その日一本槍魁子と桜貝友萌は言霊武道館の1室にあるテコンドー部を訪れていた。 ピリピリと張り詰めた空気と突き刺さるような視線は隠そうともしない敵意の表れであろう。 そんな雰囲気に慣れていない友萌が不安げに魁子に囁きかける。 「・・・会長、昨日も思ったんですけどどうしてテコンドー部の人たちはこんなに敵意剥き出しなんですか?」 「テコンドー部っていうか本当に敵意あるのは1人だけで他の連中はその影響でって感じなんだけどさ・・・その1人が問題な んだよね」 友萌にと話しながらも魁子の視線は部屋の奥で偉そうにしている1人の女子生徒に向けられたままだった。 事の起こりは前日に遡る。 その日いつもの様に部活をしていた魁子と友萌は締めのランニング中に偶然同じくランニング中の テコンドー部の一団と遭遇した。 魁子は1年の頃からテコンドー部にいる同級生に何故か対抗心を抱かれておりそのためちょくちょくイヤミを言われたりして いたのでいつ頃からか極力遭遇しないよう気を使っていた。 なので今回の遭遇はニアミスと言う他なかった。 最初に口を開いたのテコンドー部の一団の先頭に立っていたマーブルヘアーの少女だった。 「あーら誰かと思ったらジークンドー『同好会』の魁子じゃない。相変わらず無駄に黒いわね」 少女はイヤミな口調で、特に同好会という部分を強調して魁子に話しかけてきた。 「お前こそ相変わらず無駄にでかいな、真樹。もっと地球の事考えて二酸化炭素の排出量を抑える努力をしたらどうだ?」 もちろん魁子も負けてない。安い挑発を買わせたら右に出る者がいない女、それが魁子なのだ。 だが敵も然るもの、マーブルヘアーの少女───伊達真樹は魁子のカウンターを笑って受け流した。 魁子と真樹はしばらく見えない火花を散らしていたがふとそこで真樹は魁子の斜め後ろに控えていた友萌に気づく。 「あら、何その可愛い娘。まさか新入部員とか言うんじゃないでしょうね」 「まさかって何だよ。まぁそのまさかなんだけどさ」 「ふーん、ねぇそこの貴女、名前教えてくれる?」 「あ、1年の桜貝友萌です」 そう言って友萌はペコリと可愛らしく頭を下げた。 「ふーんそう、友萌ちゃんていうの・・・ねぇ友萌ちゃん、貴女テコンドー部に鞍替えしない?」 「は、はぁ!?何いきなり人の後輩を勧誘してるんだよ!阿呆!むしろ阿呆!」 「あら、私は親切で言ってるのよ?ジークンドー『同好会』みたいな弱小部にいたって強くなれっこないもの。その点我がテコ ンドー部は部員数は30人以上で部室も武道館の一室を与えられているわ。どちらが優れているかは一目瞭然じゃない」 「でかけりゃいいってもんじゃないだろ!それにテコンドーなんかよりジークンドーの方が遥かに強い!」 「じゃあ実際に戦ってみればどっちが優れているか分かるわね。けど今日はお互い部活の後で万全とは言えないし明日、 放課後テコンドー部に来なさい。そこで戦って優劣を決めましょう」 というのが昨日の事である。 結果としては魁子が挑発に乗った形になるのだが本人はそんな事これっぽっちも気にしておらずむしろやる気と闘気に満 ち溢れていた。 本日の魁子は肌にピッタリとフィットした袖なしの白シャツに裾を絞った黒いズボン、足元はこれまた黒いのっぺりとしたカン フーシューズという自前の戦闘服姿でその腰にヌンチャクが差してある事からもそのやる気満々っぷりは伺える。 ちなみに友萌はピンクのジャージにTシャツといういつも通りの部活ファッションだ。 「ふふん、よく臆せずに来たわね。それじゃあさっそく戦ってもらおうかしら」 白い胴着姿の真樹は腕組みを解くとパチンと指を鳴らすと真樹の左右に控えていた4人の男が一歩前へと進み出た。 「魁子、貴女には私と戦う前にまずはテコンドー部四天王と戦ってもらうわ」 「雑魚はいいからお前がこいよ、真樹。あ、危ないから友萌は下がってて」 「はい会長。怪我しないよう気をつけてくださいね」 「大丈夫だって。ジークンドーは無敵だから心配いらないよ友萌」 「はい、分かりました!