■ 亜人傭兵団奮闘記 その二 ■ 登場人物 「リゲイ・ダイマス」  リザードマン 男 … お調子者 「尾長のエピリッタ」  リザードマン 女 … しっかり者 「ジャック・ガントレット」  人間 男 … 団長 「ファイ」  コボルド 男 … 最年少 わぁい 「ドッグ・リーガン」  コボルド 男 … 副長 盲目 「ゴルドス」  ミノタウロス 男 … 無口 ガチムチ 新キャラ 「白頭のカーター」  人間 男 … 手練れ おっさん 「ニコラ・トッポ・ビアンコ」  ラットマン 女 … 子供っぽい シーフ 「アルヴァ『ロストフェイス』ミラー」  人間 男 … 唖 魔法使い 研究者 今回のみの出演 「モーゼス・ブラスハート」  人間 男 … おじいちゃん 魔法使い 「アリーセ=アイゲン」  人間 女 … 若い ドジっ娘 おっぱい ------------------------------------------------------------------------------ 「モーゼス先生、お手紙です。」 山積みの書物の中に老人が一人。 んむ、と返事はしたもののモーゼス・ブラスハートは一向に書物から目を離す気配は無い。 普通の生徒であれば聞き取れなかったと勘違いするところだろう、が、アリーセ=アイゲンは知っている。 モーゼスは聞き取った上でこれなのだ。世界中の誰よりも書物を愛し、その収集と研究に生涯を捧げる男。 彼にとって書物と向き合う時間は、恋人と語り合う時間に等しく――実際に語り掛けもするが――何よりも 優先されるべき事なのである。 声をかけてから二十分。手紙を置いて帰ってしまうのが一番まともな反応なのかもしれないが、アリーセは この時間がちょっとした楽しみである。彼女曰く、懸命に書物を読み続けるモーゼスの姿は遊びに夢中になる子供のようで …なんというか、可愛らしく思えるのだそうだ。 余裕で百歳を超えている爺に「可愛らしい」もクソもないが。 ぱたり、と本を閉じる音がして、モーゼスが振り返った。手にした本は表紙も背表紙も擦り切れていて アリーセからは何の本だか窺い知ることはできない。 地下図書館に送られてくる書物の中にははこうした状態の悪いものが幾つもある。それを一つ一つ 丁寧に解読し、分類し、形質保持の魔法を施すのがモーゼスの役目なのだ。 「何をお読みになってたんです?」 「うむ、二百年ほど前のパシティナ砂海での種族間抗争を記録したものでな…まぁ記録といっても  著者の主観が多分に混じっておるようで、まるで冒険小説の様じゃ。まぁ暇つぶしの読み物としては  最適かもしれんの。…おお、そういえばお前さんは学生時代から古文読解が苦手じゃったな!」 「あ、いえ、その…はい。」 「ちょうど良い、後学のために読んでおきなさい!明後日までに感想レポートを提出する事、文字数は…」 例え教師であろうとも、モーゼスにとっては一生徒となんら変わりは無い。 なにせ彼はあの『二時の賢者』エル=エデンスと同期である。 「あわわわ…あ、そうだ先生!お手紙です!」 「おお、学会からかね?」 「いえ。えーと、『ミサヨ・J・オロチェル』さん…皇国軍の方ですよね?お知り合いですか?」 「おお!ミサヨ!ミサヨ君!なんと懐かしい!知り合いも何もワシが初めて教鞭を持った年の卒業生じゃよ。」 「初めてというと…少なくとも私が生まれる前ですよね…」 「なに、ほんの八十年前の話じゃ。」 常人には理解しがたい台詞をさらりと言ってのけると、彼は手紙を読み始めた。 懐かしい教え子からの便りだ、一人にしてあげよう、と思ってアリーセは軽く会釈をして、階段に向かおうとした その瞬間 「アリーセ君!」 「はい?きゃっ!」 反射的に振り向いたアリーセは見事に目の前の本棚に激突した。 ゆっくりと、しかし確実に本棚は傾いていき… モーゼスの『書籍召還』によって散乱した本とドミノ倒しになった本棚は小一時間で片付いた。 アリーセは自分のドジっぷりを嘆いて、泣いている。 「うう…すみません…私…ほんとに…ヒック…ダメダメで…」 「よい、よい。ちょうど良い埃払いになったわい。」 「でも…私教師なのに…こんな…失敗ばっかりで…迷惑かけて…ううー」 「何をいっとる、ワシの教え子は一生ワシの教え子じゃ。教え子の失敗をカバーするのも教師の役目。  少しづつ成長すればよい、お前さんが一人前になるまで、ワシは見守っておるぞ。」 「う…ううう…せんせぇー!」 「よしよし。」 少し甘やかし過ぎかな、と思いつつも彼は自分より背の高い教え子の頭を撫でてやった。 エル=エデンスがその厳しさで人を育てるのとは真逆で、彼はその優しさで人を育てる。 意外とバランスが取れているのかもしれない。 「すみません、ご迷惑をおかけしました。」 「気は晴れたかの。さて、では皇七郎君に連絡を取ってもらえるかの?」 「え?…えっと…確かあの方は今極東に学術調査に出ていらして、連絡がつかないはずです。」 