PSIONIX GARDEN 神谷 狼牙 SS 「井伏と狼牙と暴走族」 --登校前 井伏軸の自宅 ひんやりした工具箱が冷たい。 毎朝、コンクリ剥き出しの車庫の中でバイクのチェックをするのがオレの日課だ。 手際よく愛車の整備を行う。 親父にこのバイクを貰ってからずっとやってきた。 クラッチレバー、ブレーキ、エンジンオイル・・・ 全ての工程は体に染み付いて、寝ぼけていても正確に出来る。 本当ならここまで細かくチェックしなくても大丈夫なんだが、全部やらないと気が済まない。 毎日やるお陰でプロ整備士の親父も驚く速さで出来るようになってしまった。 まあ、実際の所は親父のが早いんだけど・・・ アマにしちゃ上出来って事にしておく。 「さーて行くぜ!」 暖気が終わって愛車に跨る。 ヘルメットを被ってゴーグルを下ろす。 登校だ。 --バイク走行中 オレの名前は 井伏 軸(いぶせ じく) PSIONIX GARDEN、通称ガーデンの高等部3年生。 ガーデンは超能力者達の学校だ。 一般人には手におえない超能力犯罪者や犯罪組織の起こす事件を秘密裏に処理する。 世間一般的に超能力は認知されていないからだ。 まあ目の前で能力を使っても誰も信じやしないと思うけど。 ビデオで撮られてもオカルトだのCGだの言われるのが関の山。 科学でここまで進歩してきた頭のお堅い人間社会に このトンデモな力がちゃんとと理解される事なんて無いと思っている。 ちなみにオレの能力は「機械性能向上」 図面をあらかじめ見せて貰えれば、力学的に負荷がかかる部位を微妙な「力」で補助して 設計者が理想とする完全なポテンシャルを引き出せる。 オレの乗るバイクは常に120%の性能で走れるってワケだ。 朝の冷たい空気に身を晒しながら走行していると、 前に爆音を響かせる黒塗りのバンが現れた。 走れる車じゃ無さそうだが車の裏側に付けられたピンクのネオン管 改造マフラーに低い車高、撒き散らす大音量の音楽。 べったり貼られたステッカー。 今流行りのスポコンカーってやつだ。 オレの愛車は大型二輪だがかなり静かだ。 走れるアメリカンにしてはの話だが。 愛車を着飾るのはオーナーとして当然の行為だと思う。 事実オレも大好きだし、任務で発生した給料は殆どコイツにつぎ込まれてる。 でも周りに迷惑をかけるのはダメだ。 自分が気持ちよく走るのは構わないが、他人の気持ち良いドライビングを奪うのは許せない。 が、オレはただ今登校中。 無視だ無視。 相手は低速だし左車線からすっと抜けば大丈夫だろう。 --バイク走行中2 「ナニアレ、高校生が大型乗ってるぜ」 「ドラッグスターじゃん」 「無免じゃねえの」 赤信号に捕まった・・・。 オレの右車線にはあのバンが。 ライトバンの窓からド派手な頭をした三人組のニイチャンがオレの方に向かって喋っている。 オレも髪の毛、青いしな・・・派手さじゃ負けてないか。 「ボクゥーお父さんのバイク乗ったらだめよー」 「そんなデカイの乗ってたら一発でばれるって、免許とってからにしな」 「おめえも持ってねえだろうが!」 最後の男の言葉で車内の男達がゲラゲラと笑う。 でもまー無視。スルーが一番。 一応解説しておくが、ガーデンじゃ年齢制限に関係なく特殊な免許が取れる講座がある。 国際〜級ライセンス、とか良く言うのに似ている。 戦車とかヘリも操縦出来る生徒もいるらしい。 オレも一通り勉強したけど、バイク以外は取らなかった。必要ないし。 青信号。 思い切り加速。 ダブルクラッチで一気にギアを上げていく。 重低音の効いた愛車の排気音が気持ち良い。 ミラーを見るとバンが遠くにいた。 全く、朝から暇な奴らだ。 この辺りのああいう輩はもう居なくなったと思うんだけど。 --ガーデン到着 生徒専用の駐車場に愛車を入れると、ちょうど高等部1年の祠堂 零(しどう れい)が出てきた。 真っ黒のライダースーツに身を包んだ長身の女子だ。 この子もオレと同じでバイクで登校している。 オレはアメリカン、彼女はバリバリのスポーツタイプが好きだから若干趣味の域が違うが 二輪は二輪、バイクの話が分かる数少ない下級生だ。 何度か整備の仕方を教えた事もある。 オレの姿を見ると、彼女はフルフェイスのヘルメットを脱いでペコっとお辞儀をした。 「おはよ、祠堂」 オレも右手を上げて言葉を返す。 彼女はほんの少し、ほんっの少しだけ微笑んで校舎に入っていった。 ボサボサの赤い髪に金色のメッシュで化粧っ気が無くて、パッと見ヤンキー娘だけど 優しい顔をするとカワイイ。 ニコっと笑ったらもっとカワイイんだけどなァ。 バイクの話題も合うし彼女候補ナンバーワンだな! 無口だけど礼儀正しいし。 でも自分より身長の高い女の子は男としてちょっと自信が・・・ --授業中 キーンコーンカーン 休み時間が終わってドタバタとクラスメイトが席につく。 オレの本領発揮、物理の時間だ。 他にも科学、工学系は大好きだぜ! でも予習のし過ぎで授業が復習の復習だ。 だが手抜きはしない。 好きなモノは120%頑張るのがオレのポリシーだ。 重要な部分は先生の話を一語一句漏らさずメモる。 黒板も全部写すし、言葉もノートにメモるからオレ的には完璧なノートなんだが 他のクラスメイトから見るとオレのノートは凄い読みづらいらしい。 まず字が汚い。 あと、メモを色々な場所に散乱して書くから、余計カオス状態になって読む気が失せるんだと。 そんなワケで、オレのノートを借りるクラスメイトはいない。 ・・・一人居たな。 教室の一番後ろの席に居る 神谷 狼牙(かみや ろうが)だ。 狼みたいな茶髪に長身、切れ長の目で男前。 でも性格と言動がひん曲がってて同級生の女子には人気がない。 すぐ揚げ足取るし、何か議論しようとしても曖昧な返事が多いし。 でも普段喋らない下級生からは多少モテるみたいだ。 去年のバレンタインとか、チョコ結構貰ってたしなッ! 同じ男として許せん。 でも何故か同じ任務のメンバーに入ると皆アイツの悪口言わなくなるんだよな。 ヒネてるフリして以外と気が利くからなアイツ。 騙されてるぞ皆!気をつけろ! で、授業中の当の本人と言えば・・・ だいたい寝ている。 いや、寝てない日もあるんだけど、この科目は好きだから起きるとか この先生は面白くないから寝るとかじゃなく、自分が眠い時は寝て、 目が冴えてる時は受けて、みたいな感じだ。 日々適当、みたいな男だな。 ちなみに試験の前日になるとオレのノートを借りて一夜漬けで何とかする。 オレは理工系の教科は完璧だから前日貸せるけど他の教科は貸してない。 他の教科はウチのクラスの優等生、竜胆さんから借りてるみたいだ。 そんな狼牙の通知簿を見せてもらったら、美しいまでにオール「可」! 「不可」も無いけど「良」も「優」も無い。全部ギリギリ。 本当に器用な奴。 まるで良い事言ってない気もするけど 何だかんだ言ってクラスの中じゃオレと狼牙は一番仲が良い。 妙な適当さ加減が似てると言うか、ウマが合うんだろうな、多分。 帰り道の途中に狼牙の実家の道場があるからバイクの後に乗せてやる事も多い。 本来ならオレの愛車の後部席はレディー限定のはずだがっ! 任務以外でレディーが乗ったことが無いのが寂しいぜ・・・ ・・・。 イカン、授業に集中しなければ! オレは好きな事は120%頑張る男! --放課後 キーンコーンカーンコーン ホームルームが終わり、部活に行く生徒、自宅に帰る生徒で教室がざわめく。 手早く教科書を鞄に詰めて、帰り際に狼牙に話しかけた。 