『NEXT』構成員、御光院麻奴華はある日曜の朝自室でTVを眺めていた時ふとある男の事を思い出した。 その男は今TVに出ているアニメキャラクターと同じように片目を前髪で隠した奇妙な髪形をしていた。 ここの所任務続きで久しぶりの休暇にありついた麻奴華はその男と出会った時の事を思い出してみた。 麻奴華がその男と出会ったのは2年ほど前の事である。 かつて麻奴華は名家の令嬢として何不自由ない暮らしを送っていたが生まれ持った異能ゆえ『N EXT』に目をつけられ、ありとあらゆる方法を用いて記憶と感情を削ぎ落とされ構成員としての教 育を施されていた。 『NEXT』の構成員教育カリキュラムは3段階に分けられる。 第1段階は基礎的な肉体強化と戦闘訓練でこれは集団で行われる。 第2段階は各々が保有する超能力を使いこなせるよう教育係の下での個別訓練。 そして第3段階は実戦による卒業試験である。 当時麻奴華はカリキュラムの第1段階を終え第2段階に進むはずだったのだがある問題の所為で 足踏みを踏まされていた。 当時の『NEXT』には麻奴華の教育係に相応しい人材がいなかったのだ。 数多くの超能力者を抱える『NEXT』だが麻奴華の能力は大変レアな(といってもそれが強さとイ コールで結びつくわけではないが)能力だった為にまず教育者探しからしなければならなかった。 たかが小娘1人の為にそこまでする必要がないと思うかもしれないが訓練された超能力者の戦闘 力にはそれだけの価値があった。 そういう訳もあって麻奴華は訓練施設内の1室でただぼんやりと天井を眺めていた。 最初は大して待たされる事もないと思っていたが2日3日と経過していき気がつけば今日でもう1週間目である。 もしかしたらこのまま自分の教育係は見つからず自分は出来損ないの超能力者として処分されてしまうのではなどと考え始めていたがその時───。 カチャリ、とノックもなしに扉が開くとそこには黒尽くめの男が立っていた。 「今からキミの教育係となる呪井影郎だ」 それが麻奴華と呪井影郎のファーストコンタクトだった。 組織内に教育係がいないのなら外から招こうというのが『NEXT』の出した結論であった。 呪井影郎は犯罪請負人といういかにも怪しい肩書きを持つ男だったが裏の世界ではそれなりに名 の知れた存在らしかった。 そんな彼が麻奴華の教育係として選ばれたのは理由は彼の持つ能力にあった。 麻奴華の能力は己の血液を付着させた物を自在に操るという操作系能力だったが通常の操作系 能力と異なり血印を施すという面倒のいる悪い意味でレアな能力である。 呪井の持つ能力もまた己の血液を付着させた物を操るという麻奴華と全く同じ物だったのだ。 しかも呪井は何年も裏の世界を仕事場としている経験豊富なベテランであり教育係としてこれ以 上ないくらいに相応しかった。 厳密には麻奴華は超能力で呪井は陰陽道という違いがあるがその程度の差異は問題ないと判断 した『NEXT』は呪井に教育係として短期契約を持ちかけ呪井はそれを承諾した。 名前と身分を名乗り終えた呪井は部屋には入らずただ一言ついてきたまえと言いさっさと歩き始 めたたので麻奴華は慌ててその後を追った。 呪井の向かった先は屋外にある広々とした運動場でトラックを横切りその中心まで行きそこでやっ と麻奴華の方を振り返った。 「さて、麻奴華くんといったか。教育係として雇われたからには私はキミを教育する義務がある。さ っそくだがキミの現在の実力を知る為に私と戦ってもらう。無論私の方は手加減するがキミは殺す つもりできてくれて構わない」 「え・・・?」 先ほど会ったばかりでまだ会話もしていないというのに呪井はもう訓練を始めようとしてた。 感情を削がれているとはいえ流石にこれには麻奴華も戸惑いを覚えた。 そもそも麻奴華はいきなりやって来たこの男について何も聞いておらず本当に『NEXT』に雇われ 訓練係になったのかさえ定かではないのだ。 そう思い警戒を強めた麻奴華を見て何かを察したのか呪井はポケットから何かを取り出すとそれを麻奴華向かって投げてよこした。 「『NEXT』の臨時構成員バッジだ。どうも私の事を疑っているようだったからね。それで信用してく れたかい」 「・・・確かに本物のようです」 「分かってくれたようだね。では本題に戻ろうか」 「・・・本当に殺すつもりでやっても構わないのですね?」 「もちろんだ。それと先に言っておこう。私の能力はキミと同じく己の血液を付着させた物を操ると いうものだ。だからこそ私が教育係に選ばれたのだがこちらだけがキミの能力を知っているというの はアンフェアだからね。さぁどこからでもかかってきたまえ」 「・・・いきますっ!」 麻奴華は部屋から出る時に呪井を警戒し念の為忍ばせておいたナイフを懐から取り出した。 呪井に言われるまでもなく麻奴華は最初から殺すつもりでいたのだ。 