大方の予想通りではあった。卒業生達はそのほとんどが自らの研究のために世界中を駆け回っている。 研究所に留まっているわずかな期間以外で連絡など取れるはずも無い。 「残念じゃ。彼なら喜んで依頼を受けると思ったんじゃが…」 「もしかして、そのお手紙は何かの依頼だったんですか?」 「うむ、『リザードマン五大氏族「ヤパルラ」の調査』だそうじゃ。彼らの編纂しとる魔物生態事典の発展に  役立つじゃろうて。」 「皇国のお墨付きですか…なんだか俄かには信じられませんが。」 「しかし皇七郎君が行けないとなると…適任者がおらんのう…。ワシが行ったところで役には立てんし…」 モーゼスは言語学の世界的権威である。そんな彼が自らを「役に立たない」と評するのには彼の高齢故の 体力の衰えだけでなく、神代言語の研究の抱える問題がある。 神代言語の解読は遺跡の発掘や古代文献の調査によって急速に進んでいる、が、解読をできたとしても それを「喋れる」者はほとんどいない。 神代言語は「血の記憶によって受け継がれるモノ」だからだ。 要するに神代言語を発する為の身体的特徴を現存の殆どの種族は持っていない、という事だ。 例え人間が神代言語に似たような音を出す事ができるようになったとしても、それは ―世界の理をはずれた、意味をまったく成さない単なる雑音― にしかならないのである。 「先生に思い当たる人がいないとなると…私にはお手上げですね。」 「うーーーむ…ダメもとじゃが学会仲間に使い魔でも飛ばしてみるかのぉ…ほとんど残された  時間も無いんじゃが…。」 「お急ぎの依頼なんですか?」 「五日以内に返答が欲しい、という事らしい。」 「そうなんですか…じゃあ私もお手伝いします。教授の方々に聴いて回ってみますね!」 「そうしてくれるか、ありがとう。」 「あ、さっきの本お借りしてよろしいですか?」 「おお、もって行きなさい。」 モーゼスに別れを告げ地下図書館の螺旋階段を上っていく。 「(神代言語か…うーーん…誰かいたような気もするんだけどなぁ…)」 なんだか引っかかりを覚えながらぼんやりと上り、一階へたどり着く直前、アリーセは 降りてきた一人の男とぶつかった。 はずみで小脇に抱えていた、モーゼスから借りた本が手すりを越えて落ちそうになる。 彼女は本をキャッチしようと、体勢を崩してしまった。 「あっ…わっ、わっ!   きゃあああああああっ!!!」 彼女を掴もうとした男の手は間に合わず 手すりを越えてしまったアリーセの体が宙に躍る。 パニックで彼女の頭には浮遊の呪文が浮かんでこない。 モーゼスは気づいたものの、彼の魔法は間に合わない。 下には頑丈な本棚。 彼女の体が叩きつけられるかと思われた刹那。 『 此 処 よ り  其 処 へ ! 』 螺旋階段の最上段にいた男の姿が掻き消え、とほぼ同時に本棚の上に現れた。 彼はしっかりとアリーセを受け止め…… バランスを崩した本棚に巻き込まれて書物の山に消えた。 血相を変えてモーゼスが走ってくる。 「アリーセ君!無事か!アリーセ君!」 書物の山を掻き分けて、アリーセを抱えた長身が、ぬっと立ち上がった。 モーゼスの頭の中に念話の声が響く。 『心配はいりません、モーゼス老。気を失っただけです。』 漆黒のローブに身を包み顔面の下半分を呪符で覆った長髪の男。 アルヴァ「ロストフェイス」ミラー、神代言語の習得のためにその身に魔を移した男である。 『申し訳ございません。もう少し早くこの身が動いていれば、このような騒ぎにはならなかったものを…』 「…いた。…ここにいたぞ!」 『?』 ミラーがウォンベリエを発ったのは、この数時間後のことだった。   *  *  *  *  * 皇国南西部に位置するエウリニア地方は西部を海峡に面した土地である。 沿岸部には王国連合との海戦のための要塞が多数設置されており、軍船が並んだ港は いささか圧迫感を与えるほどである。 元々は中央に次ぐ巨大都市であった。 しかし皇暦2200年の王国連合との大規模な戦争(後に「十三日戦争」と呼ばれる)の際に 王国連合軍が侵攻。迎え撃つ皇国軍との戦闘で内陸部は焦土と化した。 大規模な魔法汚染と、渦巻く死者の怨念によって復興もままならなかった戦後 エウロワが「慈雨の奇跡」を起こし土地を浄化、大森林の一部として内陸部を蘇らせた。 つまり大森林がエウリニア東部を飲み込んだ形になる。 土地の半分が開発不可能な森林になってしまったものの、民達はエウロワを恨むような事は無く むしろ癒しがたい傷を癒してくれた聖人としてエウロワを崇めている。 その代わり、王国連合に対する恨みは深く、未だに王国連合出身者への差別の目は抜けないため 王国連合加盟国の出身者はこの地方では身分を隠した方が良いと言われている。 砦を発って四日、亜人傭兵団の面々はエウリニア南部のサウリア市に到着した。 向かうは宿場「竜の鱗」亭である。 