「今日どうする?後乗るか?」 「乗るわ。サンキュー」 狼牙の軽い返事が返ってくる。 「本屋寄るけどOK?」 「月刊ビッグマシンの発売日、だろ」 「正解ッ!さすが忠犬カミ公、覚えが早い!」 「カミ公言うな。吹っ飛ばすぞ」 とか言う会話を交わしつつ下駄箱で靴を履き替える。 すると狼牙は下駄箱からショボそうなヘルメットを取り出した。 「おい狼牙、ソレ乗馬部の備品だろ。パクるなよ」 「これは乗馬部の後輩から借りたんだ。パクってない」 「お前の下駄箱に入って一年くらい経ってる気がするんだけど」 「フフ、ノーヘルで捕まって点数減るのは軸よ、お前だぜ・・・」 クソ、なんて奴だ・・・ お前のせいで三年みんな横暴野郎みたいに見られたらどうしてくれるんだ。 「後輩に愛想つかされても知らないぜ」 「どうせ使ってない古いヘルメットさ。向こうも困らんよ」 生徒専用の駐車場に着くと、一足先に1年の祠堂がバイクに跨ろうとしていた。 オレ達の姿を見ると、わざわざバイクに乗るのをやめ、ヘルメットを脱いだ。 「・・・井伏先輩、神谷先輩、お先に失礼します」 「おう、お疲れさん」 狼牙は「ああ」と軽く言って手を上げた。 彼女は挨拶を済ませるとヘルメットをかぶり、甲高い排気音をさせて先に帰っていった。 それを見送ると俺達もバイクに跨る。 狼牙は後だ。 「祠堂って可愛いな。しかも律儀だ」 狼牙が言った。コイツが女の話を振ってくるなんて珍しい。 「だなァ。カワイイのに雰囲気で損してるぜアレは」 「何回かあの子のバイク見てるんだろ。何もないのか?」 「いや、気にはなってるんだけど・・・」 「あの子、お前に気があるらしいぞ」 その言葉を狼牙から聞いた瞬間、凄い勢いで後に振り返った。 「マジで!?誰に聞いた!?」 すると狼牙の口元がクイ、と持ち上がった。 「プ、馬鹿」 「オマえぇ・・・」 オレはチョークが戻るのを確認してから、グリップを握って急発進した。 「うお、危ねえ」 言葉とは裏腹に狼牙は後部席で微動だにしなかった。 狼牙の能力は、周囲5m以内、1秒先までのプレコグニション(未来予知)だ。 幼少の頃から叩き込まれた中国武術も相まって身体能力も極めて高い。 鍛え上げられた肉体と予知能力があればこの程度でバランスが崩れるわけもない。 それが分かってるから急発進したんだが、全く効いてないのも何かムカつく。 しょうがないのでそのまま学校を抜けて本屋に向かう。 「馬鹿正直な軸さんが俺は大好きだぜ」 オレの後で笑いを堪えながら狼牙が言った。 「大好きとか言うな気持ちワリィ」 「Oh!Sory〜」 全く、コイツはいつもこんなんだ。 引っかかるオレもどうかしてるけど。 --バイク走行中3 赤信号で停止。 マズイ。 なんか今朝の黒いバンとまた会ってしまった。 しかも、バンと同じステッカーを貼ったバイクと車が沢山・・・。 ただのヤンキーかと思ったら遠征中の暴走族だったらしい。 走ってる時もかなり煽られた。 今朝の完全無視が頭にキテるみたいだ。 オレのバイクの後にバンがピッタリついていたが、赤信号になると見ると真横につけてきた。 全開の窓からは爆音の音楽と車内の男たちの罵声を浴びせられるが ミラーを見ると後部席に座る狼牙はいつも通り涼しい顔をしていた。 コイツには挑発とか全然効かないからな・・・基本的に挑発する側だし。 青信号。 ゆるゆると加速する。 本屋に停めてバイクにイタズラされるのも嫌だし、自宅バレるのも嫌だし、どうするかなァ。 加速して撒くことも考えたが、オレのバイクは大排気量のアメリカン。 アメリカンの中ではかなり速い車種だがバリバリに改造されたスポーツタイプには多分勝てない。 