心配しないで見守ってます!」 「あぁ、頼んだよ」 「こっちを無視してイチャついてるんじゃないわよ。・・・貴女如き部長の私が出るまでもないわ。それとどっちが雑魚かはすぐ に分かると思うわよ」 「その通り、俺達を雑魚呼ばわりした代償は高くつくぜ。一本槍、お前の相手はこの宇野上だ!テヤーッ!!」 宇野上は雄叫びを上げて飛び上がると強烈な回し蹴りを放つ。 「フッ、ホワッタアッ!」 魁子は宇野上の回し蹴りをひょいと避けると同時にその顔面に強烈なバックブローを叩き込むとそのまますれ違う様にして サイドに回りこみ再びその顔面にバックブローを叩き込む。 瞬きをすれば見逃してしまいそうな一瞬の攻防で魁子は宇野上を沈黙させた。 「宇野上を倒すとは少しはやるようだな。だが宇野上は俺達の中で最弱。次はこの卯音が相手だ、いくぞ!」 卯音は宇野上の様に飛び掛らず慎重に魁子との間合いを詰め自分の間合いに入った瞬間バネの様に足を蹴り上げた。 いや、蹴り上げようとした。 卯音が足を蹴り上げるよりも速く魁子の足が膝を押さえその動きを制していたのだ。 動作を遮られ卯音の動きが鈍った隙を見逃さず魁子はそのまま卯音の胴着をしっかりと掴んで持ち上げると思い切り床板に 叩きつけた。 「ぐっ・・・ぎゃふっ!!」 「フゥゥッオアァァァァァァァッッ!!!」 そして卯音を投げると同時に自身も宙を舞っていた魁子が思い切り腹の上に着地した事でその意識は完全に失われた。 「ァァァァァァゥゥゥゥゥゥ・・・・・・〜〜〜〜〜」 気絶した卯音の上から降りようとせず魁子は何とも言えない表情を浮かべてプルプル震えていた。 「くっ、宇野上だけでなく卯音までも!この伊倉が貴様に引導を渡してやるっ!!」 「〜〜〜〜〜〜ッタァ!ッチャァ!ホワァ!チャアッ!ヒュウ!トゥワタァッ!!」 律儀に自分の名を言いながら突進してきた伊倉に気づくと魁子は腰のヌンチャクを抜き放ち華麗に操った。 堅木のヌンチャクで容赦なくボッコボコにされた伊倉に意識など残っているはずもなくあっさりと沈んだ。 伊倉を仕留めた魁子はヌンチャクを腰に差し直し残った1人に向かって構えを取った。 「テコンドー部四天王を3人まで倒すとは中々やりますね一本槍さん。ですがここまでです。この加藤を先の3人と同格と思わ ないで下さい」 加藤と名乗った眼鏡の男は確かに先ほどまでの3人とは放っているオーラが違った。 加藤は眼鏡を外すと浮かべていた微笑を消し戦う者の顔付きへと変貌した。 「ハアッ!ッタァ!トゥヤ!」 「フッ!ハッ!タッ!フッ!」 加藤は鋭い連続蹴りを放ち魁子はそれを両腕で捌き、加藤の攻撃が弱まると今度は魁子が攻撃に移る。 「アタァ!ホワッ!タァ!フゥ!ッチャァ!!」 「クウッ・・・・・・グッ!?ガッ!!」 魁子の神速の攻撃に対し加藤はただ腕を交差し耐えていたが突如膝に走った鋭い痛みに思わずガードを緩めてしまいそ の僅かな隙を突かれその場に尻餅をついてしまった。 「くっ・・・え、な、ちょ!?ガハッ!!」 それが勝負の分かれ目となった。 魁子は尻餅をついた加藤の頭を掴み無理矢理上を向かせると露わとなったその喉に手刀を叩き込んだのだ。 「フオォォォォォォ・・・・・・さて、これで四天王とやらは全員倒したぞ。とりあえず最後の奴以外は雑魚だったな」 流石に全員倒される事は予想外だったのか真樹はうっすら冷や汗をかいていた。 「ふぅん、思ったよりもやるようね。いいわ、それじゃあこの私が直々に戦ってあげるわ・・・ん?」 「あぁ!会長後ろ!」 友萌の声を受け魁子は後ろを振り返ろうとしたがそれよりも先に何者かに羽交い絞めにされてしま った。 「よ、よくも恥をかかせてくれやがったな!」 それは最初に倒された宇野上であった。 4人の中で最も最小のダメージで倒された宇野上はその後の戦闘の気配で意識を取り戻し己の身に起きた事を思い出し逆 上して魁子に襲い掛かったのだ。 「四天王の俺が雑魚だと!?ふざけんじゃねぇぞこの、いだぁっ!!」 