ではない痛みと衝撃が走る。 般若の面が砕け度重なるぶつかり合いでガタがきていた警棒が折れるのはほぼ同時であった。 「・・・仮面に阻まれ、た・・・か」 般若の面が砕け警棒が折れ続いて勝が気ずれ落ちる。 「・・・正直ここまでやるとは思いませんでしたわ」 床に伏せる勝を見下ろす蓮乃丞の顔はいつもからは想像出来ないほど真剣な物であった。 「仮面がなければ相打ちになっているところでしたね・・・これほど切羽詰った戦いはひょっとしたら 入学以来初めてかもしれませっ!?」 顔を上げ前を向いたその時蓮乃丞の鳩尾に何かが突き刺さった。 「・・・い、意識があったんですのね」 再び顔を下げた蓮乃丞が見た物は肩膝をつき自分の腹に30cmほどの警棒を突き刺す勝の姿だ った。 「・・・っ・・・」 蓮乃丞は何かを言おうとしたが結局言えずそのまま意識を失い静かに倒れ伏した。 斬撃とはいっても真剣でないのならば実際はただの同払いに過ぎない。 勝は右腕を犠牲にする事で蓮乃丞の胴払いから胴体を守ったのだ。 とはいえ右腕の骨はもちろん右のアバラも何本かヒビが入ってしまったがそれでも意識を残す事は 出来たのだ。 「・・・油断大敵。武器は2つとは限らない。四天王の看板、確かに頂戴した」 勝は折れたアバラと右腕を庇う様にしながら女子寮を後にした。 翌日、水砦蓮乃丞が勝勝に敗れたというニュースは学園中に広まっていたがその日の内に蓮乃 丞は勝にリベンジを果たし速攻で四天王の座に返り咲いている。 ちなみにその時勝は骨折4箇所、打ち身、打撲多数という重症だったが怒りに燃える蓮乃丞にとっ てそんな事は関係なかったようである。 闇討ちをする時がその後の事も考えて計画的にしましょう。 ◆あとがき◆ 魁子が主役のこのSSの戦闘は基本的に素手による物が多いんですが今回は外伝みたいな物なので武器対武器の戦闘です。 魁子とダブルドラゴンの戦いを書いた時戦闘描写に凄く苦労したんですが武器を持たせただけでかなり書きやすくなりました。 そういう物なのかそれとも私だけなのか分かりませんが大発見です。 今回のを読んでくれた人はたぶんレン先輩が勝つと思ってたんじゃないでしょうか。 これはそんな人を裏切る為に意地悪じゃなくて最初から決まっていた事なのですよ。 勝を四天王にして魁子を敵討ちさせて魁子を四天王にする、そんな予定でした。 予定が変わったのは負けたのにレン先輩が黙ってる訳ないという脳内妄想とオチが必要だったからです。 このSSはシリーズじゃなくて1話完結の読み切りで書いてるので次回への引きとかはいらないのです。 なので今回はこのような展開になったのです。