それに一人ならともかく、後には狼牙も乗ってるから重量的にもちょい不利だ。 族の一団の中には峠走ってそうな車も混じってるし・・・。 するとオレの前にスイっと黒塗りのバンが回った。 「げ、超マズイんだけど」 思わず声が出た。 オレの後には族のバイク、前にはバン、サンドイッチ状態だ。 しかも車間距離があまり無い。 前の車両に急ブレーキをかけられると追突してしまう。 追い越し車線から抜けようとしたが、族の車の方が素早かった。 追い越し車線も族の車に防がれてしまった。 大体オレのバイクは車幅がデカイ。 多少幅があっても、すり抜けみたいな細かな芸当は無理だ。 「お、インテグラ。良い車に乗ってるな」 右車線を走る、族のクーペを見て狼牙が言った。 コイツは状況を把握してんのかな。 「ちょっと荒い運転になるけど気をつけて―」 オレが言った瞬間だった。 前のバンが急に右車線に車線変更した。 刹那、オレの目の前にボールを追いかける子供が現れた。 ブレーキじゃ 間に合わないッ! 即座にハンドルを右に切る。 右のクーペにくっ付けば、子供とクーペの間をギリギリ抜けれる! ・・・はずだがハンドルが思ったより切れない。 スピードが出すぎてたか!? 「ぅらああァッ!」 狼牙の怒声と共に後部席からニュっと腕が出てきた。 狼牙の腕がオレの手ごとハンドルを掴む。 ものすごい力で右にハンドルが切られた。 「抜けろーッ!」 オレのバイクはボールを持った子供に凄い速度で近付き ―よしッ! 抜けたっ!  ゴッ!! 右車線にいたクーペの尻がオレのバイクの前輪を小突いた。 前輪を弾かれたオレのバイクはバランスを崩して転倒する。 オレのバイクがーーー! 絶望で周りが真っ白になる瞬間、凄い力で首をひっつかまれ、バイクから放り出された。 ゴロゴロと地面を転がる。 全身が痛いがモタモタしていられない。 「やっべ、後続車!」 すぐに立ち上がったが、オレは歩道側に放り出されたらしく、 身の危険は無かった。 すでに狼牙は左車線に倒れたバイクを起こそうとしている。 どうやら首を引っ張ってバイクから引き剥がしたのは、 オレがバイクの下敷きにならない為の狼牙の配慮だったようだ。 オレのバイクは重量級だ。 下敷きになったら骨折どころですまない。 暴走族の奴らは手馴れたもので、倒れた俺のバイクをスイスイと避けていった。 通り抜け様に何か罵られたみたいだったが、聞き取れなかった。 オレはバイクを歩道に寄せる狼牙に駆け寄った。 「スマン!オレの不注意だ!」 正直、あそこまで危険な事をやられるとは思っていなかった。 あの黒塗りのバンは子供が飛び出しているのを知っていて、ギリギリまで車線変更しなかった。 速い時点で気づいていればこんな事には・・・ 「ちょっと洒落になんねえな」 トンでもなく低い声がした。 狼牙の顔を見る。 そこには普段のゆるく適当に流す狼牙の姿は無く、眼光をギラつかせた野生の狩猟者がいた。 「ちゃんと走れるか確認してくれ、軸」 ドスの効いた声で俺に言った。 こうなるともう手が付けられない。 「ほんとにやんのかよ・・・あいつら結構な数いるんだけど・・・」 そう言いながらエンジンを吹かす。 左のペダルがひしゃげて使いづらいが、走るのには支障は無さそうだ。 そう、走るのには。 オレの愛車の左側面に走る大量の傷は涙を飲んで目をつぶろう。 ぐぐ・・・ くっそー・・・あいつら・・・何の恨みがあってこんな事を・・・ 傷ついた愛車を見てると沸々と怒りが沸いて来た。 「許せねえ!あいつらッ!・・・って、何してんの狼牙?」 何故か狼牙はすぐそばにあったカラオケボックスの宣伝用の旗を引き抜いて来ていた。 「獲物だ獲物。旗持って走ったら昔を思い出すだろ」 「あんま思い出したくないんだけどなァ」 狼牙の言う昔、とはオレ達が一番ヤンチャだった頃の話だ。 