魔王は倒された 勇者によって倒された 父は消えた 魔王と共に消えた だけど、魔王はここにいる なら、父は 父はどこにいるのだろうか ■オレキャラスレRPG/SS 次なる英雄■ 即座に幾世は動いた。 頭を下げているアンジエラの後頭部へ向けて右のナイフを振り下ろす。 ナイフはあっさり中ほどまで突き刺さった。 軽すぎる手応えに違和感を感じた幾世はナイフから手を離し、間合いを退く。 「焦ってはいけません。私は貴女の望みを叶えるため…そのためだけに、ここにいるのですから。」 刺さっていたナイフが軽い音を立てて床に落ちた。 アンジエラには傷一つ付いてはいない。 「貴女の望みが『私を殺すこと』なのだとしたら…。」 床に落ちたナイフを拾い、柄を幾世へと向けて差し出す。 まったくの無防備。身構えることもせずにアンジエラは間合いを詰めてくる。 「どうぞ気が済むまで私を殺してくださいまし。」 冒険者になって三月ほど経った。 遺跡探検や害魔獣駆除などいくつかの仕事をこなした。 別れは突然やってきた。 幾世の知らないうちに更葉がパーティから外された。 仲間達は笑顔だった。邪魔者が消えた、これで楽になる…と。 違う。そんなことはない。更葉はいつも頑張っている。 自分の役割に忠実に、何事にも怯まず突き進んでいったじゃないか。 「足は遅いし、罠にはすぐ引っかかるし…。」 「いつもへらへら笑ってバカじゃね〜の?」 「空気読めないてないのよねー。いっつも話の途中に割り込んでくるし。」 「雇うだけ金の無駄だったわい。」 違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。 気が付くと幾世は走っていた。 更葉の姿を探して町中を走り回った。 しかし、更葉はどこにもいなかった。 城の廊下は赤で埋め尽くされていた。 「………。」 法衣のあちらこちらから染み出す赤。 バケツをひっくり返したように辺りに撒き散らされた赤。 そして幾世の手から滴っている…赤。 赤い液体の中心で、魔王アンジエラは静かに横たわっている。 イライラする。 不愉快な物事が次々に思い出されてくる。 ヒンメルの街に着いてから特にそうだ。 もう、こんなことは忘れ去ったはずなのに…。 冒険者にもっとも必要なもの、それは信頼である。 盗賊のもっとも大事なもの、それは掟である。 パーティからの無断離脱。 幾世は盗賊としての仕事を放棄し、冒険者としての信頼を裏切った。 盗賊ギルドからは粛清の為に追っ手が差し向けられ、その首に賞金をかけられている。 それでも良かった。 冒険者としての生活よりも、更葉のほうが大事だった。 だから更葉を捜した。 邪魔をする者は実力で排除した。 幾世にはそれが出来た。 幾世は英雄の娘だから。 賞金稼ぎや盗賊ギルドの粛清者を返り討ちにしながらの探索行。 皇国の酒場で、ついに更葉を見つけた。 笑顔が眩しかった。 隣には眼鏡をかけた弓手や、リザードマンの戦士がいる。 新しい仲間達に囲まれ、今も明るく笑っている。 幾世は背を向けた。 身勝手で仲間を裏切り、賞金をかけられ、人を殺し、人の道を外れた自分を、更葉の前に晒すのは耐えられなかった。 更葉を一目見れただけで満足だった。 悔いは無い。ギルドに出頭し、粛清されるのを待とう。 そう思い酒場を出た。 「こんにちは。英雄の娘。」 ツギハギ鎧の男。その『長い腕』が彼女を迎えた。