セリフの途中で突如悲鳴を上げ拘束を緩める宇野上。 羽交い絞めにされた魁子が宇野上の裸足の足を思い切り靴の踵で踏みつけたのだ。 魁子は緩んだ拘束を一気に振りほどくと裏拳で宇野上の鼻を打ち振り向くとすぐさま胴着の襟元を掴んで───。 「ゥゥゥゥゥ、アチャァ!アチャァ!アチャァ!アチャァ!アチャァ!アチャァ!アチャァァァァァァァ!!!」 何度も何度もその腹を殴り今度こそ完全に宇野上を失神させた。 「ゴメンなさい。宇野上は責任を取らせて退部処分にしとくから・・・それにしてもお見事だったわ。羽交い絞めからはそうやっ て脱出すればいいのね」 成り行きを静かに見守っていた真樹の第一声は謝罪の言葉であった。 敵対する者に対してでも非礼があれば素直に謝るという態度から真樹がそれなりの器を備えているという事が分かる。 「正直四天王、というか加藤が負けるとは思わなかったんだけどね・・・しかも貴女はノーダメージ。ふふっ、面白いわね」 「あたしも久々に楽しめそうだよ」 「それじゃあそろそろ始めましょうか」 「あぁ、どこからでもかかってきなよ」 2人の間にまたも見えない火花が飛び散るがそれは昨日までのものとは違い互いを認め合った者同士の火花であった。 最初に動いたのは魁子だった。 魁子はフットワークを刻みながら一気に真樹に懐に潜り込み息も付かせぬ連撃を繰り出した。 真樹も魁子の連撃に対し防御姿勢を取らず真っ向から打ち合いで応じる。 スピードで勝る魁子とパワーで勝る真樹、先に下がったのは魁子だった。 パワーで劣っている分を手数で稼いでも同じダメージ量ならば体格の小さい魁子の方が不利だからだ。 魁子の身長は167cm、これは日本人女性の平均身長よりも10cm近く大きい。 だが真樹の身長は魁子どころか日本人男子の平均身長をも遥かに上回る184cmである。 戦いにおいて身体の大きさがもたらす有利性は言うまでもない。 まして相手は世紀末クラブの様にでかいだけの素人集団ではなくテコンドー部の部長を務める程の実力者なのだ。 殴り合いの様な戦い方は避けたいのが魁子の本音である。 「シャアッ!」 考えながらフットワークを刻んでいると今度は真樹の方から攻めてきた。 真樹の強烈な右ストレートをフットワークで避けるも今度は左が飛んでくる。 魁子はテコンドーの型を知らないが真樹の戦い方はテコンドーというよりK−1の様な総合格闘技に近い様に思えた。 「シュッ!」 今度の攻撃もパンチだった。やはり先ほど戦った4人とはどこか戦い方が違う。 テコンドーにもパンチはあるだろうが蹴り技主体であるという事は魁子でも知っているし先ほど戦った4人もそうだった。 だが真樹は蹴りよりもむしろパンチを多様し蹴りは合間合間に打ってくるだけでそれほど多く使っていない。 テコンドー部の伊達真樹は足技が得意であるというのは学園内でそれなりに有名な事なのだがだとしたらこの戦い方は尚 更おかしい。 そこでハッと気付く。 真樹は蹴り技の達人ではあるがそれ故蹴り技が伴うリスクを理解していたからこそ蹴りを多用しなかったのだ。 真樹の長い足で放たれた蹴りは凄まじい遠心力がかかり大抵の相手は一撃でKOしてしまうだろう。 一撃必殺の使いどころを分かっていればこその戦い方だったのだ。 魁子がその事に気付いたのと真樹が伝家の宝刀を抜いたのは同時であった。 天高く振り上げられた真樹の足は獲物を狙う猛禽の如く地上へと振り下ろされた。 「シャアァァァッッ!!!」 木製バットを5本纏めてへし折ると言われる真樹のかかと落としに対して防御は不可能である。 魁子は咄嗟に後ろに身を反らす事で脅威の一撃を紙一重で避ける事に成功した。 「なっ!あたしのかかと落としを避けた!?」 勝負を決めたと思った会心の一撃を避けられた真樹は不覚にも一瞬取り乱してしまった。 加えて大技の後には隙が生じやすい。かかと落としもその例外ではなかった。 そして魁子がその隙を見逃す筈もなかった。 「フゥゥゥアチャァ!!」 「うぶっ!?」 