正直な話、今考えると二人とも馬鹿過ぎてオレは思い出したくない。 傷ついた愛車に跨り、エンジンを吹かす。 後の狼牙が叫んだ。 「暴れるぜ!」 「しっかり捕まってろよ!」 バイクが唸りを上げて加速する。 2速、3速・・・どんどんギアを上げる。 後付けしたタコメータが4000回転を超えた。 バイクが転倒してから結構時間が経っているが、あの種類の族はあまりスピードは出さない筈だ。 オレとコイツなら充分追いつける! --激突!暴走族! 「追いついたぜええええ!」 族の最後尾のバイクが見えた瞬間、オレが叫ぶ。 口に空気が入って喋りづらい。 「いつも通りやるぞ、軸」 「あいよ!」 そう言うと全身に「力」を張り巡らせる。 オレの愛車の鋼の心臓が力強くトルクを上げていく! オレのバイクはあっという間に最後尾に追いついた。 スイっと加速して族のバイクのハンドルの真横に狼牙をピタリと付ける 「Hi!」 狼牙はにこやかスマイルで真横を走るバイクのハンドルに腕を伸ばし、 ブレーキを思い切り引いた。 そこから先は族のライダーの動揺が手に取るように分かった。 思い切りブレーキを引かれたライダーはそのままハンドル操作を誤って中央分離帯に突っ込んだ。 同じ要領でどんどん族のバイクを排除していく。 ブレーキ攻撃でコケないライダーは狼牙の持つ旗で思い切り喉を突かれて結局コケた。 この辺りは交通量も少ないし後続車も今のところはゼロだ。 一応ヘルメットはかぶってるみたいだし、死にはしないだろう。 残りは自動車だ。 バイクにバイクで体当たりしてくる度胸のある奴は少ないが、車は別だ。 さっきも車に小突かれて転倒した。 バイクと車の重量差はそれだけ力を持っている。 最初に狙うはオレの愛車を小突いたクーペ。 改造マフラーにウィング、青いネオン管が地面を照らす。 窓が開いてれば楽に片付くんだが、流石に窓は閉めていた。 「−−−−−くれ!」 狼牙がオレに向かって何か喋ったが、車の排気音が凄まじくて聞き取れない。 首を傾げると狼牙がオレの耳元で大声で叫んだ。 「とにかくアイツの前に出てくれ!」 「わかった!」 オレの声が聞こえたかは謎だが、そんな事はお構い無しに加速した。 前に出られるのを怖がってクーペが車線を塞ごうとしたが、行動を起こすのが遅かった。 ハンドルを切る頃にはオレのバイクは急激な加速で前に抜ける。  ガッシャアアア!! クーペの前に出た途端、ガラスの割れる音が鳴り響いた。 ミラーを見ると狼牙のヘルメットが無くなっていた。 どうやら狼牙はヘルメットをクーペのフロントガラスに向けて投げつけたらしい。 前面のガラスに大量のヒビを入れたクーペはどんどん減速して視界から消えた。 遮光フィルムをガラスに貼っていたらしく運転手にガラスは降りかかっていない。 フロントガラスはヒビ割れで全く見えないだろうけど。 残り2台! --激突!暴走族!2 2台目の車は狼牙のヘルメット攻撃に恐れをなしたのか途中でわき道に反れて逃げてしまった。 元々こっちのバイクは小回りが利かない。 それにオレ達に直接喧嘩を吹っ掛けてきたのはあのバンの連中だ。 他の奴に興味はない。 逃げる奴は放っておいて、バイクを加速してぐんぐんバンに近づけていく。 すると、前を走るバンの後部ハッチが上に開いた。 「すぐにカタが付きそうだ」 狼牙が口元をクイ、と引き上げて言った。 何か思いついたらしい。 後部ハッチを開けたバンからは色んなモノが振ってきた。 ペットボトル、CDケース、ティッシュの箱、etc・・・ オレはバイクを左右に振り、避けれるモノは全て避けた。 直接オレに当たりそうになったものは狼牙がキャッチした。 