小型の竜種「ハヤテ」にひかれた馬車(「竜車」というべきか)が二台。 一台目の手綱を握るのはジャック。馬車の中では徹夜でカードに興じていたゴルドスと リゲイが仮眠をとっている。二人とも車輪の音を掻き消すほどの大鼾をかいている。 旅の途中で合流した雇われの魔法剣士カーターは新聞を眺めている。 「白頭のカーター」と二つ名がつく有名な冒険者で、56歳と結構な歳であるにもかかわらず ずっと一人旅を続けている変わり者、駆け出しの冒険者四人を守りつつ、ワイヴァーンの巣を壊滅させたという 経歴を持ち、かなり頼れる存在である。 過去に一度ジャックやゴルドスと共に仕事をしたことがあり 偶然の再会のついでに今回も手伝ってもらう事にしたというわけだ。 「…ジャック。」 「なんですか、カーターさん?」 「…相変わらずゴルドス君は鼾が酷いな。後、この、リゲイ君も。」 「いやー、もうこればっかりは治しようが無いでしょう。 …五年前のヒドラ退治の時も言ってましたね。」 「あれは酷かった。」 「カーターさん目真っ赤にして『寝れん!なんとかしてくれ!』って。いやあ、笑いましたよー、普段冷静なのに  本気で怒ってるんだから。」 「あの状況で安らかに寝られる君を本当に尊敬したものだ。」 昔を思い出してカーターは苦笑した。 何せ、鼾をかき始めた瞬間に周囲の木々にとまっていた鳥が一斉に飛び立つほどなのだ。 「今回は準備費でたっぷりもらってるんで、別々の部屋にしてもらいましょうか?」 「是非、そう願いたいものだな。」 二台目はエピリッタが手綱を取っている。馬車の中には徹夜のカードに付き合わされて爆睡中のファイ。 瞑想しているリーガンと、エピリッタと話しているフード付のマントを纏ったニコラというラットマンの少女。 ニコラは亜人傭兵団ではないものの、よく一緒に仕事をしている腕利きのシーフである。 見た目はどうみても10歳かそこいらで、最初は紹介してくれたシーフギルドを怪しんだものだったが 今では団の中で彼女の実力を認めないものはいない。 投げナイフや隠遁術では右に出るものはいない。だが日差しが苦手で、むしろ日中の聞き込み の方が苦手である。 「じゃあここらへんはほとんど来た事無いんだ?」 「うん、ギルド支部に一回顔出したぐらいで。それからすぐ中央に移っちゃったし。」 「じゃあ後で一緒に街を回らない?花の市場があるらしいから一度見たかったのよ。」 「うーん…おねえちゃんの気持ちは嬉しいんだけど今日は日差しが強いからなぁ。」 「そっかー、残念。でも一人で行くのはちょっと寂しいわね。」 ニコラがふとひらめいたような顔をした。 「あ!リゲイさんと行けば!?」 エピリッタは思いっきり馬車から落ちそうになった。 「 … な ん で ? 」 このとき歩道にいた通行人達は、鬼のような、いやドラゴンのような形相のエピリッタを見て恐怖に竦んだ。 「えー?だって二人とも凄い仲いいじゃん!なんかいつも一緒にいる感じだし。  あ!ねーねー、もしかしてつきあ…」 瞑想していたはずのリーガンがニコラに飛びつき、口を塞いだ。 疲れ果てて爆睡していたはずのファイも飛び起きて身構えている。 「むうぐむぐぐう!もごごごもごごご!(なにすんだよ!リーガンさん!)」 「ニコラ、お前にはこの殺気が感じられんのか!?」 「むぐっ!(はっ!)」  … ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ エピリッタの背中から真っ赤な怒りのオーラが発せられている(ように見えた) 「 な ん で 好き好んであんなロクデナシと買い物に行かなきゃいけないのよ!!  あのバカにまともに団体行動ができるわけないのよ!それでなくても自由行動の時には  いつも酒場か賭場に行ってアホみたいに飲んだくれてるんだから!  そもそもね、あのバカが花を見てまともな感情を抱くと思うの!?甘いわね!  きっとあいつなら『美味そうだなー』とか言いかねないわよ!  大体どこをどう見たらあの間抜け面と私が中良さそうに見えるのよ!え!?  言ってみなさいよ!!昨日だってあのバカの馬鹿笑いで私まで全然寝れなかったんだからね!!  いつもいつも… …云々 …」 激昂は宿場に到着するまで続いたのだった…  *  *  *  *  * --------------------------------------------------------------------------- 何人か大全などに登録されているものと細かい設定が違ったりしますが、ご容赦ください。 パーティー一覧 ジャック  … 拳闘士 ゴルドス … 重戦士 リーガン … 戦士 ファイ   … レンジャー エピリッタ… 戦士 リゲイ  … 戦士 ニコラ  … シーフ カーター … 魔法剣士 ミラー  … 魔法使い えらい偏った構成だと思いませんか。