大技を放って隙が生じた上一瞬とはいえ心を取り乱してしまった真樹に魁子の連撃を止める術はなかった。 一発入れば後は捻じ込むだけである。 「ゥアチャ!ッタァ!ホワチャァ!ッチャァ!フゥゥゥゥウアチャァァァァァァ!!!!!」 今度は先ほどの様に打ち合いになる事もなく魁子の一方的な散打が真樹の身体を大きく仰け反らせる。 最後にサマーソルトキックで真樹の長身を部屋の端まで蹴り飛ばすとそれきり真樹は動かなくなった。 決着である。 「フオォォォォォォ・・・・・・」 魁子は息を整えると気絶した真樹の元へと歩み寄った。 「貴様!勝負はもう着いたぞ!それ以上部長に近づく事はゆる、さ・・・ん〜?」 残った部員達は真樹を守ろうと魁子の前に立ちはだかったが何故か途中から覇気がなくなり魁子が前を通っても口を開けた ままただボーっと目で追うだけだった。 魁子は訳が分からなかったが特に気にせず真樹の傍らにしゃがむと真樹に気付けをして意識を取り戻させた。 「く・・・私の負けだわ、完敗よ。まさかジークンドーにサマーソルトキックがあったなんてね。決定力が足りないと思って甘く見 ていた私のミスだわ」 「別にアレはジークンドーの技って訳じゃないよ。ただ映画でリー先生が使ってたから一度実戦で使ってみたかったんだよ」 「そ、そんな理由であんなリスクの高い技を・・・ふっ、面白い人ね貴女って・・・んん??」 「どうした真樹、何かあったか?」 「何かあったっていうか貴女服が・・・」 「会長ーー!凄かったです!格好良かったです!最高でした!!私一生会長に付いて行きます!!」 「おう!だから言っただろ、ジークンドーは最強だって」 真樹は何かを言いかけたがそれは友萌の声に遮られ魁子も向こうを向いてしまった為伝える事が出来なかった。 友萌が気付いて教えると思ったが喜びのあまり『それ』が視界に入っていないらしい。 「・・・・・・まぁいいか」 呼び止めて教えようと思ったが負けたせめてもの腹いせに黙っている事にした。 「ま、どうせすぐに気付くでしょうけどね」 結局魁子は自分たちの部室に戻るまで真樹のかかと落としによってシャツが裂け健康的なスポーツブラが露わになっている 事に気付かなかったという。 そしてその事を誰よりも悔やんだのは魁子本人よりも側にいながら見る事が出来なかった友萌であった。 ちなみに次の日魁子は授業を休んだ。 ◆ゲストキャラ◆ ■伊達真樹(だて まき)■ 17歳 女 とある学園に通う女子高生。 茶髪と金髪の入り混じったマーブルヘアーとギリギリなミニスカートが特徴。 女子にしては長身で足が長く胴が短いモデル体系で他の女子からは隣に立つのを嫌がられるほど。 テコンドー部部長を務め長い足から繰り出すかかと落としの破壊力は凄まじい。 今は亡きアンディ・フグに憧れかかと落としを練習しそのままテコンドーの道に入る。 テコンドーに限らず足技が得意で男子でもよほどの手練でないと彼女には勝てない。 かわいい物好きで特に猫が大好きで寮の自室は猫グッズで溢れ返っている。 ◆あとがき◆ 久々に格闘モノを書きました。 今回のゲスト伊達真樹さんはこんな事もあろうかと作っておいた自キャラです。 ブルースに憧れるジークンドー少女とアンディに憧れるテコンドー少女の戦いは難しかったけど楽しかったです。 裏設定として真樹が魁子にちょっかい出してたのは友達になりたいけど素直になれないというツンデレな理由です。 なので今回の戦いを通して少しは友情が芽生えたかもしれません、良かった良かった。 それとテコンドー部四天王ですが言霊学園四天王とは関係ありません。あくまで部内の四天王。 ネタバレすると宇野上=イ・ビョンホン、卯音=ウォンビン、伊倉=チャン・ドンゴン、加藤=ペ・ヨンジュン、となってます。 ぶっちゃけアクションシーンを書く為に出した蚊ませ犬ですけどね。 カイルのSSは終わってしまいましたが極東のSSが始まったのでとても嬉しいです。アドちんとももブルが可愛くて仕方ない。 嘘予告には手刀くんが出てたしララバイも出てくるかもしれないのでとても楽しみです。