亜人傭兵団奮闘記 その三 ■登場人物■ ・パーティー 「リゲイ・ダイマス」  リザードマン 男 … お調子者 「ジャック・ガントレット」  人間 男 … 団長 拳闘士 「ドッグ・リーガン」  コボルド 男 … 副長 盲目 「ゴルドス」  ミノタウロス 男 … 無口 ガチムチ 「アルヴァ『ロストフェイス』ミラー」  人間 男 … 唖 魔法使い 研究者 ・今回出ない 「ファイ」  コボルド 男 … 最年少 わぁい 「白頭のカーター」  人間 男 … 手練れ おっさん 「ニコラ・トッポ・ビアンコ」  ラットマン 女 … 子供っぽい シーフ 「尾長のエピリッタ」  リザードマン 女 … しっかり者 ゲスト(ちょい役) 「リラーク・テラピー」  人間 女 … 魔術師 劇物取り扱い 「トカゲのマスター」  リザードマン? 男 … 火を噴く 「竜の鱗亭」主人 「ジュピター」  人間 男 … 用心棒 「ココア」  ももっち 女 … 看板娘 ----------------------------------------------------------------------- サウリアの街は月に一度の定期市になると、人がぐっと増える。 皇国内で花の栽培をしているのは、サウリアを除くと他に数箇所しかないためである。 また、このあたりで栽培されている花は香水の原料になるものが多く、特にアロマサリアという花 から作られる香水は中央で女性たちに大人気らしい。 市の会場から少し離れたところを歩いているリーガンとジャックの耳にも喧騒は伝わってくる。 「随分と賑わってるな…。」 ジャックの少し後ろを歩くリーガンが呟いた。 「ああ、今日から定期市らしい。向こうの広場は商人やら調香士だらけだよ。」 光を失ったが故に一際聴覚が鋭敏になったリーガンだが、意外なことに街の喧騒は 嫌いではないらしい。戦場での不協和音に比べれば街のざわめきは音楽に聞こえるのだそうだ。 「帰りちょっと寄ってみるか、花の香りつけをした酒があるらしいぞ。」 「花のリキュールってことか?いや、それは不味いんじゃないか?」 「いや、もしかしたら案外…」 などとくだらない会話をしつつ、魔法屋兼魔術師ギルドに到着した。 「魔術師ギルド」とはいっても学術都市が独自に設けた小規模のネットワークであるため この街のように魔法屋と一体化している場所が多い。 「テラピー魔法店」と書かれた看板の脇にギルド所属を示す札がかかっている。 ジャックとリーガンはここに学術都市への応援要請の返事を受け取りに来たのである。 派遣できる人員がいようといまいと、とにかくここで一度連絡を受けることになっている。 魔術による即時通信は術式の高度さも相まって個人単位では普及していないため 通信手段は伝言か郵便以外に頼るほかは無い。 ガチャッ   ゴゴゴゴゴゴゴ… 「ゔっ!」 扉を開けると同時に恐ろしい悪臭が漏れ出してきた。 なんと言おうか…玉ねぎと硫黄と汚物と生ゴミを三日間煮込んだような… ともかくこの世のものとは思えない臭いである。 神速でドアを閉めたが、間に合わなかった。 「ゔおえっ!ぐっ!ぐおああっ!」 コボルド(犬人)のリーガンには致命的である。 「リ、リーガーーーン!うえっ、ゲホゲホ。」 「お…俺はどうやらここまでのようだ…。ガクッ。」 「お前の遺志は無駄にはしない!…しっかし臭いな、なんだこれは!」 「解らん、とりあえず毒ガスではなさそうだが…ぐうう…なんとかしてくれ、鼻が…曲がりそうだ…」 悶絶するリーガンを外に置いて、ジャックが無人の受付の呼び鈴を押す。 誰も来ない。 「おおおおいっ!誰かっ!いないのかあっ!」 奥からいかにも「魔法使い」といった風貌の娘が出てきた。なにかの実験中だったのだろうか? 驚いたことに彼女はこのすさまじい悪臭をなんとも思っていないらしい。 ある種の才能か、はたまた慣れなのか。 「はいは〜い。何か御用?」 「…まずこの臭いをなんとかしてもらえないだろうか?」 「臭い?そんな変な臭いするかしら?」 「(駄目だこいつ…)まぁいい。学術都市からの連絡の件なんだが…。」 ジャックは鼻をつまみながら、皇国の書類を差し出す。 「あ、学術都市への応援要請ね。一人来てるわよ、ちょうど入れ違いだったけど。」 「おお、見つかったのか!それでその人は、今どこに?」 「『竜の鱗亭』で待ってるってさ。不気味な人だったわよー、真っ黒なローブでさ、ひとっ言も  喋んないの!多分見れば一発で解るわ。」 「そうか!ありがとう!じゃあ!」 臭気に耐えられず礼金を置いて足早に外に出ようとしたジャックだが 『 扉 よ 閉 じ ろ ! 』 …鍵をかけられてしまった。 「…どういうつもりだ!俺を殺す気か!」 鼻をつまんでいても目に沁みる異臭である。 「ねー、なんか買っていってよー。魔法屋なんだからさー。」 「礼金は払ったぞ。」 「いーじゃない少しぐらい。見たとこ魔法は使え無そうだから…今作った『テラピー特製疲労回復薬』とかはどお!?」 「いや、『特製』って!いらん!頼む、一刻も早くここから出してくれ、耐えられん!」 「んー…じゃあ…あっ!同じく今作りたての『テラピー特製魔物除け香』は!?」 部屋に充満している臭いを考えれば確かにどんな魔物も逃げて行きそうではある 「…わかった、わかった!それでいいよ!いくらだ?」 「四つセットで金貨5枚になりま〜す。」 