『フルレギュラー』 それは英雄に与えられた称号 常に選ばれるもの 常に必要とされるもの 彼は英雄だった 誰もが心の支えとしていた 彼さえいればこの国は安泰であると信じていた 彼さえいればこの脅威も退けられると信じていた だが違った 脅威を退けたのは英雄ではなかった 世界に選ばれたのは英雄ではなかった それは勇者だった 英雄は帰ってこなかった 英雄は忘れ去られた 勇者が称えられ、英雄は消えた 10年前の出来事である ■オレキャラスレRPG/SS 次なる英雄■ さらさらと絹のこすれる音が響く。 開け放たれた窓の外はテラスになっており、丸い月が室内を照らしている。 テラスには少女が立っている。 細くしなやかな体に薄絹を纏い、少女はテラスの外へと身を躍らせる。 少女が去った後、月に照らされていたのは、赤黒く染まった部屋と醜い男の亡骸だけだった。 「………。」 夜の森は暗い。 月の光も遮られ、地を照らすことは無い。 「ご苦労だった。」 黒いローブを目深に被った老人が闇に浮かぶ。 薄絹だけを纏った少女が、老人を見つめ返した。 「………。」 「見事な手際だった。流石というより無いな。」 「………。」 少女はただ黙ってその場に立ち尽くし、静かに老人を見つめている。 老人はローブから少女の持ち物を取り出し、少女に手渡す。 「…次の仕事だ。ヒンメルのギルド員から連絡が途絶えた。」 「………………。」 服と鎧を着けていた少女の手が止まる。 老人の顔を見つめるその顔には感情は表れていない。 しかし、老人には彼女の動揺がわかった。 「お前の…故郷だったな?」 「………。」 「ヒンメルのギルド員と連絡を取れ。もし何らかの障害があるならば排除せよ。」 少女は装備を整え、一度だけ頷いた。 「大兄はお前のことを高く評価している。その信頼にこたえてみせろ幾世。」 少女、幾世=フルレギュラーはもう一度頷きを返し、そのまま闇の中へと消えていった。 ヒンメル。 かつて楽園と呼ばれた国。 一人の英雄はその国のシンボルであった。 それも今は昔の話。 勇者ガチ=ペドが魔王アンジエラを退けたあの日までの話だ。 「………。」 それは異様な光景だった。 一種の理想郷かもしれない。が、今までこのような国は存在しなかった。 街の入り口に魔族や獰猛な魔獣が門番のように陣取っている。 街中は亜人、魔族、人間が入り混じり、活気に溢れていた。 市場からは仄かに甘い香りが漂い、鼻腔をくすぐってゆく。 人種が多様すぎることを除けば、ただの平和な街だ。 異様な町並みを通り抜け、裏路地に入る。 裏路地は綺麗に整頓され、ごみ一つ落ちてはいない。 「………。」 幾世がギルド員の元を尋ねると、ギルド員は朗らかな笑顔で出迎えてくれた。 何の異常も無い。何かあったら知らせるよ。 そう答える彼らの顔には感情が無かった。 幾世のように無表情なのではなく、笑顔しか浮かべていない。 「………。」 幾世は憶えていた。 幼い日の記憶に刻まれているこの笑顔。 幾世は宿で武装を整え、街の中心…ヒンメル城へ向けて歩き出した。