投げれるモノが無くなると、中の男がハッチを閉めようとした。 それを見て狼牙がハッチの隙間に旗を投げ込んだ。 狼牙が叫ぶ。 「すぐに真横に付けてくれ!」 「了解!」 即座に加速し、バンのハッチの真横に狼牙をつける。 旗を投げ込まれてハッチを上手く閉められなかった男はハッチを閉めるのを諦め、 狼牙を殴ろうとハッチから顔を出す。 狼牙はいきなりその男の顔を掴み、車の外に引き摺り落とした。 男はゴロゴロと地面を転がってミラーから消えた。 一応肩から地面に落ちるように加減してるみたいだが、コイツを怒らすとホントに怖い。容赦が無さ過ぎる。 「ちょっと行って来るわ」 狼牙は軽く言ってバイクからバンの後部ハッチに飛び移った。 オレはバンが左右に蛇行し始めたのを確認して、急加速でバンの前に出た。 ミラーで確認すると、ハンドルを自分の足で固定した狼牙が運転手を滅多打ちにしていた。 男は三人乗ってたから運転手以外にもう一人中に居たはずなんだが・・・瞬殺だったらしい。 暫くすると運転手が抵抗しなくなり、狼牙が男の耳元で何か言うと徐々に減速して路肩に停車した。 オレも減速して近くにバイクを停めた。 バンから狼牙が降りてこっちに歩いて来た。 「お前の殴る分は残してないぞ」 「第一声がそれかい。大丈夫だったか?」 「良い運動になったよ」 「てかちょっとやり過ぎじゃねえ?訴えられたりしたらマズイんじゃ・・・」 「その辺は気にするな。和平交渉は成立だ」 「何だそれ・・・」 「気にしない気にしない。そうだ。腹減らないか?メシ食いに行こうぜ」 「その前にバイクの点検が先だ!」 「それなら自分の点検を先にした方が良いぞ。西東センセにでも見てもらえ」 そう言われると右肩が凄く痛かった。 テンション上がって今まで気付かなかったが転倒した時にしこたま打ってたからな。 「そ、そうするわ。・・・なんかすっげえ痛くなってきた」 バイクでガーデンに戻るのが一番速いが、ちょっとこの右腕で運転する自信が無い。 どうするか思案していると狼牙が口を開いた。 「タクシー呼んどいたから大丈夫だ」 「タクシー?」 --女にタンデムされる俺 狼牙の言葉を聴いてから暫くして、甲高い排気音を響かせて真っ黒の中型二輪がオレの前に停まった。 この車種、真っ黒のライダースーツ・・・もしかして。 薄々感づいてはいたが、バイクから降りて フルフェイスのヘルメットを脱ぐ彼女の顔を凝視せずには居られなかった。 ヘルメットを脱いで顔を左右に振る。 バサバサと赤い髪と金色の前髪が揺れた。 祠堂だ。 「・・・遅くなりました」 「電話した通りだ。井伏をガーデンまで運んでやってくれ」 「はい」 狼牙と祠堂の間で会話が進んでどうも釈然としないが今は従うしかない。 と言うより、肩が痛すぎて我慢が出来ないのが本音だった。 「って事で頼むわ。迷惑かける」 オレが顔をしかめながら言うと、彼女は小さく頷いてバイクに跨った。 オレもそれに習ってバイクに跨る。 祠堂のバイクはタンデム向けじゃない車種だ。 一応後部シートはあるんだがどう座っても彼女の腰に体が当たる。 それでも出来るだけ体を離す。 左手だけでどうやってバランスを取るか悩んでいると彼女が声をかけた。 「・・・肩を」 「わかった」 そっと肩に手を乗せる。 「お前の愛車はオレが家まで運んどいてやるよ」 狼牙がオレに声をかけた。 「恩に切るわ」 「良いって。まあ変なトコ触らないようにな」 「今そういう冗談は勘弁してくれよ・・・」 「ワリィ。早く診て貰いな。んじゃ祠堂、よろしくな」 彼女は小さく頷きバイクを発進させた。 --女にタンデムされる俺2 彼女の運転は上手かった。 発進も停車も丁寧だし、カーブを曲がるときはオレの思い描く最高のラインを描いてカーブを曲がる。 