光は明るく、闇は暗い 光が明るく輝くほどに 闇は一層暗くなる それでも それでも闇は光に輝いていて欲しかった ■オレキャラスレRPG/SS 次なる英雄■ 再び幾世は膝をついた。 ヒンメルを覆う甘い香りは今もなお濃く漂っている。 風の精霊で軽減していても、まだ香りは幾世の体を蝕んでいる。 魔王アンジエラはまったく無抵抗なままに惨殺された。 最初の不意打ちと違い、しっかりとした肉を裂く感触があった。 暖かい返り血は、まだ幾世の体にまとわり付いている。 あっけない。あっけなさすぎる。 「………。」 不審に思いながらアンジエラを観察する。 首、胸、頭、腹…人体の急所はことごとく破壊されている。 死んでいるだろう。コレが人ならば。 …いや、魔族だとしても、生物ならばこの状態で生きているはずがない。 幾世は返り血を拭い、踵を返した。 そこは飾り気の無い部屋だった。 テーブルと椅子とベッド、そして荷物置きの棚くらいしかない。 棚の上ではロウソクがゆらゆらと頼りない灯で室内を照らしている。 「まぁ、座りたまえ。」 『長い腕の』ディーンは幾世に椅子を勧め、自分はベッドに腰掛ける。 抵抗する意思も無い幾世は、勧められるまま椅子に腰掛けた。 「素直に付いてきてくれて助かるよ。正直、戦闘も覚悟していたのだがね。」 「………。」 「そんな不審そうな顔をするな。取引をしたいだけだ。」 ディーンはそう言うと幾世に向かい手を伸ばす。 無抵抗な幾世の頭に手を置き、顔を近づけて目を合わせた。 「お前にかかっている賞金、それとギルドからの粛清、それを両方チャラにする。」 とんでもないことをディーンはさらりと口にした。 幾世の知る限り、ディーンは傭兵団の団長だ。 …表向きは。 当然、普段は目立たないように立ち回っていることも、裏の実力を隠していることも知っている。 しかし今のディーンは隠さない。 賞金稼ぎにも、盗賊ギルドにも働きかけることができると明言したも同然だ。 「そのかわり、だ…俺に力を貸せ。それで命が助かるなら安い物だろう?」 「………。(ふるふる)」 幾世は静かに首を振った。 既に惜しい命でもない。 自分が受けるべき罰であると自覚もしている。 「駄目か。」 「(こくん)」 「更葉=ニードレスベンチに関する仕事でもか?」 「………。」 幾世の動きが、止まった。 「たいした仕事じゃあない。更葉=ニードレスベンチを護衛しろ。」 たまにはそれ以外の仕事もあるがな。とディーンは付け足した。 幾世は黙ったままディーンを睨みつけている。 ディーンは芝居がかった大げさな動きで幾世に顔を近づけた。 「どうだ?仕事を請ける気になったか?」 「………なぜ?」 幾世が口を開いた。 ディーンは一瞬あっけに取られ、そしていやらしい笑みを顔に浮かべた。 「詳しい説明はあとだ。俺に力を貸すのか?貸さないのか?どっちだ。」 歓声が聞こえる。 まるでオーケストラのプレスティッシモが終わったあとのように。 声が城の中に響き渡る。 魔王が死んだことで何か変化があったのだろうか。 幾世は近くの窓から外を見た。 黒々とした人の群れがそこにあった。 否、人だけではない。 空には妖鳥や小型の竜が飛び、地には魔獣や亜人たちが雄たけびをあげている。 種族を問わぬ集団が城を包囲していた。 「あっけなかったですか。それはそれは…申し訳ありません。」 「………!!」 幾世の振り向く先、アンジエラが変わらぬ微笑を浮かべている。 廊下を染めるほどの血痕は跡も無く、まるで最初から何事も無かったかのようだ。 「もっと戦い甲斐が無ければ、貴女の望みはかないませんね。」 アンジエラの顔から笑みが消える。 「それでは魔王の名に恥じぬ力をお見せしましょう。これなら、きっと貴女に満足していただけます。」 床に魔法陣が浮かぶ。それも一つや二つではなく、床を埋め尽くさんばかりの多重魔方陣だ。 アンジエラの反撃に、幾世は跳んで間合いを離す。 魔方陣から飛び出してくるのは多数の人影。人間の侍女のような格好をした魔物「メイド」だ。 メイドの群れはそのまま幾世に向かって突撃する。 先頭を走る二体が幾世の足元に滑り込み、その頭上を越えるように跳躍して更に一体が襲い掛かった。 幾世は跳躍して足元の二体をかわし、空中の一体を蹴り飛ばす。 着地すると同時に、今度は足元の二体にナイフを振り下ろす。 しかし息をつく間もなく、また後続のメイドたちが突進してくる。 「………。」 斬り、突き、刺し、薙ぎ、次々と襲いくるメイドを迎え撃つ。 一心不乱に刃を振るう最中も意識はかき回され、思い出したくない記憶が引きずり出されていく。 これがアンジエラの能力なのだろうか? 「よぉ、生きてるか?」 暗い部屋に光が差し込む。 薄く開いた目線の先にツギハギの鎧が見えた。 そのまま視線を上に移せばディーンの顔がある。 「また派手にやられてるな。ま、命があるだけ感謝しなきゃな。」 ここ数日は毒物耐性修得の為の希釈毒投与と、性技術修得の実習訓練が充てられている。 当然、それらは建前だ。 本来なら殺されるところを集団レイプで済ませているだけである。 「………。」 純潔を散らされ、休み無い暴行を受けながらも、幾世はまだ生きていた。 未熟で貧相な裸体は両腕を縛られ、白い体液にまみれたまま、床に打ち捨てられている。 「死んだ方がマシだったか?」 「………。(ふるふる)」 「そうか。」 ディーンはそれだけ確認するとすぐに背を向けた。 扉を閉めたディーンの前に一人の男がいる。 顔全体に大きく刻まれた刺青が印象的な男だ。 「…使えるか?」 「使えるようになってもらわなきゃ困る。」 「これで前の情報料はチャラだな。」 「はン、処分する予定のゴミだった癖に。」 刺青の男は口元を歪めた。 「そういうなよ兄弟。『楽園の英雄』の娘だ…使えるゴミだぞ。」 「英雄ね…クソくらえだ。」 ディーンの顔に不気味な笑みが浮かぶ。 普段の彼が見せる表情とはかけ離れた、自信と野心に満ちた笑みが。 「英雄とは状況が作るもの。そして、英雄として押し上げられるべきは俺だ。」