「高っ!…いが仕方ないか…。」 ジャックは金貨5枚を受付に叩きつけ、品物をひったくると大急ぎで逃げ出した。 「またのお越しをお待ちして…」 テラピーが言い終わる前に扉を閉じ、思い切り深呼吸をした。空気が美味い。 「今なら、花のリキュールが最高の一品に思えるかもしれないな。」 店の向かいの歩道に蹲っていたリーガンと目を合わせ、ジャックは苦笑した。 この時点ではジャックもリーガンも、この『テラピー特製魔物除け香』が 彼らの命を救うことになるとは知る由も無かった… ---------------------------------------------------------------------------- 一方そのころ、『竜の鱗亭:酒場』ではゴルドスと復活したリゲイがカウンターで飲んでいた。 本当はファイも連れてこようかと思ったのだが、あまりにスヤスヤと寝ているので放っておいてやる事にしたようだ。 リゲイはさっきからマスターの「火吹き」に興味津々である。 「なあマスター、火吹いてみてくれよー! なあ、一回でいいからさー!」 「駄ー目だ。祝いでも無い限りは吹かんよ。」 「なんだよケチ! ね、副長も見たいっすよね?」 「…む。」 「ほら見たいって!」 「…それホントか?」 リゲイがマスターにしつこく絡んでいる最中、酒場へ一人の男が入ってきた。 看板娘のココアが元気良く声をかける…はずだったのだが 「いらっしゃいま…せ…?」 なぜかココアは男の事を見つめたままじっとしている。 フードで表情は見えないが、男もココアを見つめたまま突っ立っている。 二人の奇妙な空気に店の人間の注目が集まる。 入り口脇のいすに座っていたジュピターを、マスターが促す。 「お客さん…失礼だが、被り物…。」 男は無言で頷くとフードを取った。 ジュピターは、いや、その様子を見ていたもの全員がぎょっとした。 顔の下半分を呪符で覆っていて、更に良く見れば炎のような痣がそこから這い出している。 自らの体に何かを封印している、といったような体だ。 しかし不思議なのは、そんな異様な姿をしていながらも、微塵も恐れを感じさせない優しい瞳だった。 ジュピターは直感的に「この男に危険は無い」と感じ取った。 「悪ぃな、隠してたのかもしれんが、ここの決まりなんだ…まぁ適当に座ってくれ。」 男は一礼すると隅のテーブルに着いた。 なんとなく気になったリゲイはじっとしたままのココアを呼びつけた。 「どうした嬢ちゃん!なんか気になることでもあったのか?」 「うん、その…なんてゆーか…わたしと似たにおいがしたの!」 「似たにおい?嬢ちゃんと?あのオッサンが?」 「うん!」 「えー、幼女と似たにおいがするオッサン…気持ち悪ぃなぁ…マスター、どゆこと?」 「…お前と同じ血統、ってことか?まさかな、姿が違いすぎる。」 「うん、げんみつにいうとちがうんだけど…とにかくいい人だよきっと!」 「え?なんだ血統って?」 「まぁ気にするな。お呼びだココア、行ってくれ。」 「うん!」 ココアは小走りに男の元に向かった。 リゲイは興味津々である。 「え?何あの子なんか特別なの?どうみてもつまみ食い好きの普通の女の子だけど?」 「 気 に す る な 。」 「えっ… なぁ…副長も気になるよなぁ…。」 「…。」 「…。」 「…。」 「解ったよ…。詮索無用ね。」 ココアが戻ってきた。何か書かれた紙をマスターに渡す。 「お話できないらしいから紙に書いてきてもらったよー!」 マスターは紙を読み終えるとリゲイとゴルドスの肩を叩いた。 「ご指名らしいぞ。」 「へ?」 「ジャック・ガントレットとそのパーティーを探してるんだそうだ。『学術都市』の方らしい。」 「…ってことは…マジか。」 ゴルドスが席を立ち男の元へ向かう、リゲイもそれに続く。 彼らが着くよりも早く、男は席を立ちこちらに深く一礼した。 「…お待ちしておりました。…私はゴルドス、こちらはリゲイ。…共にジャックのパーティーであります。」 「ども。…つーか副長がまともに話してんの久々に聞いたわ。」 一礼すると男は紙にサラサラと文字を書き、手渡した。 「えーと…『煩わしいでしょうから、念話でお話します』?ネンワ?」 『こういう事です。』 低い声が二人の頭に直接響く。 「うわっ! …すっげえ!はは、おもしれー!」 『驚かせてしまったようなら申し訳ありません。』 「いやいやいや、すげーよオッサン!やっぱ魔法使いってかっけーなー!」 傍から見ればリゲイは一人ではしゃいでいる頭のおかしな人である。 「…お気遣い感謝いたします。…そろそろジャックや他の連中も戻ってくると  思われますので、もう少々お待ちください。」 「あ、オッサン名前は?」 『これは失礼、アルヴァ・ミラーと申します。』 「ミラーさんね。どうせまだ時間あるんだし、一緒に飲もうぜ!」 『いえ…私は遠慮しておきます。』 「なんでさ? ……別にその包帯の下に何が隠れてても俺達は気にしないぜ。」 『お気持ちは嬉しいのですが…ここでは…』 「…リゲイ。」 たしなめる様にゴルドスが呟いた。 「…解った。 まぁ、その内話してくれよな。」 ------------------------------------------------------------------------------- 次回「顔合わせとゲッコー市」