懐に手を入れナイフを取り出すまでの一瞬の間にナイフの刃で指を傷つけナイフに血を付着させ るという手順も終了させている。 後はただナイフを投げつけるだけで全てが終わる。 呪井がどんなにナイフを避けようとも麻奴華のナイフは獲物を仕留めるまで決して止まる事はない のだ。 もし本当に殺してしまってもこの場合訓練生に殺されるような弱い教育係が悪いのだ。 一瞬の思考の後麻奴華は先ほどから密かに抱いていた呪井に対する苛立ちと共にナイフを放った。 さぁ死ねこのゲゲゲの鬼太ろ─── 「─い」 呪井が何か言ったようだが麻奴華はそこで意識を失った為何を言ったのか分からなかった。 呪井の手には自動拳銃が握られていた。 10分後、麻奴華は医務室のベッドの上で目を覚ました。 「気が付いたか」 ハッとして声の方を見ると椅子に腰掛けた呪井影郎がいた。 「あまり動かない方がいい。脳震盪を起こしている」 「・・・このくらい大丈夫です・・・うっ」 呪井の静止を振り切り起き上がろうとする麻奴華だったがすぐにまたベッドに倒れこんでしまった。 なんとも言えない感覚が身体の自由を奪い視線を動かすのがやっとという有様だった。 「・・・私はどうやって負けたんですか」 「私の放った銃弾に頭を撃たれて負けたのさ」 「じゅ、銃!?」 「そう、銃だ。もちろん実弾ではなく否致死性のゴム弾だがね。ちなみにキミの投げたナイフだが 私が避けるまでもなく見当違いの方向へと命中したよ」 「そ、それはわざと外して死角から狙おうと・・・じゃなくて銃とはどういう事ですか!?何故能力を使 って戦わないのです!?」 「だから落ち着きたまえ。・・・やれやれキミも能力者幻想に捕らわれているのか。嘆かわしい限り だ。まぁ人とは違う不思議な力を使えるとなればその様な考えに陥っても全然おかしくはないのだ がね」 「・・・能力者幻想?」 麻奴華は呪井の言ったこの言葉に眉をひそめた。 そのような言葉は『NEXT』では聞いた事がなかった。 「そう、能力者幻想だ。特に若い超能力者や強力な能力を持った者が陥りやすい勘違いだ。早い 話が能力の過信、もしくは自惚れだ」 「能力の過信・・・自惚れ」 「例えばビルを容易く破壊してしまえる程強力な超能力を持った者がいるとしよう。確かにこの能力 者は強い。ビルを破壊するくらいだから当然人間なんて蟻を踏み潰すより簡単に殺せるだろう。ひ ょっとしたら世界最強といっても過言ではないかもしれない、そんな桁外れ強さだ。探せば『NEX T』にもいるんじゃないかな」 呪井は子供に言い聞かせるようにゆっくりと分かり易く説明していく。 「そして彼は思うだろう。自分の能力こそが最強だと、自分こそが最強なのだと。だが彼は忘れて いる。確かに能力者としては最上級だが自分も所詮人間であるという事を。たとえビルを壊せようと 、たとえ一瞬で何百人もの人間を殺す事が出来ようと、自分もまた脆弱な人間であるという事を」 「・・・・・・」 「100人殺せるマシンガンを持っていようともその引き金を引くより先にナイフで首を斬られれば、銃 で胸を撃たれればその引き金を引く事は出来ない。僕がさっきキミに対してやったのがいい例だ。 まぁその辺の事は後でしっかりと教育してあげるとして今は身体を休めたまえ」 言うだけ言うと呪井は最初の時と同じくさっさと行ってしまった。 麻奴華はこれからあの奇妙な男に下を訓練を受けるのだと思うと余計頭が痛くなってきた。 それか、麻奴華は呪井の下で様々な事を学んだ。 能力に拘らず最も効率的な方法を選ぶ事。 武器は現地調達ではなく予め血を付着させた物を準備しておく事。 自分達の様な非戦闘能力者こそ格闘術が必要であるという事。 銃を持った相手とは戦いを避ける事、戦闘を避けられない場合は被弾覚悟で素早く相手を殺す 事。 石橋を壊れるまで叩き強度を確かめて渡らないくらい用心深く構える事。 他にも数え切れないほどの事を学んだ。 もちろん呪井の持つ全てを教えてくれた訳ではないだろうがそれでも十分過ぎるほどだった。 こうして約3ヶ月間に及んだ麻奴華と呪井のマンツーマンは終了した。 せめて最後くらいは何か挨拶があると思ったが役目を終えた呪井はやはり最初と同じようにさっさ とどこかへ行ってしまった。 呪井らしいといえば呪井らしいが唯一心残りなのは結局一度も呪井が能力を使っているところを見 れなかった事だが呪井曰く己の手の内を晒す能力者はプロ失格との事らしい。 それ以来、麻奴華は呪井に会っていない。 そこでタイミング良く目が覚めた。どうやら思い出に浸っている内に2度寝していたようだ。 気が付けば呪井と同じ髪型のアニメキャラは画面からいなくなりサングラスをかけた司会者がスタジオに笑いを起こしていた。 麻奴華は無言でTVを消すと再度ベッドに潜り込み3度寝をし始めた。 今度もまたあの男の夢を見るかもしれないが不思議と悪い気はしなかった。