オレのバイクと違う甲高い排気音も心地良かった。 無口で普段は無愛想な彼女がどこに本質を持っているのかが垣間見えた気がして 彼女の背中で優越感に浸った。 そんな時間は一瞬で過ぎ、ガーデンに到着した。 オレは彼女にありがとうを言うと一人で保健室に行った。 付いて来るつもりだったみたいだが、やんわり断るとオレの自尊心を気遣ってかすぐに引き下がってくれた。 痛い右腕を押さえながら一人廊下を歩く。 くっそー・・・ついて来て欲しいぜ、ホントはな! でも女にタンデムされて付き添いで保健室とかカッコ悪すぎる・・・。 ぶつぶつ言いながら保健室に着くと保険医の 西東 圭子(さいとう けいこ)先生が ビジネスチェアをくるりと回してこっちを見た。 金髪の長髪をアップにまとめ、白衣を着た綺麗な先生だ。 流石ガーデンの保険医と言うべきか、ヒーリング(治癒)能力を持っている。 「ハズレか」 「ハズレはないでしょ先生・・・」 「まあいい。座りたまえ。神谷から話は聞いた」 げ、どこまで話したんだよ狼牙。 オレだけ説教とか勘弁してくれよ!? 「折れてるな」 オレの右肩に触ると西東先生はすぐに言った。 「マジすか」 「ああ、マジだ」 「治りますかね?」 「祠堂とどこまで進展したか吐いたら治してやろう」 「ブホォッ!ゲホッ!・・・狼牙の言ってる事を間に受けないでくださいよ!」 「なんだ。進展無しか」 「冗談は辞めて早く治してください・・・マジ痛いんス」 「仕方ないな。動くなよ」 先生が目を瞑る。 すると右肩に当てられた先生の掌が熱くなった。 それに比例してどんどん痛みが引いていく。 「終わり。若いから普通に動かせるだろうが一週間はギブスを着けたまえ。バイクも禁止」 「え!バイクだめなんすか!」 「片手でどうやって運転するんだ君は」 「いや、でも若いからもう大丈夫かなーなんて・・・」 「また折るぞ」 「すいません。明日から徒歩で来ます」 「よろしい」 そんなやり取りをして保健室を出た。 --女にタンデムされる俺3 一人トボトボと校舎内を歩く。 バイクはボロボロになるし、祠堂にはカッコ悪いとこ見られるし最悪な日だった。 しかもバイク登校一週間禁止。 オレの人生の半分を持っていかれた気分だ。 腕が治ったのが唯一の救いか・・・。 不細工なギブスをはめられて右手は使えないわけだが。 「バッカだねーオレは・・・」 いつもの習慣だろう。 フラフラと帰ろうとしていたら何時の間にか生徒用の駐車場に来ていた。 バイクなんて無いのに。 ・・・ってアレ?一台バイクがある。 祠堂のバイクだ。 でもバイクしかなかった。 まだ帰ってなかったのか。 そのまま帰っても良かったが、腕が治った事ともう一度礼を言いたくてバイクの近くで待つことにした。 バイクに近付くと、待つ必要が無くなった事に気がついた。 祠堂はバイクの陰に座って猫を撫でていた。 茶色の三毛猫だ。首輪はついていなかった。野良だろうか。 オレに気がつくと祠堂は猫を逃がして立ち上がった。 「腕、治ったわ。こんなナリだけど後遺症とかは無いってさ」 オレはギブスのはまった右腕を指差して言った。 「今日はホント助かった。ありがとな」 その言葉を聴くと彼女は小さく首を左右に振った。 「・・・家まで送ります」 「そんなの悪いって。メットも無いし」 「これ、神谷先輩の下駄箱にありました」 彼女がオレに差し出したのは乗馬部のヘルメットだった。 何個パクってるんだアイツは・・・ 「んじゃ、お言葉に甘えようかな。祠堂の運転上手いし、勉強になる」 そう言うと彼女は少し微笑んだ気がした。 ヘルメットをかぶって彼女の後に乗る。 オレが彼女の肩に左手を乗せると、ゆっくりとバイクが発進した。 --END